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ある希少種の日常 その後━  作者: 紅林雅樹
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第二百三十五話 『愛の力』

「これも愛の力ですね」


メデルは玉座に座って、子供時代のダインを象った人形を抱っこしている。

その彼女の膝に乗っていた子どもドラゴンのリリが、不思議そうに彼女の顔を見上げていた。


「ミャ?」(愛の力って?)

「ラフィンさんは、元来プライドが高いお方です」


前方を眺めながら、メデルは続ける。


「エンジェ族であることに強い誇りを持っていた。であるのに、ダインさんと一緒になりたいがあまり、魔族であるヴァンプ族になることを望まれたのですから」



「お、おい! マジでどういうことだ!?」


氷の洞窟内の広い空間内で、ダインは逃げ惑っていた。

ラフィンのあまりの“豹変”っぷりに、戸惑いを隠しきれてない。


ヴァンプ族となったラフィン。

“魔法が使えない代わりにあり得ないパワーを持つ”という付加価値を、彼女は存分に発揮していたようだ。


瞬時にダインとの距離を詰め、触れようとする。

ダインも凄まじいスピードでラフィンの手から逃れるも、簡単に先回りされてしまう。


豹変した彼女もさることながら、ゴール地点のバリアが解かれ、ダイン人形がむき出しになっているのにそちらを一切目指さないラフィンの行動も変だった。


「も、目的! 目的を教えてくれ!」


ダイン人形に触れば、ラフィンたちの勝利でゲームが終わる。

ヴァンプ族になったからメデルの魔法ですら打ち破れるはずなのに、ラフィンの目はダインにしか向けられていない。


「ここよ…!」


眼前に瞬間移動したラフィンが手を伸ばしてくる。


「くっ…!」


抱きつこうとしてくるその手を、ダインは瞬時に掴み返した。


「ふふ…」


お互いの力が押し合い、足が地面にめり込む。


「私はね、始めからあなたしか狙ってなかったの」

「な、なんだと…?」

「この企画を思いついた段階から…いえ、あなたとの二人きり旅行の日程が決まった瞬間から、考えていたの」


ラフィンの体から透明な触手が出てきて、ダインに絡み付こうと伸びてくる。

ダインもすぐさま触手を出し、これに抵抗した。


「あなたには魔法が効かない。おまけにありえないほどの体力と力がある。どんな魔法も意味を成さないほどの力がね」


触手が小競り合いを始めた中、ラフィンは続ける。


「ヴァンプ族のダインは、敗北を知らない。だから思い知らせてやりたいと思ったの」

「は…敗北…?」

「そう。弱者の気持ちを。エレンディア様の再来とまで言われた私でも、あなたには適わないと気づかされたときの、この思いを」


ダインにはいつも負けている。

その思いは彼女だけでなく、他のディエルたちも同様だっただろうと、ラフィンは思った。


強化魔法を使って身体能力を上げてもダインのスピードには適わず、転移魔法より走ったほうが速いと断言していたダイン。

山を見下ろせるほどの高さまで跳躍することができ、飛翔できるエンジェ族やゴッド族よりも早く目的地に到着できる。

身体機能の強化には限度があるが、何の強化魔法も使ってないダインは何百キロもありそうな『キングバグベアー』の友達も片手で持ち上げられる。


ラフィンたちの敗北感は、何も目に見える力だけではない。

恋人同士になってからも、それは変わらなかった。


通常、年頃の男子ならば女子と接近しただけでもどぎまぎして赤面してしまうもの。

だというのに、ダインは誰であっても緊張することは無く、優しい笑顔で接してくる。


その笑顔と、突然の肌の触れ合いに逆にラフィンたちの方がどぎまぎしてしまい、心の余裕が無くなる。

ヴァンプ族の肌質は、異性であるラフィンたちには妙に“いやらしい感覚”を覚え、軽く抱かれただけでも体から力が抜けてしまう。


おまけに世話焼きで、手先が不器用だと言いつつも自分たちのお弁当を作ってきてくれたり、悩みを親身になって聞いてくれたりと甲斐甲斐しい。


ダインに対し、ラフィンたちは常に敗北を喫していたのだ。

個々の力としても、恋人としても。


「でも、私はあなたと同じヴァンプ族になった。あなたを負かして…優位に立ってやるわ!」


ラフィンは本音をぶちまけ、さらに触手の本数を増やした。


「いっ…!?」


数百本もの触手がダインの目の前まで迫ってくる。


ダインは優しい。

ラフィンたちの希望することには何の反対も示さず、彼女たちのやりたいようにやらせてきた。

可愛らしい要求ばかりだったから、ダインも笑いながら応じてきた。


その挙句に、子供化させられたり、赤ちゃんにされたり、罠に嵌められティエリアの中に閉じ込められたりもした。

何度か男としてのプライドもへし折られてきたような気もするが、ラフィンたちが楽しいなら…嬉しいならそれでいいと、優しいダインは好きにさせてきた。


だが今回だけは、明確に嫌だと思った。


負けることが、ではない。

ラフィンに優位に立たれることが、でもない。


僅かな魔力が惜しいわけでもない。

それだけが欲しいのなら、いくらでもあげていい。


しかし、ラフィンが女性なのが問題だった。

異性間の吸魔は強い快楽が伴う。

つまり、吸魔されるとダインは声をあげてしまうことになる。


“あの時”ティエリアの姿だったからまだ良かった。

だがいまは、本来の姿で…男である自分自身の姿で、ラフィンの触手に吸魔され、“あられもない声”を上げてしまうことになる。


それだけは、避けねばならなかった。

そうなると、いよいよ自分自身のアイデンティティなるものが失われるような気がするから。


「ま、負けでいい! もう負けで良いから!」


降参を宣言するが、「まだ何も決まってないわ!」、とラフィンはそれを跳ね除けた。


「いいから、あなたは大人しく私から魔力を吸われればいいのよ!」


ラフィンの要求はダインに勝つことではなく、ダインの“あえぎ声”を聞いて負かすこと。


掴み合いから手を離し、ダインは逃げ惑う。

ラフィンはすぐさま彼を追い掛け回す。



「やはり、ラフィンさんの愛はかなり重めですね」


玉座に座り、二人のやり取りを遠巻きに眺めていたメデルが面白そうに言う。


「エンジェ族の誇りを捨て魔族になったり、規則も規律も無視して欲望に忠実になったりと、多様な変化が見られます」


メデルの足の上に鎮座していたリリが、「そうだね!」、と同意の鳴き声をあげる。

リリもラフィンの“変化”というものを明確に感じ取っていたようだ。


リリは知っていた。

暴走しがちなシンシアやニーニアとは違い、常に冷静でいたように見えていたラフィンの、内側に渦巻くダインへの深い愛情を。


もっとくっつきたい。

キスしたい。

いちゃいちゃしたい。

何度もチラ見してくる胸を押し付けたり、妄想を語るニーニアのように彼のたくましい腕や指を舐めてみたいと思っていたことも。

つい数日前まで性知識のほとんどを持たなかったラフィンだが、考えていることは教科書に載っている以上のエロいことだった。


ダインのことが大好きだから。

エンジェ族であるという誇りや、ウェルト家の長女としてのプライドよりも、ダインへの想いのほうが大きかったのだろう。



「大人しくしなさい!」


ディエルから吸った魔力魔法でダインの視界を遮り、シンシアから奪い取った聖力魔法でダインとの距離を瞬時に詰めていく。

ルシラから奪い取った能力でティエリアのバリア魔法を強化させ、ダインの逃げ道を狭めていく。


あらゆる魔法も使いこなせるようになった、ヴァンプ族のラフィン。

彼女は、ダイン以上に無敵だった。


「い、一旦! 一旦落ち着かねぇか!?」

「駄目よ! 薬の効果時間は短いし、触手でなくちゃあなたの魔力吸えないんだもの!」

「そんなことが目的でいいのかよ!!」


ダインもラフィンもとてつもないスピードで動き回っており、もはや視認することができない。


「やはり、愛ですねぇ」


メデルが穏やかな表情で言った。


「とても微笑ましいです。欲望に染まりきったラフィンさんと、必死な形相で逃げているダインさんは」

「ミャ!」


「そうだね!」とリリが言うも、二人の声をしっかり聞いていたダインが「どこがだよ!」と突っ込む。


「もうゲームでもなんでもなくなっちまってる!」

「ミャミャ!?」(ここからエッチなことになるのかな!?)

「ならないし、するつもりもねぇ!」

「ミャ!」(エッチなことして!)

「願望がストレートすぎる!」


リリに突っ込むため、一瞬でもそちらに意識が向いたのが原因かもしれない。

ダインの眼前にラフィンがワープしており、今度こそ捕まえようと手を伸ばしてきた。

ダインは咄嗟に手を伸ばし、逆に彼女の手を掴んで阻止する。


「あなたの喘ぎ声が漏れても別に良いじゃない」


あれほど動き回って魔法も使い続けていたというのに、ラフィンの呼吸は一切乱れてない。

無尽蔵と思えるほどのヴァンプ族の体力に内心驚きつつも、彼女はかつてないほどの高揚感を覚えていた。


「シンシアたちはみんな気を失ってるんだし、ここであなたがどんな声をあげたとしても、聞かれる心配は無いわ」

「い、いや、メデルさんとリリがいるじゃん!」

「聞かれて困るような人たちじゃないからノーカンよ」

「それ完全にお前のさじ加減じゃ…」


ダインと取っ組み合いになりつつ、「それに」とラフィンが続ける。


「あなた、以前ディエルとニーニアに襲われたことがあるんでしょ?」

「え?」

「ティエリア先輩の中に閉じ込められたとき。すごい声あげてたって」

「ちょ…!? な、なんでその話を…!」


ダインは激しく動揺するも、ラフィンに掴まるわけにはいかないとラフィンと繋ぎあった手に力を込める。

その姿勢は、プロレスでいうところの“手四つ”のようだ。


お互いがお互いをけん制し合い、動きは無くなった。

だがラフィンから触手が伸びており、ダインも触手を出して体に絡み付こうとしてくるのを必死に抵抗して激しく動いていた。


「…もうそろそろ終わってしまいそうですかね」


メデルは人形とリリを抱っこして玉座から立ち上がり、そこに一人と一匹を座らせる。


「今日はみなさんノリノリでゲームに参加してくださり、心から楽しめました」


まだダインとラフィンの決着がついてないが、メデルには終わりが見えていたようだ。

リリもその空気を感じ取っていたらしく、「そうだね!」と嬉しそうな鳴き声を上げる。


「ミャミャ!」(懐かしいところに来れて美味しいものも食べられたし、よかったよ!)


満足げなリリの小さな頭をメデルが撫でているところで、「ぐ…!」というダインの声が聞こえた。


どうやらラフィンの触手に足が掴まってしまったらしく、吸魔され始めたらしい。


「はぁ…やっぱり、美味しいわね、あなたの魔力…もっともっと食べたくなる」

「お、お前、ちょ、ちょっとキャラ変わってきてねぇか…?」

「ヴァンプ族になったせいかもしれないわね? ね、ほら、もっと声を…んあっ!?」


ラフィンからも妙な声が上がった。


「や、やられっぱなしでたまるかよ…!」


ダインも反撃に出たようで、ラフィンの腹部に触手を絡めて吸魔している。


「んっ!? は…! や、やる、じゃない…!」


顔を見合わせ、呼吸を荒くしている二人。



「ミャミャ!?」(なんかエッチなこと始まったね!?)


リリは期待を寄せるが、「ですが、これ以上はなさそうですねぇ」、とメデルが言う。


「私としては、服を脱いでくんずほぐれつまでいって欲しいのですが…」


ダインの理性の強さにため息を吐きつつ、彼女は片手を地面にかざす。


「ミャ?」


何をしてるの? というリリの問いかけに、「仕上げの作業です」とメデルが答えた。


「ここが終われば、残り一箇所。私の悲願が達成するまで、あと一歩というところです」

「ミャァ?」(悲願?)

「はい」


メデルがにっこりとした笑顔をリリに向ける。


「“私たち”が、より幸せになるために」


どういうことか、リリが詳細を尋ねようとしたときだった。


「んあ…!?」


もみ合っているダインとラフィンから明確な喘ぎ声が聞こえ、リリがばっとそちらに顔を向ける。

お互いの全身に無数の触手が絡まりあっており、ダインもラフィンも身悶えているのが見えた。


「ミャ! ミャミャ!」(エッチなこと! エッチなことになりそうだよ!)


そちらに一気に興味が向いたのか、二人の元へととてとてと駆け出していった。


「…名残惜しいですね」


一人になったメデルは、本当に名残惜しそうに呟く。


「最後まではいかないにしても、ダインさんとラフィンさんの艶姿を見届けたかったのですが…」


しかしすぐに表情を明るいものに変えた。


「まぁ、これからはいくらでもその機会は訪れますね」


彼女は、未だにもみ合っているダインとラフィンにちらりと視線の送る。

大好きで可愛らしい人たちの必死な表情を見て、また顔面に笑顔を宿した。


そして再度地面に顔を向け、何かを詠唱する。

次の瞬間、メデルの全身が眩しく輝き、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


ダインとラフィンがはっとしたときにはもう遅くて、広い空間は一瞬にして魔法陣から放たれた光で埋め尽くされた。

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