第三幕①一時の夢、戸惑う少年
「………結局、決められなかったなぁ………」
俊也は自室のベッドに寝転びながらそんなぼやいた。
そう、自宅だ。
結局、俊也はあの場でどうするかを決められなかった。
故に、クラウンには『少し考えてから決めたい』と返答を保留したのだ。
執務室
保留という煮え切らない回答に、クラウンからの勧誘の猛攻を想像していた俊也だったが、
意外にもクラウンは、
「もちろん、構わないよ! 急な話だしね! 」
とあっさりと了承してくれた。
予想と異なる反応に俊也は肩透かしを食らってしまう。
むしろ意外だったのは、だいぶ長居をさせてしまったから家へ送ろうというクラウンの提案を断ろうとしたら、自分は送らないから大丈夫だと言ってきたので、俊也がそれなら良いかと了承した時に落ち込みだすクラウンと、帰る事を伝えた際のジェーンやラビットの方が驚き、残念そうな表情を浮かべていた事だった。
帰り際に、クラウンからはURLが書かれたメモを一枚手渡された。
「もし気が変わってウチに入りたくなったり、妙な事が起きたりしたらここに連絡すると良いよ! 」
俊也は渡されたメモ用紙をしげしげと見ながらたずねた。
「妙な事って何だよ?」
「もしあればって話だよ! それは専用チャットのURLだから、用事があればすぐに返事が出来るよ! あぁ、もちろんこっちから連絡する事はないから安心してほしい! 」
笑顔を浮かべるクラウンの言葉は気になったが、ひとまず俊也はもらったメモを鞄に放り込んだ。
「じゃあ、ランド! よろしく頼むよ!」
クラウンがそう言った途端、部屋全体が軽く振動し始める。
地震かと思ったが、振れは数秒でおさまった。
それと同時に背後で何かが組み上がるような音が聞こえてきた。
驚いて振り返って見れば、いつの間にか俊也の背後には色とりどりの宝石が嵌め込まれた豪華な造りの扉が現れていた。
まるで財宝が眠る部屋にでも付けられたような派手な扉が突然出現したので、俊也は呆気に取られてしまった。
「おや、随分張り切ったね! 帰るだけだからあまり派手にする必要はないんだけれど……」
クラウンは派手な扉を目にしても特に驚いた様子はなく、装飾についての感想を述べていた。
恐らく先ほど話に出てきた移動系の異能の持ち主の力だろうが、回りを見渡しても姿が見えない。
あまりにも派手な装飾に俊也は触るのを躊躇っていたが、気付けば扉は独りでに開いていく。
開かれた扉の奥に見えるのは、見慣れた自宅の玄関だった。
「さぁ、ここを通ればすぐに帰れるよ!」
クラウンに促されて俊也はおっかなびっくりで扉の中に手を伸ばした。
妙な感覚があるかと思いきや、そういった事はなく、あっさりと通り抜けてしまう。
俊也は意を決して、扉の中へ進んで行く。
抜けた先は、まぎれもなく俊也の自宅前だった。
こんな近くにあるのかと俊也が思わず振り返ると、そこは自宅の正面にあるマンションの入口だった。
どうやら、近くの建物の扉をデイドリームへ繋げているらしい。
自分が小さな頃からある少し寂れたマンションには不釣り合いな装飾の扉がある状態は、どこか滑稽な様相に見える。
開かれた扉の向こう側にはクラウンが一人見送りに立っていたが、ふと思い出したようにポンと手を叩いてからとんでもない事を告げてきた。
「あぁ、言い忘れていたよ! ちょっと戸惑う事があるかもしれないけど気にしないでね!
時間がかかるかと思って、少し工作をしたんだけれど……まぁ、特に否定しなければ大丈夫だからさ! 」
「はっ!? おい、待て! 何したんだよ!?」
「じゃあ、またね〜」
俊也の質問には答えず、クラウンは笑顔を浮かべながら手を振っている内に、扉は勝手に閉じられてしまった。
と同時に、扉は煙のように消えてしまい、目の前には見慣れたマンションの古い両開きの扉があるだけだった。
正直文句の一つでも言ってやりたかったが、今ここで怒鳴っても何も意味はない。
「……………次に会ったら問い詰めてやる」
そう呟いた俊也は踵を返して自宅へと向かう。
そして帰宅した俊也だったが、その際に夕飯の支度をしていた母親からは、
「あら、おかえり。さっき山口先生から学校行事で決めないといけない事があるから、少し遅くなるって連絡があったけど、ずいぶん早かったのね」
そんな一言を言われて驚く俊也。
もちろん、直近に行なわれる学校行事などない。
何よりあの山口が、そんな真面目に連絡を入れる訳がない。
俊也は思わず自宅の壁掛け時計を目視して息を呑んだ。
《《山口との面談が終わってから一時間ほどしか経過していなかったのだ》》。
そんなはずはない。
仮に気絶していたのが数分だったとしても、あの場所で過ごした時間が一時間程度だとは考えられない。
慌ててポケットに入れていたスマホを確認してみたが、表示されていたのは壁の時計と同時刻だった。
そんな様子を怪訝そうな顔で見る母親に、俊也は適当に理由を誤魔化してから自室へと戻った。
急いでドアを閉めた俊也は改めて自分の部屋を見回してみた。
本棚、勉強机にベッド、洋服ダンス………
見慣れた自室におかしな様子はない。
念の為に本棚にあった本を確認したが、見覚えがある内容で文字が読めないといった事もない。
どこにも変わった様子はない、自分の部屋だ。
帰って来れたという事実に、俊也はようやく安堵の息を漏らした。
それと同時に、自室のベッドに倒れ込むように身体を沈める。
安心したら、急に力が抜けてしまった。
今日一日で色々な事があったから無理もない。
俊也は、ぼんやりと自室の天井を眺めているうちに先ほどクラウンが言っていた『工作』という言葉を思い出した。
どうして担任の声を真似る事が出来たのか、いつの間に自分の家の番号を得たのか、色々疑問はあったが、一つだけ確かな事があった。
時間の流れの違いだ。
(………これ、めちゃくちゃ凄い事だよな?)
仕組みは不明だが、向こうで幾ら過ごしたとしても、現実に戻れば過ぎた時間はほんの僅か。
どのくらいの時差があるかは分からないが、もし丸一日過ごしても数時間も経っていないとしたら驚くべき事だ。
(……すげぇな。前に読んだラノベのVRMMOの世界みたいだ……体感時間の変化、だったっけ?)
そんな感想を思い浮かべつつ、俊也は先ほどまでの光景を思い返していた。
様々な風景が散りばめられた沢山の部屋に、溢れるようなお菓子。
異能という自分だけの力を使って好きに過ごす子供達。
テレパシーを使ういたずら好きな三つ子に、瞬間移動が出来る怒ると怖い金髪美女、おどおどしていた茶髪の少年。
そして、派手な衣装の道化師。
まるで物語の中の登場人物になったような、夢のような時間だった。
しかも、俊也自身も異能に目覚めており、一員になれると言われたのだ。
まさに、ラノベや漫画で書かれるような王道な展開だ。
―――どうか、仲間になってくれないか――
真剣な表情で誘ってきたクラウンの顔を思い返す俊也。
嬉しかった。
本当ならば、二つ返事で仲間になると言うつもりだった。
「でも………」
だが、出来なかった。
何故かは俊也自身にも分からなかった。
手を伸ばせば、「はい」と答えるだけで、手に入るはずだったのに。
出てきたのは、少し考えたいという言葉だった。
(どうして入りたいって言えなかったんだ? 別にクラウン達が信じられなかったり、異能がある事に嫌悪感があった訳でもないのに…………)
母親から夕食が出来たと呼びかけられるまで、俊也はベッド上で自分の中のモヤついた理由を考えていたが、結局答えは出なかった。
翌日
いつも通りに学校へと向かう俊也だったが、学校に近づくにつれて不安な気持ちになっていた。
昨日の屋上での騒ぎが話題になっていないかと心配になっていたからだ。
(……結構、デカい声で叫んでいたからな……誰かに見られていたら、どうしよう……急に叫びたくなったなんて言ったところで、納得してもらえるわけ無いし……)
今更そんな事を考えてもどうしようもないのだが、呼び出しを受けた時の言い訳を必死に考える俊也。
だが、その心配をする必要はなかった。
学校に着いても特に変わった様子は見られず、
いつもと変わらない登校風景だった。
(…………あれ?)
次々と登校してくる同級生。
耳に入ってくるのは、「宿題忘れたー」だの、「昨日のドラマ観た?」などの他愛のない話題だった。
HRでも、教師の山口からは屋上の話など何もなく、出欠を確認するとさっさと教室から出ていってしまう。
当然、昨日の事で呼び出される事もなかった。
休み時間に俊也は友人の仲村にそれとなく屋上についてたずねてみたが、仲村はきょとんとした顔でフェンス以外何もなかったと以前聞いた内容を答えていた。
当然、ピエロの人形についての話もない。
昼休みになり、俊也はこっそり屋上まで向かおうとした。
だが、出来なかった。
既に屋上の扉は修理されており、しっかりと施錠されていた。
(……………どうなっているんだ? )
昨日の出来事の痕跡が消え去っていた。
いや、そもそもそんな事は起きていないかのように何もない。
まるで自分だけが見ていた夢の出来事であったかのようだ。
昨日確かに俊也は屋上でクラウンと会い、デイドリームに招かれたはず。
だが、それを証明する物が俊也の記憶以外何もないのだ。
(全部、俺の夢だった……? そんなはずは……)
ない、と否定したくても現実は変わらない。
もう開く事が出来ない屋上の扉を俊也は呆然と眺める事しか出来なかった。
放課後、学校から帰った俊也は、自室に戻るなり鞄の中身を全て出して、ある物を探し始めた。
「あった………!」
目当ての物は、簡単に見つかった。
鞄の中で少々よれてしまっている四つ折りの紙。
開いてみると、中にはURLが書かれていた。
クラウンに渡されたチャットのアドレスだ。
全ては自分の空想だった訳では無いという事が分かり、安堵する俊也。
すぐに書かれたURLをスマホに入力してみると、画面は、白くなってしまう。
一瞬、故障を疑う俊也だったがよく見ると、文字入力のアイコンが点滅していた。
きちんと、専用チャットに入れたようだ。
「派手な飾りが好きなクラウンだから、目に痛い色使いかと思えば、随分シンプルだな。
…………ジェーンさんに釘でも刺されたのかな」
脳内で鎧姿のジェーンに追い回されるクラウンを想像した俊也は思わずクスリと笑ってしまった。
ひとまず、クラウンに連絡しようと文字を打とうとしたが、手が止まる。
(………なんて、送る?)
いや、単に話がしたくなったと打てばいい。
学校に行ったら何も残っていなかったのはどうやったのか疑問を投げかけたり、ジェーンに絞られているかどうかなどを。
思い付かないのならば、元気かと打てばいい。
それだけだ。
それだけのはずなのに。
俊也は打てなかった。




