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宣誓

 広場に集まった人人人。

 人の洪水。

 千人程度の許容を前提とされた王宮前の広場には倍の二千人以上が詰めかけているのだから当然と言えば当然だろう。

 集った人々の服装は千差万別。

 スラムからやってきた浮浪者らしき身なりもいれば、支配層だと思しき者もいる。

 一見共通点のなさそうな彼らだがただ一点、その瞳に宿る光の色は共通していた。

「ばんざーい! ばんざーい!」

「新しき王に栄光あれ!」

 彼らの興奮もわかる。

 何せこの国――教育国家サンシャインの、空席となっていた王の座が埋まったのだ。

 前王が崩御されてからまる二年。

 その間この国は王不在のまま運営されてきていた。

 代表がいないまま組織を存続する。

 通常なら考えられないことだが、二重三重の幸運が重なり可能としていた。

 だが、それももう限界。

 新しき王を迎えなければ国が分解すると思われた矢先に登場した新王。

 しかもその王は国中の民が王を名乗るに相応しいとされた人物。

 民衆が熱狂しないわけにはなかった。

 ガラーン、ガラーン。

 鐘が鳴る。

 それは戴冠の儀が終わりを告げた合図だった。

 広場を一望できるよう設置されたテラス。

 その場所に一人の人物、冠を抱いた者が姿を現す。

「オオオオオオオオオ!!」

 黒目黒髪の、東の果てに住む鬼族を連想させる風貌。

 体型は少々痩せぎすで、不安を与える感じもあるが、そのマイナスを覆い隠すほど全身から魂を凍らす覇気を醸し出す人物。

 齢僅か二十代で一国の主となった青年王。

 ユラス=アルバーナ。

 炎帝騎士団元団長兼サンシャイン国将軍。

 そして現国王のユラス。

 彼の登場に集った人々のボルテージはさらに高まる。

「……」

 スッとユラスが片手を上げる。

 すると民衆は示し合わせたように静まり返った。

 先ほどの熱狂が嘘のよう、ため息すら聞こえそうな静寂の中でユラスは語り始める。

「ケイスケ=シノミヤ前国王の跡を継ぎ、王に就任いたすことは、不詳、俺の任に堪えるところではないが、こと、前国王が信頼した民衆が俺を推すというのなら、それに従おう」

 ユラスの声音は低く、静かだが民衆には天から響いてくるように聞こえる。

 これがカリスマというものか。

 民衆は心の底から彼に対する忠誠心が湧いてくるのを感じていた。

「思えば前国王は奴隷の身分から王まで上り詰めた。他国は奴隷王と蔑称するが、その功績は前代未聞であることは疑いない」

 前国王ケイスケ=シノミヤ。

 出自は明らかでなく、商人の奴隷からしか確認できる資料がない謎めいた人物。

本人は一貫して日本という国からやってきたと主張していたが、奴隷の戯言として生涯信じられることはなかった。

本人の弁はともかく奴隷の身分から自らの理想とする国を創り上げたことは紛れもない事実。

尊敬されるのは政治家でも騎士でも魔導士でもない。

身分や種族関係なく学ぼうとする意欲のある者が尊ばれる国を出現させた。

その独特の理念を掲げた前国王を他国は畏怖と侮蔑の意味を込めて奴隷王と呼んでいる。

「偉大な前国王に比べ、俺達は何をしている? 前国王が崩御してまる二年。俺達は前国王に応えられるだけの結果を出したのか? 『さすが君達だ』と褒められる所業を為したのか?」

 ユラスの語りからは責める気持ちは微塵も見られず、ただ純粋な疑問があるのみ。

 子供が親に問いかける調子に似ていたが、違う点は民衆の表情は親のようにはにかまず、ばつの悪そうな顔をしていることである。

「否!!」

 ここでユラスは声を張り上げる。

「断言しよう! 俺達は何もしていない! いや、それどころか他国に侵略されるという愚行を犯している!」

 群雄割拠であるグランドスコート大陸において弱体化した国を狙わない国はない。

 案の定、隣国のカリス国が解放の名のもと動き出していた。

「前国王の期待に応えるため、俺はある決断をした」

 ここでユラスは瞳を閉じ、微動だにしなくなる。

 民衆は何のことだろうかと固唾をのんで見守った。

 一分、二分と経ち、ざわざわと民衆がざわめき始めた時、ユラスはカッと目を見開いた。

「この俺! ユラス=アルバーナが存命中に大陸を統一する! もしこの悲願が達成できなければ俺の葬式は出すな! 遺体はどこぞの荒野に捨て置け! いいか! これが王の最初の命令だ!」

 これが後世に残るユラス=アルバーナの大獅子吼である。

 教育国家サンシャイン、二代目国王ユラス=アルバーナ。

 そしてグランスコート大陸の未曾有の戦乱の始まりであった。



「物凄い法螺を吹いたねえ」

 演説後、テラスから下がったユラスに対し、称賛とも呆れともつかない声音が迎える。

「よりにもよって大陸統一? さらに遺体を荒野に捨てろ? 前者はともかく後者は聞いたことがないよ」

 そう評するのは教育国家サンシャイン宰相のヘレン=クルスマス。

 エルフ族の特徴である長い耳と金髪碧眼といった美しい相貌から誰もが見惚れること必須。

 誰よりも高い身長にスレンダーな体型、ゆったりとした衣装を身に纏っているものの、そのボディラインの美しさは隠しようもない。

 事実、他国から求婚を申し込まれる事例も後が絶たなかった。

「ちなみに大陸統一を口にした偉人達で有名なのがボルトマン帝国の初代皇帝マクルガラン大帝。彼の能力は大陸を支配するに相応しかったけど、道中で寿命が尽きてしまったんだよね。ああ、ヒトの儚さを痛感させられるよ」

 が、ご覧のとおり歴史通のおしゃべり好きであり、事あるごとに過去のことを持ち出す。

 普通エルフというのは知恵者よろしく、達観した態度で現実から一歩引いてスタンスを取る。

 だが、ヘレンは無垢な子供のように積極的に世間へ関わり、己の知識を事あるごとに披露する。

エルフの知識の恩恵は受けているもののユラスを始めとした重臣たちはもう少し静かにしてほしいと内心思っていた。

「……」

 ヘレンのおちゃらけた態度に沸々と怒りがこみ上げるユラス。

 元々ユラスはヘレンのような煮え切らない態度を取る者を好かない。

 しかも性質が悪いことにヘレンはそれを承知の上でユラスの傍によってくる。

 粗暴なユラスのこめかみに血管が浮き出ているのを目が良い者なら分かっただろう。

「ヘレン、戯言は済んだか?」

「戯言とは酷いなあ」

 ユラスの静かな言葉にヘレンは己の白い手を額に添える。

「歴史を知らない者が歴史に名を残すことはない……青年王が悲願を達成できるように私は参考すべき例を挙げたのに」

「その言葉は一理ある。だが、それを今言う必要があるのか?」

 少し語気を荒げてユラスは問う。

「今の国の状況を知っているだろう。ヘレンは宰相としての為すべき仕事を行ったのか?」

 実はサンシャイン国。

 他国から攻められるという危機的状況となっている。

 相手国はサンシャイン国の北にあるカリス国。

 特筆すべき点がない中堅国だが、サンシャイン国の前身であるトート国の王族や重臣達を保護しており、彼らを理由にして何度も傭兵団を派遣していた。

 その度に撃退していたものの、今回は規模が違う。

 過去は数百人程度の規模の傭兵団を送り込んできたものの、度重なる失敗に業を煮やしたらしい。

 国庫を動かし総勢五千人の傭兵をかき集め、さらに正規軍である騎士団を投入。

 ユラスの最初の仕事はそのルスカ国の侵略をどう跳ね除けるかであった。

 通常なら国家存亡の危機だろう。

 が。

「ああ、これがトート国の最後の抵抗か」

 当事者の一人であるヘレンは他人事のように振る舞う。

「歴史はトート国をどう記すだろう? 単なる一国家として終わるか、それとも青年王を誕生させた国として残るか非常に気になる」

「相変わらず漫談のような評論だな」

 ヘレンの態度にユラスはそう皮肉る。

「勝つとはいえ攻められているのだぞ? 前国王が作った理想郷を僅かとはいえ踏み荒らされることに俺は我慢ならないんだが」

「フフフ、青年王は苛烈だねえ」

 サンシャイン国はそこまでの傭兵を雇えるほど財力がない。

 捻り出しても千程度。

数の上で負けているのになぜこのような話ができるかというと。

「青年王の名をここまで高めた相手に対して思うことはないのかい?」

 実はユラス=アルバーナ。

 前国王と出会う以前は、炎帝騎士団の前身である炎帝団という名の一介の傭兵団団長であった。

 傭兵団の中で生まれた子であるユラスは軍事に強く、サンシャイン国の戦闘面を一切賄う。

 具体例を挙げると、前国王が旗揚げした一地方での領主との戦闘から始まり、領主連合の撃退、トート国王との決戦そしてカリス国からの侵略を撃退。

 その華々しい戦果によって民衆からは英雄視されていた。

 閑話休題。

 ヘレンの言葉を皮切りにしてこの場に揃っていた者も語り始める。

「あいつ等も懲りんよな」

「大人しく諦めれば良いものを」

 ヘレンを始めとしたサンシャイン国の重臣達はこの戦に負けるとは考えていない。

 まあ、誰だってこちらの名を高めるだけだった存在になど脅威を感じないのは当然だろう。

「さすがはトート国。最後の最後まで青年王に貢献するとは」

「うむ、新しき王の誕生としてはこれほど良い戦果もないわ」

「五千もの軍隊を打ち破り、カリス国も併呑――うむ、良い」

 むしろ彼等は新しい王たるユラスに対する贈り物だと考えていた。

「――ごほん」

 俄かにざわついていた広場だが、ユラスの咳払いで静寂を取り戻す。

 猛獣を連想させる鋭い目つきで見回すだけでこの場の支配権を取り戻したユラス。

「この戦の大義は三つある」

 たっぷり時間を取ったユラスは重々しく口を開く。

「一つは民衆のため、奴らが侵攻によって嘆き悲しむ者を出してはならない」

 戦争は全てを破壊する。

 その日をささやかに生きることを望む健気な者を守らなければならない。

「二つはサンシャイン国の復活を世間に知らしめるため」

 前国王が崩御してから二年。

 その間内部の統制に忙しく、迎撃はしても越境しての追撃は行わなかった。

「そして三つめ、トート国に対する礼儀だ! 完膚なきまで叩きのめすことが奴らに対する誠意である!」

 ちりも残さない完全粉砕。

 余計な希望を抱かせず、絶望を与えることが彼らに対する唯一の慰めであった。

「出陣は明朝! それまでに全ての準備を整えるのだ!」

 戦争は軍部だけで行えない。

 ましてや王自らの出陣。

 王不在の間、不測の事態が起きようとも対応できる手筈を整えることが必須だった。

「承りました青年王」

 宰相であるヘレンが始めに臣下の礼を取る。

 瞳を閉じ、両手を合わせる姿勢を取るヘレンの姿は中々様になっていた。

「前国王が最も信頼した王のため、微力ながら使わせていただきましょう」

 ヘレンに続いて残りの臣下も同様の礼を取る。

 この場に揃った者が一様に忠誠を誓う。

 その光景は壮観であったが、ユラスは優越感など微塵も滲ませず、解散するよう手を振った。

炎帝騎士団の待機室。

王直属の騎士団であり、かつユラスの出身団なことからさぞかし豪勢だろうと人は想像するだろうが、実際目にするとそのギャップに面食らう。

だだっ広い部屋に置かれたいくつかのテーブル、酒瓶。

そして何故か奥の方にはカウンターが置かれ、酒棚の前に女将が立っていた。

簡単に言えば酒場である。

何故王宮に酒場があるのか。

その疑問は当然湧いてくるだろうが、これはユラスを炎帝騎士団の団員が望んだ作りだった。

「固苦しい小奇麗な部屋よりも下町の酒場の方が落ち着く」

 庶民や浪人出身が多い炎帝騎士団の嗜好から考えると当然の帰結だと言えるだろう。

 まあ、国が誇る最強の騎士団の控室が酒場というのは醜聞が悪いため、別室も用意してあるが、そこはほとんど使われていないことを追記しておこう。

 この日もそうである。

 ユラスが新国王として宣言した日も控室は多くの団員が詰めかけ、酒を飲んでいた。

 ガヤガヤと。

 いつもと変わらず盛況な控室。

 ドガシャン!

 注文の品を持ってきた従業員の尻を触ろうとし、逆に手を掴まれて背負い投げを決められる。

 二メートル弱の屈強な男が宙を舞い、テーブルが音を立てて粉砕された。

 舞い上がる酒と料理と土埃。

 その中で投げられた団員は空気をすべて吐き出し、痛みと呼吸困難で悶絶していた。

「……相変わらず馬鹿をやっているな」

 ドアがギイッと開き入ってくるは元団長ユラス=アルバーナ。

 彫りが深く、野性的な魅力を醸し出すユラスは腕を組み、鋭い目つきを緩める。

「何度も言うがお前達は国の誇りなのだぞ? そのことを弁えてほしい」

 言葉こそ立派だが、そう語るユラスの表情は柔らかい。

 団長として長年彼らを統率してきたユラスは団員のことを誰よりも把握しているため、本質的に変えるのは不可能だと知っているからだ。

 まあ、それでも一言苦言を呈さなければならないのが団長としての責務であった。

 だが、そんな形だけの注意など誰にも耳を貸さない。

 団員達は少し会釈しただけで酒の席に戻り、給仕もいそいそとテーブルの破片を片付け始めた。

 フリーダム。

 自由の極致と言える場面だろう。

「貴様ら! 何をやっておるか!」

 ただ、全員がそれで納得するわけがない。

 ユラスの後ろで影のように付き従っていた女性が一喝する。

「王のお言葉なのだぞ! それを無視するとは何事か!?」

 女性にしては身長が高く、百八十とユラスとほぼ同等。

 その引き締まったスレンダーな体型はまるで名匠が鍛えた刀。

 黒滝を連想させる腰まで伸ばしたポニーテールと、両方のもみあげには髪飾り。

 黒き眼光はユラスよりも鋭く、睨み付けられれば思わず身を竦ませてしまう。

 彼女の名は神凪翡翠。

 東に住む鬼族の一人である。

 鬼というのは人間よりも膂力が強く、一説には素手で鉄を引き裂くとされている。

 さらに彼らは着物と呼ばれる、ゆったりとした独特の作りの衣装を纏うのが通例だった。

 何も知らない者が翡翠と相対すれば有無を言わさず従うだろう。

 だが、ここにいる炎帝騎士団の団員達は何年も共にいた連中ばかり。

 この程度の威嚇などすでに慣れきっていた。

「おうおう、相変わらず固えなあ」

「そうだぜ、もっと楽にいこうや」

 口々に上がる冷やかしの声。

 全然届いていないと判断した翡翠は白い肌に血管を浮きだたせ、注意しようと口を開くが。

「そんな眉間にしわを寄せちゃあ団長から嫌われるぜえ」

「な、な、な……」

 ユラスのことを口に出されると途端に狼狽してしまった。

 実は翡翠。

 ユラスに惚れているのである。

 本人は必死に否定しているが、ユラスに対する態度を見れば一目瞭然。

 なので時折こう周りに囃しだされることがあった。

 このまま翡翠が団員達からからかわれるかと思いきや。

「――そろそろ本題に入っていいか?」

 ピンと。

 ユラスの低い声音に弛緩しきっていた空気が張り詰める。

 誤解のないよう断っておくが、今のユラスは決して怒っていない。

 ただ、純粋に話し出そうとしただけである。

「全員を解雇する」

 ユラスのその言葉は衝撃を持って受け止められる。

 何故そんなことをするのか。

 団員達は固唾飲んでユラスの次の言葉を待つ。

「トート国の連中が最後の悪あがきをしてきた」

 静まり返った控室にユラスの声が響く。

 今までだらけきっていた団員達は人が変わったように真剣な表情で聞いている。

「俺としてはこの時を持って過去の因縁を終わらせる」

 過去の因縁。

 それはトート国との争い。

 これまでは国境まで追い返すだけだったが、今回は違う。

 カリス国まで追撃し、国ごと残党を滅ぼす。

 今までの戦いとは違うことをユラスは言外に伝える。

「此度の戦、以前と同等に考えるな」

 過去は治安を守る者としての戦い。

 ゆえに民衆や村を守ることが目的であり、相手を殺す必要はなく、場合によっては助命・逃亡も許していた。

「俺は王となった」

 しかし、これからは王の軍隊としての戦。

 一旦拳を振り上げた場合、相手を完全に滅ぼすまで続けられる。

 如何に早期克服へ持っていけるか。

 そのためには多大な火力が必要となる。

 これまでの延長線上と捉える団員は必要なかった。

「お前達には二つの道がある」

 ユラスは両手を広げる。

「左は今まで通り、平和と安逸の日々。贔屓目でもなんでもなく今のお前達は一騎当千の猛者だ。どの傭兵団に所属しようとも相当優遇されるだろう」

 前団長が手塩にかけて育てた炎帝騎士団。

 その実力と名声は国の内外にも轟いていた。

「そして右は苛烈な地獄の日々。王の軍隊として時には鬼人となり悪魔にもなってもらう。いわば己の良心と倫理との戦いが待っている」

 相手を滅ぼす。

 泣きわめこうが命乞いしようが敵に与えるは死。

「五時間後、広場にて待つ」

 その覚悟を持つ者だけ広場に来いと。

 臆病者はさっさと去れという意味。

「俺からは何も言わない。ただ、己の信念に従えとだけ言おう」

 ゆっくりとユラスは背を向ける。

 翡翠も含め、全員に考えさせる。

 ユラスからすれば誰一人ついてこなくとも構わない。

 その時はユラスだけで出陣すればいいだけの話。

 はた目からには無謀なことこの上ないが、この信念がユラスの真骨頂でもあった。


「全員解雇とか何考えてんの?」

 王座に座っているユラスにそう尋ねるはエルフ族の宰相ヘレン=クルスマス。

 彼女はユラスの左側に立ちながら軽薄な言動を続ける。

「炎帝騎士団だけならまだしも、他の騎士団も同様に解雇するとか。もし炎帝騎士団以外は来なったらどうするの? まさかそのまま一騎士団のみで特攻を仕掛けるとかないよね?」

 整った相貌を崩しながらそう声をかけるヘレン。

 宰相とはいえ王に軽々しい口を叩きすぎだろうと思うかもしれないが、これがヘレンなためユラスも何も言わない。

 それどころかユラスは頬杖をつきながら答える。

 その声音に憤りの感情を含んでいないのは、ユラスが形式を嫌っているからであろう。

「その通りだ」

 事実、ユラスは炎帝騎士団すら来なくとも、一人で出陣する心構えであった。

「止めてよね、そんなことは」

 白い額に手を当てたヘレンは天を仰ぎ見る。

「新王に従うは直属の騎士団だけそんな醜聞は他国のいいもの笑いだよ」

 護衛も部下もいない。

 文字通り一人で成敗に向かう姿はコント以外何物でもないだろう。

「――それでよかろう」

 ユラスが何事か言う前にそう制するのは彼の右側に立つ鬼人――神凪翡翠。

「王の味方は我ら炎帝騎士団のみである」

 彼女はヘレンを親の敵を見るかのような視線を向けながらの言葉。

 その言動はヘレンを敵視していることがありありと見て取れた。

「おお、怖い怖い」

 切っ先をのど元に突き付けられる恐怖を味わっているはずなのにヘレンはその身体を抱え込むだけの仕草。

「……」

 そのおちゃらけた態度に翡翠が憤ったのは当然すぎる結果だった。

「ヘレン」

 これ以上進めると笑えない事態になると悟ったユラスは口をはさむ。

「カリス国の北にあるダースゴール帝国の動向はどうなっている?」

 軍事国家ダースベール帝国。

 武力を最上と考え、この東地方を武で統べんと考える国。

 ユラスとしては目の前のカリス国より遠方のダースベール帝国の方が関心の度合いが高かった。

「十中八九介入してくるね」

 あっさりと。

 他人事のように重大事項を口にする。

「……同盟を結んでいたでござろうか」

 此度のサンシャイン国侵攻において後ろから斬りつけられないように、カリス国はダースベール帝国と取引を行っていた。

 だからこそカリス国は大兵力を動員してきた。

「アッハッハ! 血に飢えた獣達が紙切れ一枚の約束なんて守るわけないじゃん。弱みを見せたら最後、躊躇なく襲い掛かってくるよあいつ等は」

「人の風上にも置けん奴らめ」

 ヘレンの言葉に翡翠は怒りに震える。

 義理と人情を尊ぶ鬼人である彼女からすると約束を反故にすることは許されないのである。

「辛いけどそれが現実なのよねえ」

 傍観者の如くヘレンは目を瞑ってそう結論付けた。

「……」

 二人の議論をよそにユラスはヘレンから齎された情報について吟味する。

 眉間にしわを寄せ、最善の道筋は何か考える。

 ダースベール帝国の介入。

 それが確定的ならユラスには二つの道がある。

 一つはこれまで通り短期決戦で臨むこと。

 侵攻部隊を撃破し、その余力を持ってカリス国の王都を攻め落とす。

 成功すれば絶大な威力を発揮するが、リスクが大きく、そして兵の損耗率も高いだろう。

 もう一つはダースベール帝国が介入するまで時間を稼ぐこと。

 国境付近に張り付き、相手を疲弊させる。

 この方法なら兵の消耗も少なく済む無難な選択であった。

「「……」」

 ユラスの沈黙に倣って二人は口をつぐむ。

 よく軽薄だと指摘されるヘレンだが、空気を読む術には長けている。

 でないと宰相に抜擢されることはないだろう。

 五分、十分と思考の海に沈んでいたユラスだが、徐に顔を上げ、出た結論が。

「――早急に王都を制圧するぞ」

 これまで通り、短期決戦であった。

「他の力をあてにした戦略など容易に破たんする、そして何よりそんな弱腰な態度で大陸統一など片腹痛い」

 ユラスの目的はあくまで大陸統一。

 一国の存続でもないし、レルムント地方の統一でもない。

 この程度の敵で臆するわけにはいかなかった。

「まあ、そう決断と思っていたけどねえ」

 意外にもヘレンは反対せず肯定的な態度を取る。

「なら私も政策を変えずにいくよ」

「どういう風の吹き回しでござるか?」

 ヘレンの言葉に疑問をさしはさんだのは翡翠。

「通常なら何だかんだ言って反対するであろうが」

「アハハ、それは否定しないよ」

 翡翠の指摘にヘレンは大声をあげて笑った後。

「けど、ダースベール帝国。あそこが幅を利かせるわけにはいかない」

 真剣な顔をしてそう言葉を紡ぐ。

 ダースベール帝国。

 そこは軍事国家であると同時に人間主義者でもある。

 すなわちエルフや鬼人といった他種族を差別し、虐待することを当然と捉えている節がある。

 エルフ族であるヘレンからすると、その国の台頭は何としてでも避けるべき事態だった。

「左様でござるか」

 翡翠はヘレンの本気を感じ取ったのだろう。

 これ以上何も言わず、口をつぐんだ。

「――時間だ」

 二人の会話が終わり、しばらく経った後ユラスは立ち上がる。

 きっかり五時間。

 頂点を占めていた太陽も山間に身を隠す黄昏時。

 生物が最も寂しさを感じる時間帯であった。

「万が一の事態も考え、解雇の対象ではなかった警護部隊を二個師団用意しておいたんだけど」

 テラスへと向かうユラスの後を追いかけるヘレンはそう口を開く。

 王としての体裁を考えたヘレンの行動。

 本当に一人での行軍はまずいので形だけでも王が兵を率いている様子を演出しようとしたらしい。

「――必要なかったよね」

 オオオオオオオオオ!!

 ヘレンの言葉などかき消すのは割れんばかりの怒号と歓声。

 炎帝騎士団だけでない。

 ユラスが解雇を告げた全騎士団が一人ももれなく集っていた。

 広場は人で溢れ返っている。

 ただ、昼間の集いと趣が違う。

 前者は貴賤や老若男女問わない集団。

 民衆がそれぞれの喜びを表現した結果だが、そこに未来を見いだせ、希望に胸を膨らませることが出来る。

 だが後者は全て統一されている。

 屈強な体格に洗練された装備、一糸乱れぬ団結力と物々しい雰囲気を醸し出す。

 例えるなら魔軍の結集。

 全てを画一に染めようとする意志がこれでもかというほど迸っていた。

「よく、全員欠けることなく集まった」

 ユラスは両手を広げて全員が揃ったことを称える。

「これをもってお前達は王直属の騎士団となる。つまり国の存亡はお前達の肩にかかっていると宣言しても過言ではない」

 ワアアアアアアアアア!!

 ユラスの演説に集った騎士団のボルテージは最高潮に達した。

 ユラスはしばらく口をつぐみ、少しだけ静まるのを待った後。

「そして! 王直属の騎士団として最初の命令を下す! 侵略者であるカリス国を滅ぼせ!」

 ユラスの頭の中にあるのは国境を侵略してきた一団でなく、その大本であるカリス国。

 一国を滅ぼせというのだ。

 通常なら身震いする命令だが、気分が高揚した面々にとっては相応しい内容だと考えていた。

 炎帝騎士団、そして他の騎士団。

 全身に誇りと決意を漲らせながら明朝出発した。



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