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第二幕② 騎士は道化と兎と踊る

今回は、かなり読み辛くなっています。

ご容赦下さい

夢の中にいるような施設を目の前にして、俊也は非常に興奮していた。

それは、仕方のない事だった。

アニメやゲームでしか見ることが出来ない風景が自分の目の前に広がっているのだ。

小説を書いているという事を差し引いても、心惹かれてしまう。

まして、その場所に自分がいるのだから内部を歩き回って全て見てみたいと余計に考えてしまうだろう。

出来る事なら、目に映る部屋全てに入ってみたい衝動に駆られそうになっていた。

しかし、俊也は今ジェーンと共に行動している。案内されている身で、勝手な行動をするのは流石に気がひける。

だが、ここで俊也にとって幸運な出来事がおとずれた。

クラウンがいるであろう二階の自室へ向かおうと、階段を上がろうとした際に、ジェーンがいる事に気付いた子共が「あー! ジェーン先生がいるー!」と大声で叫んだ途端に、

「本当だー!」「久しぶりのジェーン先生ー!」

「先生、こんにちはー」「元気だったー?」

「先生、あのねー」「遊んでよー」

「能力上達したー」「わたしもー」「ぼくもー」「絵、かけたー」「ぼくのも見てー!」

声を聞きつけた子供達が、部屋から一直線でこちらに向かってくるなり、一斉にジェーンへ話し出してきたのだ。

ちびっ子達の勢いに、俊也は目を白黒させていたが、ジェーンは気にする事もなく微笑みながら一人ずつ対応していく。

その際に一緒にいる俊也に気付いたちびっ子達は、「お客さんだー」「こんにちはー」と元気に挨拶してくる。

普通の外見の子もいたが、背中に翼を生やしたり、鱗がついているなどまるでハロウィンの仮装のような姿の子も多く見られた。

だが、既にエリック達で見慣れていた俊也は、特に戸惑う事もなく挨拶を返すと、皆、笑顔を向けてきてくれる。

見知らぬ客である俊也を物珍しさや不審感ではなく、素直に歓迎してくれる事には驚きだった。

だが、それ以上に驚いたのはジェーンの人気だった。

皆、ジェーンに話を聞いて欲しいようで、いつの間にか彼女の回りではちびっ子の人垣が形成されており、さながらファンに群がられる芸能人のような光景だった。

ジェーンも小さい子供達に無碍な対応はしたくないようで、「お客様を案内するから少しだけですよ」

と困ったように告げた途端、彼女の周辺がわっと歓声が沸き上がった。

「すみません、俊也さん。少々こちらでお待ちいただけますか。なるべく急ぎますので………」

「大丈夫ですよ、行ってあげて下さい」

俊也へ申し訳なさそうに謝罪するとジェーンはちびっ子達を連れ立って、少し離れたベンチまで向かって行った。

「……ジェーンさんって、人気の先生なんだな」

ベンチに座った瞬間に始まる子供達の聞いて聞いて攻撃を受けるジェーンを遠くから眺めていると、

小学生ぐらいの女の子―先ほどトランプで男の子と口論をしていた透視が使える―が、きちんと並ぶようにちびっ子達へ伝えると、ジェーンに群がっていた子供達は綺麗に整列し始めた。

先ほど読み聞かせをしていた子は、『一人五分まで! 順番は守ろう!』と書かれたスケッチブックを掲げており、ヒーローごっこで怪人役をしていた子は、戦闘員でジェーンの周りを囲み始めた。

上手く伝えたい事が言えずに泣きそうな子を落ちつかせようと、黒髪の女の子がぬいぐるみで芸を見せ、その隙にトランプをしていた男の子が何を話したいのか優しく聞き出していた。

小学生ぐらいの大きさの緑の恐竜と、赤ばかりのヒーローチームが即席のヒーローショーを始めだし、待ち飽きないようにしている。突然始まったジェーン握手会(?)は喧嘩も泣き声もなく、スムーズに行われていく。

小学生ぐらいの子達が誰に言われる訳でもないのに行う流れるような連携に俊也は感心してしまう。

「あ、そうだった。今のうちにちょっと部屋を見させてもらおう」

当初の目的を思い出した俊也は、どの部屋に入るか迷っていると、急に右袖の裾を引っ張られるのを感じた。

「ん?」

俊也が引っ張られた方を向くと、金髪の小さな子共が彼の裾をクイクイと引っ張っていた。

年は五歳ぐらいだろうか、つぶらな瞳が俊也の事をじっと見つめていた。

「こ、こんにちは」

俊也は、子供の目線に合わせて挨拶した。

しかし子供は、何も答えずにきょとんとした顔で首を傾げるだけだった。

(言葉が通じないのかな?英語……で伝わるかな)

俊也は懸命に英会話の授業内容を思い返しながら、目の前の子に話しかけようとする。

(あれ、でもさっきの子達が挨拶してきた時は日本語だったような……)

ふとそんな疑問が浮かぶうちに、金髪のちびっ子は部屋へ向かって走り出した。

「あっ……待って!」

俊也は思わず呼び止めようとしたが、ちびっ子はそのまま部屋の中へ入ってしまった。

「……困ったな、追いかけた方が良いのかな」

だが、あの子の名前も分からない上に言葉も通じていないようだった。

もし俊也を怖がって部屋に向かったのならば、追いかけるのはマズイだろう。

(どうしよう、とりあえずジェーンさんに伝えておこうかな)

どうしたものか悩んでいると、パタパタと足音が聞こえてくる。

俊也が顔を上げると、先ほどのちびっ子がこちらまで走ってくるのが見えた。

その上、そっくりな子を二人も追加した状態だった。

「三つ子だったのか……」

どうやら自分を怖がって逃げた訳では無く、単に兄弟を呼びに行っていただけだったようで俊也はホッとした。

追加で来た二人は背格好、顔付き共にそっくりで誰が誰なのか最初は分からなかったが、よく見ると後から来た二人はやや勝ち気そうな目つきと眠そうな目つきをしている事に気付く。

最初にいた子は、ぱっちりした目できょとんととぼけた顔をしている。

後は話してくれれば良いのだが、三人とも全く話しかけてこなかった。

ただ、俊也の顔をじっと見つめるだけで何も話さず無言の状態だった。

(………流石に気まずい! つ、通じるか分からないけど……やってみるか )

とりあえず、不安にさせないように笑顔を作り、目線も三つ子達に合わせる為にしゃがんでから一礼する俊也。

すると、三つ子達もペコリと頭を下げて礼を返してくれた。

(よ、良かった。挨拶しているのは伝わったみたいだ)

「えーと、マイ ネイム イズ………」

俊也が拙い英語で自己紹介をしようとした矢先、勝ち気な目つきの子が手をかざしてくる。

まるで「ちょっと待って」と言っているようだった。

「な、何……?」

思わず日本語で聞き返してしまう俊也だったが、眠そうな目つきの子が、俊也の背後を指さしてくる。

振り返ると、先ほどよりも行列が減ってきたジェーンへのお話会が見える。

「……ジェーンさん?」

俊也の言葉に頷く勝ち気な目の子、続けて自分と隣にいる二人を指差してくる。

「……三人?」

再び頷くと、今度は俊也を指差してきた。

「……俺?」

頷き、また行列になっているジェーンを指差した。

「………三人をジェーンさんの所へ連れて行って欲しい、で合ってるかな?」

俊也が確認するようにたずねると、三つ子は一斉に頷いた。

どうやら、三人もジェーンの所へ行きたいようだ。

そして、俊也の言葉に頷く事が出来るという事は話が通じないのではなく、話せないという事である。

(病気かな、こんなに小さいのに……)

すると、俊也が無言になったのでどうするか悩んでいると思ったらしく、三人とも両手を重ねて祈るように俊也の事をじっと見つめてくる。

(あぁ、いけないいけない……)

俊也は慌てて、両腕で大きく丸を作って頷くと三つ子達はパッと笑顔になった。

(……帰るときにちょっと見せてもらえれば良いか)

部屋の中を見れない事に後ろ髪を引かれる俊也だったが、ひとまず彼らを連れて行くのが優先である。

とりあえず、手を繋ぐかと思った俊也だったが、いつの間にか三つ子のうちの二人―眠そうな目つきの子とぱっちりした目の子―が俊也の手を握っていた。

勝ち気な目つきの子は一瞬羨ましそうな表情を浮かべていたが、すぐに表情を戻して俊也達を先導するように先頭を歩き始めた。

「……一番上は大変だよな」

そんな俊也の呟きが聞こえたのか、勝ち気な目つきの子は振り返ると、小さな握りこぶしで自身の胸を叩いてニカッと笑いかけてくる。

自分は気にしていないと言わんばかりの力強い笑いだった。

(……たくましい子だな)

俊也も思わず笑顔になり、残る二人と一緒に後を付いて行った。


俊也達が着いた時には、ジェーンへの行列は大分短くなっており、ほんの数人程度だった。

先ほどまで誘導やヒーローショーをやっていた子達もベンチに座り、飲み物を飲みながら休憩していた。

彼らは、俊也達を見ると少し驚いていたがすぐにくつろいだ体勢に戻り出す。

「あれ、お客さんと三つ子ちゃん達だ」

「本当だ、アイがお客さんと二人を先導してる」

「……アイちゃん、元気?」

先導する勝ち気な目つきの子、アイは声をかけられると元気よく手を挙げて挨拶していた。

「そうか、君はアイって名前なんだね」

俊也が先導するアイの名前を言うと、アイは花が咲いたように笑って頷く。

「君達は、なんて名前……ってごめんね、喋れないんだった」

眠そうな目つきの子は空いた手で、二本の指を立て、ぱっちり目の子は三本の指を立てていた。

「君が二番目で、最初に会った君が三番目か」

俊也の問いに二人も笑顔で頷く。

待っている間は休憩している子供達と談笑していた。俊也が日本人だと分かると、アニメや漫画の話が主となり、知ってる物や聞いただけの物もあり、少し戸惑ったが、皆楽しそうに話したり、俊也の話を聞いていた。三つ子達は話せないが、こちらの話にニコニコ笑って頷いたり、懸命に手を動かしたりして話に加わる姿には俊也も周りの子達もほっこりした顔になる。

そうこうしているうちに、もうすぐ俊也達の番となっていた。


見れば先ほどまで沢山いたガードマン役の戦闘員達も人数が三人に減っており、厳戒態勢ではなくなっていた。

戦闘員の指揮役の子と並ぶように仕切っていた女の子も差し入れのジュースを飲みながらリラックスして誘導していた。

戦闘員に案内されながら、俊也と三つ子達、それに談笑していた数人の子達と向かうと、穏やかに微笑んでいるが少し疲れた様子のジェーンと一昔前に見た推し活キャラの祭壇のように子供達からのプレゼントらしき絵やキラキラ光る花や石に屋台のお菓子を入れた容器が卓上を埋め尽くしたサイドテーブルが見えてきた。

「次は……あら、俊也さん?」

「すみません、ジェーンさん。俺はこの子達の付き添いで……」

俊也が話している途中で、先導していたアイがジェーンに勢いよく駆け寄るなり、彼女の胸に飛び込んでいった。

俊也と手を繋いでいた為に出遅れてしまった二人も、ジェーンの元へ走っていき、同じように抱きつきにいった。

なかなか強烈なタックルに見えたが、ジェーンは特に痛がる様子もなく、三つ子を受け止めていた。

三つ子達は笑顔を浮かべながら身振り手振りで、彼女に何か説明をしている。

ジェーンはそんな三つ子の様子に微笑みながら頷いている。

声は出していないが、三人とも嬉しそうなのは笑顔でしっかりと伝わっていた。

ジェーンは三つ子達の頭をかわるがわる撫でながら俊也に礼を言った。

「俊也さん、三人を連れて来てくれてありがとうございます」

「あぁ、いえ、たまたま近くにいただけで俺は何にも……」

「それに、誘導してくれた皆も助かりました。後でまた話しましょうね」

今まで列の整理をしていた子供達も、ジェーンに褒められて照れくさそうに笑って頷く。

「ほら、三人とも。連れてきてくれた俊也お兄さんにお礼を言いなさい」

ジェーンに促されると、三つ子達は元気に手を挙げて返事をし、一斉に俊也の方へ振り向いた。



『『『ありがとうー!!!』』』



突然、俊也の頭の中で三人分の感謝の声が響いてきたので俊也は驚いてしまった。

「うわっ!? 」

思わず声が出てしまったが、三人共言葉は発しておらず、ニコニコと笑ったままだった。

いや、アイだけはしてやったりという顔で俊也の事を見ていた。

「え、えーと……頭の中で話せば良いのかな」

「俊也さん、普通に話しかけて大丈夫ですよ」

「は、はい……こんにちは、坂口 俊也です」

突然の展開に戸惑う俊也だったが、ジェーンの言葉に従って、俊也は改めて三つ子に挨拶と自己紹介をした。


すると、再び頭の中で声が聞こえてきた。


『こんにちはー!! ワタシ、アイ!』

俊也達を先導してくれた勝気な目の子が、アイ。


『……………ツヴァイ』

眠たそうな目でぼんやりした子が、ツヴァイ。


『ライだよ、よろしくー!』

ぱっちりした目で元気に挨拶する子が、ライ。


『『『デイドリームにようこそ! としあー!!』』』

再度頭に響き渡る舌っ足らずな声に目を白黒させていた俊也だったが、そんな事はお構いなしに三つ子達が頭の中で話しかけてくる。


『やっとはなせた!』

『……アイねえがやろうっていったのに……』

『えー、でもツヴァイねえものりきだったよー?』

『………きおくにない……』

『ねぇねぇ!としあは、どこからきたの?』

『おしえてー!』

「に、日本から来たんだ」

『にほん?』

『にほん……』

『にほんってどこー?』

「え、えーと中国の近くにある島国の一つが日本の場所で……」

『しま?』

『しましまー?』

『しまうま……かわいい……』

「いや、しまうまじゃなくて……国の事なんだけども……」

『くに?』

『くにくにー』

『……おにく、おいしい……』

「うーん、説明が難しいな……」

矢継ぎ早に話される脳内会話と、日本についてどう説明すれば良いか悩む俊也。

先ほどまでの無言は何だったのかと言わんばかりに押し寄せてくる言葉の、いや脳内の波に困る俊也にジェーンは苦笑しながら三つ子達に声をかける。

「三人共!! そろそろ普通に話しなさい!」

「「「はーい、ジェーンせんせいー!!」」」

「えっ、喋れるの!?」

ジェーンの言葉にあっさりと自分達から話し出す三つ子達に驚く俊也だったが、三人は元気に答え出す。

「もちろん!」

「……はなせないとこまる……」

「ちゃんとはなせるよー!」

そんな反応に俊也はふと一緒に来た子達の方を振り返ると皆、申し訳なさそうに謝ってきた。

「ごめんなさい、テレパシーでアイちゃん達に頼まれてつい……」

「前もおんなじイタズラしていて、バラシちゃったらムチャクチャ怒られたから……」

「……ツヴァイちゃんが無言で睨んでくるのに耐えられなくて……」

「ライ君は……気付いてなかったな」「うん」

「……マジかー、全く気づかなかったよ」

見事に三つ子―正確にはアイとツヴァイの二人―のイタズラに引っかかってしまったらしい。騙されていたという事実に俊也はガックリと肩を落としてしまう。

すると、ライが近づいてきて俊也に「みみかしてー」と話しかけてくる。

俊也は屈んで耳を傾けると、ライが小声で謝ってきた。

「だましてごめんなさい、としあがいいひとかわからなかったからぼくがアイねえにたのんだの」

ライは間延びした口調を正し、俊也の目を見て頭を下げる。

俊也はしょんぼり顔のライに笑いかけながら、彼の頭を優しく撫でる。

「気にしないでいいよ。知らない人が来たら不安になるのは当たり前だよ」

むしろライがやった事は、褒めるべき事である。

俊也がライを慰める様子に周りの子達やジェーンも微笑ましそうに見てくるので、俊也は顔を赤面させながら大声で話す。

「さ、さぁ! それより早くクラウンの部屋に案内して下さい! ジェーンさん!!」

「すみません、そうでしたね、クラウンのいる部屋は二階にありますので…」

「……クラウン、うえにいない……」

不意にジェーンの言葉を遮るようにツヴァイがそんな事を言い出した。その言葉にジェーンの顔付きが変わる。

「ツヴァイ、クラウンは出かけているのですか」

「……ううん。さっきおかしとりにいったときにあかいはこをもったクラウンがおりてくるのをみたの。ちょうどラビットもきていて、クラウンとはなしていたらいっしょにおくのへやにいっちゃった……」

「ラビットも一緒に……ツヴァイ、二人はどんな顔をしていましたか?」

「……クラウンは、うれしそう? ラビットは、こまってた、かな?」

「……仕事の報告でしょうか。俊也さん、行き先変更です。こちらへどうぞ」

「は、はい」

ジェーンに案内されて、俊也は大階段の裏側まで向かうと木製の大扉が見える。どうやら奥にまだ別の部屋があるようだ。

早速奥まで向かおうとするが、二人の目の前で三つ子達がぴょんぴょん跳ねながらアピールしてきた。

「ワタシたちもつれてって!」

「……いっしょにいく」

「めいわくかけないからー!」

三つ子達のおねだりにジェーンはため息をついた。

「仕方ありませんね、俊也さんはライをお願いできますか」

「わ、分かりました」

「アイとツヴァイは私と一緒に行きましょう。三人共、大事な話がある時はきちんと部屋に戻ると約束出来ますか?」

「「「はーい!!」」」

ジェーンの注意に三つ子達が元気よく返事を返すと、俊也の左手にライが、ジェーンの両手にはアイとツヴァイが手を握ると、五人で広場の奥へ向かっていく。

残った子達は手を振って五人を見送っていた。


ジェーンに誘導されて木の扉の先に進むと、先ほども見た広場の周りの部屋と同じ大きさの部屋が幾つも並んでいる。

しかし広場の周りの部屋と違い、凝った特徴がある部屋は少なくなってきている。

たまに、歌や踊りを行うステージのような部屋や博物館のように何かの骨や鉱物を展示してある部屋といった特色ある部屋も見られたが、多くの部屋はテーブルや椅子、クッションやテレビ、変わった物ではハンモックなどが置かれており、遊ぶ部屋というよりは寛げるスペースという面が強かった。


先ほどの広場がファンタジーな世界にあるショッピングモールのような雰囲気だったが、こちらは地下通路にあるショッピングエリアか地下の秘密基地のような様相だった。

部屋にいる子達も、広場にいた子達よりも年齢が上の小学生中から高学年に近い子達が多く、動物の特徴がある子は少なかった。

過ごし方も中でゲームをしたり、本を読んだり

ハンモックで寝ているなど目に見えて異能を使っている子も見当たらなかった。

ただ、ジェーンや俊也達を見ると、積極的に挨拶はしてくるし、お客である俊也が珍しいのか、部屋から興味深そうにこちらを観察してきていた。

「あの、ジェーンさん。ここって大人の人は来れないんですか?」

「来れないという訳ではないですが、あまり多くはいないですね。でも、俊也さんと同年代の人は何人かいますよ」

「へぇ、てっきり子供しか来れないのかなと思いました」

「正確に言うならば、子供の方が来やすいというのが、近いですね。最年長の人でも四十代ですし、その次は二十代の私とクラウンですね」

「という事は、教師は三人だけでやっていたんですか?」

「いいえ、元々は私が小さい子達に簡単な勉強を教えていたのがきっかけですよ。その時の先生呼びが定着してしまって皆先生と言ってくれるのですよ。……最近は忙しくてあまり授業は出来ず、手が空いてる人が持ち回りで行なっています」

「持ち回りって事は、他に先生が?」

「あのね、マオちゃんとスーちゃんがべんきょうをおしえてくれるの!」

ジェーンと手を繋いでいるアイが教えてくれる。

俊也はスーという名前は初めて聞いたが、マオの名前には聞き覚えがあった。

「マオって壁を通り抜ける人?」

「うん! いつもかべからでてくるよ! ときどき、てんじょうとかゆかからも!それでいつもどこからくるかみんなであててるの!」

どうやらマオは普段から壁や床をすり抜けているらしい。そういう能力だと知っていれば、ゲーム感覚になるのも仕方がない。

「そういえば、今日の担当はスーだったはずですが、見かけませんね」

「……スーちゃん、がっこうがいそがしいからってマオちゃんがきょうのせんせいやってくれた」

「あぁ、だからマオがいたのですか」

どうやら、持ち回りといっても場合によっては代わりに入ってもらえるらしい。

バイトのシフトみたいだなと俊也は思った。

「二人とも、学生ですからね。確か十六だったかと思います」

「という事は、高校生ぐらいですか」

自分と同じくらいなのに、勉強を教えられるのはすごいなと感心する俊也だったが、ふと気がつく。

「………あれ、クラウンは先生じゃないの?」

「……クラウンがせんせいだとラッキー。いっしょにあそんでくれる……」

「……彼は教師というより遊び相手ですね」

「……何か凄く納得できました」

確かにクラウンが授業をしているイメージは、あまり想像出来ない。

むしろ、一緒になって遊んでいる姿が目に浮かんでしまう。




しばらく辺りを探してみたが、クラウンは見当たらない。

(あんなに目立つ色あいなんだからすぐに見つかると思ったんだけど……)

俊也とジェーン、三つ子達で部屋を見て回るも、どこにも姿がない。

捜索しているうちに、五人の行く手に人混みが見えてくる。

通行止めではなく、一つの部屋の前で人集りが出来ているようだ。

「何かあったんですかね?」

「ちょっと聞いてみましょう」

ジェーンは近くにいる子供に声をかけた。

「どうしたんですか、皆集まって?」

「あ、ジェーン先生。クラウン達がこの部屋にいるんですけど……」

「クラウンとラビットがいるのですか? 二人は何をしているんですか?」

「……レースをしています」

「へ?」

「は?」

「「「なになにー?」」」

その言葉に俊也もジェーンも自身の耳を疑った。

「……見てもらえば分かります」

すると、辺りの人混みが少しひいて、俊也達が通れるように道を空けてくれた。

レースとはどういう事かと、俊也とジェーンは部屋の中を見ようとする。

三つ子達も覗き込もうとしたが、身長が足りない。

すると周りにいた子が気を利かせて、椅子を三つ持ってきてくれたので、どうにか見られる高さになった。

『えっ……』

「「「おおっ〜」」」

部屋を覗き込むと、俊也とジェーンはその光景に驚愕した。


部屋の中には荒野が広がっていた。見渡す限りに白っぽい砂や茶色の岩山が連なり、僅かなサボテンが生える以外は緑はまるでなかった。

舗装された道路や行き交う無数の車もあり、ポツポツと小さい飲食店も見える。

そんな道を無数のカートで走り抜けている。

俊也は、その有様に言葉を失った。

何故なら、俊也はこの景色に見覚えがあったのだ。

テレビで宣伝もされていたし、俊也自身も所有しているからだ。

これは、つい一年ほど前に発売されたレースゲームの世界だった。

無数のカートが走り抜けている中で、混じっているキャラクターに見覚えがない者がいる事に気付いた。

一人は茶髪の気弱そうな少年で、頭に同色のウサギの耳が生えている。もう一人ピエロの化粧をしたレーサーのような姿をしている。

クラウンだ。


「よっしゃ! 一位になったッス!! 」

「ラビット、青来てるよー!」

「え、え、え、待って待って待って! アッーーー!?」

「残念! 先に行くよー!」

「クラウンさん〜待って下さいッス!」

ラビットと呼ばれた少年のカートがクラッシュしてしまい、その横をクラウンや他のゲームキャラのカートが次々と通り抜けていく。

まるで、ゲームの中に入り込んで遊んでいるようだった。

「よっしゃあ一位だー!!」

「あ~、あそこで青が来なければオイラの勝ちだったのに……無念ッス」

やがてレースが終わった途端に、荒野のレース会場は消え去り、大きなプロジェクターがある部屋に戻っていた。

クラウンもラビットもゲームキャラクターのような見た目から普通の見た目に戻っていた。

ラビットは茶髪で気弱な外見は変わらなかったが、ウサ耳の代わりに大きなヘッドホンを首にかけていた。

クラウンはレーサーのような服装から元の道化師衣装、ではなく、TシャツにGパンのラフな格好に戻っていた。髪の色は虹色から透き通った白髪になり、顔だけは道化師の化粧をしたままだった。

「やっぱり、異能を使って部屋全体で楽しむレースは最高だね!」

「うーん、オイラはここまでリアルだとやりづらいッスね……」

「ハハハ! VRゲームが出来た時の予行演習だと考えなよ! もう一勝負どうだい? ラビット? 」

「えっ、大丈夫ッスか? あんまりサボっていたらジェーン姐さんに怒られちゃうッスよ?」

「ヘーキヘーキ! 彼女は仕事もあるからまだ帰ってこないよ!」

そんな呑気なクラウンの言葉に、急に周りから突き刺すような冷気を流れてくるのを感じる。

すると、一緒に見学していた子達も怯えながらその場から一歩後退った。

それは、隣りにいるジェーンから発せられていたのだ。

彼女はまるで仮面をつけているかのような無表情だったが、本気で怒っているというのが俊也にも理解できた。

いつの間にかアイが俊也の空いている腕にしがみついており、ライも俊也の手を力一杯握って震えており、怯えていた。

ツヴァイは、クラウン達がやっていたゲームに興味を惹かれているのか目を輝かせて見ている。

そんな様子には気付かないクラウンとラビットの会話は続く。

「……でも、気絶してるお客さんもいますし、この辺にした方がいいんじゃないスか?」

「ラビットは心配症だね! 彼が目覚めたらディンゴ君から連絡があるから大丈夫だよ! それより、隠しキャラも出したいからもう少し付き合ってくれないかい?」

「……まぁ少しならいいッスけど……」


バキッ


不意に何かが砕けるような音が、俊也の隣から響いてきた。

俊也は見たくないと思いつつも、気がつけばゆっくりと隣のジェーンへと視線を向けていた。


「え」


だがそこにはジェーンの姿はなく、ファンタジー映画などでよく見かける西洋甲冑が俊也の横に立っていた。

ピカピカの銀色に磨かれた鎧に表情が隠れた甲、腰に四本の剣を差した戦士の姿が俊也の目の前にいる。

戦士は腕を組んだ状態で楽しそうに話すクラウン達をじっと見ていた。

表情は見えないが、戦士の全身から炎が燃え上がっているような幻視を見る俊也。

気が付けば、先ほどまで一緒にいた他の子達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなっており、他の部屋から遠巻きで俊也達を観察している。

アイとライも俊也を盾にして背後で震えていた。

ツヴァイだけは、「……ジェーンせんせい、すっごいおこってるね」となぜかワクワクしながら呟いていた。

どうやら、あの鎧がジェーンであるのは間違いないらしい。

ジェーンは腰の剣を全て抜くと、両手に二本ずつ剣を握る。

それは、斬り掛かる構えではない。

剣を投げつけようとしているらしい。

しかし、むしろ数歩後ろに下がりだしたのだ。

(……何でわざわざ距離をとったんだろう?)

一瞬俊也の脳裏に疑問が過ったが、相変わらず楽しげに会話を続けるクラウン達。


「でも、次で最後ッスよ? オイラも仕事の報告しないとマズイッスから……」

「分かってるよ! じゃあ、次は異能を使わないで普通にやろ―」


瞬間、ジェーンが四本の剣を勢いよく投げる。

剣は一直線に飛んでいたが、パッと消失してしまう。

どこにいったのか、俊也は辺りを見回したが、その答えはすぐに出た。



「うわっ、な、なんだ!?」

「ひいっ……!!」



部屋の中からクラウンとラビットの悲鳴が聞こえてくる。

俊也が再度部屋を覗いてみると、そこには両腕・両足の服に剣が突き刺さり、壁に磔となったクラウンと剣の出現に驚いて腰を抜かすラビットの姿があった。

(放り投げた剣を瞬間移動させて、クラウンに当てたって事!? )

まるでサーカスのナイフ投げのようだった。

気付けば、ジェーンは部屋に入っており、クラウンとラビットの前へ向かっていた。

暗い感情を滲ませてゆっくりと歩く姿は、まるで処刑人のような雰囲気だった。


「じ、ジェーン姐さん……スミマセンッス!! クラウンさんに誘われて、つい熱中してしまったッス!!」

「あっ、コラっ! 一人だけズルいぞ、ラビット!!」

歩み寄ってくるジェーンの姿を見て青ざめたラビットは、そのまま土下座へと移行した。

クラウンは壁に縫い止められてしまい、逃れようと藻掻いていたが、軽い身動ぎしか出来なかった。

しかし、ジェーンは土下座するラビットには目を向けずに、磔状態のクラウンの前に立った。

「随分楽しんでいましたね、クラウン。溜まった仕事はきちんと済ませているのですか……?」

「ま、待ってくれっ、ナイト君!! か、軽い息抜きでゲームをしていただけだよ!! サボっていた訳じゃないよ!! 」

思いの外、優しげなジェーンの問いかけに、クラウンは必死で言い訳を並べている。

ナイトとはジェーンの事のようだが、今のジェーンの様子では、『狂戦士』か『執行人』の方が合っているだろう。

声は落ち着いていたが、爆発寸前の状態だ。

「……『仕事があるからまだ帰ってこないよ』」

「えっ……」

「しっかりと聞いていましたよ、クラウン?」

「そ、それは……その……」

見苦しい言い訳はあっさりと看破されてしまい、クラウンは多量の冷や汗を流しながら口ごもってしまった。

「それから、俊也さんから聞きましたが、屋上五階から飛び降りて気絶したとはどういう事ですか?」

「い、いや……それは、必要な、事…」

何とか絞り出した言い訳は、虚しく部屋に響いたが、




「少しは、反省、しなさいと、言っているんだっ、このバカピエロっ!!!! 」


ジェーンの激しい怒声が部屋から響いてきた。

続いてクラウンの悲鳴が聞こえてくるも、俊也と三つ子達はもう部屋を見ていなかった。

「……ツヴァイちゃん」

「……なに」

「………ジェーンさんがここで一番強い?」

「………うん、おこったらだれもかてない」

ジェーンさんは、絶対に怒らせないようにしよう。

背後のクラウンの泣き声を聴きながら、そう心に誓った俊也だった。

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