バイト初日の終わりに
【類は友を呼ぶ】とはよくいうもので。
呼ばれるのはむしろ。
【敵】である。
◆
元は図書館という広い場所での勤務作業。
棚と棚との行き来。そして、来客の対応。
それ以外の職をしたことのない翁が、
『飲食業という仕事をしたことがないんです。おれ』
口にした瞬間。
キッチンの洗い場へと回された。
(よかった)
啄木鳥に買って貰った背広を脱ぎ、腕をまくる翁は。
誰の私物とも分からないラッコのエプロンを羽織っていた。
三角巾もラッコ模様だ。そして、それらには尻尾が垂れていた。
それだけで翁は、満面の笑顔で鼻歌交じりに、腰を振って洗っている。
「何? 楽しそうね、お前」
背後からの叶の声に。
驚いた表情のまま振り返った。
「!?」
それには叶もびっくりして眉をひそめた。
「……なんだよ。ビックリさせんなよっ!」
言葉と同時に、超烈な一発が腰にめり込んだ。
あまりの痛みに、皿が水を貯めたタンクに落ちて。
中の皿に重なり音を鳴らした。
「ってぇえ~~」
腰を抑えて言い漏らす翁の身体が震える。
しかし、そんな翁に叶は謝らない。
「一応は仕事中なんだ! ばぁあかっっっっ!」
それなら叶もしてくれ、と思ったのだが。
ごっくん! と翁は飲み込んだ。
「うん。叶さん、ごめんなさい」
萎れる翁の表情と、下がる肩に。
「おい! 私のせいで辞めるとか言いやがんなやな!?」
頬を膨らませて、口先を尖らせる叶。
翁は顔を叶に向けるとはにかんだ。
「言わないですよw おれ、この職場の空気、……好きだ♡」
三角巾のラッコの尻尾が揺れる。
「っそ、そぉう?? っなら、っと! っとっとと、手を動かしなさいっ!」
素っ気なく言い放つと叶が。
がに股にフロアーに戻って行った。
◆
白々と夜が明け始めた頃に。
午前6時に店が締められるのだった。
(ね゛、眠いぃ~~)
ぐったりして冷蔵庫の前に座り込んだ翁。
26歳には、少しハードでしかない。
「おいおいおい! ダンマル君。お前、これから学校なんじゃねぇの?!」
百足がそう煙草を吹かしながら、そう首を傾げた。
それに目をしゅぱしゅぱさせて、翁も頷く。
「んじゃあ。送って来るわ~~鍵締めよろしくなぁ♡ かなめちゃん♡♡」
手をひらひらとさせ、地下へと向かった。
背中に背負われていることに翁も気づかない。
「さ。ダンマル君? お家はどこだぁ~~い?」
「《ホッカイドウ区》の《ジュエリーハイツ苺A》です~~」
「ジュエリーハイツ、……苺? だって??」
半分寝てしまっている翁の言葉に。
思わず百足も訊き返してしまう。
そのアパートの名前は、割と従業員に間では有名だからだ。
とくに《A》の方が。
そっちの名前を言った翁に釘づけになってしまう。
しかも、そのアパートの経営者は確かと。
ここ百足蝉が経営する《食事何処みんみん》
その地下にも《骨壺》が設置されていた。
設置はワルツへの申請と許可が必要だが。
基本は貢献度の高い従業員などが対象である。
緊急出動がしやすいようにというものなのだ。
誰にでも過去があるように。
百足にも過去があり、地下にひっそりと在るのである。
「ああ。分かったぜ、ダンマル君」
背負った翁を百足が横目で見た。
すでに翁の目は堅く閉じられている。
「本当に見覚えがあんだよなぁ~~どこだっけかな?」
百足は首を捻って鼻息を吐いた。
だが、しかしと。思い出せない。
◆
着くのは一瞬だった。
同じく《骨壺》が設置されている群青双竜の所有アパート。
厳密に言えば、彼が住んでいた部屋の地下。
そこに降り立った百足。
疑問しかない。
「おいおいおい! なんで、部屋なんかにあんのよw こいつぁ、緊急用の移動車なんだぜっw」
《骨壺》は登録済みの場所にしか行かないシステムだ。
こんなアパートに登録があったこと事態に。
百足の動揺は半端ない状態である。
「ああ。送ってくれたんだ。悪ィねぇ」
茫然とした百足に声がかけられた。
突然の声掛けに百足に身構えてしまう。
「!?」
階段を降りると地下に灯りが燈った。
眩しく目を細めた百足。
「っぐ、群青双竜さん、っな、なのか!?」
上擦った声が百足から出てしまう。
それに訊かれた彼も答えた。
「違いますよ? 私は、今背中に背負われているダンマル君の兄の、尾田藤太と申します」
百足の目に尾田藤太が映し出された。
とてもキレイに笑う顔だった。
「その背中のを頂きたいのですがw」




