討伐戦
「あんまり心配することはないよ」
眉間にしわを寄せるユラスに対してヘレンは笑いながら。
「案内人の手配は済んでいるから」
ヘレン曰く、撲滅すべき部族を疎んじているのはユラス達だけでない。
良識ある部族もまた彼らの存在を好ましく思っておらず、そうであるがゆえに、彼らを撲滅することに協力する部族は少なくなかった。
「それに周辺の地図も作成済みだし」
そう断りを入れたヘレンは地図の一部を見せる。
川や高低の起伏はもちろんのこと、周囲に生息する動植物すら載せた詳細な地図。
地理の把握は軍事行動において補給に並ぶほど最重要項目の一つ。
ユラスにとっては喉から手が出るほど欲しい情報だった。
「後顧の憂いは全くなし。だからユラスは眼前の敵を片付けることだけに集中してね」
ヘレンは何の気なしにそう締め括るが、これだけの事前準備など一朝一夕では不可能。
最短でも二年――国中が前国王の崩御によって慌てふためいている中、ヘレンはこの時を見据えて着々と準備を行っていた。
「相変わらず用意の良いエルフでござるな」
何から何まで織り込み済み、そんなヘレンの能力を苦々しく思うのは翡翠。
こうまで未来を先読みされると、まるで掌で踊らされているようで気分が悪い。
「ん~、そんなに熱心に見つめられると困るかな」
翡翠の視線を受けたヘレンは怖いとばかりに体を抱き締める。
「っ……」
このお茶らけた態度も翡翠を苛立たせる一つの要素だった。
ヘラヘラとした態度を取るヘレンも翡翠は嫌いだが。
「脳筋の行動は読みやすいのですよ」
「小娘、黙ってろと言ったろ?」
リムのようにストレートな見下しも癪に障った。
「翡翠、お前は俺に同じことを言わせるつもりか?」
「リム、今の君はそこの鬼と同レベルだよ?」
当然のように彼女達を制する上司二人。
二回目ともあり今回は少し強めの注意だった。
「さて、もう少し詳しい話をするとね」
「ふむふむ」
怒られて小さくなった二人をよそに王と宰相の会話は進む。
そのまま小難しい話になると思いきや。
「皆の者! 注目せい!」
威勢の良い声が全員の注目を集めた。
「ああ、あいつか」
ユラスはその声の持ち主に検討をつける。
「何というか、単純だよねえ」
次に思い当たったのはヘレン。
彼女は笑いをこらえきれない様子で肩を揺らす。
国盗りの際には要注意人物として、そしてそれ以降の戦闘では何度も煮え湯を飲まされてきた人物。
「教育長がお目見えになったぞ!」
フレリア=ヴァルキュリア。
元トート国の王族、そして現在は教育施設の治安を守る総責任者。
金色に光る金髪をたなびかせ、誇りに満ちた威勢の良い声で我が主君の登場を宣言した。
軍神ユラスに知略のヘレン。
ユラスはその軍事的才能によって数多の敵を葬り、果ては国家を二つ滅亡へ追いやった。
彼の特徴を一つだけ挙げるとすれば、その声。
ユラスの声を聴いた味方は戦意を鼓舞され、敵は逆に怯えが入る。
どんな劣勢的状況だろうがその声で味方を宣揚し、勝利した例は暇がない。
英雄を好む庶民からすればユラスはまさに神そのものだった。
そしてヘレン。
普段から道化を演じ、相手を苛立たせることが多い彼女だが、異常ともいえる先見眼を持ち、蜘蛛の巣の如く姦計や謀略を張り巡らさせている。
変な言動をしているなと思えば、あれよあれよという間に包囲網を完成させ、気が付けば身動きが全く取れなくなった政敵は数知れず。
達が悪いのは、ヘレンは本当に意味のない言動も織り交ぜていること。
虚実入り混じった言動を取るがゆえに、政敵は何が何だかわからず混乱し、結局は彼女に屈服する。
その一連の動作は芸術の域。
あまりの神算鬼謀差さに教養のある知識人は彼女を畏怖と尊敬の感情を抱いていた。
表層しか見ない評論家は、教育国家サンシャインはその二大英雄の功績で強国になったと論じるだろう。
が、実際は違う。
いくら兵がユラスの声で士気を鼓舞されようが、肝心の兵が弱ければ戦力差を埋めることが出来ずに負ける。
いくらヘレンに先見性があろうが、彼女の意図を理解し動く者がいなければただの妄想に終わる。
ユラスとヘレンの才能を余すことなく発揮させるに必須な優秀な人材。
その優秀な人材を多数輩出しているのが教育長――レンカ=シノミヤだった。
「……」
フレリアに促されたレンカは無言で前に出る。
しっとりとした艶のある黒髪に深層の令嬢を彷彿させる佇まい。
純白の、飾り気のないドレスは素材の良さを引き立たせるに十分。
天衣無縫。
レンカのレベルまで来ると派手な装飾は逆に品位を落としてしまうのだという事実を教えてくれた。
容姿も美しいが、更に際立つのが静謐な黒色を湛えたその瞳。
透明な底なし沼と例えられる瞳の前には全てを暴かれ、そして吸い込まれてしまいそう。
あれほどサンシャインを憎んでいたフレリアが無二の忠誠を誓うほど、レンカの人間性は深かった。
「「「「……」」」」
言葉を発するものは誰もいない。
ユラスやヘレンでさえおいそれと口を開けない神秘的な空気がレンカを中心に広がっていた。
「……」
巨大な鏡と化した湖の上にいる感覚の中、レンカは一歩足を踏み出す。
恐らく四人に近づこうとしているのだろう。
続けて二、三歩と踏み出し、そして。
ツルッ、ゴン!
何もない場所で足をつっかえたレンカは盛大に地面へ顔をぶつけた。
それこそ予定通りかと言わんばかりの顔面ダイブ。
「「「「……」」」」
余りの衝撃的な光景ゆえ、今度は違う意味で辺りに沈黙が満ちた。
「……馬鹿野郎! フレリア!」
凍り付いた場を動かすのはユラスの怒声。
「レンカがドジをふみそうになった時! 咄嗟にフォローするのがお前の役目だろうが!」
どうやら転んだ張本人のレンカでなく、傍にいたフレリアに問題があるらしい。
「あ~、ユラスの言う通りだねえ」
転んだレンカを介抱しながらヘレンは続けて。
「この状況だとレンカは、例え何も無かろうと高確率で転ぶんだよね」
目立った傷はないと判断したヘレンはウンと頷き、軽い回復魔法をかけた。
「え? え? 私が悪いのか?」
フレリアは何が起こったのか分からず、そして何故怒られているのかすら知らず狼狽していた。
そんな四人を遠目で見ている人物はというと。
「リム殿」
「何ですか? 翡翠」
遠巻きに、理解不能だと言わんばかりの態度を取る二人は。
「どう考えてもフレリア殿に全く非がないと考えるのだが」
「私も同意見です」
翡翠の疑問にリムは頷いた後。
「しかし、あの二人の常識ではフレリアが全面的に悪くなるようです」
リムの呆れ気味に吐いた結論が眼前の状況を最も的確に捉えている。
で、肝心のレンカ本人はというと。
「……」
ノーコメントらしい。
全く表情を崩さず、レンカは瞳を閉じてその場に佇んでいた。
数ヶ月後。
カナリア地帯との国境に接した平原での出来事。
そこには大小さまざまなテントが立ち並び、兵士達が進軍に向けて英気を養っている場所だった。
「人という字を三回書いて呑み込めば良かったんだっけ?」
とあるテント。
ミランはそんな弱気なことをブツブツと呟く。
彼はユラスの傍におり、カリス国の将軍の首印を上げた人物。
それゆえ多少なりとも根性があるはずなのだが、今回はその片鱗すら見せていない。
まあ、今の彼の立場を知れば理解できるだろう。
今までのミランは炎帝騎士団の一兵卒として部下など持っていなかった。
なのにいきなり百人隊長。
それも独立部隊としてカナリア地帯に巣食う邪悪な種族を討伐するのだ。
未知の経験、未知の敵、そして未知の地形となれば立ち竦むのも当然だった。
「ったく! あんたは本当に心配性ね!」
そんなミランを叱咤するのは副隊長のキルナ=イレンスボート。
小柄な彼女は下手すれば子供だと錯覚するが、れっきとした大人でしかも二十代。
しかも幾たびも独立部隊の隊長を務めたことのあるエリート。
世話焼きの性分である彼女はミランのような臆病風に吹かれた輩を見ると我慢ならないのだった。
「王も言っていたでしょ? この戦は単なる勉強だと! 隊長として立つ戦場を肌で感じるのが目的なのよ!」
キルナは緑色のツインテールをブワッと振り乱しながらそう宣言した。
いくらユラスが豪胆な性格だとはいえ、全くのド素人に部隊の全権を任すような真似はしない。
キルナのような隊長経験者に加え、信頼が高い現地の案内人、果ては数ある集落の中で最も弱い類を当てさせた。
子供が司令官でも勝てる戦。
それが今のミランの状況であった。
「とはいってもねえ」
が、異論ありとばかりにミランは口を開くが。
「お、やはりここにいたか」
突然の訪問客によってその機会はなくなった。
「あら? レラクじゃない?」
キルナは訪問客が誰なのかを知ると、剣呑な雰囲気を引っ込めてウェルカムモードへと移動する。
「いったい何の用?」
「目的は二つ。一つは、俺もついに隊長となれたから、お前達にその報告だ」
レラクもミランと同じく独立部隊の隊長の一人。
しかも勇猛だということでミランより数段手強い集落の攻略を任されていた。
「大丈夫? 暴走しないでよ」
キルナの指摘通り、レラクは勇猛果敢だが熱くなりすぎて周りが見えなくなる時がある。
そのせいで引っ込みがつかなくなり、大局を見誤る。
実は一度ユラスが率いる騎士団の中でやらかしてしまい、彼の怒りを買って左遷された経験を持っていた。
「安心しろ、同じミスは繰り返さん」
そう強がるレラクだが、僅かに唇が引き攣る。
その失態を取り返すためか続けて。
「リーエンノールの忠告通り動くつもりだ」
レラクは己の慎重な副官の名を挙げる。
リーエンノールは攻める意識に乏しいがその分防御に優れており、彼がいれば大損害を免れることが確実と評判になっていた。
「そう、良かった」
リーエンノールの評価を知っているキルナは目じりを下げる。
「今後とも彼の言うことを絶対従っておきなさいよ」
そして諭すように優しくそう告げた。
「そしてもう一つ。ついに俺達三人組が隊長となれた結果のお祝いだ」
と、レラクは満面の笑みで酒瓶を取り出す。
どうやら彼はミランとキルナの三人で酒盛りをしたいらしい。
ミラン、レラクそしてキルナは炎帝騎士団の同時期に入団した同じ村出身の腐れ縁。
しかも故郷の村周辺まで名を轟かせる有名な三人組だったのである。
レラクが突っ込み、キルナがサポート。そしてミランがその後始末。
この黄金パターンによって盗賊団の撃退を始めとした数々の武勇伝を作り上げていた。
「さあ、飲もう飲もう!」
レラクは二人の返事を聞かず、勝手に栓を開けてグラスに注ぐ。
「あんたらしいわね」
強引に決められたにもかかわらず、キルナはしょうがないとばかりに笑い。
「明日に響かないと良いんだけどなあ」
ミランは明日のことを懸念した。
「相変わらずの心配性だな」
そんなミランの態度にレラクは苦笑した後。
「だが、それでいい」
先ほどの言を全否定し、鷹揚に頷いた。
「けど、本当に目標に向かって進んでいるわね」
透明な液体を眺めながらキルナは続けて。
「三人揃って将軍となる……それが現実味を帯びてきたわ」
田舎の平和な村で育った三人――特にレラクとキルナはその退屈さに耐え切れず、村を飛び出した。
そして三人は夢を叶えるために炎帝騎士団の門を叩き、様々な苦難を得て今に至る。
「ごめんね、ずいぶん待たせて」
ミランはそう縮こまる。
レラクとキルナは天分の才ゆえ早々と兵を指揮する地位を手に入れたが、慎重な性格であるミランは中々昇進できず、今の今までかかってしまった。
「なあに、気にするな」
そんなミランにレラクは肩をポンとたたき。
「なれたから問題ないのよ」
キルナはミランをそう励ました。
「キルナ、レラク……」
二人の暖かい言葉にミランは唇を震わせ、危うく泣きそうになる。
「お、そうだ。乾杯がまだだったな」
しんみりした空気になりかけたのを察知したレラクはそう話題を変える。
「そうね、まずは乾杯しましょう」
キルナもそれに同調。
「ああ、ごめん」
目じりを拭いながらミランも杯を掲げる。
ミランさえ今は喜ぶ時だと感じており、湿っぽいのはお断り。
「では、夢に向かって……乾杯!」
「「乾杯!!」」
レラクの音頭にキルナとミランの声が重なった。
路面が悪いせいか、馬車の中は快適と言い難い。
獣道に近い街道を行進しているため、木の根や岩が所々に出没し、それに当たるたび衝撃が馬車内を襲った。
「……」
その中でユラスは揺れを全く気にせず送られてきた報告書に目を通す。
これらはカナリア地帯制圧において障害になるであろう種族の里を、殲滅に向かった部隊の結果。
中には攻略に向かった部隊が失敗したという残念な報告もあったが、概ねユラスの思い通りに状況が進んでいた。
「人材はいるものだな」
カナリア地帯討伐戦。
ユラスはただの制圧戦と捉えていない。
もっと深い、将来の幹部を発見・練磨の場として考えていた。
ユラスはレルムント地方の覇者になるのが目的でない。
もっと大きな、大陸統一を成し遂げるために様々な布石を打っていた。
「今の報告書だけでは大まかなことしか分からんが、この戦が終わり次第埋もれている人材を探し出さなければならん」
大陸統一の要となるのがやはり人材。
レルムント地方のみなら炎帝騎士団だけで事足りるが、広大な大陸へとなると一騎士団だけでは不可能。
炎帝騎士団に勝らずとも劣らない騎士団が二、三と欲しかった。
その騎士団の団長となる候補が少なくとも三人。
「ふむ、やはりあの三人の活躍は目覚ましい」
レラク、キルナ、そしてミランの三人。
レラクはその果敢な攻めによって最速最短で集落を攻略した。
キルナはその臨機応変な対応で自軍の損害を軽微に抑えた。
そしてミラン。
彼はお飾りだったものの、使いの者からの報告によると大将に相応しい振る舞いだったという。
キルナが損害を最小限に抑えたのはミランの態度によってかもしれない。
大将がどっしりと構えていると末端の兵は安心し、上の言うことをよく聞くものだ。
「他にも数人……将来が楽しみだ」
三人より劣るが、その他の独立部隊長でもユラスの目を引く人材が何人かいる。
彼らが成長し、騎士団長として活躍する時、どんな光景を見せてくれるのだろう。
まだ夢のまた夢に過ぎないが、その素晴らしい夢はユラスに活力を与えた。
プルート樹海。
木々が生い茂り、迷路のように入り組んだ構造の他に大地に含まれた鉱物のせいで魔力が乱れきったこの地。
冥王――プルートの名に関した樹海に相応しい魔の要地である。
「さて、そろそろ向こうの土地に入るな」
馬上からユラスはそう呟く。
ここまで来ると馬車は単なるお荷物となるので馬へと乗り換えている。
馬に乗ると遮蔽物が無くなって的となる可能性が出てくるのだが、そこらの警護はステラステラ。
各方面に斥候となる死霊兵を送り込み、事前に危機を発見していた。
「……何でしょう、この嫌な気は」
珍しくステラステラの額に脂汗が滲んでいる。
数多の死霊兵を召喚・操ったからではない。
空気の質が変わったような息苦しさをステラステラは味わっていた。
「へえ、人間にしては鋭いな」
そんな彼女に軽口を叩くのは案内人であるダークエルフの青年バロッサ=ハーネット。
真っ青な髪に浅黒い肌を持つ彼らは類似種であるエルフと違って血気盛んな活動家が多いのが特徴である。
「知っての通り、ここからは禁断の地だ。引き返すのなら今の内だぞ」
バロッサは傲岸不遜にそう宣言する。
腰まで青髪を紐で括り、背に魔導弓と呼ばれる特殊な武器を担いだバロッサの第一印象は狩人。
それも一流の腕を持つベテランのである。
だからなのか、バロッサの失礼な言葉遣いをユラスは責めなかった。
「馬鹿が、ここまで来て引き返せるか……ステラステラ、辛くなれば遠慮なく言えよ。これは王の命令だ」
ユラスはバロッサの挑発を流した後、ステラステラにそう命令する。
ユラスを絶対視している彼女はこうまで言わないと己の不調を申告しないのだった。
「しかし、あんたらは徹底してるねえ」
ユラスとステラステラの劇を一部始終拝見したバロッサは話題を変える。
「触らぬ神に祟りなし、カナリア地帯の最奥にある魔族の集落なぞよく攻める気になるわ」
ユラスと炎帝騎士団が向かう先。
それはカナリア地帯に住む者なら例外なく――例え知能の低いゴブリンであろうが避ける種族である。
「魔族はサンシャイン国建国当時から散々に苦しめられてきたからな。断じて放置しておくわけいかん」
魔族、と言った時。
ユラスは苦虫を百匹噛み潰した表情を作る。
魔族は心を惑わせ、憎悪や不信の花を咲かすことを得意とする。
初代団長であるユラスの父が魔族に操られそうになった時、父は最後の力を振り絞ってユラスに己を殺すよう嘆願し、その願いを叶えた際の記憶は今でもユラスを苦しめていた。
「しかもあいつらはレルムント地方の均衡を守るという訳の分からん大義を抱いている」
魔族の使命は均衡状態を作り出すこと。
すなわち一つの国が勝ちすぎないよう裏で糸を引き、この地方に混乱を起こしてきた。
「魔族は滅ぼす、絶対にだ」
そう宣言するユラスの瞳には断じて退かぬという決意がありありと浮かんでいる。
「やれやれ、熱いねえ」
そんなユラスの姿勢を見たバロッサはヒューと口笛を鳴らした。
「人間にしては面白いことを言う奴だな」
バロッサはそう評す。
「うちの里のじじいどもよりよほど面白い」
何故礼儀がなっていないバロッサが案内役となっているか。
その理由は単純、バロッサ以外に魔族の集落へ案内する役を引き受ける者がいなかったからだ。
魔族の領域に近づけば近づくほどオークやドワーフ、エルフといった様々な種族が襲い掛かってくる。
彼らの共通点はただ一つ、目に光がない。
つまり何者かに操られている。
その何者かは当然魔族。
魔族は気まぐれに他の集落を襲い、気に入った者を浚っていく。
それゆえ彼らが阻んでくるのは当然だと言えるだろう。
バロッサ以外の者が拒否した理由、それは自らが操られるのを恐れたため。
ユラスは恐怖に駆られ、保身に走った連中を蛇蝎の如く嫌う。
その理由があるからだろう。
「バロッサ、俺の下に来ないか? 後悔はさせないぞ」
事あるごとにユラスはバロッサを勧誘していた。
ユラスは夢を見ている。
ここは炎帝騎士団の駐在所、という名の酒場。
並べられたテーブルと椅子はほぼ埋まっており、どの場所からの喧騒が絶えない。
酒やつまみが切れかけたかと思うとすぐに代わりをウェイターが持ってくる。
翡翠やステラステラを含めた炎帝騎士団の連中はここで笑いあい、語りあい、とても幸せそうだった。
その酒場の端にユラスはいる。
眼前にあるのは酒の入った盃と肉料理、そしてテーブルの向こうに座る相手だった。
何故夢なのかと自覚している理由は、その相手が己の手で殺めた父――バランだったからである。
豊かなひげを蓄え、銀髪をオールバックへ流した髪型。
その屈強な体躯も相まってバランの眼前にいると、どことなく居住まいを正したくなる。
歴戦の将軍という言葉がしっくりきた。
「まずは乾杯といこうか」
バランはそう盃を掲げるが、ユラスは対応しない。
何故自分はここにいるのか。
目の前の相手は本当にバランなのか真実を探ろうとしていた。
「相変わらず用心深いな……」
バランの口からそんな低音の言葉が発せられる。
「が、その慎重さがお前の本質なのかもしれんな」
バランは掲げた盃をテーブルの上に置く。
そして料理を勧めるが、もちろんユラスは応じなかった。
「トート国だけでなくカリス国も滅亡させ、このカナリア地帯も呑みこもうとしている――まさしくお前は歴史に残る英雄じゃろう」
「……勿体なきお言葉」
バランの賞賛にユラスは首を振る。
「まだ志半ばゆえ。称賛は願望が成就してからお願いします」
「願望というのは大陸統一か?」
「是」
バランの問いかけにユラスは間髪入れず頷く。
「前国王の信念を根本に置いた大陸を出現させるのが私の悲願です」
前国王の信念である、全ての生命を尊敬する万物平等。
それを世界に定着させることがユラスの使命。
もし成し遂げられなければユラスの遺骸は荒野に投げ捨てられるのである。
「……なあ、ユラスよ」
ユラスの決意を聞いたバランは少しの沈黙の後に口を開く。
「前国王は武力を以て大陸を統一することを望んだのか?」
「……」
痛いところを聞かれたユラスは黙り込む。
確かに前国王は崇高な命を奪う戦争を何よりも嫌う。
が、ユラスの行っていることは戦争そのもの。
その矛盾をバランはついてきた。
「……」
同時に酒を差し出すバラン。
「忠告の意味は理解できますが」
その酒を返しながらユラスは口を開き、そして。
「民の意思が私を選んだのです。他でもない、サンシャイン国の民が私を王に推した」
前国王亡き後、王の後釜に座れる格を持つ人物はユラスの他にも二人いた。
宰相のヘレンと教育長のレンカ。
二人ともユラスと負けず劣らずの逸材である。
「私の本質は武力。ゆえに王となった私はその力を存分に発揮します」
サンシャインには三つの道があった。
中期的にみると、ヘレン宰相による大同盟の締結。
ヘレンの先見性と手管があればレルムント地方ならず大陸に存在するすべての国が加入する連盟をヘレンは実現しようとしただろう。
長期的にみるとレンカの大陸共同体。
最高峰の人材を輩出し続けることによって相対的に他の理念や思想は衰退。
すぐには結果が出ずとも、百年二百年経った時、その違いは歴然と出てくるだろう。
が、サンシャインの民はユラスを選んだ。
ユラスのように武力を以て大陸を統一する方法を是とした。
「選ばれた以上、手を抜くのは失礼でしょう」
期待には応えなければならない。
民が己を推す以上、それが最低限の礼儀だとユラスは捉えていた。
「ポピュリリズム――大衆迎合の体制をお前は是とするのか? 民の意思を優先し、前国王の信念は無視すると?」
「例え私が辞退したとしても、第二、第三の私が出てくるだけです」
民衆はユラスの本質である武力による大陸統一を望んでいる。
力が強ければ誰でも良い――すなわちユラス以外であろうとも民衆は構わないのだ。
「ならば私が王となって民衆の望みを叶えるべきでしょう。ヘレンやレンカの本質を知る私がならば、時が来た時、彼女達に体制を移行させることもスムーズに出来ます」
民衆が力による支配を望まなくなればユラスは当然引き下がる。
それが出来るだけの信頼関係を三人の間には築けていた。
「それが出来れば苦労せんわ」
バランは嘲るように言葉を紡ぐ。
「過去何千年もの間、ユラスのような戯言で武力を正当化した輩が現れた。ユラスよ、そのうち何人がその体制移行を行えたと思う?」
「恐らく私が初となるでしょう」
ユラスも歴史を勉強している。
少なくとも文字に残された事象は皆無だった。
「お前も同じ道を辿るじゃろう」
バランは断言する。
「どこまで行くかわからんが、必ず挫折し、過去の英雄と同じ末路が待っている」
「……」
辺りの喧騒はユラスの耳に入らない。
バランからまたしも酒が出されるが、今回は押し返さない。
バランの言葉の真意を理解しようと努めているが故である。
「妥協せよ」
重々しくバランはそう答える。
「何事もほどほどの時点で止めておけば最悪の事態だけは防げ――」
「……妥協とか言ったな」
ユラスはバランの口上を遮る。
「俺が最も嫌いな言葉を教えてやろう。それは妥協だ、怠惰に流されある程度の結果で満足する言葉が最も嫌いだ」
余程ユラスの癪に障ったのだろうか。
敬語をかなぐり捨て、普段の荒々しい口調で対応する。
「ど、どうしたのじゃ? 何かわしが変なことを言ったのかユラ――」
「馴れ馴れしく俺の名を口にするな!」
大音声の一喝が酒場に響く。
「父上! いや! 父上の形を借りた偽物よ! これ以上俺の父を穢すな! ……この魔族めが!」
最後の言葉と同時にテーブルの上にあった酒をバランに振りかける。
するとどうしたのだろう。
バランは身の毛もよだつ絶叫を挙げ、地面をのたうち回った。
よく見ると酒のかかった部分が黒く変色している。
そして、バランの顔が崩れ、代わりに醜悪な表情が出てきたと同時にユラスは目を開けた。
「……夢か」
体を起こしたユラスは頭をかく。
「変な夢だったな」
何故か炎帝騎士団の駐在所で父のバランと共にいた夢。
あんな夢を見た理由が分からなかった。
「ユラス王!」
「ん? どうしたステラステラ」
咳ききってテント内に駆け込んだ彼女を見てユラスは気軽に問う。
「重要な情報でも入ったのか?」
その表情はいつも通り、誰もが安心させる雰囲気だった。
「……いえ、何も」
ユラスが別段変わらないことを知ったステラステラは安堵のため座り込んだ。
「へえ、あんた凄いな」
代わりにステラステラの後ろに立つバロッサが腕を組んでニヤリと笑う。
「今、あんたは魔族の攻撃を受けていたんだぜ?」




