第二幕⑥ 道化の勧誘と少年の選択
クラウンからの突然の申し出に、すぐには反応出来なかった。故に俊也は聞き間違えかもしれないと思い、もう一度聞き返す。
「……えーと、ごめん。今なんて……?」
戸惑いながら聞き返してきた俊也に、クラウンは再びニコリと笑って答えた。
「俊也君もボク達のコミュニティに入らないかいって、言ったのさ!」
どうやら聞き間違えではないようだ。
クラウンは本気で俊也をデイドリームに勧誘しているのだ。
「い、いや、俺にここを見せる為に招待したんじゃ………」
「うん、入ってもらう為にも見てもらった方が早いと思ったから招待させてもらったんだよ!」
「待て待て待て! ここって異能者しか入れないんじゃないのか!?」
予期せぬ状況に俊也は思わず立ち上がってしまったが、クラウンは変わらず笑顔のままだった。
「もちろん!誰でも受け入れる訳じゃないよ!」
「だ、だったら、勧誘なんて出来ないだろう!?俺は異能者じゃないんだから!! 」
「いや、それは大丈夫だよ! 君は異能者なんだから!」
「………………………………は?」
クラウンから告げられた一言に、俊也は訳が分からず固まってしまう。
異能者?
自分が?
俺も背中から羽が生えてきたり、恐竜とかに変身したり、念力ができるようになるって事か?
力が付いてきたら、ラビットやジェーンさん達と一緒に他の異能者を捜しながら、悪の異能者と闘う事になっていくのか?
やがて異能者である事が知られて、学校にもいられなくなり、家族や友達の元を去らなければならなくなって―――
「……世界の破滅から救う事になるんだ……」
「海外コミックの映画みたいにスペクタクルな展開だね! ボクはそういう展開は大好きだね!」
呆然とした俊也の口から漏れてくる壮大な舞台設定に、クラウンは楽しそうに感想を述べる。
「まぁ、ここを作った時にはそんな事もあったけれども、今はほぼ児童館の方がメインになっているね!」
あの頃は大変だったなぁ〜、とまるで昔の苦労を懐かしむようなクラウン。
サラリととんでもない事件を流されていたが、俊也はそんな事を気にしている余裕はなかった。
「いや、おかしいだろう!! 異能って子供の頃に願った力が発現するんだろう!? 俺が子供の頃にそんな出来事はなかった! それとも実は記憶を失っていて昔ここに来た事があるとか言うんじゃないだろうな!? 」
「まさか! ボク達は間違いなく初対面だよ! 」
「だったら……」
「きちんと説明するから落ちつきなよ! ほら、コーヒーでも飲んでさ? 」
クラウンに促されて、俊也は渋々ソファーに座り直した。
クラウンは俊也が冷めたコーヒーを一口飲んだ所で、再び説明し始める。
「まず異能に関してだけれど、さっき説明したのは後天的に異能が目覚めた場合についてだったんだよ」
「……後天的? 」
「簡単にいえば異能者と接触したのがきっかけで、異能を得る事が出来た子達の事さ! 要するにボクと出会ってここに辿り着いた事で脳が活性化した結果、力を得られた場合の事だね。
そして、後天があるという事は……先天的もある! 生まれつき異能という力がある事を理解し、始めから異能を自在に使いこなせているのが先天的覚醒だ! 力は念動力や瞬間移動、超知覚……所謂超能力と呼ばれるような異能が多いね!」
「……いや、だから俺にはそんな力はないって。産まれた時にそんなとんでもパワーを持っているなんて分かったら大騒ぎになるじゃないか」
少し落ち着いた俊也は否定するが、クラウンは特に気にした様子もなく、肯定した。
「それは当然だね! 先天性でも異能が使えるようになるのは物心付く頃だし、生まれた直後に力が発現しているのは極稀だ!」
「じゃあ……」
「だけど、時間が経って異能が発現する場合があるんだ! 生まれた時に異能はあったけれど成長しなかったり、発現するきっかけがなくて、そのままになっている状態……悪く言えば、異能の発育不良だね! この場合だと、早くても十三歳頃から遅いと二十歳ぐらいで後天性の異能と同じ力が目覚める状態になる。ボクはこれを『潜在覚醒』と呼んでいるんだけれど……」
クラウンが途中で説明を止め、正面の俊也を見てみれば、その表情はいかにも不機嫌さを物語っていた。
「納得出来ないようだね?」
「そりゃあそうだろう。仮に今の説明が本当だとしても都合が良過ぎる。それこそ学校ならもっと沢山の潜在覚醒している人間がいるはずなのに俺だけが異能に目覚めているなんて状況はおかしいよ」
それは至極当然の疑問だった。
自分だけに特別な力があったなどライトノベルや漫画にありがちな展開だが、自分がその立場になってみると怪しさしか感じない。
そう主張する俊也に対して、困ったように笑うクラウン。
「……日本人って異世界とか特別な力に関心が深いと聞いていたんだけどなぁ」
「作品が好きなのと実際に巻きこまれたいと思うのは別だよ。異能を見たから信じているけど、普通なら詐欺だと疑うよ」
「…………だよね」
俊也の真っ向からの正論に、クラウンは肩を落として深い溜息を吐いた。
「……出来る事なら仲間になってから話したかったんだけど……」
「隠し事はしないんじゃなかったのか」
「しないよ。だけど、説明出来ない事を憶測で話すのは好きじゃないんだよ」
「憶測?」
「言っただろう、分かっていない事もあるって。異能の覚醒条件については詳しく分かっていないんだよ。物理的なショック、事故によって目覚める場合もあるけど絶対じゃない。何の前触れもなく、目覚める事もあるんだよ」
そう言いながらクラウンはどこからか小さな手帳を取り出し、ページをパラパラとめくり出す。
「出身、年齢、性別、果ては趣味まで……思い当たる事は片っ端から調べたんだけれど共通している所が一つもないんだよ。だから何故、俊也君が異能に目覚めた明確な理由は説明出来ないんだよ」
「……クラウン自身かジェーンさんやラビットにも心当たりはないのか?」
「生憎、ボクもジェーン君も先天性の異能者だったんだよ。ラビットは俊也君と同じ潜在覚醒だけど、彼はショックによって目覚めたパターンだったね」
「……それなら、俺が異能者だって根拠は何もないじゃないか」
俊也はクラウンの言葉を否定したかった訳でも、特別な力がある事が嫌だった訳でもない。
ただあまりにも突然に新事実が明かされてしまい、信じる事が出来ずに疑ってしまっただけだったのだ。
だが次々と現れる否定的な証拠に、俊也は段々と気が重くなっていってしまった。
だが、そんな暗い空気を断ち切るようにクラウンは明るく主張してきた。
「いいや、俊也君が異能者である根拠はちゃんとあるよ! 学校の屋上でボクが見えていたのが証拠だよ!」
「………………………はぁ?」
姿が見えるから異能者というあまりに突拍子もない根拠の提示に、俊也は思わず呆れた声を漏らしてしまう。
しかし、クラウンはそんな俊也の表情を気にする事もなく不意に自分の衣装に手を当ててたずねる。
「俊也君、ボクの服装に見覚えはないかい?」
水玉模様が七色に輝く道化衣装、俊也がクラウンと初めて出会った時に着ていた物だった。
派手な色のそれを忘れられる訳もなく、肯定する俊也。
「この服装には仕掛けがあってね。異能を発現していると、異能者でなければ認識する事が出来なくなる特殊な鉱石を編み込んでいるんだよ! 」
「つまり、透明人間になるって事か?さっき見かけた子にもそういう異能はあったけれど……」
「いや、異能で透明になるのとは違うよ。あくまでも認識されなくなるだけだから、姿はカメラにしっかり映っているんだ。一番近い物は、ギリースーツかな?周囲の環境に溶け込んでどこにいるのか分からなくする服なんだよ」
俊也は改めてクラウンの衣装をまじまじと見てみたが、照明の光を受けてキラキラと輝いている服がそんな特殊な服だとは思えなかった。
「じゃあ、証拠を出すよ。俊也君の学校の屋上は、鍵の故障で立ち入り禁止になっていただろう?
でも、一月ぐらい前に五人ほど男子生徒がこっそり屋上まで来ていたんだ。
何もない場所だと言って、辺りを歩き回っている内に先生が来てしまって怒られているのを見ていたんだよ。
怒られている子の一人は仲村……だったかな?」
クラウンの言葉に俊也は息を呑んだ。
自分の学校の話やクラスメイトについては、ここでは話していない。学校に通っていなければ知る事が出来ない情報だ。
「屋上の鍵が壊れているという話を聞けたのは幸運だったね! 誰も来ない屋上なら潜伏は楽だし、上からなら覗いても不審じゃないからね。正にうってつけの場所だったよ!」
俊也の驚いた様子にクラウンは楽しそうに笑って当時の様子を語る。
「ボクは一ヶ月間この服を身につけた状態で色々な所を回ったけれど、誰にも認識されなかったんだよ。ただ一人、君を除いてね」
そう言ってクラウンは、俊也を指差す。
「君がボクの芸を見て喜んでくれる姿を見て確信したよ、間違いなく良い仲間になれるってね!」
「……何でそこまでして俺を仲間にしたいんだよ? どんな異能を持っているかも分からない奴が入ったって役に立てるかどうかも分からないじゃないか」
「言っただろう? 望みを叶えられる場所に行ってみたくないかって。
君が叫んだ思いを聞いて現実という言葉に苦しみ、あるかもしれない未来も夢も手放そうとしているのは余りにも惜しいと思ってしまったんだ。
役に立つかなんてどうでも良いんだ。
俊也君という一人の人間に入って欲しいんだよ」
異能持ちだからじゃない。
君だから良いんだ。
そう主張するクラウンは微笑んでいた。
「『自分の夢を否定せず、望む事があるならば支援し、手助けする』、これがボクらのコミュニティの信条だよ! 異能に目覚めて困っている子を助けるのも、自分の望みを叶える為に頑張る子を助けるのも同じ事なんだよ!」
言い終えたクラウンは、俊也へ向けて右手を差し出して再び問いかけた。
「さて、坂口 俊也君。改めて尋ねよう。
ボクらの仲間になってくれないかな?」
クラウンの表情は化粧で隠れてしまっているが、その目は真剣だった。
そんなクラウンをじっと見ながら、俊也は意を決して口を開いた。




