幕間② 道化と騎士の話し合い
執務室
いつまでも減らない書類の山にげんなりしていたクラウンに、不意にジェーンが問いかけてきた。
「……よかったのですか、クラウン?」
「何の事? あ、もしかして仕事量を減らしてくれるって………」
「俊也さんの件ですよ」
「あ、そっちね………」
仕事が減ると淡く期待したクラウンだったが、ジェーンはピシャリと否定した。
ラビットは既に退室しており、俊也もひとまず自宅に戻っていた。
今、ここにいるのはクラウンとジェーンだけだ。
その為、クラウンの口調は若干砕けていた。
「ジェーンは不満かい、 『少し考えさせて欲しい』って言う彼の解答は?」
「……えぇ。彼ならそのまま仲間になってくれると思っていましたから」
俊也が出した結論は、『保留』。
少し考える時間が欲しいと望む俊也に対して、
クラウンは快く了承して、彼を自宅へと送り届けた。
「ボクは上々の成果だと思っているよ? 検討したいって事は決め手があれば、仲間になってくれるって事だから良い事じゃないかな」
「意外ですね、クラウンが最も俊也さんを仲間にしたいと望んでいると思っていましたが?」
「そりゃあ正直今すぐにでも仲間になって欲しいよ! でもさ、無理矢理に勧誘しても意味がないのはジェーンも分かっているだろう? 」
「それはそうですが、私もラビットも彼なら即決してくれると思っていましたから……少し残念です」
「何だい、随分と俊也君にぞっこんだね? ちょっと妬けてきちゃうな〜」
「………そんな暇があるなら、手を動かしなさい」
「はいはい、分かってますよ〜」
軽口を叩きながらもクラウンは積まれた書類を確認、処理し続けていく。
積まれた書類の大半はコミュニティの子達からの要望書だが、中には食費や光熱費の支払いの見積もりやらラビットなどが行った出稼ぎの収入や遠征しているメンバーからの業務連絡などもあり、トップであるクラウンは必ず目を通す義務がある。
支払いならばジェーンでも対処可能だが、さすがに何も知らないのは不味いので、仕事が多くなる事はクラウン自身も分かっている。
分かっているが、面倒な事に変わりはない。
クラウンは、子供達の要望――お菓子増やしてや噴水作ってなどの緊急性がない物――は予算が出来次第行う、後回しのボックスに入れて、出稼ぎしてきたメンバーからの請求を確認しながら電卓を叩く。
一向に減る気配がない仕事の山にうんざりしながらも計算した内容を確認してから、ジェーンに書類を渡しながらクラウンは思い出したようにたずねる。
「ていうか、何で君がもう帰ってきているんだい? わざわざやっていた仕事をディンゴに頼むなんてさ」
「そのディンゴから緊急連絡が来たんですよ。万が一に備えて俊也さんを監視して欲しいと」
「万が一? 俊也君が危害を加えるようには見えなかったけど?」
「………ディンゴの夢空間を破ったと言ってもですか?」
「……………それ、本当?」
ディンゴとは、本来ならば俊也の意識が戻るまで監視する予定だった人物の事だ。
ディンゴの異能は他者が見ている夢の中に入り込む事が出来る物で、夢を見ている者が最も望んでいる事や最も恐れる事を知り、異能の方向性を調べるのが主な役割である。
もう一つの役目は、万が一にも招いた客が危険人物
であった場合に夢を操作する事で、目覚めるまでの拘束をする為の時間稼ぎも兼ねているのだ。
基本的には、夢を操作しているディンゴ以外が夢から出る事は不可能なのだ。
「潜在的とはいえ、そこまでの力を有している人間が万が一にも敵対する可能性があるので抑える事が出来る人間を頼みたいと連絡があり、現状すぐに動けたのは私だったので急遽ディンゴと交代したのですよ。ところが、当の俊也さん本人は敵対どころか非常に友好的だったので拍子抜けしてしまいましたが……」
「本当だよね、ボクもライからすごく良い人だったと聞かされてビックリしたよ」
「えぇ、アイもツヴァイも手放しに褒めていましたね」
三つ子達の異能はテレパシーが主なのだが、もう一つ異能を持っている。
それは、繋がった相手の心情を読む事が出来る事だ。
さすがにサイコメトラーのように全てを読める訳では無いが、繋がった相手に悪感情――気持ち悪いや金儲けになると言った負の感情――があれば、隠していてもすぐに分かるのだ。
三つ子達が初対面の人間に口が利けない振りをするのは、そういった事がないかを知る為でもあるのだ。
しかし俊也が唯一浮かべた欲は、『小部屋の中、しっかり見たかった』だけだったのだ。
「他の子達からも特に反対意見もないし、アイ達のお墨付きがあるから仲間にするのは問題ないと確定したね」
「そもそもクラウン、貴方自身も随分気を許していましたよね? 普通、あそこまで詳しく話さないでしょう?」
「ハハ、それはボク自身も驚いたよ。正直余計な事を喋らないように気を張っていたんだよ」
クラウンは、俊也の質問には正直に答えていた。
それは間違いない。
だが、クラウンはあえて自分から話さなかった事と嘘があった。
話さなかった事は、クラウンの異能について。
クラウンは確かに限定的な瞬間移動を持っており、これを利用してマジックをしているが、ジェーンよりも異能の力は劣る。
これは紛れもなく事実である。
《《しかし、彼の異能はこれだけではない》》。
そして、ついていた嘘とはクラウンが一ヶ月前から俊也の学校の屋上にいたという事だ。
この嘘をついた理由こそが、クラウンが自分の力を隠していた理由だった。
《《クラウンは、手を握った相手の記憶を読む事が出来る》》。
俊也と会った際にした握手で、直前までの記憶を読んでしまっていたのだ。
もし、この異能について話してしまえば俊也は間違いなくコミュニティに来てくれなくなる。
それだけは避けなければならない。
だから、俊也に不義理を働いている事が分かっていても話せなかった。
幾らクラウンが真剣に語っていたとしても、心が読めると分かったら信じる事が出来ないだろう。
「もう一つ良いですか、クラウン」
「何?」
「どうしてわざわざ日本に行ったんです? 」
「あぁ、《《ロビンが歌ったからだよ》》」
「はぁ!? 嘘でしょう!?」
思わず素の口調にもどってしまったジェーンだったが、無理もない。
ロビンが歌うとは、隠語だ。
デイドリームのメンバーに未来予知が使える人物がいるのだが、問題なのはその精度だ。
そのメンバーが予知した未来は、百発百中。確実におとずれる。
その力の強さ故に予知がある時は、伏せて言うのが決まりとなっていた。
声を荒げてしまったジェーンは顔を赤面させてしまったが、軽く咳払いをして元の口調に戻した。
「……話して良かったんですか、予知を話すのは御法度ですよね?」
「それは大丈夫だよ。最も信頼しているヒト一人だけなら問題ないって言われている。だからジェーンに話したんだよ」
「では、俊也さんの入会は確実なのでは?」
「さて、どうだろう。きっかけ次第とは思うけれどね。………ところで、さっきみたいに話してくれないのかい、ジェーン」
「っ!? 馬鹿な事を言っていると、また串刺しにしますよ!? 」
「ハハハ、軽い冗談だよ〜」
再び顔を真っ赤にして怒鳴るジェーンをクラウンは笑って受け流した。
だがある書類を目にした瞬間、クラウンの手が止まる。
「……あ~、ジェーン君。この案件はボクが対応しなきゃマズイ。悪いけど時間調整してくれない?」
「? 一体どんな案件ですか?」
「《《大口スポンサーからの人材派遣の打診だよ》》」
人材派遣の打診。
端から聴けば、人材を融通して欲しいという依頼だが、実際は異能を授かった子達を何人か寄越して欲しいだけなのだ。
だが、クラウンが渋い反応を示したのには理由がある。
彼らは《《異能のメカニズムを知る為の生贄を要求しているのだ》》。
それを聴いた瞬間、ジェーンの顔から表情が消える。
『…………あのクソ共、こっちが下手に出ているから調子に乗りやがって……!』
いつの間にか、銀色の鎧を身に着けてドスの効いた声で怒りを露わにするジェーン。
「落ちつきなよ。あの子達を差し出すつもりはないし、ボクが適当に対応すれば問題ないよ」
怒りで口調まで変わってしまったジェーンに対して、クラウンは穏やかに諌める。
クラウンの言葉に、ジェーンは再び元の姿に戻る。
「すみません、頭に血がのぼってしまって……」
「気にしないで、ボクだって同じ気持ちだ。だけど小さい子がいる前でそんな顔しちゃダメだよ?
君は皆の『騎士』なんだからさ」
「……気をつけます」
「さ、それよりも俊也君を仲間にする事の方が重要だよ。次に来てくれた時には確実に入会してもらえるようにしないとね!」
空気を変えようと、手を叩くクラウン
「施設の案内はラビットが適任でしょう。先ほども仲良く話していたから安心でしょう」
「そうだね、ボクもそれが良いと思うよ」
ジェーンの提案に、クラウンは異論はないと頷いた。
「後は俊也さんが来る時期に合わせられるかどうかですが、……クラウン、予想ではどのぐらいかかりますか?」
「うーん、早くても二週間。遅くても一カ月かな? まぁ、焦らず待とうよ」
「クラウンは、仕事をしっかりと片付けなさい!」
「はいはい、やりますよ〜」
一喝するジェーンを緩く流しながら、クラウンは書類整理に戻っていった。
訂正
一部書き忘れを追加しています。
2026/8/6 13:22




