第一幕①屋上の道化師(ふしんしゃ)
扉を開いた俊也が最初に目にしたのは、目が眩むほど強い光だった。
「うわっ!?」
まるで繁華街のネオンを正面から見ているような色とりどりの光が俊也の目に飛び込んできて、視界が全く効かなかった。
(何だこれ!? 鳥よけのCDが陽の光に当たったからってこんなに眩しくなるか!?)
俊也は咄嗟に左腕で視界を遮り、押し寄せてくる光の奔流が収まるまでその場から動けずにいる。
(もしかして、前に仲村達が入ったから侵入対策として設置した何かか? だとしたらマズい…!早く逃げないと……)
しかし、眩しさから目隠しをしてしまったので、ドアから手を離してしまっている。
右手は空いているが、手探りで触れられる所にはドアはないようだ。
それならば後ろに下がれば良いのだが、目視が出来ない状態で後ずさり、階段から落ちたら大怪我をする。怪我も嫌だが、何故ここにいたのかの言い訳が出来ない。
(幾ら悪戯防止策とはいえ、やり過ぎだろうがっ!教師共は全員タンスの角に指をぶつけてしまえ!!特に山本は二回ぶつけろ!!)
視界を奪われた事と面談での苛立ちから教師陣に呪詛をかける俊也だったが、そんな願い(?)が通じたのか徐々に光の勢いが弱まっていくのを感じる。
やがて勢いは完全に収まり、眩しさを感じなくなったので、俊也は目隠ししていた腕を外して辺りを見渡してみた。
教室より少し広いだけの何もない空間と落下防止の為の二m超えの鉄柵が四方に建てられ、周囲の景色を遮っている。
仲村から聞いていた通りの殺風景な屋上だった。
しかし、俊也の正面には事前に聞いていた内容にはない《《奇妙な物》》があった。
「何だアレ………」
それは様々な色の水玉模様がついた黒い布であった。大人一人程の大きさがあり、陽光に当たると水玉模様がキラキラと輝いている。水玉にラメか何かが入っており、それが反射しているようだ。
上に視線を動かすと、七色に分けられて配色された頭が見える。頭頂部に置かれた黄色いとんがり帽子がなければ、人の大きさ程もあるミラーボールと間違えるぐらいに輝く派手な色合いだった。
だが、柵を掴んでいる白い手袋がそのミラーボールから二本伸びているのが見えて、ようやく派手な衣装を身に着けた等身大の人形である事に俊也は気が付いた。
(さっきの眩しさはあの人形のせいだったのか……それにしても派手なカカシだな)
服や帽子などは演劇部の衣装から借りたのだろうが、わざわざ虹色のカツラまでつけているとは、随分と手が混んでいる。
俊也は感心と呆れで人形を眺めていたが、ふと疑問がわいてきた。
(でも、《《何でわざわざ座らせているんだ》》……?)
烏を追い払う為なら立ち上がった状態にして、屋上の中央に置いておけば良い。
だが、実際はしゃがみ込んだ姿勢で校庭の方を向いている。
まるで鉄柵越しから校庭を覗いてみているような姿だった。
一度疑問を感じてくると、俊也は段々と人形の存在が薄気味悪くなってきていた。
どうして、お金がかかりそうな衣装を着せている?
何で、野ざらしなのに全く汚れていない?
そもそも、いくら夕方の西陽だからといってあんなに眩しくなるような反射をするのだろうか。
疑問が生じていくうちに俊也の身体は震え出した。
(お、おお、落ちつけ。B級ホラーじゃああるまいし、急に人形が動き出してくるなんてある訳ない!)
内心では完全に怯えているにも関わらず、俊也は屋上の中心まで歩を進めていた。
(そ、そうだ!屋上で大声で叫んだら帰れば良い!たった一言叫んでそのまま帰れば終わり!! それだけだ!)
この考え自体がホラー映画で真っ先に死亡してしまうキャラクターのような思考になっている事に俊也は気付いていなかった。
怖いのならば、素直に回れ右をして屋上を去れば良い。そもそも人形のせいで屋上で叫ぶ目的が憂さ晴らしから度胸試しに変わってしまっている。
やがて俊也は屋上の中央にたどり着いたが、人形は変わらずその場に座って校庭側を向いている。
「……当たり前だよな」
物である人形が動くはずがない、至極当然の事だ。
だが、この事実に俊也は安堵の息を吐いた。
(もういいや、さっさと帰ろう)
もはや鬱憤など消えてしまい、屋上にいる必要もない。
俊也が帰宅しようと踵を返そうとした時、
不意に人形の首が動き始めた。
(え?)
驚く俊也を余所に、左右にゆっくりと首が動いている。
当然だが、今屋上に風など吹いていない。
そもそも、首だけが風で動くなんてあり得るだろうか。
人形はしばらく首を動かしていたが、やがて動きを止めると柵を掴んでいた両手を離して、自身の顔を数回叩き出す。
(ヤバいヤバいヤバイヤバイヤバいやばいやばい!!!!)
俊也はこの状況についていけずにパニックを起こしかけていた。
だが、人形はそんな俊也に気付く様子もなく、両手を重ねて軽く伸ばしだした。
(今すぐ逃げなきゃ、ほら足を動かすんだよ!後ろに足を動かせばいい!ほら、簡単だ!簡単だよな?簡単なはずだ! あ、足、あし…………足ってどうすれば動くんだっけ?)
足の動かし方も分からなくなるほど混乱している俊也だったが、あまりの衝撃で叫ぶ事が出来なくなっていた事と人形が振り返らなかったので、気付かれていない。
やがて、人形はしゃがんでいた足を崩して胡座をかき始めた。
(ん………?)
恐怖で訳が分からなくなってきていた俊也は、人形の動作を見ていくうちに正気に戻る。
(何だかおかしい)
首を振る、頬を叩いてから軽く伸び、固まった足を崩して胡座を組む。
まるで、《《校庭を眺める内に居眠りしてしまって眠気覚ましに身体を動かしているようだ》》。
人形がそんな動きをする理由はない。
つまり、目の前にいるのは独りでに動き出す人形ではなく、校庭を眺めていて寝落ちした人間だ。
(…………………ゆ、幽霊とかじゃなかったのか…)
目の前で起きていたのは、心霊現象ではない。
それを理解した瞬間、緊張感が消えて床に座り込みそうになったが、
(…………………いや、ちょっと待て)
俊也は何とか踏み止まった。
どうしてこんな所に派手な格好をした人間がいるのかは分からないが、少なくとも学校関係者ではない。
校庭を眺めている七色に輝く人間。
どこを見ても怪しさしか感じられない。
(とにかく、警察に通報しよう。いや、ひとまず下で不審者が屋上まで上がっていくのを見たと言えば大丈夫か……)
先ほどまで感じていた恐怖が嘘のように冷静になった俊也は、足音を立てないように少しずつ後ずさっていく。
正面は目の前の不審人物を注視しつつ、ゆっくり一歩ずつ後ろへ下がっていく。
虹色の不審者は自身の背後を全く気にせず、校庭を眺め続けており、時々何かを期待するように顔を柵に近づけたかと思えば、肩を落としてがっかりとした様子を見せて、俯いて落ち込んでいるかと思えば、急にお目当ての人を発見したのか再び柵に飛びつくように顔を寄せる。
後ろ姿しか見えないのに、一喜一憂する様子が伝わり、身体の動きも一々大袈裟で、まるで昔テレビで観たキャラクターの様にどこか滑稽な仕草を続けている。
その動きを見ているうちに俊也は思わず、吹き出して笑ってしまった。
途端に虹色の人物は勢いよく振り向いた。
(マズイ!!)
俊也は慌てて口を押さえたが、もう遅かった。
その顔全体が白粉で化粧されており、目元と口以外は雪のように白く、口は唇周りを含めて鮮やかな赤で笑顔の口を描いていた。
目は黒く縁取られており、右目の下は涙の模様が、左目を囲むように◆《ダイヤ》が描かれていた。
鼻は軽く陰影が描かれただけの高めの鼻であったが、その姿は、正に……
「ピエロ?」
俊也の呟きに虹色の道化師はピクリと反応した。
それと同時に俊也も背後の階段へ向かって駆け出そうと振りかえったが、
「ねぇ、どうして笑ったんだい?」
既に俊也の後ろには道化師が立っていたのだ。
「うわぁぁぁぁっ!!??」
俊也は叫び声をあげて尻餅をついてしまう。
ありえない、さっきまで道化師は鉄柵の前で座り込んでいたのだ。
幾ら足が早いと言っても、一瞬で俊也の背後に回るなど出来る訳がない。
(ど、どこかにもう一人隠れていた!?)
俊也は慌てて後ろを向いたが、先ほどまで校庭を眺めていた道化師の姿は見当たらない。
初めからそこには誰もいなかったように、無骨な鉄柵があるだけだった。
「ねぇ、どうして笑ったんだい?」
道化師は先ほどと同じ質問を繰り返し、ゆっくりと俊也に近付いてくる。
声は甲高い声を想像していたが、低く落ちついた男性の声であった。
「い、いや、あ、あの、その……」
俊也は言葉が出ず、床を這って後ずさっていた。
目の前の彼が今怒っているのか、笑っているのか、化粧のせいで表情は全く分からない。
そもそもこの道化師が生きている人間なのかも分からない。
屋上にピエロの幽霊が出るなどという噂は聞いた事もないが、一瞬で俊也の背後に移動できる者が人間である可能性は低い。
ただ一つだけ分かっている事があった。
「ねぇ、どうして笑ったんだい?」
後ずさる俊也の前で三度繰り返される質問。
この質問に答えなければ、何か恐ろしい目に合わされる事は間違いない。
(…す、素直に答えても…助かるかは分からないけど……)
しかし、このまま黙っていても何もされないという保証などない。
道化師は何も答えない俊也に業を煮やしたのか、軽く首を振って左手を俊也に伸ばしてきた。
「う、うう、動きがっ! お、お、面白くて笑いました!! ごめんなさい!!」
俊也はどもりながらも正直に答えた。
すると俊也に近付けていた手が止まり、道化師は首を傾けてたずねてきた。
「面白かった? ボクが?」
道化師の言葉に、俊也は激しく首を動かして頷いた。
「……ボクの動きが……面白かった……」
道化師は俊也の言葉を繰り返しながら、ゆっくりと後ろに下がって行った。
やがて、おもむろに両手を挙げて天を仰ぎ出した。
「素晴らしいねっ!!!!」
そう叫んだ道化師は、涙を流していた。
「…………はっ?」
呆気にとられる俊也を他所に道化師はどこからかハンカチを取り出し、涙を拭っていく。
「久しぶりに日本に来たけれど、ボクを面白いと思ってくれる子がいる!ありがとう!! 面白いと言ってくれて本当にありがとう!! 」
「あ、はい……どうも……」
道化師は床に座り込んだ俊也に近付くやいなや、あっという間に俊也を立ち上がらせて両手で固い握手をして礼を言ってきた。
手袋越しではあったが、手の感触はしっかりとあった。
「ちなみにどうして面白かったのか聞いても良いかい!?」
「あ、えーと……昔テレビで観たアニメに出てきたキャラに動きがよく似ていて、それが面白くて」
「ほうほう! ちなみにそれは日本のアニメかい!」
「い、いや、ケーブルテレビでやっていた海外アニメだけれど……」
「おぉ、それは嬉しいね!! アニメは日本が一番とは言うけれども、ウチのカートゥーンも捨てたモノじゃないね!!」
道化師は矢継ぎ早に話ながらも、どもりながら答える俊也の言葉一つに喜び、笑って楽しんでいるようだった。
「あ、あの、質問しても……良いですか?」
「もちろん! 何でも答えてあげるよ!」
「あ、あなたは誰ですか?」
俊也の質問に道化師はきょとんとした様に見えたが、すぐに手を叩いて笑って言った。
「そういえば自己紹介するのを忘れていたよ!」
道化師はそういうと、自身のとんがり帽子を脱いで恭しく一礼をする。
「ボクは”クラウン”見ての通り、普通の道化師だよ!!」
クラウンと名乗る道化師に俊也は思わず突っ込んでしまった。
「いや、どこから見ても怪しいでしょうがっ!!??」
この時俊也は図らずも、屋上で思い切り叫ぶという目的を果たす事が出来たのであった。
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