中編
僕と彼女が初めて出会ったのは高校に入学した日のことだった。
僕も彼女も特別目立つような見た目をしている訳ではないが、廊下ですれ違った時、何か魅かれるモノを感じとって、お互いの存在を認識して意識をするようになった。
クラスでの自己紹介の時、彼女が同じクラスメイトであることを知った。
彼女から僕に話しを掛けてきてくれて、僕は受け答え会話を交わした。
この瞬間に初めて言葉を交えたと言うのに、自然と会話は続き話しこんでしまっていた。僕は普段口下手な性格だから、こんなにも初対面の人と話せるなんて思いもしないで、内心は驚いていたことを仲良くなってから伝えてみたら、彼女も僕と同じだったようで、お互い吹きだしてしまったこともあった。
四月が過ぎ去ろうとしていた頃、僕はクラスの男子達とそれなりに話すことのできる関係になっていた。彼女も女子の輪に加わって話しているように見えたけれど、表情は笑って見せているだけに思えた。
五月も折り返し段々と暑さが目立ち始めてきた。
制服のブレザーを脱ぎ、合服姿のクラスメイトが増え始めてきた頃、彼女が僕に告白をした。
腕に刻んである幾つもの傷跡を見せてくれた。
「私自身、これを他人に見られることは気にしてはいないのだけれど、知ってる人が引いた顔をするのが嫌なの。だから学校では常に長袖でいると思うわ」
僕だけに見せてくれた彼女の本当の姿。
これを見た時に、何故僕が彼女に魅かれていたのかがようやくわかった。
僕たちはお互いに正反対のモノを見て、この世界にいるんだ。
彼女は死を見つめて。
僕は生を見つめて。
互いが互いの持ちえないモノを持って、見ることのできないモノを見ているからこそ、足りないモノを補おうとして魅かれあっていたんだ。
「あなたはどう思った?」
彼女の問いかけにこう答えた。
「正直に言えば驚いたよ。けれど、これで君が何なのかやっとわかった」
「それならよかったかな」
彼女は優しく微笑んだ。
六月も終わりに近づき、クラスメイトの殆どが夏服で過ごしている中、彼女は長袖のままだった。
この頃からだ。彼女が女子の輪から浮き始めたのは。
彼女の腕に傷があることは噂で広がり、元々口数の多くない彼女は次第に退け者にされ、クラスの中でも独りでいることが多くなった。
それを見ていられなくなって、僕は昼休みになる度に彼女と何処かへ昼食をとりに行くようになった。
七月の中頃になる前には一つの噂がクラスの中に広まっていた。
僕と彼女が付き合っているのか、と言うものだ。
男子生徒の一人が訊いてきた
「あいつと付き合っているのか?」
僕は答える。
「付き合ってはいないよ」
男子生徒は続ける。
「なら、お前の為に言っておくけど。もう、あいつとは関わらない方がいいぞ」
また答える。
「うん、忠告ありがとう」
話しを聴いただけで、その忠告には従うつもりはなかった。
もし、僕が彼女から離れてしまったら、きっと彼女は直ぐにでも死を選び取るだろうから。
自惚れでも何でもない。
彼女がこの世界に居続けても構わない、と思える程度の理由がないと彼女はここからいなくなってしまう。
生きることを肯定し続けている僕の前で、そんなことは絶対にさせたくなかった。だから、どんな僅かなモノでも構わないから、この世界にいるだけの理由を与えたかった。
だから、僕は彼女から逃げない。
八月に入ると同時に迎えた夏休み。
彼女と約束をして遊びに出掛けることになった。
それなりに長い付き合いになると言うのに、学校のない日に二人で遊びに行くのは初めてで少しばかりそわそわしていた。
街中で会った彼女は、制服姿ではまず見せない半袖のブラウスを着ていて驚いた。
「学校じゃないし、知らない人にこれを見られたってどうでもいいでしょ?」
僕の求めていた答えが直ぐにきて納得をする。
「どこに行く?」
「映画に行きたいの」
彼女に促されるまま付いて行き、見る映画を知らされた時後悔した。
それはホラー映画だった。
僕はホラー映画が大嫌いだった。
怖いから嫌いなんじゃなくて、必ず死者が出るから嫌いなんだ
そんな死の気配に満ち満ちているような物を好き好んでみるような精神構造は僕が持ち合わせていないのだから。
僕が持ち合わせていないと言うことは、彼女は持ち合わせていることだ。彼女はホラー映画みたいに死が絡むモノを好んでいて、ハッピーエンドの物語は大概嫌いだった。
僕がスクリーンから目を背けている時に、薄っすらと照らされている彼女の顔を盗み見てみたら、普段滅多にお目にかかれない彼女の作りモノではない微笑みがあって、この僅かな時間だけは彼女がちゃんと生きてると思えて、この辛さも無意味ではないと実感できた。
九月に入り学校生活が再会した頃には、長期休みでクラス内の空気には更なる角質がもたらされたようだった。
表立って彼女に対する嫌がらせなんかはなかったけれど、陰口が時折僕の耳にまで届くようになった。そして、僕以外に彼女が誰かと話しているのを見なくなった。
彼女と仲のいい僕の耳に触れる程に溢れてきた言葉の数々に彼女はどのようなことを思っているのか訊ねてみたら、
「どうでもいいことかな。わざわざ私が気にするようなことではないしね。あなたも気にしなくていいのよ?」
逆に僕の方が救われてしまった。
強い人だと思った。
十月の頭になった頃の昼休み、彼女が連れていきたい場所があるといって案内された場所が学校の屋上だった。
普段は施錠されていて開く事のない扉を、どこから手に入れたのか知らない鍵を使って開けて、誰も脚を踏み入れない地へと案内してくれた。
冬の姿が見え始めてきたこの時期では少し肌寒く感じることはあるけれど、気にはならなかった。
四方を囲むのは僕の身長より幾らか背の高いフェンス。小高い山の上に建てられた学校であり、更には周りには高い建物がないこともあって、辺りが一望できた。
見上げればそこにあった閉鎖的な天井は取っ払われて、どこまで続いているのか計り知れない青空が広がっている。
辺りを埋め尽くす昼間の喧騒も何処か別の世界の出来事みたいに遠くに感じられる。
「良い場所よね」
「そうだね」
僕たち二人だけしか居ない。
特別気負いする必要がない。
ここなら、教室の中よりも安全だ。
フェンスを乗り越えて自分から飛び降りようとでもしない限り、ここでは死ぬようなことは起こらないだろう、と考えが至った時に、彼女の言った〝良い場所〟の意味がわかった。
いつでも簡単に死ぬことができるから、ここは彼女にとっては良い場所なんだ、と。
そのことに気がついて、悲しげな表情で彼女を見つめる。
「そんな顔はしないで。今すぐには飛び降りたりはしないから」
確かに、彼女は今すぐには飛び降りなかった。
そして十一月中旬、彼女が学校の屋上から飛び降り自殺をした。
十二月、僕は初めて独りで屋上に来た。




