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第一幕② 道化師の弁明、そして誘い

「あ、怪しいって酷いじゃないか!? ボクのどこが怪しいって言うんだい!?」

「全部だよ!! そもそもどうやって学校に入ったんだよ!? 不法侵入で捕まるぞ!!」

「普通に校門からだよ?許可証もあるし……」

「守衛さん何やってんの!?」

虹色に輝くピエロに入校許可を出す緩すぎるセキュリティに俊也は頭をかかえる。

「大丈夫かい? 痛み止めならあるけれど……?」

「頭痛の原因は、目の前にいるピエロ|《不審者》なんだよ……!」

「いや、ボクはクラウンだよ……」

「王冠って、頭に被っているとんがり帽子が?」

「読み方は同じだけど、違うよ! 道化師の事を『クラウン』と呼ぶんだよ!」

クラウンは、いつの間にか小さなホワイトボードとペンを取り出し、自分の名前と王冠の単語を書いて説明する。気付けばそれぞれの単語の近くに小さいピエロと冠が描かれており、分かりやすく書かれている。

「屋上で校庭を眺めていた不審者に解説されるって何だか嫌だな………」

「言い方!! その表現には悪意が混ざっているよ!! 名誉毀損だ!!」

「だって、サーカスなら分かるけど屋上に道化師がいるなんて、おかしくないか?」

「た、確かに………あぁ、待って待って!! 別にボクはそういう目的で校庭を見ていた訳じゃないよ!!」

「怪しいって自覚があるじゃないか……」

先ほどまで怪奇現象だと思っていた道化師の言葉にツッコミを入れている自身に俊也は複雑な気持ちになった。

「それにオレが知っているピエロって、大都市の裏を牛耳る気が触れた男とか、排水溝に潜んで子供を攫う殺人鬼のイメージがあるんだけれど……」

「一緒にしないでくれよ!! そいつらは道化のコスプレをしている犯罪者であって、道化師ではないよ!! もっと他にいるでしょう!?」

「他って言われても……赤い鼻の海賊とか?」

「そいつも悪人じゃないか!? 」

俊也があげていく有名なピエロのキャラクターにクラウンは頭を抱えてしまうが、すぐに顔を上げて宣言する。

「ボクは皆を笑顔にしたいから、この衣装を着ているんだよ!! だからこの衣装に誓って犯罪はしない!!」

「いや、初対面の相手にそんな事言われても……何か身分を証明する物はないの? 名刺とか…」

「名刺? なんだ、それなら持っているよ!! 」

「名刺はあるんだ……」

名刺と言われると、クラウンは明るく笑って衣装の中から一枚の取り出し、恭しく俊也に差し出した。

「はい、どうぞ! 」

「あ、どうも……」

俊也は渡された名刺を見てみると、そこには赤を主体にした豪華な衣装を着た男がおり、左上部と右下部には◆マークとKが書かれていた。

それは、トランプのキングだった。

「……ふざけているの?」

「いやいや! よく見てごらん!」

クラウンに促されて仕方なく再度手元のトランプを見てみると、俊也はギョッとしてしまった。

書かれた絵柄がいつの間にか立派な衣装を着たクラウンに変わっていたのだ。

マークが描かれていた部分も、『CROWN』に変化している。

俊也は驚いてカードを近付けて見ると、カードの中のクラウンがウィンクをしてきた。

「うわっ!」

俊也は思わずカードを放り投げてしまったが、カードは床に落ちずに、クラウンの掌に戻っていった。

クラウンが戻ってきたカードを手で丸めていくと、掌には赤いボールが乗っていた。

クラウンがボールを頭上に放り投げると、赤と青のボールになって落ちてくる。

クラウンは二つのボールを手に持つと、ジャグリングが始まり出した。

最初はゆっくりとした早さだったが、徐々に回転速度が上がっていき、いつの間にかボールの数も増えていった。

三つ、四つ、五つ……、最終的には七つ七色のボールでジャグリングをしていた。

俊也は、いつの間にかクラウンのジャグリングに魅入っていた。

「さぁ、これでラストだよ!!」

クラウンがそう叫ぶと、ジャグリングの速度は急に速くなり、俊也が目で追うのが難しくなっていた。

やがてクラウンがボールを一つずつ回収していき、ジャグリングは終わる。クラウンは恭しくお辞儀をしようとして止まる。

手に持っているボールは六つだけ、黄色のボールだけがない。

クラウンは、ボールを探して辺りをキョロキョロと見回してみたが、当然ボールは見当たらない。

思わずクラウンが空を見上げると、彼の頭上から黄色いボールが落ちてきて、クラウンの顔に勢いよく激突する。

顔にボールが当たったクラウンは、床に倒れてしまい、持っていたボールは散らばってしまう。

その様子に思わず、俊也は笑ってしまった。

起き上がったクラウンは、俯いたまま散らばったボールを一箇所にまとめると、思い切り踏みつけた。

苛立つように二・三回と、地面に擦り付けるように踏み躙る。

だが、気が付けばボールは見当たらず、クラウンの足下には一枚のカードがあるだけだった。

クラウンはカードを拾い、軽く叩いてから俊也にカードを見せた。

それは、最初に俊也へ渡したダイヤのキングだった。

「これにて終了」

クラウンは帽子を取って改めて深々と一礼した。

俊也は気付けば拍手していた。

「ボクが“クラウン”だと分かってくれたかな?」

ニコリと笑顔を浮かべるクラウンの問いに俊也は思わず頷いていた。

「つまり、凄腕の大道芸人って事?」

「だから、クラウンだってば!! 」

クラウンのツッコミに俊也は笑い出し、クラウンもそれに釣られて笑い出していた。

(そういえば、こんなに笑ったのは久しぶりかな?)

友人との会話やテレビのバラエティーなどで笑う事はあったが、芸を見て楽しく笑うというのは久しくしていない事に俊也は気が付いた。

「うんうん! 良い笑顔だ!! やっぱり笑顔は最高だ!!」

クラウンは俊也の顔を見ると手を叩いて喜んでおり、先ほどまで真剣に芸をしていた人物とは思えないほど無邪気な様子に見えた。

(まぁ、怪しいけれど悪人ではないのかな?)

少なくとも何かを企む人間が、呑気に芸をして客の反応に喜ぶ暇などないはずだ。

このクラウンは変な人間ではあるが、一流の道化師である。

「でも何でわざわざ屋上にいるんだよ? 」

「それは、もちろん未来の団員の勧誘の為だよ!! 少しでも逸材を見つけられるように上からジーッと観察していたんだよ!!」

「……ここの鉄柵の隙間じゃあロクに見えないんじゃない?」

「いやいや、ボクの目は特別性だからね! 少しの隙間があれば問題なく見えるよ! たまに調整を間違えて骨格が見えちゃう時もあるけど……」

「いや、どんな目だよ」

クラウンはどこからか取り出した双眼鏡で覗き込んでくるのを俊也は笑って突っ込む。

「でも、それなら校門の前で堂々と芸をしていれば良かったんじゃないか?」

「ハッハッハ、こんな怪しい格好の人間が芸をしていたら皆すぐに離れていっちゃうじゃないか」

「自覚あるなら、普通の格好にしておきなよ!!」

「だって、それじゃあ普通の芸人かスカウトマンみたいになるじゃないか。ボクを知って貰わないといけないんだからこの服装じゃないと駄目だよ」

「どうして”クラウン“にこだわるんだよ? さっきから簡単に物の出し入れをやっているし、マジシャンの方が良いんじゃないか?」

「これの事かい?」

クラウンがそう言って指を鳴らすと、先ほどまで持っていた双眼鏡は消え、代わりにハンカチが現れていた。もう一度鳴らすと、ハンカチは消えていた。

「ほら、凄いじゃないか。マジシャンでもやっていけるよ」

「いやいや、こんな手品出来る人なんて五万といるんだよ。始めからマジシャンを目指している人達と戦うのは現実的じゃないよ、もっと別方向に……」



『現実的じゃない』



先ほどの面談で自分に向けられた言葉を思い出し、俊也は気分が悪くなっていく。

こんなに凄いマジックが出来る人でも、現実が邪魔をしてくるのか。

理想だけでは、何も出来ないからと将来を変えなければならなかったのか。

消えてしまったと思っていた怒りと悲しみがいつの間にか溢れてきそうになっていた。


俊也の表情が暗く沈んでいる事に気付いたクラウンは、心配そうにたずねた。

「……何か気に障る事を言ったかな? だったらごめんよ」

「クラウンは……なりたくて道化師になったの?」

それは、祈りでもあった。

どうか自分もそうだったと安心させて欲しい。

そう願って俊也はたずねた。

しかし、クラウンは一瞬きょとんとしたが、あっさりと肯定した。

「うん? そりゃあそうだよ。好きでもなければこんな格好しないでしょ…」


「嘘だ!!!!」


クラウンの回答を遮るように、俊也は大声で否定していた。

「妥協したんじゃないのか!? 『マジシャンなんて現実的じゃない』って!! やりたいと思った事を否定されて、イヤになって、でもそれだけじゃ生活出来ないって、諦めて今の姿になったんじゃないのか!?」

今まで我慢していた気持ちが抑えきれず、思うがままに俊也は叫び続けた。

綺麗事を言わないでくれ。

やりたい事が出来ないからそうなったと言ってくれ。

そう思っていたのに、違ったのだ。

自分とは異なり、やりたい事をやっているクラウンが妬ましくて、悔しくて、そして羨ましかった。

気づけば、堰が切れたように自分の気持ちを吐き出し続けていた。



しかし、クラウンはそんな俊也を怒鳴りも、呆れもしない。ただ、静かに聞いていた。

やがて感情の氾濫が終わり、息を切らしている俊也に向けて一言たずねた。

「君はそう言われたのかい、坂口 俊也君」

クラウンの言葉には肯定も否定もない、怒りも悲しみの顔も浮かべず、静かに言葉を続ける。

「学校の面談で先生か親に『そんな仕事は現実的じゃない』と自分が真剣に考えた事を否定されたかな?」

その問いに俊也は小さく頷いた。

「慰めになるかは分からないけれど、『現実的じゃない』という言葉に深い意味はないと思うよ。『君が目指す夢は現実的に達成は厳しい物だが、それでもやろうと思うなら覚悟を決めなさい』という忠告、親切心からの助言だろうね」

「っ……」

「そうだね、親切とか忠告でも自分なりに考えた事をバッサリ切り捨てられて良い気持ちになる訳がないし、分かるように言えって思うよね。君が怒るのも無理はない」

先ほどまでのふざけた様子は一切なく、クラウンは真剣に俊也の気持ちに応える。

「でも、事実もある。夢という言葉を追いかけて気が付けば時間は過ぎていき、後戻りが出来ない状態になっていた……そういう後悔が無いように念押ししていたという面もあるんじゃないかな」

「……そんなのどうだって言えるじゃないか。それなら素直に『才能がないから諦めろ』って言えば済む話じゃないか」

「才能、才能ね。君が言う才能ある人だって初めから才気に溢れていた訳じゃあないよ。好きだから続けて、ダメだったら考えて試す。これを繰り返していたら気付けば『凄い才能がある』って言われているんだよ」

「……始めから才能がある人だっているじゃないか」

「そりゃあ、器用にこなせる人だっているよ! だけど、その人が本当にやりたい事に結びつかないなら幾ら才能があっても宝の持ち腐れさ。君は野球選手になりたい人が、サッカーの才能があるって言われて嬉しいと思うのかい?」

力なく否定の言葉を投げる俊也をクラウンは軽々と打ち返していく。

「要するに自分が本当にやりたいと思うなら誰に何と言われようがそれを目指す! 他人に言われて迷ったりするなら、もう少し考えた方が良い! そういう事だよ」

「それで……あなたが考えて出した結論が、”道化師“になる?」

「そうだよ。妥協でも諦めでもなく、ボクが目指す夢に最も近いからボクは“クラウン”を選んだんだよ」

クラウンは俊也を見ながらしっかりと自信を持って頷く。

誤魔化す様子は一切なかった。

「さっき言っていたよね、マジシャンでも良いんじゃないかって。確かにマジシャンなら皆に喜ばれて、お金も稼げるし、こんなおかしな格好をしなくても良い。その通りだね」

クラウンは自身の派手な衣装を指差しながら、微かな自嘲の笑みを浮かべたが、すぐにそんな表情は消えて楽しそうに笑って主張しだした。

「でもね、ボクは驚きと感動だけじゃなくて皆に笑って欲しいんだよ! ボクがやる芸に皆が驚いて、皆が感動して、そして心からの笑顔を見せてくれる、その夢を叶えるにはマジシャンでは出来ない。クラウン《これ》じゃなきゃダメなんだよ!!」

クラウンは堂々と胸を張って自分の望みを語った。そこには、確かな目的と自分の才能を信じ、やり遂げるという熱い感情が伝わってきた。

自分にもそれがあれば……そう願ってしまう事の恥ずかしさと羨ましさが混ざり、俊也は何も言う事が出来なかった。

「……」

「納得出来ていないようだね、『そんな事は色々出来る才能があるから言える事だ』って顔をしているよ」

「………もしかして心が読めるとか?」

「心なんて読まなくても顔に書いてあったよ!! 君、分かりやすいと言われたことは無いか!! 」

からからと笑うクラウンに対して顔をしかめる俊也。

揶揄われている、そう思った俊也に出来たのは、不貞腐れたようにそっぽを向くという細やかな抵抗だった。

「じゃあ、仮にだよ? どんな人でも特別な才能を持つ事が出来て、夢を叶えようと努力できる場所があるなら、君は行ってみたいかな?」

「……そうだね。もし、そんな所があるなら行ってみたいよ」

クラウンの質問に、俊也は顔を背けながらも答える。



「言ったね?」



クラウンは急に俊也に顔を近づけてきた。

雰囲気が一気に変わったのを俊也ははっきりと感じ取れた。

真剣に話を聞いてくれていた時とも楽しそうに笑っていた時とも異なる、してやったりという顔をクラウンは向けて来ていた。まるで仕組んだいたずらが成功した時に見せるような人の悪い笑みであった。

「っ……!?」

「本当に行ってみたいんだね? 取り消すなら今だよ? ただ、その場の勢いで言ったんじゃないのかい?」

どこか試すような、からかうようなクラウンの質問に、俊也は驚きと戸惑いからすぐに言葉が出なかった。

だが、俊也は選んだ。

はっきりと自分の意思を込めて頷き、発言した。

「っ!! あぁ、もし本当にそんな場所があるって言うなら連れて行って欲しいよ!!」

クラウンは、そんな俊也の顔をじっと見つめる。

俊也もクラウンから目を逸らさずじっと見ていた。

やがて、クラウンはニヤリと笑いかけてきた。

「OK、じゃあ早速行こうか」

クラウンはそう言うと足元に落ちていた俊也の鞄を拾うなり、校庭側の鉄柵に向かって歩き出した。

俊也は呆気に取られてしまった。

「は?行くって……校門は下だけど……」

「いやいや、降りるの大変だからさ。ちなみに俊也君は、ジェットコースターとかフリーウォールって嫌いかい?」

「い、いや好きだけど……というか、さっきから俺の名前呼んでいるけど何で知って…」

「あぁ、そうそう。これ、返しておくね」

クラウンはそう言うと俊也に向かって何かを投げてきた。反射的に受け取った俊也が確認すると、それは自分の学生証だった。

「は!? いつの間に盗ったんだよ!? 」

「握手した時にちょっとね。そんな事より出発するよ」

「お、おい!! さっきから何言ってるんだよ!? つうか鞄返せ!!」

「まぁそんな事はいいから」

戸惑い、追いかけようとする俊也を余所にクラウンは指を鳴らした。



瞬間、俊也は鉄柵の外側に立っていた。


「な、何だよ!! これ!? どうなっているんだよ!?」

俊也は慌てて背後の柵を掴まったが、訳が分からず狼狽えるばかりだ。

「落っこちないようにね」

いつの間にか隣に移動していたクラウンが呑気に注意してきたが、そんな事は分かっている。

当たり前だが、鉄柵の外側には安全柵など存在しない。

少しでも足を滑らせば、地面に真っ逆さまだ。

俊也は最悪な想像に青ざめながらも力一杯柵を握り締めていた。


「えーと、こういう時はなんて言うんだっけ?……無限の……いや、違うな。うーん……」

だが、そんな俊也などどこ吹く風でクラウンは何かを思い出そうと頭を捻っていた。

「そんな事より! は、早く戻してくれ!」

俊也は必死に叫んでいたが、クラウンは反応せず考え込んでいた。

「よし、決めた!!」

クラウンはそう言うと、隣の俊也の襟首を掴んだ。

「お、おい……まさか……」

「あぁ、そうだよ!! 」

俊也の問いかけに、クラウンは笑顔で頷く。



「やめ………」



「『We can fly!!』」




そう叫ぶなり、クラウンは俊也を掴んで共に飛び降りていく。

俊也が発した悲鳴は、校庭中に響いていたが、すぐに聴こえなくなった。

この叫び声を聞きつけた警備員と先生数名が屋上まで駆け付けたが、人がいた痕跡は何もなかった。

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