幕間 坂口 俊也の夢
一月前、学校に進路相談の連絡が来た時だった。
(将来ね……ま、就職は止めておくのが無難だよな)
俊也は配られたプリントを見ながらぼんやりと考えていた。
回りのクラスメイトも卒業したらすぐに就職するという声は聞こえて来なかった。
そのほとんどが、進学する事を決めている者が多いようだ。
時折聞こえてくるのは、「うわっ、めんどくせぇ」と気怠そうな声だったり、
「とりあえず高校は出ておかないとー」「じゃあ今度学校見学行こうよ」と友人同士で進学を決めている様子が見えた。
(そうだよな、というかまだ十五になったばかりで社会に出たらどうしたいなんて分からないよ)
「ほら、静かにしろお前らー。書類は大体一ヶ月までだから忘れずに提出しろよー。それから屋上のドアの鍵が壊れているから、終わるまで屋上に行くなよー。じゃあ、お疲れ様ー」
担任の山本は騒ぐ生徒へ軽く注意し、提出期限、注意事項を流すように話すと、足早に教室を出ていってしまう。
他のクラスメイトも帰宅するか部活かで席を立った為、教室は急に数人だけになってしまった。
(とりあえず帰るか)
俊也も立ち上がって帰宅しようとしたが、友人の仲村から声がかかる。
「おー、俊也。進路決めたのかー」
「あぁ、普通に高校行くよ。いきなり働くとか無理だって」
「そうだよなー。でも受験とか面倒だよなー、もっと遊びてぇよー」
「だな、金はないけどさ」
「それは言うなよー、でも、もし良い高校入れたら小遣いアップして貰えるように交渉しないとなー」
「おう、もし上がったら奢ってくれ」
「上がったらなー。じゃあオレはちょっと屋上まで行ってくるよー」
「見つかんなよ」
面白半分で屋上まで向かう仲村を見送った俊也は、ひとまず進路相談室まで向かい、自分の成績で入れそうな進学校を何校か見繕い、そのまま帰宅した。
そして、夕食時に両親に進路相談の知らせが来た事と幾つかの志望校を報告したが、母親からは「どこにするにしてもしっかり勉強しなさいよ」と軽く釘を刺され、父親からは「大学に行く時はきちんと考えてから決めろよー」とテレビを観ながらの緩い忠告を貰い、特に反対される事もなくトントン拍子に済んでいた。
「……あっさり決まっちゃったな」
自室に戻った俊也は母親に判子を押してもらった書類を鞄に放り込むと、ベッドに寝転んだ。
こうも簡単に決まると些か拍子抜けだったが、別に反対意見が欲しかったわけでは無い。
(ま、面倒がなくて良かったけれども……何だかしっくり来ないな)
自分なりに考えて、悩んだ事に文句も反対もなかったのは、良い事のはずなのに何故か俊也は困惑していた。
(……ゲームでもするか)
気分転換をしようとスマホのアプリを立ち上げたが、集中出来ずにミスを連発。
僅か五分でスマホを枕元に放り投げていた。
(……やっぱり漫画でも読むか)
仕方なく起き上がった俊也は本棚で漫画を見繕うとするも、どれも読み飽きた作品ばかりで真新しい本は皆無だった。
俊也はろくにタイトルも見ずに何となしに選んだ本を開いてみた。
「あ、これは……」
それは漫画ではなく、児童書だった。
一昔前に人気になった有名作品で、漫画やアニメにもなった失われた宝石を探す王道ファンタジーの一巻だった。
「懐かしいなぁ、この本。母さんにねだって買ってもらったよなぁ。表紙が格好良くて……」
当時の記憶を思い起こしながら頁をめくるうちに、いつの間にか目が文章を追っていく。
気がつけば、あっという間に本を読み終えていた。
「久しぶりに読んだけど面白かったな」
俊也は満足気に本を戻しながら呟いた。
宝石が失われたきっかけ、主人公達の生い立ち、手に汗握る戦いの末に何とか手に入れた最初の宝石の重み。
この作品を読んだ当時は、自分自身を主人公に重ねて冒険してみたいと思い、更には自分ならここはどうしたら良いのかと考えたり、こんなアイテムあればなぁと空想して楽しんでいた事を思い出した。
「待てよ?」
ふと、俊也は気が付いた。
「これはやってみたい事じゃないか」
自分が書いた面白い作品を誰かに読んでもらい、ゆくゆくはそれを出版してもらい、お金を稼ぐ。
そして、小説を書くのに特別な資格などいらない。
もちろん、ここまで上手くいく訳がないのは頭の片隅で理解しているつもりだったが、俊也にとっては天啓を得たような気分だった。
「とりあえずやってみるか」
出来るかは分からないが、他にこれはという考えもない。
俊也は枕元のスマホから小説投稿サイトを探して登録、小説を作ろうと考え始めた。
俊也自身、昔は自分を主役に物語を動かしたらと空想していた事もあるし、大丈夫だろうと気楽に考えていたが、その考えは甘いと思い知る事になった。
投稿サイトに載っている作品は、面白い物が多く、とても自分が作った『粗末な作品擬き』を上げる気にはなれなかった。
再び、作った作品はどこかで見たような構成と展開、その上説明文の様な長い文章で読む気も書く気もなくなってしまった。
思い付きで始めたのは自分だが、どうしてこんな事をやろうと考えたのかと自分の浅はかさを呪いたくなる俊也だったが、それでもと思いついた事を書き、修正し、書いた文章が気に入らず、書き直し。
ふと思いついた事を書いては直すを繰り返した。
内容も同様で一から練り直ししていた。
物語の背景、敵、仲間、主人公の中身、目的に結末など……
考えなければならない事が無数にある事が、面倒くさくて辛かったが、同時に楽しくもあった。
そして、一ヶ月後にようやく納得がいく作品を作る事が出来た。
どこに出してもおかしくないと誇れる俊也の物語。
完成した時は感極まって、勢いよく自分の椅子から立ち上がって叫んでいたほどだ。
不運にも立ち上がった際に机に両膝をぶつけてしまい、痛みに悶える事になったが、奇声を発した理由について親に言い訳がしやすかったのは幸いだった。
後は、これをサイトに上げれば良いだけだったが、残念ながら本日は学校に行かなければならない。
別にいつでも出来るが、落ち着いてやりたいと考えた俊也は欠伸を噛み殺しながら学校へと向かう。
ここ数日は眠りにつくまではひたすらに小説の事を考えていた為、寝不足気味であったが、小説を完成出来た高揚感が眠気を軽減してくれたおかげでどうにか授業を乗り切る事が出来た。
ホームルームも終わり、帰ろうとした俊也に担任から声がかかった。
「坂口、ちょっと残れー」
「え、何ですか、山本先生。オレ少し急いでいて……」
「進路相談の書類、お前だけ未提出なんだよ。今無いならざっとで良いから残って書いておけ」
「進路の……、ヤバい! 忘れてた!! ちょっと待って下さい!!」
頭にモヤがかかったような状態の俊也は慌てて鞄の中を探して、折り目がついた書類を取り出して提出した。
「なんだ、あるのか。ちゃんと提出期限は守らないと駄目じゃないか」
「すいません、気をつけます。あの、もう帰っても……」
「まだ待ってくれ、一応漏れがないか確認するから」
普段の適当な対応と異なり、妙に細かい山本に俊也は少し苛立つが、居残りさせられるのは御免だったので大人しく待つ事にした。
「ん? 坂口、コレは駄目だ。書き直ししなさい」
「え、ど、どこか抜けていましたか?」
「抜けはないが、ここの部分が駄目だ。
この考えは『現実的じゃない』」
山本に突きつけられた書類には『将来、小説を書いていきたい』と書かれていた。
「はっ?」
俊也は慌てて書類を見返したが、紙には確かに自分の字で書かれていた。
だが、《《そんな物を書いた覚えはない》》。
いや、《《そもそも山本からこの場で言われた記憶はない》》。
俊也はハッとして周りを見渡した。
いつの間にか教室にいたクラスメイト達が俊也の事をじっと見つめていた。
「そうだぜー、やめておけよー俊也」
「今時、小説家って、夢見過ぎじゃね?」
「夢だけで生活出来ないよ」
「現実見ないとダメだよね」「だよねー」
「やめとけ、やめとけ」「無謀じゃね?」
「てか、夢とかマジで言ってんの? 」
やがてクラスメイト達は口々に否定的な意見を言い始めた。
無表情で喋り出すクラスメイトに、俊也は一瞬怯んだが、何とか言い返す。
「や、やめろよ!! オレは……オレは、真剣に考えて……それで」
「でもそう言われた時、内心ホッとしたじゃない」
教壇から聞こえる声に思わず振り返った俊也の前には、先生はいなかった。
そこにいたのは、ニヤニヤと笑っている俊也自身が立っていたのだ。
「ひっ……、な、何の……」
「薄々感じていた事だろう?
『こんな考えで本当に良かったのか?』
『もっと良い夢があるんじゃないか?』って、
誰かに言ってもらいたかった、そうだろう?」
教壇の俊也は笑いながらも
「ち、違う!! オレは本気で、やってみたいって…」
「うんうん、そうだよな。本気で考えていたよな、真剣に、これで良いのかって悩んでいたよな。分かるよ? だって、オレなんだからさ」
必死で否定する俊也を、教壇にいる俊也は訳知り顔で頷き、肯定する。
「でも、同時に思っただろう? 《《これで生きていけるのか》》?って」
教壇の俊也の言葉に、俊也は息を呑んだ。
確かに俊也自身が考えた事だった。
「それは……」
「仮に全部上手くいったとして、その後は? 作品が出版されたからって、売れなかったら打ち切り。売れる作品が出来るまでひたすら書けるのか? 生活はどうする?」
突き付けられる『現実の苦労』が、俊也の心に深く食い込んでいく。
「だから山本先生に言われて安心しただろう?
『あぁ、やっぱりオレの選択は間違えていたんだ』って、否定される事を望んでいたんだよ!」
「う、嘘だ!! ……そんな事、オレは望んでない…」
「証拠は、後ろのお前自身が言っていたじゃないか」
弱々しく否定しようとする俊也が振り返ると、いつの間にかクラスメイトの姿が俊也自身になっていたのだ。
無数に佇む俊也達は皆、ニヤニヤ笑いながら俊也を見つめている。
「あ……あ……あ……」
声にならない呻きを出しながら俊也は後ずさろうとしたが、教卓に阻まれて下がれない。
不意に俊也の右肩にポンと手が乗る。
思わず振り返った先には、満面の笑みを浮かべる自分自身の顔が見えた。
「認めようよ?『オレの夢は現実的じゃない』
『ふと思いついた気の迷いだった』ってさ。
それで高校進学してからゆっくりと『普通の』『現実味ある』夢を、人生を考えよう。
そうするのが、お前も、回りも、皆が幸福になる一番の近道だよ」
優しく諭してくる自分、それを祝福するように拍手する笑顔を浮かべる沢山の自分。
そうか、やっぱりきちんと、選んだ方が良かったんだ。
俊也は肩に置かれていた手を
取らずに、振り払った。
「へ?」
「…………がう……」
「え、何…」
「違う!!!!!!
確かに自分でも無謀だと思ったよ!!
現実的な夢じゃないと感じたよ!!
でも、それをやりたいと思ったのも本心だ!!
夢は変わるかもしれない、
もしかしたら叶わないかもしれない、
そんな事は分かっている!!
だけどな、その選択をするのは《《オレ》》なんだよ!!」
突然の俊也の叫びに、回りにいた俊也達も驚き、動揺していた。
「オレは!! 誰にも夢を否定されたくない!!
オレ自身にもされたくないんだよ!!」
俊也が叫んだ途端に、教室が大きく揺れ出した。
同時に、回りにあった机、椅子、窓や扉も外れて宙を舞い出していた。
無数の俊也達も机と共に浮かび始めた。
「ま、待」
「皆、消えちまえ!!!!!!」
瞬間、教室内に衝撃が走り、轟音が響き渡った。
気が付けば、浮かんでいた物も無数の俊也達も消えていき、辺りには何もない白い空間が広がるだけとなっていた。
俊也はそんな様子を満足そうに笑うと、床に向かって崩れ落ちていく。
しかし、そんな俊也を受け止めた者がいた。
それは教壇にいた俊也、正確に言えば俊也に擬態していた人物で、凛々しい犬の仮面を付けていた。
「やべぇ、やべぇ。ちょっと煽って力を引き出すだけのはずが、こんなに暴れるとは思わなんだ」
犬面の人物は、俊也を抱えながら苦笑していた。
俊也は薄れていく意識の中、ぼんやりと犬面を見ていた。
「しかし、思ったより芯がある子だな。君の来訪を歓迎するよ、坂口 俊也」
そんな犬面の言葉を聞いているかは不明だが、俊也の意識は意識が遠のいていった。
良ければ、コメントいただけると嬉しいです。




