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初陣

 サンシャイン国の北部。

 現在カリス国そして傭兵団の侵略を受けている地域。

 前回までは国境付近に留まっていたが、今回はカリス国が本腰を入れた侵略であるがゆえに、中央に近い領域でさえ敵の攻撃に晒されていた。

 敵は戦闘のプロ。

 こちらは民間人。

 この事実からでもサンシャイン国の不利は明白だが、それが勝敗に直結するとは限らない。

 領民は圧政から解放し、理想的な生活を齎したサンシャイン国に忠誠を誓い、そして中央から派遣された武官を中心に防戦を行っていた。

「北部に後詰の兵二十を投入せよ!」

 北部のある都市――ガルムンク。

 その都市は他の都市と同じく侵略を受け、同じく武官を中心に徹底抗戦の構えを取っていた。

 民兵達の忠誠心の発露は単なる生存欲求からではない。

 もっと深い、知的生物としての生存欲求から来ていた。

 教育国家。

 そう謳われただけあり、前国王は領民に対して徹底的に向学姿勢を促していた。

 具体的にはどんな片田舎であろうと武官や魔導士を派遣したこと。

 派遣された彼らは一線を引くような真似などせず、積極的に住民と関わってきた。

 常時は武術の心得や日常魔法の伝授を行うほか、住民の要望を伺う。

 祭事の準備や害獣駆除など簡単なことなら彼らで解決し、盗賊団の退治や街道整備といった大規模なことなら国を動かす。

 住民の手足となり国家の耳目となる。

 その信念のもと歯を食いしばって働いてきた彼らを、そして彼らを派遣した国家を住民達は信頼せずにはいられなかった。

「コルフィン様! 南部からの攻撃が弱まりました!」

「よし! では南部の門を開け! 追撃を行う!」

 伝令兵の報告を受けた武官――レラク=コルフィンは剣を腰にさす。

 赤い炎のような髪が特徴の二十代である彼は若々しさに溢れ、少しばかり血気に逸るものの、その情熱さで周りを動かす人物。

 彼は前国王が存命中に仕官し、そしてユラス率いる炎帝騎士団の元で厳しい訓練を受けてここに赴任していた。

 生来の気質である無鉄砲さは相変わらずだが、結果に対する責任を意識する能力を身に付けている。

 失敗するのは仕方ない。が、それに伴う責任は負えよ?

 ユラスからのその言葉をレラクは座右の銘として胸に刻み込んでいた。


「まだ落とせねえのか!?」

「ちくしょう! ザッハもダズも死んじまった」

 勇敢なる指揮官を仰ぐ味方は幸せだ。

だが、それに相対しなければならない敵からすれば堪ったものではない。

 たかが民兵、楽に勝てると踏んでいた傭兵達は想定外の抵抗に心が折れかけていた。

「!? マジ団が逃げたぞ!」

 戦闘のプロとはいえ傭兵達も人間、死にたくはない。

 これ以上ここに固執しても被害が増えるだけだと知ればサッサと退却するのである。

「敵が逃げていきます!」

 バラバラとアリの子を散らすように敵が退却するのをレラクは肌で感じ取っていた。

「では! 全門を開け! 最後の追撃を行うぞ!」

 レラクらしい発言。

 にわかに追撃準備を始める兵達だが、副官にあたる魔導士がそれを諌める。

 魔導士は四十代半ばの壮年。

 能面を連想させる仮面のような表情だが、それは冷静さを表れであり、彼はどんな場面においても動揺することがなく淡々と仕事を行っていた。

「お止めなさい、それは我々の仕事ではありません」

 魔導士はそう断った後、後ろを振り返る。

「此度の侵略で民兵達が大いに傷つきました。失われていく命を食い止めることが我々の役目では」

 レラク達の役目はこの都市の防衛、そして救える命を救うこと。

 ここで追撃を行っても自分達が救われるわけではない。

 ならば怪我を負った兵達の看病を行うことが道理に適っている。

「しかし――」

 頭ではそう納得しても感情はそういかない。

 この戦でこちらにも少なからず犠牲者を出した。

 彼らに報いるためにもレラクは追撃を行い、傭兵団に恐怖を味わらせてやりたかった。

「レラク殿」

 ほんのわずかに魔導士は語気を強める。

「貴方のご怒りは最もです。しかし、今の貴方は兵のみならず都市の住民を預かる立場なのです。いわばユラス殿の分身、王の名代と思ってください」

「っ」

 魔導士の指摘にレラクは激情を下げる。

 レラクにとってユラスは絶対。

 もしユラスなら無駄な追撃を行わず、領民の安全を最優先するだろう。

 ユラスにとって領民とは国の根幹。

 王よりも偉大な存在だと考えていたからだ。

「――確かにその通りだ」

 黙考したレラクは素直に忠告を従う。

「全員! 武器を下ろせ! これから怪我人の手当てを行う!」

 レラクの宣言に兵達は勝どきを上げた後、急いで怪我人の元へ駆けつける。

 怪我人の中には顔なじみの者もいるだけに全員が必死で行った。

 これは一都市の場面だが、この光景が北部の至る都市で行われていた。


「ガルムンクが無事だったか」

 報告を受けたユラスはそう口火を切る。

「あの都市の周辺は村が多く、その分多数の傭兵団が向かっていたはずだが」

 ユラスの知る限り激戦が予想される都市の一つであったガルムンク。

 なのに蓋を開けてみれば見事防衛に成功したらしい。

「あの都市にはレラクがいました」

 ユラスの副官、魔導士のステラステラ=ファンカが成功要因を述べる。

 銀色の髪を持つ彼女は触れれば砕けそうな印象を与える。

 その背中も薄幸そのものであり、彼女の後姿を眺めるだけで言いようのない不吉感に身を襲われそうになる。

 例えるなら滅びの恐怖。

 ステラステラからは死の匂いがこれでもかというほど発散されていた。

「彼には将才があります、まだ卵なれど将は将。勝つのは当然でしょう」

 勇将の下に弱卒無し。

 未熟とはいえ今回の傭兵団相手には十分だったらしい。

「……レラクか」

 馬車内でユラスは思案する。

 ユラスの中でレラクは、一言で表すと血気盛んな無鉄砲。

 やる時は此度のように凄まじい戦果を齎す反面、感情が先走り、戦局を見誤る危うさを秘めた青年。

 責任ある任に就けるには優秀な補佐が必須の人物であった。

「副官は誰だ?」

「リーエンノール=カラテです」

 間髪入れずステラステラが答える。

「彼は絶対に自分から動きませんが、与えられた役目は完璧にこなします」

 四十代半ばの壮年よろしく経験は豊富。

 だが、その長い経歴が邪魔をして能動的に判断することがない。

 事態を後手後手に回してしまう恐れのある扱いづらい人物であった。

「あの二人が組むと結構な力を発揮するな」

 尖った人材同士を組み合わせて大丈夫かという不安もあったが、結果は予想外の戦果。

「もっと大きな役を任せてみるか」

 一人なら不安だが二人だと互いの欠点を補いあう素晴らしい関係となる。

 それなら一都市の治安維持でなく、騎士団を新たに創設し、その団長と副団長に任命するのもありかもしれない。

 これから先、人材は幾らいても足りない状態となるのだから。

「――思えば」

 ユラスの思索を断ち切るかのようにステラステラが声を上げる。

「翡翠がいませんね」

 ユラスの影の如く付き従う神凪翡翠。

 その彼女がユラスの傍から離れていることに違和感を覚えたステラステラである。

「気になるか?」

「少しは」

 ユラスのからかいを含んだ質問にステラステラは頷く。

「煩い鬼がいなくて清々します」

「容赦ないな」

 ステラステラの酷評にユラスは苦笑いを隠すことが出来なかった。

 翡翠とステラステラの関係はあまりよろしくない。

 正確には翡翠がユラスの傍にいようとする人物を嫌う。

 彼を守護するのは自分だけ、そんな強烈な自負が翡翠の胸にある。

「翡翠は鬼族だから仕方ない」

 生来の膂力を制御するかのように強靭な精神力を併せ持つ鬼族。

 その胸に宿る誇りも人間とは一線を画していた。

「驕り高ぶった嫌な存在です」

「ハハハ」

 そう言ってもステラステラにとっては邪魔でしかない。

 叶うことなら、一生傍にいなくとも良いと彼女は考えていた。

「翡翠を含め、炎帝騎士団員は各都市に散ってもらっている」

 話題を変えようとユラスは先ほどの彼女の質問に答える。

「ガルムンクを始めとした劣勢が予想される都市や村にな」

 いくら民兵や指揮官が優秀だろうと、数があまりに差があると厳しい。

 大勢の傭兵団が向っているであろう場所には早急に援軍を派遣する必要があった。

「翡翠はここから最も遠いカラヘンベルクへと向かっている」

 早馬で飛ばしても三日はかかる距離にある都市。

 最も北にある場所ゆえに途中で傭兵団に遭遇する可能性が高く、援軍を送り難かった。

「なら此度の決戦には間に合いませんね」

 ステラステラはそう判断する。

「いくら鬼とはいえど、往復だけで六日もかかるようでは物理的に無理でしょう」

 予定通り行軍していくなら四日後にはカリス国の主力と相まみえる。

 翡翠が参加できないと考えても仕方ない。

「翡翠の代わりに不肖ステラステラ=ファンカ。微力ながら王をお守りいたします」

 畏まってそう述べるステラステラ。

 ユラスの傍におれるのが相当嬉しいのだろう。

 その表情は一見無感動だが、よくよく見ると頬に少し赤みが差していた。

「さて、どうだかなあ」

 ユラスは背もたれに体を預けながら笑う。

「お前は重要な事実を忘れている……翡翠は鬼だぞ?」

 何を言っているのだろう。

 ステラステラは当初分からなかったが、次の日に何が言いたかったのか嫌でも理解する。

 最も遠い村へ救援に向かった翡翠。

 その彼女が目的を達成して戻ってきたのだ。

「……この化け物め」

 そんな恨み節をステラステラが漏らしたかどうか。


 カリス国との国境地帯から南へ五キロ。

 開けた平原に元トート国を含めたカリス国の正規兵が陣を張って待ち構えていた。

 周りに遮蔽物らしきものはなく、地面も露出している。

 地理による影響は皆無に近いようだった。

「まあ、自業自得だな」

 正々堂々と勝負しろと言わんばかりの陣形にユラスはそう評する。

 カリス国からすれば、後方にダースベール帝国という虎が控えた状況において長期戦は望ましくない。

 かといって短期決戦に持ち込もうとも素直にこちらが応じる保証はどこにもない。

 ならばどうするか。

 ユラス達が短期決戦をせざるを得ない状況へと持っていくのがカリス国の戦略だったのだろう。

 そのためにまずは北部一帯を荒らす。

 教育国家、そしてユラスの気性上、苦しんでいる領民を見逃す目論見はない。

 そうであるがゆえに必ず援軍を送り込み、ユラス達の力を分散させるだろう。

 そして疲弊の極致に陥ったところを無傷の精兵がとどめを刺す。

 それがカリス国の描いたシナリオだった。

 が、ここでカリス国は誤算を起こす。

 それは民の力を侮っていたこと。

 カリス国にとって民とはこちらが守らなければならないか弱き存在。

 そのか弱き存在がこうまでも抵抗するとは予想していなかったのだろう。

 戦闘のプロである傭兵団がサンシャインの各地で敗北を重ね、戦力を減らすことが出来なかった。

 通常なら撤退を視野に入れるべきだったが、本命であるユラスを引き出し、短期決戦に持ち込ませたことがカリス国をその場に留まらせる。

 この状況、カリス国にとっては非常に不本意な結果だろうとユラスは推測した。

「さて、戦闘準備を整えるか」

 馬車から出て地面に降り立ったユラスは用意された黒馬に跨る。

 墨を流したように曇りのない黒で染められたその馬は、体格の良さとも相マリ烈々たる存在感を放っていた。

「神凪翡翠」

「はっ」

 ユラスの呼びかけに威勢よく応じる翡翠。

「お前には炎帝騎士団の突撃隊長を任せる。敵を蹂躙し、突破口を開け」

「必ずや応えてみせます」

 翡翠は巨大な槌を真正面に構えて応答する。

 翡翠は鬼人であり、その膂力も人を大きく上回る。

 ゆえに武器も特注品であり、彼女の持つ槌の全長は五メートル、重さに至っては百キロを優に超える武器。

 これを片手で自在に操り、並み居る敵を次々に屠ってきた。

 どんな堅固な防壁だろうが集団だろうが翡翠の前には紙に等しい。

 彼女を先頭に据えた炎帝騎士団の突撃は敵にとっては悪夢以外の何物でもなかった。

「ステラステラ=ファンカ」

「ここに」

 彼女は翡翠と対照的に静かに応じる。

「お前は常時俺の傍につくことを命ずる。死霊共を操り、俺の邪魔をする敵を屠れ」

「承りました」

 ステラステラが畏まって頭を下げると同時に、彼女の周囲から漆黒の霧が出現する。

 その霧は最初制限なく広がりを見せていたが、ある一点を境にして膨張を止め、今度は集束を始める。

 黒霧は人の頭となり手となり足となり、五百にも及ぶ兵隊が姿を現した。

 ステラステラは死霊を使役するネクロマンサーの末裔。

 通常の魔法は勉強さえすれば、余程のことがない限り扱える。

しかし、死霊術といった魔法は血統の割合が大きく、ちょっとばかり才能があったところで扱える類ではない。

 それこそ何世代も、子孫代々弛みなく研鑽を続けることでようやく扱える魔法。

 余談だがファンカ家の始まりは千年以上前のことであった。

「続いて……」

 その後にもユラスは次々と隊長格を指名していく。

 彼に名を呼ばれた指揮官の態度はそれぞれだったものの、皆ユラスに忠誠を誓っていた。

「進軍」

 ユラスを先頭に、総勢三千にも及ぶ兵が行軍する。

 行先はトート国の残党が待ち構える平原。

 これまで勝ってきた相手だろう。

 兵達は少し浮かれ気味の様子だったが、ユラスの覇気溢れる背中を直接見られる前方の兵は襟を正して気持ちを切り替える。

前方の兵がシャキッとすると後続の兵も続いた結果、全体が緊迫した面持ちを保つ。

軍は大将軍を魂とす。

その格言通り、ユラスの意気込みが全員に伝わり、彼の思う通りに兵は動きそうだった。

ザッザッザッザ

ユラスの率いる軍の行進は僅かのぶれもなく、規則正しい足音を立てながら決戦の場へと向かった。


三千対二千。

つまりカリス国の正規兵の数は三千ということになる。

兵の数は国力に左右されやすい。

その論理からいくとサンシャインとカリス国との国力は同等に思えてくるが、実はサンシャインの方が数倍優っている。

その理由は、ユラスを始めとした豊富な人材力も関係しているが、あくまで一要素。

本当は前国王ケイスケ=シノミヤが齎した様々な技術によるものだった。

農業面では畑に肥料を与える方法や品種改良。

工業面だと合金の伝来。

政策といった種々の要素を換算した結果、カリス国と比べ一歩や二歩どころか次元が違うほどの差がついていた。

 それなのに何故こちらの兵が三千なのかというと、単に見栄のため。

 同数で屠った方が内外に示しがつくという点である。

 カリス国もそうだが、サンシャインもまた戦争を一種の政治パフォーマンスとしか捉えていなかった。

「あー、おほん」

 対峙した両軍から一騎ずつ出てくる。

 これから始まるのは総大将による舌戦。

 たかが舌戦、されど舌戦。

 その結果次第で軍の士気が大きく変わり、戦場の勝敗さえも左右してしまうほど重要な場面でもあった。

「わが名はバージナル=トルファランス! 栄えあるカリス国の総大将である!」

 カリス国軍の総大将らしき男が出てきて叫ぶ。

 白髪が混じった頭髪に豊かに蓄えられたひげ、その瞳は鋭く刀を連想させる。

 丹念に磨き上げられた鎧の上からでも筋骨隆々な体躯が見て取れる壮年だった。

 立派な武人だなとユラスは場違いながらも考える。

 同時に彼を傘下に加えたいとまで思考を巡らせるが、それは叶わないだろうと思う。

 ユラスが前国王の思想以外受け付けられないように、人というのはある程度思想が固まると、もう修正がきかなくなるのだ。

「奴隷王の手下たちよ! 貴様らは長年の伝統を乱し、このレルムント地方に災厄をもたらした! その罪! 万死に値する!」

「……口実が変わったな」

 ユラスは瞳を鋭くして言葉の裏の真意を読み取る。

 当たり前だが、誰も馬鹿正直に理由を述べて侵略などしない。

 必ず大義名分が必要となり、尤もらしい理由を述べるのが常識である。

 今回カリス国は前国王が国を作った非を責めた。

 前回まではトート国との同盟を理由にしていたのに、今回は違う。

 そのわけを推察すると。

「カリス国はトート国を併呑する予定だな」

 もはやカリス国はトート国を再興させようとは考えていない。

 幾たびも失敗を重ねたトート国を見限り、傀儡国家にするよりか直接統治した方が望ましいと判断したらしい。

「まあ、それなら此度の動員規模も理解できるな」

 併呑する腹積もりなら、大兵力で敵を粉砕した方が後の統治に都合がよい。

 支配するにおいてもっとも簡単なのが恐怖による統治である。

「さて! 貴様の釈明はいかに!?」

 いつの間にかバージナルの前口上が終わっていたらしい。

 そうユラスに振ってくる。

 そして、口を開いたユラスの第一声は。

 「ハーーーッハッハッハ!」

 平原に響き渡るような音量で嘲笑だった。

「何を笑うか!?」

「これを笑わずに何を笑う?」

 激昂したバージナルの指摘にユラスは背筋をそる。

「階級や伝統といった皮相的な現象ばかり追い! その根源的な部分を捉えようとせぬ貴様らには嘲りすら惜しいわ!」

 ユラスは続ける。

「貴様らは感じぬか! 時代の流れを! 民衆の渇望を! そして青年の力を! 一見無風に見えようとも底流では動いている! 大陸は求めているのだ! 地位や伝統に代わる新しき秩序を!」

「何を世迷いごとを!」

「世迷いごとではない! 前国王が国を造られたことが何よりの証明だ! 国主たる民衆がトート国よりもサンシャインを望まれたのだ!」

「民が常に正しい選択を行うとは限らん! 逆に間違う場合の方が多いわ!」

「民衆を舐めるな! 民衆の選択の結果は五年後十年後に明らかとなる! それまで待ってから判断するが良い!」

「隣国の危機をのさばらせておくほど我らカリス国は矮小ではないわ! ここまでくれば言葉は無用! 後は力で語り合おうぞ! ――全軍! 攻撃準備!」

 バージナルはそう締め括り馬を旋回させた。


 カリス国の陣形は壁を連想させる扇形。

 向こうの方が数は多いのだから当然の選択だろう。

 三千の兵からなる陣形というのは人を立ち竦ませるには十分な光景だが、ユラスには通用しない。

「さて、トート国の残党はどこら辺にいるかな?」

 それどころか首を伸ばしてトート国の兵がいるであろう場所を探す始末。

 詰まる所、ユラスの脳内ではすでに勝っており、後は如何に効率よく勝つかということが頭を占めていた。

「そこか」

 ユラスはにやりと笑う。

 二、三度ほど見回すと見つけた――中央の最も後ろに。

 どうやら予備兵という役割らしい。

 あの位置だと余程のことがない限り前線に出てくることがない。

「ついに見限られたか」

 邪魔だから後ろの方で黙って見ていろ。

 トート国に対してカリス国がそう命令した光景が目に浮かぶ、が。

「必ず奴は出る」

 普通に考えると、トート国とは戦わずに終わる可能性が高いのに、ユラスは一戦を交えると予想する

 その理由はあの集団を束ねる長にあった。

 トート国軍において随一の知将であり、王族の隠し子。

 軍事的才能は高く、一角の人物であるにもかかわらず侍女との間に生まれた娘ゆえに、軽蔑された不遇な存在。

 結果論になるが、王都攻略の際、もしフレリアが一部隊の長としてではなく、総大将として指揮を執っていたのならば陥落することは叶わなかっただろう。

 それ程までフレリアの将としての資質は高く、特に防御に関してはユラスをも上回っていた。

 頼みの綱であるカリス国に見限られ、自軍の兵力は三百人に満たない小集団。

 名将が束ねる人数ではない。

「今回は勝つ」

 ここでユラスは闘志をむき出しにする。

 これまで侵攻してきたトート国の軍隊を迎撃してきたユラス。

軍事の天才であるユラスの対応は想像を絶し、トート国軍は必ず指揮官クラスを討ち取られ、兵も大半を失う結果を齎してきたが、唯一フレリアだけは違った。

 どれだけの猛攻を加えようともフレリアが指揮する兵は統率力が高く、崩壊しない。

 救出戦や撤退戦であろうともフレリアは生き続けてきた。

 ユラスが何度も命を狙ったが全て防ぎ切った人物。

 それがフレリアである。

「随分と彼女にご執心ですね」

 ユラスの心境を察したステラステラが口を尖らせる。

 敵国の将でありながらこれほどまでユラスの心を占めるフレリアの存在が不愉快で仕方ないのであろう。

「この戦を勝つにはあのフレリアを攻略しなければならないからな」

 ユラスは臆面もなく理由を述べる。

 此度の戦。

 敵将を討ち取る際の壁となるのはカリス国軍でも三千もの兵でもない。

 僅か三百程度の兵を束ねるフレリアを攻略することである。

「なるほど」

 ステラステラはきれいな瞳をそっと閉じる。

 フレリアに対し、それ以上の特別な感情を有していない事実に安心したようだ。

「では、青年王。存分に采配をお取りください」

 ステラステラは人間味を消して機械的に尋ねる。

 どうやらステラステラの中でスイッチを切り替えたようだ。

 これから先、ステラステラは一切の我見を排してユラスの補佐に回る。

 例えユラスが危険に晒されようとも彼女は眉ひとつ動かない。

この冷酷さがステラステラの真骨頂だった。

「さて、と」

 ステラステラが戦闘モードに入ったのを確認したユラスは周りを確認する。

 そこには闘志がむき出しの兵達の姿が。

 この士気ならばこれ以上鼓舞する必要はないとユラスは考えた。

「……」

 ならばシンプルにやる。

一瞬の静寂、そして。

「放て!!」

 ユラスの大号令に前線付近に待機していた弓兵部隊が矢を発射し、敵味方双方の矢で一瞬空が曇った。


「左翼! 戦線を押し上げろ! それに伴い右翼は下がれ!」

 怒号と悲鳴が渦巻く戦場の中、ユラスの声が響き渡る。

 敵味方入り乱れての乱戦。

 敵を目前に控えた兵は通常二通りの行動をとる。

 すなわち大声を出して威嚇するか、それとも己の思考を放棄するか。

 冷静に敵を殺すのは経験を積まなければ出来ないだろう。

 それほどまで戦場という特殊な場は人間を極限状態にまで追いやる。

 何が起きてもおかしくない。

 とち狂って味方を殺す兵もいれば、呆然と立ちすくむ兵もいる。

 自暴自棄となった兵が何を求めるかというと、それは命令。

 今、自分が何をすべきか教えて欲しい。

 戦場ではそういった兵が多数を占める。

「左翼! 突出しすぎだ! 少し抑えろ!」

 ゆえにユラスの号令に兵は戸惑わず、ためらわず従っていた。

 ここは戦場。

隣が何を言っているのか分からなくなるほど喧騒に包まれた場所。

そんな場所なのにユラスの声はよく通る。

戦場の端にいる兵にさえ届く大音量。

加えてユラス自身のカリスマ性。

兵達は鼓舞され果敢に挑み、兵数の彼我の差は見る見るうちに崩されていった。


「ええい! くそ! 何をやっている!?」

 敵将であるバージナルは自軍のふがいなさに地面をける。

「いいように侵略されているではないか!?」

 優勢だったのは序盤のみ。

 中盤からは統率されたサンシャイン軍の猛攻に耐えきれず、どんどん戦線を後退させていく。

「炎帝騎士団め……」

 バージナルが歯噛みする対象は指揮官のユラスでなく、遊撃部隊として動く翡翠率いる炎帝騎士団の活躍。

ユラスのあの声も忌々しいが、それ以上に独立して動くあの騎士団の方が厄介。

あれだけの大声量なら当然こちら側にも届き、ユラスの意図を知ることが出来る。

だからそれを見越して指揮するのだが、それを阻むは炎帝騎士団。

部隊を動かしたら、手薄になった個所を集中的に叩き、それを避けるために動かさなければユラスの目論見通りの結果となる。

 それに加えて。

「しょ、将軍! また矢が飛来してきました!」

 サンシャイン国の武器の性能。

 特に矢、こちら側が届かない場所から撃ってくる。

 矢の被害自体は軽微なものの、一方的に攻撃されるという心理状況が兵達の士気を著しく下げていた。

 撤退も視野に入れるべきか。

 迷いがバージナルの脳裏に宿った


「勝機!」

 同時刻。

 ユラスは敵将であるバージナルの思惑を察知する。

 軍とは総大将の手足であり、かの一念が乱れるとそれが全軍へと表れる。

 誤解を解いておくが、バージナルは確かに迷いが入ったが、それは刹那の時。

 誰もがその変化に気付かない微々たるものである。

 が、ユラスはそれを悟った。

 大海に墨を一滴垂らした程度の雑念を正確に読み取る。

 敵将は弱気になった。

 それを知った将軍が取る行動は一つである。

「全軍! 突撃だ!」

 総大将であるユラスを先頭に置いた中央突破。

 幾ら死霊兵で守られているとはいえ、気まぐれで命が吹き飛ぶ最も危険な場所。

 そのリスクを承知しているにも拘らず、ユラスの瞳には怯えも蛮勇もなく、ただ希望と闘志を光らせて駆け抜けた。


「将軍! 敵軍が総攻撃をかけてきました!」

 悲鳴に近い声での報告にバージナル以下首脳が色めき立つ。

 ユラスの進行はこちらであることは明らか。

 ならば迎撃準備を取ればいいのだが、先ほど浮かんだ弱気が邪魔をする。

 焦れば焦るほどドツボにはまり、適正な指示を出せない。

 その結果、場当たり的な対応に終始してしまい、ユラスが最終防衛陣まで到達するのは必然と言えた。

「敵将はバージナル! その首だけを目指せ!」

 ユラスは大声で自軍を叱咤する。

 白兵戦。

 それは傷を負えば安全な場所へ退避できる戦場と違い、弱くなった者は死ぬしかない死地。

 今、多くの将兵は生と死の境目にいる。

 少しでも気が緩めば死へと転落する境界線。

「諦めるな! 自我を保て!」

 ユラスは一人でも生へと留めておくため声を出し続けた。

 このまま事が進めば問題なくバージナルの元へ辿り着けただろう。

 だが、そう思い通りにならないのが世の常。

「っち」

 あと一歩で敵将の顔を拝める位置。

 その場所に陣取る兵によってユラスの進撃が止まった。

 ユラスはしばしば無謀に思える作戦を取るが、それは犠牲を最小限に抑えるゆえにその策を取る。

 つまり多大な損害を被ってしまうのならユラスは躊躇する。

 ユラスが止まる。

 それはこのまま眼前の陣を突破すると結構な被害が出るということに他ならない。

 その陣を作成した将とは。

「やはり立ち塞がるか」

 ユラスは苦しげに呟く。

「フレリア=ヴァルキュリア」

 王族の証である金髪碧眼。

 その高貴な面持ちは戦場にあっても色褪せない。

 背は翡翠と同程度か。

 だが、翡翠が研ぎ澄まされた刀ならフレリアは巨大な盾。

 何人たりとも通せない、要塞を彷彿させる威圧感を放っていた。

「もうそろそろ主力が来る。その千、三百程度の兵で防げるか?」

 ユラスの言葉はハッタリでなく、ユラスのすぐ後ろから砂塵が巻き上げている。

 しばらくの時があればフレリアの作った陣など蝋細工のように破壊することは赤子でもわかった。

「……」

 ユラスの挑発にフレリアは乗らない。

 来たら来たらで相手をするだけだと目で訴えている。

「青年王、敵将が退却していきますよ」

 傍に控えていたステラステラの苦言に対し。

「分かっている」

 ユラスは苦り切った表情で応対した。

 本体が到着するまで待っても良いが、それだと敵将を確実に逃す。

 が、突撃をすると無視できない被害を出してしまう。

 この葛藤にユラスは頭を悩ませた。

「青年王、悩む必要はないでござろう」

 と、ここで天の助けともいえる声が響く。

「拙者にお任せを。必ず期待に応えて候」

 神凪翡翠。

 炎帝騎士団の中で随一の攻撃力と突破力を誇るユラスの腹心が立っていた。

「良いところに来てくれた」

 我に返ったユラスはに大きく頷く。

「ステラステラ、翡翠、突破口を開け」

 この場を切り抜けようとすれば最高の戦力を投入するしかない。

 鬼族の神薙翡翠。

 ネクロマンサーのステラステラ=ファンカ。

 フレリアと相対するにはこの二人に任せる以外になかった。

「承知しました」

「委細了解」

 ステラステラと翡翠は恭しく頭を下げる。

 普段は反目している二人だが、心の奥底ではユラスを慕っている。

 彼の期待を裏切るわけにはいかなかった。

「さて、青年王の行く手を阻むのは誰か」

 翡翠は馬を降り、獲物である長大な剣を振り回す。

 彼女はユラスの前に進み出て邪魔をする敵兵をなぎ倒し始めた。

「さて、誰が青年王の行く末を邪魔するのか」

 そう前置きしたステラステラは新たな死霊兵を召喚した。

「拙者が道を開いて候」

「必ず食い止めます」

 彼女は翡翠が開けた穴を広げ、固定するように死霊兵を操る。

「トート国の勇敢なる兵達よ! その誇りを今見せよ!」

 二人の奮闘によって数十人が抜け出せる程度の穴を開けられたものの、さすが名将であるフレリア。

 それ以上拡大させず、フレリアは巧みな指揮で応戦した。


「っ、さすがフレリアだな」

 辛くも包囲網を突破したユラスは逃げるバージナルを視界に収めながら愚痴る。

 バージナルとユラスとの間にできた距離。

 これは紛れもなくフレリアが作り出した産物であった。

「このままでは間に合わん」

 戦場での経験から、ユラスはバージナルを逃してしまうことを悟る。

 逃してしまうということは、突撃によって失った兵の命が無駄になるということ。

 さらに翡翠やステラステラのためにも、ここは何としてでも討ち取っておくべきであった。

「賭けに出るか」

 ユラスはそう決心して弓を取り出す。

 ユラスの弓の技術はそこそこであり、馬上から射抜けるほど高くない。

 ましてや敵も自分も動いている。

 失敗して当然という場面である。

「頼むぞ」

 ユラスは両脚で馬の背を挟み込んで体を安定させる。

 この一矢に兵達の想いが詰まっている。

 絶対に外すわけにはいかなかった。

「――」

 ユラスはそう念じた後、引き絞っていた矢を放す。

 するとどういう神の気まぐれか。

 矢は真っ直ぐとバージナルの背中に吸い込まれ、一瞬の間をおいて彼の体が地面に落下した。

 矢は心臓を貫いている。

 間違いなく即死だった。

「敵兵は落下したバージナルを救出しようと迷うが、すぐ後ろからユラス率いる兵が来ている。

 彼らは躊躇したものの、結局バージナルを見捨てて去って行った。

「……」

 馬上のユラスはバージナルの亡骸を見下ろす。

 老練の武将を思わせるバージナル。

 ユラスと舌戦を繰り広げ、全軍を統括していたバージナルだが、今は物言わぬ躯と化していた。

「おい」

「はっ」

 ユラスの意図を察した兵が剣を片手に亡骸へと駆け寄る。

「――御免」

 そう前置きした兵は一刀のもと、バージナルの首と胴を切断した。

「聞け! 皆の者!」

 首を受け取ったユラスはそれを天高く掲げながら叫ぶ。

「敵将は討ち取った! この戦は我らの勝利だ!」

 一瞬の静寂、そして悲鳴と歓声が入り混じった生命の叫び。

 ユラスが王として即位してからの初陣。

 敵将を討ち取るという文句なしの成果を残した。


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