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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第二百三十六話 『リリの記憶』

━━頭上は一面に広がる青い空。

前方は遥か遠くまで見渡せ、広大な森の向こう側に海が広がっているのが分かる。


見晴らしの良い高い岸壁。

その先端部に、エレンディアは座っていた。


ブロンドの長い髪と真っ白な翼が激しくはためいており、その激しい風に乗って、遠くから「ミャー!」という可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。


「ミャーーーー!!」


その可愛らしい鳴き声が徐々に近くなってきて、同時に青一色の空から小さな黒い影が降りてきた。


遊覧飛行を楽しんでいた子どもドラゴンのリリが、途中で風に煽られつつもエレンディアの真横に上手に降り立つ。


「ミャ! ミャ!」


リリは翼を何度もぱたぱたさせながら、興奮した様子でエレンディアに訴えかけている。

「この世界の空は気持ち良い」と言っているということを理解したエレンディアは、笑って頷いた。


「そうでしょ? 特に晴れたときの空は空気も澄んでてすごく気持ち良いわよね」


そう言って彼の小さな頭を撫でてから、その視線は再び空と海の地平線へと投げられる。

空気が読めるリリは、その横顔を見て疑問に思う。

彼女が何か思い悩んでいるのでは、という空気を感じ取ったようだ。


「ミャ?」


素直に「どうしたの?」と尋ねてみる。

悩みがあれば聞くというリリに、「ちょっとねぇ…」、とエレンディアが呟くように声を発する。


「こんなに“早い”なんて、知らなかったというか…」

「ミャ?」(早いって?)

「…いや、なんていうか…」


何か言いにくいことなのか、エレンディアは口をもごもごさせている。

ほんのりと頬を赤く染めており、思い悩んでいるように眉間にシワを寄せた。


「ゴッド族とヒューマ族の相性…というか…う~ん…」


遠くを見つめたまま、自身の腹部を撫で始める。


無意識の行動だろう。

見る人によっては特に気にもならない行動だったのだが、


「……」


その動作を見つめていたリリは、途中でハッとする。

こうして“現世”に遊びに連れてきてもらえるようになって、人間たちの営みというものを勉強していた彼には、ある可能性が思い浮かんだようだ。


「ミャミャ!?」(赤ちゃんできたの!?)


ストレートに言い当てられ、勢い良く首を振ってリリを直視したエレンディアは硬直する。

そのまま、ますます顔面が真っ赤に染め上がっていった。


「…ま、まぁ…」


ここで嘘をついても仕方ないと思ったのか、大人しく肯定するエレンディア。


「ミャ?」(え? でも早いね?)


“事情通”のリリは再度疑問を呈する。

エレンディアのお腹にいる子供が、恋人であるウィルクスとの間にできた子供だというのは分かる。

だがそのウィルクスとエレンディアの初めての出会いから逆算すると、子供が出来るペースがあまりにも早いのではないかと彼も不思議に思ったようだ。


「ミャミャ…」(もしかして、ほぼ初対面のときから既に…?)


“そういう行為”に及んだのではと続けようとしたリリに、「ち、違うわよ!」、とエレンディアが即座に否定した。


「そ、そういう“行為”もあるんだって知ったのはつい最近で、ウィルクスと二人きりになったときにふとそのことを思い出して、それで…」


必死の弁明からつい行為の詳細を白状しそうになったところで、「ち、違う!」とリリが何も言ってないのにあたふたし始めた。


「そういうこと言ってるんじゃなくて、ウィルクスになんて言おうか迷ってるって話なの!」


リリの読みどおり、お腹の中の子はエレンディアとウィルクスの子で間違いない。

ゴッド族とヒューマ族の子供というのは前例の無い出来事だったが、一般常識よりも早く子供が出来たというのは種族間の相性の問題だったということなのだろう。


それはそれとして、エレンディアはウィルクスに打ち明けるかべきか悩んでいるようだった。


父親になるという事実を聞き、ウィルクスは動揺してしまうのではないか。

まだ何も心の準備ができておらず、将来のことを考えすぎて疲れてしまうのではないか。

それ以前に、おそらく史上初であろうゴッド族とヒューマ族の子供が、将来的に何かしらの弊害や障害に当たってしまうのではないか。


エレンディアの中では、いま様々な葛藤と心配事が渦巻いていたのだろう。

だが、リリはそんな彼女を不思議そうに見上げていた。


「ミャミャ?」(普通にウィルクスに話せばいいんじゃない?)

「え?」

「ミャミャ」(エレンディアとの赤ちゃんは、ウィルクスも強く望んでいたことだもん)


空気が読めるリリは知っていた。

エレンディアと一緒に暮らしたいと夢を語っていたウィルクスの気持ちは、嘘偽りの無い本気で本当の気持ちだったのだと。


誰も自分たちのことを知らない、新しい土地。

その地で家を建て、子供を作って幸せに暮らしたいと考えていたことを。


「ミャ?」(ウィルクスの話、エレンディアも聞いてたでしょ?)

「き、聞いてはいたけど…」

「ミャミャ」(ウィルクスもちゃんと現実的に考えてるんだよ)


リリは続ける。


「ミャッミャ」(建築の技術を学んでいる最中で、農業の知識も学んでいて、お仕事で貯めたお金で色んな道具をそろえているところなんだよ?)


それは初耳だったのか、エレンディアは目を見開く。

そこまで考えてくれていたのかと、今更ながら驚いてしまったようだ。


二人一緒に暮らす。

数ヶ月前に語り合っていたことだが、あまり現実味の無い夢物語のような話だったと、当時のエレンディアは考えていたのかもしれない。

だが、それは単なる夢物語ではなかった。

その夢物語を実現させようと、ウィルクスは人知れず努力していた。


その事実を知ったエレンディアは、脳裏にある光景が浮かぶ。


木造の家屋。

開け放たれた窓からは、風に乗って新緑の匂いが舞い込んできている。

リビングには我が子を抱っこするエレンディアがいて、二人のためにウィルクスがキッチンに立って慣れない調理に奮闘している。


森に囲まれた場所で、周囲には自然しかないが、それでも笑いが絶えない小さな家の中。

そんなあまりにも眩しすぎる映像に、エレンディアは思わず顔面を緩めてしまった。


「ミャ」


ウィルクスには伝えるべきだとリリ。


リリは本当に空気が読める。

空気が読めすぎて、エレンディアのお腹にいる赤ちゃんのことまでも感じ取ることができていた。


「ミャミャ!」


お腹の子はとてもいい子だよ、とリリは続けた。


「ミャミャ!」(その赤ちゃんはね、ウィルクスのように、のほほんとした子だよ!)

「え? そ、そうなの?」

「ミャ! ミャ!」(うん! でも、エレンディアに負けず劣らずの気が強い面もある!)

「私、そんなに気が強い自覚は無いんだけど…」

「…ミャ!」(…見えた!)


翼を動かし、やや興奮気味にリリは言う。


「ミャミャ!」(遠い将来、この子たちの子孫は、沢山の種族の子たちと仲良くしているよ! 友達たくさんいて、みんな笑顔!)


空気が読めるどころか、もはや予言に近い。

その全てに根拠はなく、憶測に過ぎないと言えばその通りなのだが…リリが言うと、不思議と信じることができた。


「そう。なら安心ね」


エレンディアの表情がまた緩み、やや膨らみ始めていた腹部を撫でながら、「ですって」と我が子に向かって話しかける。


「ミャミャ!」


リリは翼をパタパタさせながら、「早く名前を決めてあげないとね!」と言った。


「え? でもまだ性別が…」

「ミャ!」(男の子だよ!)

「そこまで分かるの!?」


驚くエレンディアに、リリが胸を張ってみせる。


「ミャミャ!」(そういう空気をエレンディアのお腹から感じるから!)


これまで、リリの空気読みが外れたことは一度として無い。

きっとその通りなのだろうと思ったエレンディアは、次にその子がどんな子に育つのだろうかと考える。

どんな名前がいいか、ウィルクスならどんな名前をつけるのかと色々と想像が膨らんでいき、気持ちが焦った。


「ウィルクスには当然言うけど、レフィリスにも伝えたほうがいいわよね?」

「ミャ!」


もちろんだよ、とリリ。


「ミャミャ!」(エレンディアとウィルクスの赤ちゃんを見たら、自分が育てるって言いそう!)

「あの子ならあり得るわね…」


三人で子供を育てる未来も浮かび、エレンディアの頬の緩みは止まらない。


「善は急げね。ウィルクスのところに行きましょうか」


ミャ!、と大きく返事をしたリリと一緒に、エレンディアも翼をはためかせて空を飛ぶ。


夢が実現する。

驚くウィルクスの顔と、その後すぐに飛び上がって喜ぶ反応が容易に浮かぶ。


幸せな未来の想像が止まらず、はやる気持ちを抑えきれないようで、エレンディアの全身は太陽のような輝きを放っていた。

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