第三幕④ 悩む俊也、三つ子襲来
ディンゴが出ていった直後、俊也はラビットの方に向き直ると、深々と頭を下げて謝罪する。
「ごめん、ラビット……さっきは八つ当たりしちゃって……」
「ハハ、気にしないで良いッスよ! 」
ラビットは特に気にした様子もなく、笑って許したので、思わず顔を上げて聞き返してしまう俊也。
「………良いのか? 」
「異能に目覚めた直後は、誰でも戸惑うモンッスよ。
第一、俊也はちゃんと説明されてなかったんだから、メンバーのオイラが知っていると思うのは仕方ない事ッス。俊也はきちんと謝罪してくれたから、それで終わりッスよ」
「………俺が睨んだ時は、震えてたのにか?」
「し、仕方ないじゃないッスか! いきなりあんな凄まれたら、ビビっちゃうッスよ!」
からかうようにたずねる俊也に、ラビットは激しく首を振って答えるが、そんなラビットの動作がおかしく、俊也は思わず吹き出してしまい、耐えきれずに笑ってしまう。
ラビットも釣られて笑い始めたので、部屋は二人の笑い声に溢れかえる。
ひとしきり笑いあった後、俊也は改めてラビットに聞いてみたい事があった。
「そういえば、ラビットは副反応はなかったのか」
「ないッスね、オイラは突然使えるようになったんスよ。バイクにぶつかって身体が吹っ飛んだ時に異能が出てきたッス」
「はぁ!? ちょっと待て!? 事故に遭ったのか!?」
事故に巻き込まれたという衝撃な出来事に、俊也は驚いて聞き返したが、当のラビット本人は気にした様子もなくあっけらかんと答える。
「そうッスね。それで意識戻ってしばらくしたら、たまたま病院に来ていたクラウンさんにスカウトされたからメンバーになって今に至るって感じッす」
「すげぇざっくりとまとめたな……入るのに悩んだりしなかったのか?」
「即決だったッスね。特にやりたい事も無かったッスし、ここを逃したら絶対に後悔するって思ったんスよ」
「後悔……」
「そうッス!特別な力を得た事も勿論嬉しかったッスけど、それ以上に今いる所とは違う場所に行けるっていう言葉が魅力的だったッス!」
後先考えないで決めたとも言うッスが!と笑うラビットの言葉に俊也は笑う事が出来なかった。
(今いる場所とは違う場所に行きたい、か……)
元々俊也がここ《デイドリーム》に来たのは、クラウンに誘われたからだ。
それが実は自分も異能が使える、眠っていた才能があった、と告げられた時は内心興奮していた。
でも、ラビットのように即決は出来なかった。
戻って来てからも同じだ。
クラウンからの連絡が来るのを待ち、今も回答を保留し続けている。
その理由が、ようやく分かった気がした。
怖かったのだ。
ラビットのように自分から望んでではなく、特別な才能があるから入ると選ぼうとしている事が。
別に流されているのが嫌だとか、そんな立派な心構えではしていない。
好きにすれば良い、飽きたら辞めれば良い。
クラウン自身もどうするかを決めるのは、俊也に委ねてくれている。
でも、だからこそ俊也は分からなかった。
(俺は、デイドリームに入って何がしたいんだ?)
「俊也? どうかしたッスか?」
突然黙り込んだ俊也を心配するラビットに、慌てて笑顔を作り、何でもないと否定する俊也。
そして、話を変える為にラビットへ気になっていた事をたずねる。
「なぁ、そう言えばラビットの異能って何なんだ?」
「あ、そういえば言ってなかったッスね! オイラの異能は―」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
先ほどとは比べ物にならないノック音が、ラビットの言葉を途中で遮った。
まるでテレビドラマで借金の取り立てにおとずれたヤクザ者が叩いてるかのような激しいノック音なのは、叩いているのが三人だからだろう。
来訪者には見当が付いていたので、ラビットは特に慌てた様子もなく、ドアの向こうに声をかける。
「開いてるからどうぞッス〜」
ラビットの言葉が終わる前に部屋の扉は勢いよく開かれ、バタバタと数人が入室してきた。
それと同時に、俊也の身体を強い衝撃が襲ってきた。
「うぐっ………」
「としあー! いらっしゃーーい!!」
衝撃の正体は、ライだった。
部屋に入ると同時に、嬉しそうに俊也に向かって抱きついてきたのだ。
歓迎されているのはとても喜ばしい事だ。
だが、現実には俊也の腹部に不意打ちで強烈なタックルを受けている状態なので、今俊也が最も感じているのは強い痛みだった。
何とかライを受け止めたが、思った以上に勢いが強く、俊也は自分の身体が浮遊感があった。
このままだと二人揃って床へ転倒して、背中を強打するのは確実である。
せめて、ライは怪我をさせないようにしないと。
そう思った俊也は、ライをしっかりと抱えて激突に備えた。
しかし、それは訪れなかった。
俊也が感じたのは、床の硬い感触ではない。
小さな頃、両親にねだって遊んだバルーン遊具を思い出させる柔らかな感触だった。
俊也の身体は二、三回ほど軽く弾んでそのまま床に仰向けになるが、特に外傷も痛みもない。
どういう事かと思い、俊也は自分の身体の下を見てみると、いつの間にか何かが現れていたのだ。
それは俊也とライの周りに敷かれており、半透明なビニールマットのように見えた。
俊也が手で突いてみると、柔らかく沈むような触感が伝わって来て心地良く、まるで上質なクッションのようだった。
「こら、ライ! 危ないッスよ! 俊也はジェーン姐さんやクラウンさんとは違うッスよ?危うく二人とも怪我しちゃう所だったッスよ!」
俊也が呆気に取られていると、ラビットは抱きついているライを叱り出す。
ラビットに怒られたライは、ビクリと身体を硬直させるも、すぐさましょんぼりした顔になって謝る。
「あ、ご、ごめんなさい……としあがきてるっていうからうれしくって、つい……」
「それでも、ダメッス!きちんと俊也にも謝るッスよ!」
「は、はい……としあ。ごめんなさい、どこもいたくない?」
「だ、大丈夫………いきなりだったからちょっとびっくりしただけだよ……」
「よかった……」
お腹はまだ少し痛むが、それ以外は傷一つない。
暗い表情を浮かべて謝るライを安心させる為に、笑顔を作って答える俊也。
「いやぁ、間一髪だったッスね。大丈夫ッスか、俊也?」
ホッとした様子のライを見て、ラビットも先ほどまでの怒り顔を緩めると仰向け状態の俊也へ手を貸しながらたずねる。
俊也はラビットの手を借りて起き上がる。
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。このマットみたいなのはラビットが作った物なのか」
「そうッス。オイラの異能は空気を操るッス。今やったのは、俊也達が倒れる場所に空気で柔らかいクッションを作ったッス」
「あんな一瞬で………凄いな、ラビット」
「いやいや、そんな事ないッスよ! 応用が効くだけッスから!」
ラビットの咄嗟の判断に感心する俊也、当のラビット本人も褒められて嬉しいらしく照れていた。
そんな中、アイとツヴァイがラビットの影からひょっこりと顔をのぞかせて現れる。
アイは少し悔しそうな顔をしており、ツヴァイはどこか残念そうな表情をしている。
「あーあ、ライにさきこされちゃったー!」
「……ほんとうは、さんにんどうじにだきつくよていだったのに……」
「い、いや、それはまたの機会という事で……」
ライ一人だけでもキツかったのに、三つ子全員が抱きついてきたら確実にマズイと理解していたので、内心冷や汗を流す俊也。
「それにしても、ライがこんなにはしゃいでるなんて珍しいッスね? いつもなら、アイかツヴァイが率先して悪戯するはずッスが……」
「もうー!いつもはやってないよー!」
「……しんがい……」
「だってとしあとあうのは、なのかぶりだったからー」
「え、七日? 俺がここに来たのって三日前だったはずだけど……」
ラビットに文句を言う三つ子達の発言に、俊也は首を傾げる。
以前戻った時には、一時間ほどしか経っていなかったので時間差はほとんどないと考えていたが、
どうやら違うらしい。
「厳密には、現実の約二倍差ッスね。多少の誤差はあるッスけど、ここで丸一日過ごしても向こうに戻ったら、半日しか経っていないッス」
「………改めて聞くと、すごい場所だな。デイドリームもクラウンが作ったのか?」
「いや、確か譲り受けた物を改造したって言っていたッス。細かい内装はランドさんやジェーン姐さんと考えて作ったとも聴いた事が――」
「ねぇねぇー! としあもあそんでいこうよー!」
ラビットの説明を遮って、アイが俊也の手を引っ張りながら提案してくる。
「えっ、でも……」
「このあいだはゆっくりできなかったし、いろいろみていってよー」
「………みどころいっぱい………」
「おっ、それは良いッスね! 俊也、忙しいなら仕方ないッスけど、良ければどうッスか?」
「ま、まぁ、確かに気になる所はあったな……」
最初に来た時は、アイ達をジェーンの元に連れて行ったらそのままクラウンの捜索になってしまったので大広間や他の部屋を見学する事が出来なかったのだ。
加えて時間の制約もないと聞いたら、デイドリームの中をしっかりと見てみたかった俊也としてはとてもありがたい話だ。
「じゃあ、せっかくだし見ていこうかな」
「お、決まりッスね! 」
「「「やったーー!!!」」」
俊也が了承すると、三つ子達は嬉しそうに部屋中をぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「それじゃあ、そうと決まったら早速行くッスよ」
すると、俊也の左手にアイが飛びついてきた。
「としあ、いっしょにいこうー!」
「あー! アイねえ、ずるいよー! ぼくもー!」
先に行動する姉を見たライは慌てて空いている右手を握ってくる。
両手に花――ライは男だが――状態の俊也を見てラビットは、ニヤリと笑いかけてきた。
「ハハ、モテモテッスね! 俊也は!」
「としあ、もてもてー!」
「おい、ラビット! 変な事を教えるなよ!」
からかうラビットに文句を言う俊也、そんな二人を見て歓声をあげるアイとライ。
出遅れてしまったツヴァイは、俊也と手を繋ぐアイとライを羨ましそうに眺めていた。
それに気付いたラビットは、自然にツヴァイへ近づき、こっそりと右手を差し出してたずねる。
「手繋ぐッスか?」
「………………………ん」
差し出された手にツヴァイは少し恥ずかしげに頷いてから繋ぐ。




