第3の殺人
最近補修したらしい外壁こそ綺麗だが、おそらく築40年くらいのアパートの4階の一室。
その部屋からは、男女の口論の声が、開け放たれた窓から外まで響いていた。
「ヤス君、明日はデートだって約束したじゃん!」
「ごめん。急な仕事で、どうしても断れなくて……」
「仕事ってどういうこと!? 明日は日曜日だよ!? 日曜日にどうして仕事が入るの!?」
「顧客の一方的な都合なんだ。俺だって泣きたいよ。俺だってケイコとデートしたいのに」
「嘘でしょ? どうせ他の女と会うんでしょ!? 浮気野郎!!」
「違うよ! そんなわけないだろ。俺にはケイコしかいないんだから」
「嘘ばっかり!! 最低!! 死んでやる!!」
そう言って、ケイコと呼ばれた女性は、ポケットからカミソリを取り出すと、刃先を自分の左手首にあてた。
ケイコの左手首にはすでに何十本もの線が引かれており、そのうち1、2本はまだ閉じ切っておらず、生々しい傷跡として残っている。
「おい! ケイコ!! やめろ!! 早まるなって!!」
「死んでやる!! 死んでやる!! 全部ヤス君のせいだから!!」
泣き叫ぶケイコに、ヤス君がそーっと近づいていこうとすると、ケイコは「これ以上近づいたら本当に切るから!」と、自分自身を人質にして牽制した。
「ケイコ、俺はケイコのことが心から好きだし、ケイコを心から愛してるんだ。だからそんなことしないでくれ」
「嘘でしょ!? どうせヤス君は私のこと、面倒臭いメンヘラ女だって思ってるんでしょ!?」
「……お、思ってないよ」
ヤス君の声が上ずった。しかし、ヤス君はすぐに取り繕う。
「ケイコは誰よりも俺のことを深く愛してくれてて、こまめにLINEも送ってくれるし、俺の理想の彼女なんだ。だから俺と一緒に生きて欲しい。明日の仕事は適当な嘘を吐いてキャンセルするから、カミソリから手を離して欲しい」
「ヤス君……」
ようやく終戦かと思われたそのとき、ケイコが突然悲鳴を上げた。
同時に、ケイコの手首から血が噴き出す。
カミソリの刃が脈に深く刺さったのである。
ケイコの足元には、稼働中のお掃除ロボットがいた。
お掃除ロボットがケイコの脚にぶつかり、ふらついた拍子に、ケイコの手元が狂ったのだ。
「嫌だよ!! ヤス君、助けて!! 私、死にたくないよ!!」
ケイコは泣き叫んだが、いくらヤス君であっても、この事態を対処することはできなかった。
致命傷を負ったケイコは、ヤス君が呼んだ救急車が到着する前に、出血多量で死亡した。
床一面にできた血だまりの上を、お掃除ロボットはぐるぐると回り続けていた。




