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粉砕

「サンシャイン軍の首脳どもは揃ってバカなのか?」

 カリス国の重臣の一人であるヴァイスガール=クラッカーは怒りを込めた声音で呟く。

 枯れ木を連想させる痩せぎすな体躯を持つ彼。

アッシュブロンドの髪を綺麗に刈り揃え、青みがかかった瞳からは切れ者という印象を与えていた。

 クラッカー家は代々続く名門で、その一族は国の要職に就いている。

 二十代前半と青二才な年齢にも拘らず、宰相補佐という地位にヴァイスガールはある。

 しかし、彼は肩書きに見合う実力も兼ね備えている。

 頭の回転が速く、採用された政策や戦略は数限りない。

 少々人を見下すきらいがあるものの、将来は宰相として活躍することを約束された青年だった。

「くそっ! おかげで僕の目論見が狂った」

 彼を悩ませている事態は、現在進行中のサンシャイン軍の動静。

 実は彼、北国のダースベール帝国を招き入れる策を献上したのである。

 ヴァイスガールの戦略は肉を切らせて骨を断つ内容。

 進撃しているサンシャイン軍を止めるのは現状の兵力だと不可能。

 ゆえにダースベール帝国の威光を借りればよい。

 サンシャイン軍が王都を攻略するであろう時期に帝国が王都周辺にまで辿り着くように調整すればサンシャイン軍は停戦に応じるだろうと提案した。

 無論王を始めとした重臣は血相を変えて反論したが、他に有効な策もない。

 ゆえに彼らは渋々ながらもヴァイスガールの策を採用せざるを得なかった。

 この策の問題点はサンシャイン軍とダースベール帝国が同盟を組む事態だが、ヴァイスガールはその可能性はないと断言する。

 サンシャイン国とダースベール帝国は近い未来このレルムント地方の覇権をかけて争うがゆえに、互いの戦力を見せ合う必要はないという論理からだった。

 策はおおよそ成功。

 帝国の介入によってサンシャイン軍の進行速度は低下した。

 この事態を好機と捉えたカリス国は和平の使者を送ろうと準備を進めた矢先、サンシャイン軍は予想もつかない行動をとる。

 補給部隊を切り離し、二、三日分の食料のみをもって進軍を開始。

 鈍重な輸送体から解き放たれたサンシャイン軍の行進速度は飛躍的に上がり、加えて加えて街道や進み易い道を度外視して最短距離で進軍した結果、彼らの姿は明日にでも現れるかもしれない場所にまで接近していた。

 日が沈むころにはカリス国の王都が戦場になってもおかしくない。

 その事実に国民は混乱、それを鎮める兵隊達も浮き足立つ始末。

「何故彼らはそんなにも恐れるんだよ!」

 少し冷静になって考えればわかること。

 こちらは堅固な城壁を二重三重に囲まれたカリス国の王都。

 一万の軍隊が攻めてきても攻略するのに二、三年をかかる計算で作られている。

 一方、サンシャイン軍は敵地なのに加え、必要最低限の物資しか持っていない。

 この二つの事実から、王都が落される可能性は皆無。

 その事実に気付かない者達に対してヴァイスガールは苛立ちを強めていた。

「王がお呼びです」

 地団太を踏んでいたヴァイスガールを正気に戻すは執事。

「……見たのか?」

取り乱した姿など衆人の監視に晒していいものではない。

疑いの念をもって執事を詰問するが、彼は恭しく頭を下げるだけで沈黙を守った。


「ご心配には及びません」

 謁見室でヴァイスガールは堂々と述べる。

 重臣や将軍、高官などカリス国の中枢を握る者達が居並ぶ中にあってさえ彼はいささかも緊張しない。

「王都は落ちません。何故ならサンシャイン軍は愚かな方法を選んだからです」

 ヴァイスガールはその理由を説明する。

 サンシャイン軍は物資不足ゆえ数日も経たないうちに撤退すると。

 その後、追撃を行えばサンシャイン軍はしばらくの間出兵できない損害を被ると。

「なるほどな、クラッカー副宰相よ」

 全てを聞き終えたカリス国の王は重々しく口を開く。

 六十を超える齢を持っているにも関わらず、その大柄な体躯は全く年齢を感じさせなかった。

 王は頬杖をつき、冷たい視線をヴァイスガールに向けながら続ける。

「確かにサンシャイン軍は追い払えよう。だが、ダースベール帝国はどうなる? あそこまで侵入を許したのを撃退するのは容易でないぞ」

 そう、目下の問題はサンシャインより帝国。

 帝国は何度もカリス国を侵略してきたがゆえに、憎悪する感情はサンシャインより上であった。

「ご心配には及びません、撤退した兵をルース砦に集結させ、そこで撃退しましょう」

 いくら侵入されたとはいえ、カリス国の兵力は健在。

 それらをもって事に当たれば容易に対処できるとヴァイスガールは述べる。

「更に此度の帝国の侵略は入念な計画に基づいたものでなく、サンシャインの行動に呼応した代物。苦も無く追い払えるでしょう」

 もしサンシャインが国境を越えなければ。

 カリス国自身が招き入れなければ。

 その二つの要素がなければ帝国は出征しなかった。

「ゆえに問題はありません」

「……」

 ヴァイスガールの論評に王は沈黙を保つ。

 痛いほどの沈黙が謁見室を覆い、空気の重さにヴァイスガールの喉は乾く。

「……しばらく謹慎を命じる」

 それが王の答え。

 策の失敗は不問にするという寛大な態度。

「承知しました」

 許された。

 同時に、周りから敵意や嫉妬の視線が彼に集まるがヴァイスガールは気にしない。

「ヴァイスガールよ。これから先、更なる働きを期待しているぞ」

 此度の失敗を取り返すほど国に貢献しろ。

 王の言葉にヴァイスガールは恭しく頭を下げた。

 王とヴァイスガールの計算は間違っていない。

 彼らの手元にしかない情報のみで判断すれば、誰だってそう考えるだろう。

 ゆえに彼らを責めることなど誰にもできない。

 が、だからと言って現実は覆せない。

 彼らは二つの要素は見逃していた。

 一つは、ユラスは軍事的才能を持つ天才だということ。

 もう一つは、魔導騎士団という全く新しい概念を導入したことである。

 数日後、彼ら、そして帝国の連中はその事実を嫌というほど思い知る羽目となった。

 

「第二門! 突破されました!」

 伝令兵の悲鳴に似た報告に王ら中枢人は浮き足立つ。

 明日の午後。

 ユラス率いるサンシャイン軍は夜明けと同時に到着し、その数時間後から攻め入ってきた。

 現在のサンシャイン軍の総勢はどんなに多く見積もっても五百。

 本当に城攻めに来たのか疑ってしまうような人数である。

 これなら門を開けて軍を出し、ユラスを討ち取ってしまおうかと、第一の門である城門を守る大将が考えた矢先、サンシャイン軍から五十程度の集団が進み出る。

 魔導士の象徴であるゆったりとしたローブをまとった集団。

 飾り付けは個人に任せているのか見かけ上の統一感は皆無だが、ローブの青い素地や持つ杖の形状といった共通の部分では統一されていた。

 そして、彼らが魔法を唱え始めて半刻も経たないうち。

 城門を守る兵士は誰もいなくなってしまった。


「っ!」

 自室で謹慎していたヴァイスガールは子飼いの部下の報告に目を見張らせる。

「馬鹿な! 裏切り者が現れたのか!?」

 ヴァイスガールは最初に内通者の存在を疑ったのは仕方のないことだろう。

 古今東西、少ない兵力で勝つための要素の一つは内通者の存在なのだから。

「ち、違います」

 が、子飼いの部下の表情からその可能性を打ち消す。

 部下の表情に浮かんでいたのは裏切り者の存在による怒りではなく、全く未知の出来事に遭遇してしまった驚愕の顔。

「新兵器か!」

 内通者の次に考えられるのは全く新しい概念を持った新兵器。

 これが来る。

「外に行くぞ!」

 ヴァイスガール駆け足気味で部屋を出る。

 向かう先は第三門を一望できる場所。

サンシャイン軍がどんな新兵器を齎したのか直にこの目で見たかった。


第一門は野外と都市を、第二門は一般住居と行政機関を分ける門。

そして、第三門は王宮と行政機関を分ける役割を持つ門、

つまり第三門こそが最終防衛地点。

ここを突破された時、カリス国の歴史は終わりを告げる。

「怖気づく必要はない!」

 固くなった空気を察したユラスは大声で叱咤する。

「この俺の姿を見ろ! 動揺しているか? 戸惑っているか? この俺が堂々としているのに何故お前達が奥手になるのだ!?」

 この激励によって兵達は自分達の長は誰なのかを再確認する。

 そうだ、自分達はユラス=アルバーナの元に集った者達。

 彼と心を違わせることなどあってはならない。

 ゆえに、ユラスが堂々としている以上、形だけでも自分達は胸を張らなくてはならないのだ。

 その事実に思い当たった兵達は依然と比べて明らかに足音が変わる。

 それは中央に居座るユラスと同じく何物に恐れぬ勇者の足音だった。


「第三門がこれか」

 遠目に見えるはカリス国の王宮を守護するべく聳え立つ城壁。

 第一門、第二門と比べると規模は小さいが、その分質が凝縮しているように見え、サンシャイン軍の兵からはまるで巨人が両手を広げて守っていると錯覚した。

「マージルード=グラフィック魔導騎士団長」

「ここに」

 ユラスの呼びかけに応じるは妙齢の女性。

 体躯を全てローブで覆い隠しているが溢れ出る色気を抑えられていなく、彼女の周りだけ変な雰囲気が形成されている。

 シルバーブロンドの髪に隠された美形からは男を誘惑する小悪魔的表情が浮き出ており、王であるユラスでさえ誘惑しようとしていた。

「そろそろ働いてもらう。団員の体調は万全か?」

 まあ、色気程度で心を乱されるユラスでない。

 淡々と必要な指示を与える。

「問題ありません。ここまでの道程でしっかりと休ませてもらいました」

 全く動じないユラスに対し、マージルードが一瞬落胆した表情を見せたのは気のせいだろう。

 城壁を破壊した魔導騎士団は奥に引っ込み、湧き出てくる守備兵との戦闘は炎帝騎士団を始めとする歩兵達に任せていた。

 簡単な陣を破壊するのに魔法を使ったが概ね許容範囲。

 ユラスを不愉快にさせる程使用していなかった。

「では、頼む」

 もう魔導騎士団の射程範囲内に入る。

 魔導兵達を統率しておくに越したことはない。


 この世界には魔法が存在する。

 目には見えない精霊の力を借り、火や風を起こし、水や大地の形状を変える不思議な力。

 死者を操る力も加え、超常的な力を行使する者を魔導士と呼ぶ。

 その力を戦争に利用しようと考えた者は数知れない。

 が、すぐにその計画は挫折する。

 一つはコストの高さ。

 一人の魔導士を誕生させるにかかるコストは小さな村の収入一年分に匹敵するほど高い。

 村に駐留させるなど長期間勤めて貰うならまだしも、戦場で消耗させるにはあまりに勿体ないことは第一の理由。

 二つ目は戦場の空気の狂気性。

 一般に魔導士はその特性上、感性が鋭い者が多い。

 ゆえにちょっとしたことで鬱になったかと思えば異様なハイテンションを見せる情緒が不安定な存在。

 そんな彼らが人と人が殺しあう戦場に出るとどうなるか。

 普段通りの力を発揮できるはずもなく、下手すれば発狂して周りを巻き込んで自滅してしまう。

 何時暴発するか分からない輩など危険極まりなく、戦術要素に組み込むのは躊躇われ、戦場で使い物にならない可能性が高いのが第二の理由。

 そして最後の理由が絶対数の少なさ。

ただでさえ少ない魔導士なのに、さらに発狂しない強靭な精神力を持つとなるとさらに数は絞られる。

戦争は数。

 単純に戦力差で判断すると戦場魔導士一人よりも騎士団一師団の方があらゆる面において優れていた。

 以上が、長らく魔導士が戦場に登場しなかった理由。

 が、ユラス=アルバーナの登場によってその概念が崩れ去る。

 彼はある方法によって戦場の狂気に耐える魔導士を作り出すことに成功した。

 キーワードはトランス魔法。

 心から信頼しあえる魔導士二人が同じ魔法を唱えると、詠唱時間は半分となり、威力は倍となる現象によって生み出された魔法。

 それをユラスは意図的に起こす環境を創り上げた。

「サラマンダー! 用意!」

 マージルードが声を張り上げる。

 彼女の号令に五十人の魔導士が同じ魔法を唱え始めた。

 詠唱によって彼らの周りに魔法陣が浮かび、火の精霊の特性ゆえ温度が上昇する。

 ユラスは繊細な魔導士を戦場で活躍させるために叩き込んだのはただ一つ。

 信頼。

 十年という長い年月をかけ、魔導士同士が信頼できるカリキュラムを組んだ。

 依存でもなければ強制でもない。

 一人は皆のために、皆は一人のために、を文字通り体現した結果がこの光景。

 五十人によるトランス魔法。

 単純に考えて五十倍の威力を誇る魔法。

「放て!」

 通常なら人の頭一つ分の大きさしかない火球が五十人のトランス魔法にかかると民家一つが入るほど巨大な代物へと変貌する。

 マージルードの合図により、その巨大火球は一直線に城壁へと向かった。

 第一門である外門を一撃で破壊し。

 第二門の中央門に大穴を開けた火球。

 間に陣取っていた兵士などに防げるわけもなく、彼らを一瞬で炭化する。

 死と破壊を纏わりつかせた巨大火球はその速度と威力を落とすことなく王壁に直撃した。

 直後に大地を揺るがす地鳴りが響き、火柱が出現する。

 高熱を余すことなくまき散らし、土煙が消えた先にあった光景は。

「さすが王壁というべきか」

 ユラスが感嘆した声から推察できる通り、ひび割れはあったものの、第一門、第二門のように一撃で無力化するようなことはなかった。

 何故王壁が壊れないのか。

 それは壁に埋め込まれた魔抗クリスタルが関係していた。

 このクリスタルの特性として精霊を寄せ付けない効果があり、必然的に魔法の威力が下がる。

 もちろん第一門や第二門にも埋め込まれていただろうが、第三門はそれらの比ではない。

 何せ第三門である王壁の役割は最後の壁。

 高価なクリスタルだろうがふんだんに使用するのが当然だった。

「が、全くの無力ではない」

 ひび割れが起きたということは、攻撃を続ければいずれ開くということ。

 ならば魔導騎士団が壁を破壊するまでの時間を稼げば良い。

「総員! 戦闘態勢!」

 この戦の勝利目標は一つ。

 それは雲霞の如く湧いてくるカリス国兵から魔導騎士団を守りきることであった。


 魔法の有効性が跳ね上がるトランス魔法。

 成功すれば絶大な威力を発揮するが、そこに至るまでの道程が難しい。

「ミサ、雑念に気を取られないで」

 五十人規模で行われるトランス魔法を制御する要役を担うマージルードはその険しさを誰よりも知っていた。

 魔導騎士団のトランス魔法はマージルードを柱として魔法を発動させる。

 全員の魔法が結集する以上、魔力を通して魔導士個人個人の感情の揺らぎも手に取るように分かる。

 感情の揺らぎが大きくなると魔力の質が変化し、その分トランス魔法の発動は困難になるが故、マージルードは魔力の振幅が激しい魔導士に対し、声をかけたり逆に魔力を注入したりすなどでそれらを抑制させていた。

「第二波! 発射!」

 マージルードの号令によって巨大な氷の槍が出現し、回転しながら門へと突き刺さる。

 スクリューを纏わせていたため貫通力が増大し、王壁に突き刺さった。

 五十人もの感情を一つに集中させる作業は想像を絶する疲労をマージルードに齎す。

 魔導騎士団のメンバーのほとんどが初陣という緊張に加え、トランス魔法を何度か放ったことによる魔力疲労、そして敵陣のど真ん中という疎外感。

 これらの要素が魔導騎士団のメンバーのメンタルに深く影響し、マージルードにその負荷がかかるのは言うまでもない。

 事実、マージルードは暴れ狂う感情の揺らぎに失神しそうになった場面が何度もあった。

 が、その時決まって彼女の神経を繋ぎ止めるのは。

「心配する必要はない!!」

 ユラス=アルバーナの雄々しい激励だった。

 彼の力強い声を聴くと、不思議なことに体の奥から力が湧いてくる。

 まだ頑張れると思うようになる。

 散漫だった思念が一点へと集中する。

「第三派! 撃てぇ!」

 続くは大地から伸び出た鉄槌。

 唸りを上げて振りあがったそれは王壁を叩き、その衝撃は王壁全体にひびを入れる。

 この奇妙な感覚を受けているのはマージルードだけでない。

 魔導騎士団を始めとしたサンシャイン軍全員の感覚だろう。

 その証拠にユラスが号令をかける前後において明らかに差がある。

 怯えや恐怖に染まりかけていた魔導騎士団員の思念が安定する。

 マージルードは思う。

 ユラス王は自分がいるから魔導騎士団が存在するのだと言うが、それは違う。

 調整役でしかない自分の代わりなどいくらでもいる。

 それよりもユラス王。

 彼がいるからこそ魔導騎士団が纏まり、絶大な威力を発揮する。

「ユラス王、貴方こそ」

 最後の魔法を放つ前、マージルードは指示を飛ばすユラスを傍目で捉えながら呟く。

「私達の太陽です。そう、前国王よりも遥かに輝く」

 その言葉は勿論ユラスに届くはずがなく、そして一瞬後に放たれた竜巻が王壁を粉々に吹き飛ばした。


「魔導騎士団の登場は間違いなく軍事常識を一変させます!うまく利用すればレルムント地方、いや、この大陸を手中に収めることすら可能でしょう!」

 拳を上げてそう熱弁するはカリス国の元副宰相ヴァイスガール。

 魔導騎士団の活躍を間近で見た彼はその興奮を抑えることが出来なく、真っ先に投降した。

「私を軍部に配属させてください! 魔導騎士団をさらに改良し、必ず目を見張る成果を見せましょう!」

 普段冷静な彼のこの熱狂ぶり。

 普通なら最初に裏切った彼に対し、元カリス国の重臣達は侮蔑するのだが、そんな気が起きなくなるぐらい今のヴァイスガールは異常だった。

「……うーん」

 ヴァイスガールの熱弁に対し、困ったように頬をかくのはユラス――ではなく宰相のヘレン。

「君の情熱は分かったよ」

 ヘレンはそう断ることで彼の話を遮った。

「どうしてユラスは面倒くさい人物ばかり寄越すかな?」

 ヘレンはヴァイスガールに聞こえないよう音量で静かに呟く。

 ユラスから届いた人物は二人。

 一人はフランドールとかいう小娘。

 僅かな才能を鼻にかけている井の中の蛙を育てる余裕などないのだが、ユラスは彼女を大層気に入っており、面倒を見てやってくれと自筆の手紙まで添えてきた。

 王の命令な以上、邪険に扱うわけにはいかないので、ヘレンはフランドールを炎帝騎士団の休憩室――もとい酒場で見習いをやってもらっている。

 女将から合格が出たら本格的に鍛えてやろうとヘレンは考えていた。

 ヘレンの評価は低いが、ユラスから評価は高いのがフランドール。

ヴァイスガールは逆で、ヘレンは面白いと考えるが、ユラスの添え書きからは殺意さえ伝わってきている。

『気に入らなければ殺していいぞ』

 ユラスからすれば即刻首を撥ねたい輩だが、彼は進んでカリス国の情報を開示するなど積極的に協力した。

 功罪の観点からみるとヴァイスガールを処罰するのはよろしくない。

 苦肉の末、ユラスはその処分をヘレンに任せたのだろう。

 彼女なら上手いこと処理してくれると信じて。

「さて、どうしようかなぁ」

 ヘレンはヴァイスガールを頭のてっぺんからつま先まで眺める。

 痩せぎすな体で神経質そうな印象を与える彼は、その言動も用心深く、二の手三の手も用意し、確実に目的を達成させるタイプ。

 フランドールのように、失敗した後のことなど考えない自信家よりも失敗後も考えるヴァイスガールの方がヘレンからすれば好感が持てる。

 が、彼の問題点はそうまでして守るものが己の名誉や保身である点。

 つまり彼にとって自分を守るためならば他の物――王や国、民衆でさえ犠牲にすることすら躊躇わない。

 そういう考えを持つ輩は間違っても上に立たすべき人物ではない。

 が、その才能を手放すのは後ろ髪が引かれる思いがした。

 熟慮の末、ヘレンが出した答えは。

「ダルクを呼びなさい」

 ものの数分もしないうちに現れる寡黙な壮年。

 ずんぐりとした体形の持ち主のダルクは表舞台に立つよりも裏方で仕事をしているイメージを周囲に与える。

 事実、彼は城の掃除人の一人であり、目立たない場所で掃除に徹してきていた。

「ダルク、このヴァイスガールに福祉施設に案内しなさい。そして、しばらくそこで彼はトイレ掃除をしてもらうよ」

 幸いにもヴァイスガールの年齢はまだ二十代前半。

 この年齢ならば彼の心の性根を抜本的に入れ替えることが出来る。

 そこで今のヴァイスガールを作っている誇りと自尊心を粉々にしてもらおうか。

「え? ちょっと宰相!?」

 案の定ヴァイスガールは血相を変える。

 一国の副宰相まで上り詰めた彼からすれば奴隷の仕事であるトイレ掃除など想像するだけで拒絶反応を起こす。

「もっと適した仕事があるでしょう!? 私は副宰相だったのですよ!?」

「いや、トイレ掃除が今の君に最も適した仕事だよ」

 ヘレンはこの世の終わりかという顔をしているヴァイスガールにそう笑いかけ、止めに。

「断っておくけど、もしサンシャインで働きたければ私が与えた仕事を全うするしかないよ。国を売ったにも拘らず、宰相自ら下した仕事を放り投げる輩がまともな職に就けると思うかい?」

 事実上の死刑判決をヘレンは鉄面皮の笑顔を全く崩さずヴァイスガールに宣告した。

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