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野心

 リレンスタール伯爵領。

 カリス国の王都と国境との中間に位置し、領地の広さも治安も平均。

 取り立てて挙げるべき点がない領地にかつてない激震が走っていた。

「至急兵を集めよ! 老人子供問わず!」

「しかし伯爵! この農繁期に兵を徴収すると反発が予想されます!」

「一大事じゃ! 脅してでも引っ立てい!」

 リレンスタール伯が口角泡を吹いて檄を飛ばすのは理由がある。

「早くせんとサンシャイン軍がやってくるじゃろうが!」

 そう、カリス国の精鋭を打ち破り、バージナル将軍の首級を上げたユラス率いるサンシャイン軍がすぐそこにまで迫ってきていた。

 サンシャイン軍が越境しての進軍。

 その事態はカリス国にとって寝耳に水の出来事であった。

 ユラスは国王として即位したばかり。

 バージナル将軍の討ち取った手柄を持って国内の基盤固めに走るだろう。

 ユラスがこの二年間撃退するだけで侵攻してこなかった事実もあり、カリス国の大部分の人間が彼は帰還すると予測していた。

 が、彼の周りに突如現れた一万の兵によって事態は変わる。

 宰相であるヘレンの手腕によって存在を秘匿されていた兵達。

 ユラスはその兵を率い、休む間もなく進撃した。

 この事態に国境付近の砦を守るカリス国の兵は狼狽。

 さしたる抵抗もできず陥落され、道中の貴族達の城も同様の運命をたどった。

 迎撃の準備が整えるかどうかの領地はリレンスタール伯領からのみ。

 それまでの防衛地点だと組織だった抵抗を許されなかった事実は、サンシャイン軍の進行の速さを物語っていた。

 閑話休題。

 サンシャイン軍を迎え撃つべくリレンスタール伯の首脳がこぞって会議室に詰めている最中。

「少しよろしいでしょうか?」

 伯の次女に当たる人物――フランドール=リレンスタールが入ってきた。

 年は十代後半とまだまだ伸び盛りの年齢。

 が、突き出た胸とメリハリのついた肢体はすでに完成されているといっても過言ではない。

 体だけでなく、頭も相応の完成度を誇っている。

 金色に輝く髪をらせん状に巻き、煌々と光を放つレッドアイズ等からは自身が満ち溢れていた。

「今は会議中じゃ」

 実の娘に対して伯は素っ気ない態度を取る。

「お前はもう一月もせんうちにガマン伯の長子に嫁ぐ身じゃろう。さっさと部屋へ戻れ」

 伯はフランドールを身内どころか敵として扱っている。

 その理由はフランドール自身にあった。

 フランドールは他の兄や姉と比べ、才気煥発な天才。

 特に人の心――欲望の機微に関しては老練なリレンスタール伯も唸らせるほどである。

実務面、将来性からみてもフランドールが抜きんでている。

客観的に判断すれば、フランドールが後継者として相応しいだろう。

が、事実はそういかない。

彼女の唯一の欠点――それは野心がありすぎること。

常日頃から王家に対して忠誠を尽くすことを疑問に感じ、時々フランドール自身がその座にとって代わりたいと漏らすこともあった。

 フランドールは後々とんでもないことをしでかす。

 そう確信があるリレンスタール伯は早々に彼女を嫁に出して縁を切りたかった。

「いえ、私としてはお話がございますの」

 邪険に扱われたにも関わらず。

 いや、邪険に扱われたからこそフランドールはますます笑みを深める。

「なんじゃ?」

 フランドールの考えに興味がわいたのだろう、リレンスタール伯は手を止めて顔を上げる。

 全員の視線が自らに集まっていると知ったフランドールは少し間を置き、その可憐な唇から。

「サンシャイン軍に降伏し、服従してはいかがでしょう?」

 ある意味予想通りの爆弾発言が飛び出した。

「……」

 余りの言葉にリレンスタール伯は沈黙する。

「サンシャイン国が掲げる理念は素晴らしいです」

 フランドールはフリルのついた袖を見せびらかすように両手を広げながら続ける。

「生命尊敬――ありとあらゆる生命は尊敬されてしかるべきであり、何人たりとも抑圧することは許されない。素晴らしい理念ではありませんか?」

 サンシャイン国の前国王の掲げた理念は生命尊敬。

 奴隷であろうと異種族であろうと、生きようとしている存在は崇高であり、それを不当な手段で抑圧してはならないという理念。

 人間平等という理念のさらに上を行く生命尊厳。

 まさしく夢のような理想である。

「ふざけるな! お前の魂胆は分かっているぞ! その理念を隠れ蓑に己の野心を満足させるのが狙いであろうが!?」

 が、実際フランドールからすればどんな崇高な理念だろうと関係ない。

 要は己が権力を握るための口実であれば十分なのである。

「あらあら、何のことでしょうか?」

 その証拠にフランドールは伯の怒りを受けても微動だにしていない。

「賛同していただけないのなら仕方ありません。であいなさい」

 そして、そのフランドールの言葉によってドアが大きく開け放たれ、多数の兵が乱入してきた。

「な、なんと」

 リレンスタール伯を始めとした首脳陣は瞬く間に拘束される。

「今からこの私がリレンスタールの領主です」

 クーデターという大それたことを行ったにも関わらずフランドールは冷静に続ける。

「新領主として最初の命を下しましょう。私はサンシャインに恭順の意を示します。もちろん異論は認めませんよ?」

 そして見るものすべてを惑わす笑みを浮かべながらフランドールは微笑んだ。

「ギーン、お兄様やお姉様の身柄はどうなっているかしら? 抵抗するなら手足の一本や二本を斬り落としても構わないわよ」

 彼女に高揚感も陶酔感もない。

 ベテランの職人が為すべきことを為すように、側近に淡々と指示を飛ばす。

「……我ながら何という娘を授かったのだ」

 拘束された伯がフランドールを見る目には怒りや屈辱などではなく、常識外の事象を真央のあたりにした者が浮かべる恐怖の色が浮かんでいた。


「フランドールという輩は素晴らしいな」

 一際大きい馬車の中、ユラスが羊皮紙を手にそう呟く。

 長い脚を組み、不敵な笑みを浮かべている様を例えるなら闇の貴公子。

 その身から放つ圧迫感は全てを黒く染めていた。

「一口にクーデターというが、それを実際に起こすのは並大抵のことではない」

 経験者であるユラスはクーデターを起こし、成功させるまでの苦労を骨の髄まで染み付いている。

 臥薪嘗胆を続けに続け、忍辱の鎧を幾重にも着込んでようやく可能性が見えてくる。

 少しでも損得の心得があるものならクーデターなど絶対に起こさない。

「フランドールの年齢は十代後半、若さはやはり素晴らしい」

 そのクーデターを起こすのは若さゆえ。

 あふれ出る情熱が己を抑えつけようとする障害を跳ね除けようとする。

 失敗する要素は星の数ほどあるのに対し、勝つ根拠は己の判断一つのみ。

 無謀ともいえるこの挑戦。

 若いからこそできる。

 大陸を統一しなければ遺骸を荒野に投げ捨てろと宣言したユラスに近いものがあった。

「その蛮勇に対して俺から何か褒賞を送ろう」

 ユラスは謳う様に呟く。

「何をやっても許される。若さは最大の免罪符だが、それは時と共に失ってしまう代物だ」

 ユラスはサラサラとメモに走り書きを残す。

 送る対象はヘレン宰相。

「フランドール、お前の親父はお前に何も教えられなかった。だが、ヘレンはどうかな?」

 ヘレンは常にへらへらと笑って道化を演じているが、その本性は底なし沼の如く不明。

 軽薄な言動と時折発せられる意味深な言葉で相手を翻弄する。

 一国の宰相であり続けるには相応の才能があった。

「しばらくヘレンの下で修業してもらおうか。そして、奴から全てを吸収するがよい」

 ユラスはまだ見ぬフランドールに対してそう語りかける。

「サンシャイン国の未来のために!」

 その時のユラスの表情は、まるで同族を見つけたかのように期待と喜びに輝いていた。

「さて、俺からすればお前にフランドールの爪の垢を煎じて飲ませたいな」

 クツクツとユラスは嗤う。

 嘲笑する相手はユラスの対面。

 鎖で両手両足を拘束され、猿轡をかまされて何もできない。

「仮定の話になるが、もしお前がクーデターを起こし、直接指揮を執っていればサンシャインは実現せず、俺も殺されていただろう」

 その地位に甘んじていたからこそ今のユラス達が生きている。

 そう言わしめる人物と言えば一人しかいない。

「フレリア=ヴァルキュリア。そう思わないかい?」

 何も話せないフレリアは返答の代わりに底なしの悪意をユラスにぶつけた。


 バージナルを討ち取った後、カリス国の兵士達は次々と投降の意を示した。

 が、フレリアの一団は違い、その場から退却しようとする。

 それを許すユラス達ではない。

 フレリアを逃すわけには絶対にいかなかったので、ステラステラと翡翠をそのまま追撃・捕縛に向かわせた。

 さすがのフレリアもその二人相手だと逃れることは叶わず、味方の兵を人質に取られ、観念して降伏し、現在に至っている。

「お前は本当にわからん奴だな。そんなにも俺が嫌いなら何故手段など選んだ? 何度も言うようにお前が総指揮を取っていれば俺は確実に死んでいた。ん? そんな卑怯な手段で地位を得ても誰も従ってくれない? お前は本当に馬鹿だな、金はどこまでいっても金であり、将はどうなっても将。何故その当たり前の事実に気付かない?」

「黙れ、下郎が」

 猿轡を外したフレリアから出た言葉がそれ。

「お前は国を滅ぼした国賊だ。地獄に百度落ちても足りないぐらいの罪を犯した大罪人が何をさえずるか?」

「大悪人か」

 フレリアの非難にユラスは嗤う。

「ある面ではそうであり、ある面では全くの見当違いだな……って、この口上はヘレンの語りだ、危ない危ない」

「私を愚弄しているのか!?」

 ユラスの余裕ぶった態度にフレリアは声を張り上げる。

 名将の資質があるフレリアの一喝は一般人なら失禁してしまうほど恐ろしい。

「まさか、傘下に加えたい者を愚弄するわけがないだろう」

 が、同等以上の格を持つユラスゆえに眉根を寄せるだけで終わる。

「フレリアは翡翠やステラステラと同じく直属の部下になってほしいが」

 ここでユラスはフレリアの瞳をまじまじと見つめて。

「仲間になるぐらいなら死を選びそうだ」

「当たり前だ、お前と同じ空気を吸っているだけで吐き気がする」

 生殺与奪を握っている相手に対してのこの暴言。

 これも後先を考えない若さゆえの所行か。

「ハハハ、反抗的な猫を飼っている気分だ」

 そうであるがゆえにユラスはフレリアの暴言を咎めず、逆に笑った。

「お前もフランドールと共に王都へ向かってもらおう」

 しばらくの沈黙の後、ユラスはそう切り出す。

「お前に合わせたい人物がいる」

「それはヘレンとかいう宰相か?」

「ハハハ、まさか」

 フレリアの疑問にユラスは手を大きく振る。

「俺でさえ気が合わないのに、ヘレンの部下になってみろ。絶対気が狂うぞ」

 先ほどのお茶らけた態度であれだけ怒ったフレリア。

 水と油の関係となるのは自明である。

「お前にはレンカと会ってもらいたい」

「レンカ……それは教育長の肩書を持つ娘か?」

「察しが良くて助かる」

 フレリアの言葉にユラスは満足げにうなずき。

「教育国家サンシャインの教育長――レンカ=シノミヤ。ある面では王である俺や宰相のヘレンよりも名実を握っている存在だ」

 サンシャイン国の最大の特徴。

 それは教育が国家権力から完全に独立している点である。

 独立しているが故、学生や教師は国家の制約を受けることなく、時には国家や王に対する批判も許され、場合によっては直訴も可能な立場。

 前国王が心血を注いで作り上げた機構である。

「レンカは尊敬に値する人物だぞ」

 ユラスは子供のように目を輝かせて彼女の良さを語る。

「前国王の意思を本当の意味で実現できるのは彼女だけだ。あのひたむきで頑固な一念はとてもじゃないが真似できん」

「……」

 ユラスの賞賛に比例してフレリアの疑念は深まっていく。

 あの傲慢なユラスが手放しに称賛しても素直に受け止められない。

 レンカを貶した方が彼女に興味を持てただろう。

「ふん、くだらない」

 だからこそ、批判が口をついて出る。

「蛙の子は蛙だ、奴隷王の血を引いている輩はどう足掻いたところで奴隷王の孫娘、ロクなものじゃ――」

「もう一度言ってみろ」

 フレリアが詰まったのは、ユラスが彼女ののどに手をかけたから。

 大の大人が本気で首を絞めれば、フレリアだろうと窒息する。

「今、お前は誰を馬鹿にした?」

 ギュウっと。

 手の甲に血管が浮き出るほど強く圧迫する。

「か……は」

「ああ、死んでしまうのはまずいな」

 フレリアが口をパクパクさせ、赤く変化したのを見たユラスは正気に戻る。

「お前が悪いんだぞ」

 ユラスは手を鳴らしながら続ける。

「俺の前で彼女を誹謗したお前が悪い」

「……」

 ユラスの理論にフレリアは反論しようと口を開くが、思いとどまる。

 会ってもない人物について語ることは愚者の行いだという事実に気付いたからだ。

「とにかく会ってみろ」

 咳ばらいをしたユラスは締め括りに。

「絶対に後悔しないから」

 そう笑うユラスの表情は子供のように無邪気な笑顔だった。


 フレリアとフランドールを王都へ送った後、ユラス率いるサンシャイン軍は順調に砦や城を落としていた。

 ただ、迎撃態勢が取られているせいか侵略速度は当初より鈍くなっているものの、概ね予定通り。

 連戦連勝を重ねるユラスの活躍はサンシャイン国にまで届き、ほぼ空位なのにもかかわらず、絶大な人気を誇っている。

 この分だと近いうちにカリス国の王都を落とせるとユラスは踏んでいた。

「……早すぎる」

 が、当の本人のユラスは厳しい表情をしている。

 その理由は今朝送られてきた報告にあった。

「ダースベール帝国め、後三ヵ月は来ないと踏んでいたのだが」

 そう、カリス国の北に位置するダースベール帝国。

 レルムント地方において最大の軍事力を誇る帝国が南下を開始した報せだった。

「さて……どうするか」

 王都を落とすまでを予定していたが、帝国の介入で厳しくなってしまった。

 無論このまま続行しても王都は落とせる。

 むしろカリス国は戦力を分散させなければならないため楽にやれる。

 が、その後に待っているのは帝国との戦い。

 不慣れな地形に加え、連日の戦で疲弊した状態で精強な帝国軍に勝利できると考えられるほどユラスは楽観者ではない。

 よしんば勝ったとしてもサンシャイン軍は負けたも同然の被害を出し、それを元に戻すだけで相当な年月が必要となる。

 無用な犠牲を出すよりこの先の砦で満足し、そこでカリス国と停戦協定を結ぼうかとユラスは考え始めていた。

「失礼します」

 ユラスの思索を中断させるのは側近であるミラン。

 身長はユラスより頭一つ分小さいものの、そのがっちりした体躯から溢れる生命力は注目を集めるに十分である。

 加えて二十代前半らしい童顔な顔からは可愛げがある青年だった「「。

 実はこのミランがバージナルの首を取った兵である。

 ユラスのあの無謀な突撃を行った際、ユラスのすぐ後ろについてきた兵ゆえに、彼を傍においていた。

「ヘレン宰相の許可を持った一団が現れました」

「ほう」

 ミランの伝言にユラスは目を細める。

「彼らは今、どこに待機している?」

「は、東に五十メートル進んだ場所にある宿舎の中です」

「ご苦労」

 ユラスは大きく頷く。

 その表情は先ほどまでの憂いに満ちた様子からほど遠い喜色満面な顔。

 突如臨時収入が入り、諦めざるを得なかった品物を手に入れられる者のようである。

「すぐに行くと伝えておけ」

 ユラスは立ち上がって伸びをする。

 面会する前に身なりを整えておかねば不味いだろう。

 体を捻って固まっていた体を動かし始めるユラスである。

「さすが、ヘレン。ナイスなタイミングだ」

 興奮を抑えきれない声音でユラスは独白する。

 突如現れた謎の一団。

 彼らはサンシャイン国の建国当初から養成を行っていた者達。

 通常の兵を育て上げるのには一年もかからないが、彼らは何と十年。

 十年近い歳月を費やしてようやく日の目を拝むことが出来る。

 莫大な年月と金がかかった事実は否めないが、ユラスの予想によるとお釣りが出るぐらいの結果を齎してくれるだろう。

「大陸統一――それが現実味を帯びてきたな」

 漠然とした構想だったが、彼らの登場で一気にその道程が見えてきた。

 我知らず、ユラスは肩を震わせていた。

「彼らが気になるのか?」

 ふとユラスはミランに問う。

 あれほどユラスを喜ばせるのは何だろうと気になるのは当然のことである。

「いえ! ……少々気になります」

「ククク、そうか」

 ユラスの言葉にミランは反射的に否定しながらも結局は好奇心が勝ったようだ。

 最後の言葉は心なしかばつが悪そうな響きがこもっている

 まだまだ青いなあ。

と、ユラスは愛おしさと彼の将来に対する期待を感じながら説明を始めた。

「彼らは魔導騎士団だ」

「魔導騎士団?」

「そう、魔導騎士団。名前の通り、魔導士のみで構成された騎士団。そして、従来の戦争の常識を一変させる集団だ」


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