第三幕② 変わる視界、再び白昼夢へ
結局、何も書けなかった。
帰った翌日に話すのはどうかと自分に言い訳して俊也はスマホを閉じてしまうが、その後もベッドに寝転びながらチャットの画面を開いてみては閉じるを何度も繰り返してみたが、スマホの画面は変わらず白いままだ。
(向こうから連絡があれば、話せば良いか)
そんな風に考える俊也だったが、真夜中まで待ってもクラウンからは一切連絡がなかった。
(何で連絡してこないんだよ……勧誘しているんだったら、調子はどうとか聞いてこいよ……)
あれだけ熱心にスカウトしてきたのに、まるで音沙汰のないスマホを放り投げて苛立つ俊也。
(あぁ……そう言えば、向こうからは連絡しないって……言っていたような……)
デイドリームでの出来事を思い返しているうちに、睡魔が襲ってきていつの間にか俊也は眠りに落ちていった。
気が付けば、三日経っていた。
始めは連絡がある事を気にして、しばしばスマホを確認していた俊也だったが、学校での課題やら小テストなどがあった為、チャットの事を気にする余裕がなくなっていた。
四日目の朝
欠伸を噛み殺しながら、洗面台に向かう俊也。
咲夜久しぶりに小説を書いているうちに、遅くまで起きていたのでまだ眠い。
数時間の睡眠では、疲労は抜けず気怠さを感じながらも俊也は洗面台にて顔を洗う。
冷たい水で洗ったおかげで少し眠気がとれて、鏡を見ようとして俊也は思わず目を見開いた。
《《顔を拭く俊也の周りに、薄い青色の煙が漂っているのだ》》。
俊也は慌てて振り返ってみたが、当然煙など見当たらないし、何の匂いもしない。
(寝ぼけていたんだな……)
俊也は眠気を取る為に軽く頭を振ってから、再度鏡を見てみると、青色の煙は変わらず俊也の周りをゆらゆらと漂っていた。
まだ寝惚けて夢の中かと思い、俊也は頬を抓ってみたが痛みがあるだけで煙は消えなかった。
では触感があるかと、鏡を見ながら煙のある箇所に恐る恐る手を伸ばしてみたが、感触もない。
しかし、俊也の目の前には少し色が濃くなった青い煙が揺れ動いていた。
「よし、気にしない事にしよう!」
実害がないのなら、放置しよう。
そう決めた俊也は、まだ濡れている顔をタオルでぬぐってからリビングへと向かった。
(どうなっているんだよ………!?)
通学中の俊也は、心の中で頭を抱えながらぼやく。
先ほどリビングで朝食を食べようとすれば、母親の背後にも明るい黄色の煙が纏わりついていた。
それとなくたずねてみたが、母親は寝惚けているのかと呆れられてしまう。
俊也は適当に笑って誤魔化し、そそくさと家を出たが、これで終わらなかった。
通りすがりのサラリーマンにも、犬の散歩をしている女性にも、通学中の同級生にさえ、背後に色付きの煙が漂っているのだ。
煙の色はバラバラで、俊也の視界は豊かな色彩で溢れ返っていた。
(オレだけにしか見えない煙って……何なんだよ!? この状況は!?)
俊也はこのおかしな状況をどうすれば良いか必死で考える。
――妙な事が起きたりしたら、ここに連絡してきなよ―――
不意に俊也の脳内で、クラウンからの声が聞こえてきた。
気がつけば、俊也はスマホを手にしていた。
俊也∶クラウンちょっといいか。
三日前は何も打つ事が出来なかったのに、あっさりと文章を入力した俊也。
(頼む……早く連――)
懇願する間もなく、すぐさま返信が入った。
C∶おや、おはよう。
どうかしたかい、俊也君
文章だけなのに、どこか呑気な様子を醸し出すクラウン。
だが、連絡が返って来た事に俊也は心底安堵した。
(良かった、妄想じゃなかったんだ……!!)
C∶あ、もしかして、入会の連ら
俊也∶クラウン、今へんな事が起きているんだ。
安心感を打ち消すような的はずれな問いかけをしてくるクラウンを遮って、俊也は自身に起きている事を説明し始める。
俊也∶で、今も煙が見えるんだよ!
C∶え、今朝から? 前触れもなく?
早すぎない? まだ、三日だよね?
そんなおかしな状況を説明し終えた直後、クラウンからは驚きと戸惑いの気持ちが混ざり合った返答がきた。
どうやら俊也の現状は分かるようだが、予想していない事が起きているらしい。
しばらく何の反応もなくなってしまい、不安になる俊也だったが、クラウンから返事がきた。
C∶俊也君、頭や眼が痛んだりしていない?
俊也:いや、ないよ。え、痛み出てくるのか?
C∶痛みはないか。
よし、じゃあ放課後に落ち合おう。
俊也∶は!? ちょっと待て!?
C: 色はひとまず気にしないで大丈夫だけど、
黒色が見えたら、そいつから離れて。
後、痛みが出てきたら、すぐに連絡して。
その時は迎えを寄越すから。
俊也:おい!? ちゃんと説明しろ!!
C∶落ち合う場所は、あとでスマホに送るよ。
それじゃ!
訳も分からず混乱する俊也の返答には一切答えずに、一方的に話を進めていってしまうクラウン。
当然納得出来ない俊也は、説明しろと連絡したが、返信は全くなかった。
ひとまず、自分の状態を何とかする方法があるという事は分かっただけ幸いだが―――
「放課後まで、こんな状態かよ…………」
自分にしか見えないカラフルなモヤが溢れる視界に、俊也は溜息をついた。
昼休みに、ようやくクラウンから連絡があった。
どうやら今デイドリームで対応出来る者が全員出払ってしまっており、連絡を取っていたらしい。
なんとか対応は出来るようで、集合場所の位置情報が添付されていた。
「迎えはラビットが対応するから、彼の声に従ってね」と言う文で締め括られてメッセージは終わった。
朝と違って会話にもならず、ただ連絡をよこしただけだったのでどうやらクラウンも忙しいらしい。
(ま、あの仕事の山を見ると仕方がないか……)
俊也は、三日前に見た書類に埋もれた机を思い返して苦笑する。
ひとまず煙については無視する事で、何とかなっていた。
そして、煙について分かった事もあった。
この煙は、その人の感情を表しているらしい。
赤は、怒り。
色の濃淡で比例して怒りの度合いも変わるようだ。
青は、悲しみと憂鬱。
深い色の時は、悲しさや疲れが強いらしい。
朝の俊也や見かけたサラリーマンに見えた理由も納得してしまう。
黃は、喜び。
強い喜びの時は、眩しく光り輝く。
思えば朝の母親は、今日は同窓会に行くと話していたし、クラスメートが女子に話しかけられた時には間近で光っていたせいで、視界がちらついてしまうほどだった。
他の色もあったが、俊也もずっと見ている訳にはいかず分からなかった。
ただ別の感情が混ざっていると、煙は二色になる事があるのは分かった。
厄介だったのは、煙と表情が一致していない時だ。
笑顔を向けているのに、赤や青の混ざった煙が纏わりついている事もあれば、無表情のクラスメートの煙がコロコロと色が変わる様子には俊也も内心戸惑ってしまった。
特に、仲村など色が三つも混ざっている状態だったのは驚きだった。
それでも、煙を認識しないよう授業に集中したり、クラスメートと談笑するうちに、気付けば放課後になっていた。
「ここが集合場所で……良いんだよな?」
放課後、クラウンから送られた位置情報へ向かえばそこは空き地だった。
俊也の背丈の倍はあるほどに伸び切った雑草が見渡す限り広がっていて、地面は全く見えない。
立ち入りを制限する為に申し訳程度に設置されたカラーコーンが数個見られたが、そんな物がなくても育ち切った雑草が侵入者の行く手を阻んでいた。
てっきり適当な空家かマンションの入口を予想していた俊也は、思わず目の前の光景とスマホの地図アプリを見返してみたが、住所に間違いはない。
「ラビットが迎えに来るって言っていたけど、まだ来ていないみたいだ………」
<お、俊也、時間ピッタリッスね>
「え?」
不意に俊也の耳元で声が聴こえてきた。
聞き覚えのある口調は、ラビットの物だ。
俊也は驚いて辺りを見回したが、誰もいない。
「……まいったな、空耳までするようになるなんて……」
<空耳じゃないッスよ、俊也>
「うわっ!! 」
先ほどよりも大きな声が間近で聴こえてきて、俊也は飛び上がるほど驚いた。
以前、三つ子達が行った脳内に響く声とは違う。
俊也の耳元で話しかけてきているのだ。
だが、肝心のラビットの姿はどこにもない。
俊也は再度辺りを見回して見たが、ラビットはおろか人の姿は見当たらない。
「ら、ラビット? どこにいるんだよ?」
<空き地の中ッス。俊也、こっちに来るッス>
「は!? この中にいるのか!?」
ラビットの呼びかけに、俊也は目の前の雑草を見上げながら叫ぶ。
そんな事を言われても、すぐに入れる訳がない。
そもそも、他人の土地だ。
誰かに見られたら、面倒な事になる。
「何で姿を見せないんだよ! 迎えに来たんだろう!」
<ちょっと事情があるッス、きちんとナビするんでこっちに来て欲しいッス>
「いや、何でだよ!? 出てきて案内しろよ!! 」
〈頼むッス! 後でちゃんと説明するんで、
今は言う通りにしてほしいッス!〉
相変わらずラビットは姿を見せないが、声だけは近くで聞こえてくる。
おそらくこれがラビットの異能らしいが、どうして姿を見せないのかは説明はない。
ただ、必死に頼んでくる所を見ると何か事情があるようだ。
俊也はしばらく正面の雑草の茂みを眺めていたが、やがて大きく息を吐き出してから叫んだ。
「あー! 分かったよ!行けばいいんだろう!」
俊也は、もうどうにでもなれと意を決して雑草の山へと足を踏み入れた。
生い茂る雑草を掻き分けながら、前へと進む俊也。
歩くたびに植物独特の青臭さが漂ってくるが、少しすると気にならなくなっていた。
幸い人はもちろん、虫もいないようだったので俊也は目の前の雑草にだけ集中する事が出来た。
「全く、まさか探検ごっこをするとは思わなかったよ」
〈本当に申し訳ないッス……〉
「それで? 何で姿を見せてくれないんだよ? 」
〈用心の為ッスよ。あんまり人に見られたくないんで、姿を隠している方が都合が良いッス〉
「いや、それならこの間みたいに学校に扉を作ってそこから迎えに来れば良いじゃないか?」
〈無理ッスよ。学校は常に人がいる状態なんでこっそり扉から迎えに行くのはきついッス〉
「だけど、クラウンはやっていたじゃないか」
〈クラウンさんなら可能ッスけど、今は執務室に缶詰めッスからこの方法になったんスよ〉
「……そういえば、人がいないってメッセージにあったな……」
<ウチは、常に人手不足ッスからね……>
俊也の耳元では変わらず、ラビットの声が聞こえてきている。
スピーカーで電話しているようによく聞こえてくるので不安はなかった。
ラビットと話すうちに、俊也の目の前に雑草に隠れるように古ぼけた扉が見えてきた。
おそらくこの空き地の勝手口だと思うが、手入れもされていなかったので薄汚れていた。
何であれようやく到着したので、俊也はホッと一息つこうとした瞬間、
突如、俊也の真横の草むらから、何かが勢いよく飛び出してきた。
「ひいっ!?」
予想外の出来事に、思わず悲鳴を上げてしまった俊也が目視したそれは兎だった。
いや、正しくは兎の面をつけた人間なのだが、問題なのはその面だ。
通常ならばキャラクターやデフォルメされた可愛いイメージのはずだが、その兎の面は違った。
垂れ下がった両耳、艶々と光る黒い瞳、時折ヒクヒクと動く鼻と、張り付けられた茶色の毛皮も相まって本物の兎と見間違えるほど精巧な作りだった。
身体の方は薄茶色のポロシャツとチノパンを着ているので、人間だとは言うのは分かるが、暗い所だと茶色い兎が二本足で歩いているようにも見えてしまうだろう。
兎人間とも呼ぶべき何かは、俊也の方へとゆっくり顔を向けてくる。
ラノベなどでは獣人はよく描写されているが、薄暗い雑草の中で見るとB級ホラーに登場する殺人鬼のような有様だ。
よく見れば、腰にはケースに治まったナイフらしき物までぶら下げている。
明らかに、危ない人物に見える。
ゆっくりと近づいてくる兎人間に、俊也は思わず後退りしてしまう。
(煙! 煙の色は……)
怯えながらも俊也は咄嗟に、怪人物の背後に視線を向けてみたが、何も見えない。
(嘘だろ!? 学校では見えていたのにどうして!? )
先ほどまでうんざりするほど見えていた煙は、影も形も見えなかった。
混乱する俊也を他所に、兎人間はいつの間にか距離を詰めており、俊也まで後五メートルもない所で立ち止まる。
(や、ヤバい!! ど、どうしたら………)
「大丈夫ッスか? 俊也?」
焦る俊也を心配するように、首を傾げてたずねてくる兎人間の声は少しくぐもっていたが、口癖には聞き覚えがあった。
ラビットの声だ。
「ら、ラビット………」
正体不明の殺人鬼かと思った兎人間が知りあいだと理解すると、俊也はほっと胸をなでおろした。
「お、お、驚かすなよ! いきなり出てきたからビックリしたよ!」
「あ~すみませんッス。ずっと側で話していたからついそのまま出て行っちまったッス」
少しどもりながら文句を言う俊也へ申し訳なさそうに謝罪するラビット。
人型の兎がペコペコと頭を下げる姿はどこか滑稽に見えてしまう。
「さ、さぁ! 早くデイドリームへ行こう!」
「そうッスね、行きましょうッス」
怖がっていた事を隠すように大声を出す俊也に同意したラビットは、ポケットから小さな鍵を取り出すと、ドアノブに差し込もうと近づける。
すると急に鍵が淡く光りだしていき、薄汚れた扉は一瞬で真新しい木製の扉へと変化していく。
ラビットは鍵をしまうと、扉を開けてから軽く一礼する。
「さぁ、俊也。先にどうぞッス!」
「あ、あぁ……」
促された俊也は先頭で扉の中へと進んでいく。
ラビットは俊也が入ったのを確認すると、素早く自分も中に入る。
扉の中に入った俊也が最初に目にしたのは、パステルカラーの色彩だった。
部屋全体に貼られた壁紙が柔らかな印象を与えている。
部屋の大きさは少し広いが、ほとんど家具は置かれておらず、小さなクローゼットやベッドなど最低限の家具があるだけだった。
俊也はこの部屋に見覚えがあった。
以前、自分が気絶した時に寝ていた来客用の部屋だ。
「ここは、この間の部屋か。てっきり執務室に出るかと思ったけれど………」
「あぁ、いや、ここはオイラの自室ッス」
そんな俊也の言葉をやんわりと否定するラビット。
既に兎の面は外しており、見慣れた茶髪の少年の顔が現れていた。
「え、でも、前に見た部屋とそっくりだけど……」
「オイラはあんまり部屋に戻る事がないッスから、模様替えは何もしてないんスよ」
「部屋に戻らないって、この間言っていた仕事が忙しいのか?」
「まぁそれもあるッスけど、大抵下の大広場とかで皆と話す事が多いんスよ。疲れたら戻って休めばいいだけだし、部屋を使う事はあまりないッス」
ラビットは説明しながら、クローゼットの中に腰につけていた武器を適当に放り込んでいく。
「ところで、俊也。目の調子は大丈夫ッスか?」
「えっ………あ、そうだった! 」
ラビットの問いかけに俊也はハッとなる。
ホラーな展開が続いたせいで、肝心の目的を忘れてしまっていた。
ラビットの背後を見てみると、少し青が混じった緑色の煙が漂っているのが見えた。
どうやら視界も元に戻っているようだ。
「ラビット、クラウンに会わせてくれ! この視界について教えてもらわないと!ずっとこのままなのか? 痛みがあるって言っていたが、どのぐらいで治まるんだ?それから見える色についても――」
「ちょ、ちょっと落ち着くッス! クラウンさんは仕事してるから、すぐには会えないッスからオイラが説明出来る所は……」
勢いよく質問をまくし立てる俊也を落ちつかせようとするラビット。
だが、ラビットが俊也に説明しようとした瞬間、
彼の背後でノック音が聞こえてきた。
一部誤字あり訂正
2026/9/2




