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業火

次かそのまた次で完結です。

「味方まで威嚇してどうすんの?」

 軽薄そうな口調でからかうのはヘレン――ではない。

「お気に召しませんでしたか?」

「冗談は時と場合を考えて欲しい。レンカ」

 ユラスが憮然とした態度を取った相手はレンカ。

「ヘレンなら同じようなことを言ったと思います」

 彼女は小首を傾げた姿勢でユラスを見つめる。

「まさか、そんなことは……やりかねんな」

 ユラスの目に浮かんだのは、狙って空気をぶちこそうとするヘレンの笑顔。

 その事実を思い出したユラスはますます顰め面を作る。

「で、何の用だ? まさか俺に脱力させるためだけに来たのでは……まあ、それだけでも十分嬉しいな」

 レンカのボケで気付いたが、自分はヘレンが死んでから知らず気が張っていたようだ。

 硬直した思考が解き解されたと表現した方が正しいか。

「ご苦労だったレンカ、褒めて遣わす」

 と、今のユラスは皮肉や冗談を言えるほど心に余裕が出来ていた。

「もちろんそれだけではありませんよ」

 当然レンカは否定する。

「この先。そう、大陸統一を成し遂げたユラスはどうするつもりなのです?」

「仮定を前提にして予測を述べるのは好かない」

 レンカの問いかけにユラスは首を振る。

 現実主義者のユラスは希望的予測や憶測に基づいた未来を語るのを厭う。

 未来というのは今を越えなければあり得なく、戦場に長らく身を置いてきたユラスなら当然の思考といえるだろう。

 ただ――

「すでに山場は越えました、大陸統一という流れはもう止められません。例えユラスが成し遂げられなくとも、近い将来誰かが実現するでしょう」

 歴史的予測。

 すなわち超長期的視野があるレンカの瞳は百年または二百年先の未来が見えている。

「ゆえにユラス=アルバーナ。大陸統一の後はどうするつもりですか?」

「……」

 レンカの真摯な問いかけにユラスは笑みを浮かべる。

 それは挑発的な類でなく、全く逆の、尊敬の念を込めた表情。

 まるで故国から遠く離れた地まで来た旅人が、国旗を見つけた時の感情と同じだった。

「……最近風邪が流行っている」

 ユラスは巨大な玉座に寝そべる。

「風邪は本当に恐ろしい。何故なら老若男女貴賤正邪問わず平等にかかるからな」

 それきりユラスは語ろうとしない。

 幾ばくかの時間が過ぎても彼は何も、身じろぎ一つしなかった。

「そうですか」

 何かを悟ったレンカはその場で一礼する。

「ご無理をされないよう。せめて悲願が現実となる日まで安静にするよう願います」

 そうしてレンカは去っていく。

 残されたユラスはしばらくじっとした後。

「ゴホンっ」

 口を押えて咳を一つした。

「ふむ……」

 もし、この場に翡翠やステラステラがいたら卒倒しただろう。

「赤いな」

 何せユラスの手には血の混じった唾が付着していたのだから。


「ご足労、光栄でございます陛下」

「よい、リーエンノール。そう畏まるな、肩が凝る」

 レラクの陣中。

 セイルバインとその同盟国と戦闘を繰り広げている最中にユラスがやってきた。

「巷では陛下が病に侵されているとされ、兵が弱気になっております。陛下、確認したいのですが、その噂は本当なのでしょうか?」

「兵が弱気になったのは済まなかった。後で俺自ら兵を鼓舞しよう……が、王であるレラク自身が何ともないのに兵の士気が下がるというのはどういうことだ?」

 レラクはすでにこの一帯を治める王。

 無事息災なのに兵を不安にさせる事実にユラスは目くじらを立てる。

「まだまだ新米なのです。どうか長い目で見てやってください」

 その辺りはリーエンノールも承知しているのだろう。

 平身低頭の姿勢でレラクを庇った。

「戦況はどうだ?」

「は、現在のところ優勢であります」

 騎士の国、セイルバインと戦うだけあり、レラクには全兵力の三割と最も数を集めている。

 さらに屈強な者を選抜して送ったことから、もし他の国なら一息で制圧できるであろう軍事力がレラクの下に集まっていた、が。

「現在のところは……つまりこれから厳しくなるのだな?」

「その通りです」

 ユラスの指摘にリーエンノールは包み隠さず実情を話し始める。

「セイルバインはとうとう本腰を入れ、大陸最強ともいえる騎士団の投入を検討しています。数ではこちらが勝っていますが質は向こうが上。苦戦は避けられませんし、何よりその被害は今後に大きく影を落とします」

 戦術に負けて戦略に負けるか。

 それとも戦術に勝って戦略で負けるか。

 極限の二択を突き付けられているとリーエンノールは白状した。

「……」

 それを聞いたユラスは黙り込む。

 その表情は痛みを覚悟するような顔でない。

 勝利の突破口を開こうと思索している顔であった。

「ここら辺は谷になっているな」

 地図に目を落としたユラスはある一点を指さす。

「はい、そこは両脇を岸壁に囲まれ道は狭く、挟撃するのに絶好の場所です。ただ……」

「むざむざそこに誘い込めるほど敵は馬鹿でないってか」

 言いよどんだリーエンノールの言葉からユラスは彼の真意を理解した。

「……慢心というのはそう簡単に克服できる感情ではない」

 唐突にユラスは語り始める。

「いわんや大陸最強等、世間から称賛されている者ほど抗うのは困難。さらに敵が逃げているのなら当然と言える」

「……」

 一体ユラスは何を言わんとしているのか。

 リーエンノールは全神経を集中して次の言葉を待つ。

「二十回敗けろ」

 ユラスはとんでもない言葉を口にする。

「二十回敗けて敵を慢心させ、この場所へと誘い込め」

 一回や二回ではない。

 二十回も敗北を重ねろという前代未聞の命令。

「そこまで敗けてもなお兵が忠誠心を保てるでしょうか?」

 敗北が続くと兵は将の資質を疑い出す。

 兵が疑心暗鬼に陥ると軍は弱体化、烏合の衆と化してしまう。

「それを纏めるのが王だ!」

 ユラスは間髪入れずそう叫んだ。

「それぐらい出来なくてどうする!? 絶対に勝てるから? 得をするから? そんな事柄がなければ務まらない王など要らん! 即刻消えさ……ゴホッゴホッ」

「陛下!」

 リーエンノールが思わず立ち上がったのは、ユラスが突如急き込んだから。

「ああ、すまない。少し興奮してしまった」

 ユラスはそうはにかむが、リーエンノールの表情は晴れない。

 何故ならユラスは隠しているが、その手のひらには喀血の跡が色濃く残っているからである。

「勝ち戦なら誰であろうとも王が務まる。真価が発揮されるのは窮地に陥った時だ。死が待っていようとも兵を、民を結束できるがゆえに名君。そしてレラクなら出来るだろう。俺とお前が期待したレラクならな」

 ユラスはレラクの可能性に賭けた。

 もしレラクがユラスの望み通りならこの困難を跳ね返せるという期待。

「断っておくがリーエンノール。お前に拒否権はないぞ? あるのはレラク本人だけだ。もし奴が拒否したら俺がやる」

 病に蝕まれていながらも全身を圧倒してくる覇気。

 現大陸最強とされるユラスの眼光を受けたリーエンノールの心境は如何ばかりだったのか。

 それは想像する他になかった。


「しばらくぶりというところか?」

 あくる日。

 ユラスの姿はモルシドールの国境付近にあった。

「ステラステラ、悪いな。中々会えなくて。夫として心苦しく思う」

「お気にすることはございません。何せ陛下は天上の君子、軽々しく接すると威光が下がります」

 ユラスの謝罪にステラステラは快く許す。

 本心は、何時如何なる時も傍にいたいのだが、それはユラスの望むところでなかった。

「陛下は兵達を慰撫したいのでしょうが、我らの軍の兵士は陛下に対する忠誠心は絶大、お目通りだけで歓喜の涙を流すでしょう」

 これもステラステラの方便。

 病に侵されたユラスに演説をさせてしまえば彼の寿命を縮めてしまいかねない。

 天秤にかけた結果、ステラステラはユラスの健康を気遣った。

「お詫びと言っては何だが、これをステラステラに贈ろう」

 ユラスが差し出したのは白銀の杖。

 とある高名なネクロマンサーが使用していたという逸品である。

 呪いが込められているが、ステラステラには制御できるだろうとユラスは考えている。

「ありがたく頂戴します」

 ユラスの贈り物にステラステラはうっとりと目を細め、その杖を腰に差した。

「翡翠にも会いたいのだが……どこへ行った?」

「ああ、暴力女なら――」

「根暗女の詐欺によって遠方に行きそうになったところを寸でのところで気付き、ここにいます」

 か細いながらも呪怨めいた声音を放つ女がそこにいた。

「ステラステラ、よくも陛下の来る日をわざと間違って伝え、拙者を遠くへ行かせようとしましたな?」

「そうですか、それは失礼しました」

 翡翠はそう弾劾するが、当の本人はまったく気にしていない。

 それどころか残念そうに舌打ちする始末である。

「よくお気づきになられましたね?」

「今日が結婚記念日でなければ騙されておったな。何せ陛下は毎年この日は必ず顔を見せているでござる」

 ステラステラの謀略を見抜いたのはその記念日のおかげらしい。

「ゴホンッ、丁度良いところに来たな」

 険悪になった場の空気を変えるためユラスは咳払いした。

「翡翠にも黒刀の贈り物があるのだが、それは後回しにしよう……さて、戦況はどうなっている?」

 その言葉に翡翠はお預けを食らった子犬のような眼をしたが、ステラステラは翡翠のことなどお構いなしにして説明を始める。

「モルシドールを中心とした同盟国を攻めている私達ですが、向こうの機動力に翻弄されているのが実情です」

 遊牧民で構成された移動国家モルシドール。

 非戦闘員に至るまで馬の扱い方がうまく、その機動力に有効な手立てを打てていないようである。

「本拠地を落とすのが良いのですが、残念ながら移動式ゆえ補足が困難です」

「なるほどな」

 ユラスはステラステラの指を追っていく。

 ここに首都があるかと思えばいつの間にかここにある。

 人も物も都も全て流動性であった。

「地図上には橋がいくつかあるな」

 ユラスは何カ所か指を差していく。

「それを焼き払えば機動力を大分削げるのではないか?」

「そうなのですが、橋は簡易式ゆえ三日もあれば修復してしまいます」

「それでも相手にとっては不愉快な出来事では?」

「それはそうですが……」

 ユラスの更なる問いかけに肯定の意を示すステラステラ。

 煮え切らない態度には何か訳があるのだろう。

「よし、橋を壊す部隊を特別に編成しろ。彼らは橋を壊すことが専門、つまり戦闘に加わる必要はない」

「はあ……」

「その部隊の兵は赤服と赤旗を授けろ。出来ればモルシドールの奴らに橋を壊す場面を見せるのが理想。そうしていけば奴らは徐々に赤服を着た連中を目の敵にするだろう」

「うーん……」

「そして各個撃破。奴らの怒りが一定に達したら翡翠達は赤服を着てある場所に待機していろ……そう、罠がたっぷり仕掛けられた場所にな……って、ステラステラ。言いたいことがあるならハッキリ言え」

 さすがのユラスもステラステラの態度がおかしいことに気付いた。

「実は夫よ。その策はステラステラも考え付いていたのでござる」

 言い難そうなステラステラに代わって翡翠が口を開く。

「が、それは立ち消えとなった。何故なら標的となる橋は民も頻繁に使用しておる橋ばかり。勝ったとしても民からの信頼は得られんという判断でござる」

 ステラステラが見ているのはユラスのような戦局ではない。

 どちらかというとヘレンと同じく戦後まで視野に入れた戦略である。

「なるほどな……そういうことか」

 納得したユラスは素直に感心し。

「済まなかった。お前の方が正しい」

 己の非を認め、率直に詫びた。

「振出しに戻ってしまったな」

 ユラスはもう一度地図を見る。

 民に迷惑がかからない策とは何なのか。

 ユラスは地図と国の気質、第二軍の部下達の性格等をもう一度吟味した。

「……むしろ逆にするか」

 ポツリとユラスは呟く。

「橋を落とし、罠を仕掛けると民から憎悪される。ならば逆に、道を作り橋を架ける」

「どういうことでござるか?」

「……」

 ユラスの言葉にステラステラは沈黙し、翡翠が尋ねる。

「モルシドールを始めとした草原地帯の交通の便を更によくする。具体的には道路と橋を網羅上に覆う」

 ユラスは地図の中心に指を置き、放射線状に描いてみせた。

「敵の機動力をさらに上げてどうするつもりござろうか?」

 何故敵に塩を送るような真似をするのかと翡翠は問う。

「こちらもその恩恵を受けます」

 翡翠に答えるのはユラスでなくステラステラ。

 彼女は思考を吟味するかのようにゆったりとした口調で続ける。

「何も目印がない広大な草原地帯を舞台に騎兵を追うのは至難の業です。が、区画整理を行うことによってどの箇所が襲撃されたのか、何時行われたのかを察知できるようになります。すると捕捉率は劇的に上がります……なるほど! それは名案です!」

 聡いステラステラは全てを察知して膝を打った。

 ユラスが行おうとしているのは環境の変更。

 何も相手が慣れ親しんできたフィールドの上で戦う必要はない。

 こちらの得意分野。

 すなわち経済力と人材力を持つ方が有利な舞台を作ればよい。

「全領域を覆うにあたって必要な費用と年月の見積書を作成しろ。後、サンシャインからも人と資金は援助するが、将来的にはお前達がモルシドールを始めとしたこの地域を統括する。ゆえに国民に不便を強いらない計画を頼む。女王としてな」

 モルシドールとどの同盟国を支配するのは翡翠とステラステラ。

 女王として君臨してもらうのがユラスの願いである。

「拙者としては我が子を王に立てたい」

「同感です」

 が、問題なのは翡翠とステラステラの子供。

 双方ともユラスの血を受け継いでいるが故、跡目争いの火種が残る。

 その難題に対してユラスは肩を竦めて。

「将来的に王という称号は無くなり、代わってリーダーが誕生する」

 そんな言葉を紡ぎ始める。

「無知蒙昧な民を従えるのに王は必須だが、教育を受けた賢明な民だと王は不要。導き手となるリーダーは嘱望される」

 話しながらユラスは亡き前国王の言葉が脳裏をよぎる。

 前国王は王という称号に軽蔑を抱き、早く民が自分で判断し責任を負える時代が来ることを願っていた。

 ユラスの代では無理だろう。

 だが、その次の時代なら可能性はあるとユラスは似合わぬ淡い希望を抱いていた。


 コツ、コツ、コツ。

 魔法国家マジャスティス及びの同盟国を攻める作戦司令城にユラスの姿はあった。

 見た目こそ変化はないものの、左手に持った杖の存在がユラスの現状を表している。

 体力の低下によってユラスは杖なしだと満足に歩けなくなっていた。

「邪魔するぞ」

 最上階に辿り着いたユラスはノックもそこそこに扉を上げる。

 なお、ユラスは単身であり介助者は見当たらない。

 これはユラスの意向であり、なるべく他人の力を使わずに済ませたい彼の希望をかなえた結果であった。

「お待ちしておりました」

「ご足労ありがとうございます」

 出迎えたのはマージルードとヴァイスガールといった方面責任者。

 その二人以外誰もいないことを鑑みると、この集まりは最高機密に属するのだろう。

「疲れた、茶をくれ」

 ユラスは最も身近にあった椅子に腰かけて大きく息を吐く。

 表情こそ、長距離散歩を終えた運動不足気味の痩せぎすな壮年の顔。

 その顔の裏に潜む真意はユラス以外誰もわからなかった。

「レラクがセイルバインをほぼ手中に収めたことは知っているな?」

 ユラスは二人にそう問いかける。

「六大王の中でレラクが一番乗り。その事実に焦っているわけではないよな?」

 ここ最近マジャスティスの攻略方法が荒っぽい。

 現在こそ問題はないものの、放置しておけば必ず大きな失敗を犯すと判断したユラスは病身を推してでもここまで来た。

「謝罪は必要ない」

 沈黙した二人にユラスはそうフォローする。

「己の過ちに気付いたら以後気を付けて欲しい。マージルードは女王、そしてヴァイスガールは宰相となる……最高責任者を諌められるのは己だけだぞ?」

 二人も将来誰にも指図されない立場に就く。

 そこを鑑みると些細なことでも注意せざるを得ないユラスである。

「申し訳ありません」

「以後、気を付けます」

 二人は率直に非を認めたことによってユラスは安心し、一つ頷いてこの議題を終わらせる。

「ただ、それを差し引いてもマジャスティスの攻略が遅れているな」

 ユラスは地図に目を落とす。

 半年前まではレラクに劣らない順調な攻め具合だったのだが、最近その速度が急激に落ちていた。

「戦略に問題が発生しまして」

 説明が得意なヴァイスガールが現状を話し始める。

「魔法というのは時が経つにつれ独自流派が増え、互いの意思疎通が困難となるのです」

 例えるなら剣術の流派。

 最初は同じ看板門下生だが、時が経って腕が上がると独立心が芽生え、新たな看板を掲げる。

 その際に優秀な門下生を何人か引き抜くので当然仲が悪くなる。

 それを数百年、何十もの流派で行われたら誰もその全容を把握できなくなるのは当然だと言えよう。

「それは分かっている。ゆえに各個撃破が当初の戦略だったはずだが」

 バラバラに分裂しているなら話は早い。

 如何に質の高い魔法を使われようとも量はこちらが圧倒的に上。

 一つずつ潰していくのが根本的な方針だった。

「実は陛下。マジャスティス所属の魔導士たちが団結し始めたのです」

「何?」

 マージルードの言葉にユラスは目を吊り上げる。

「私達の侵攻に長老達は危機感を持ち、多少の違いは目を瞑って協力関係を結びました。この協力関係の出現はマクルガラン大帝による侵攻以来です」

「馬鹿が、それをさせないのがヴァイスガールの仕事だろうが。お前はマクルガラン大帝が何故統一できなかったのか学んでいなかったのか?」

「……申し訳ありません」

 ユラスの叱責にヴァイスガールは項垂れる。

 この事態に彼も責任を感じているのだろう。

「だから俺に謝るなと。謝るのは不甲斐無い自分自身だろうが。何度も言う様にお前達は誰からも指図を受け無くなるんだぞ?」

 それゆえユラスは部下を叱責する王としてでなく、息子に教える厳父の如き態度でそう教えた。

「仕方ない、戦略を変更するか」

 と、ユラスは何でもない風に宣言する。

「こちらが撲滅した魔導士のみが使える術式の公開。そこに住む民衆が扱えるよう分かり易く流布しろ」

 マジャスティスは一種の選民思想に染まっている。

 すなわち魔導士が人であり、力を持たないは家畜としか考えていない節がある。

「更なる反発が予想されますが」

 特権を奪われる屈辱は並大抵のものではない。

 ますます結束が固まり、突き崩すのが困難となる。

「ヴァイスガール、国の基本は何だ? 魔法か?」

「いえ……王です」

「違う、民だ。王は民から生まれるが、逆はない。つまり王も魔法も民がいるから存在できる」

「つまりマジャスティスに住まう民の意識を変えるわけですね?」

 ヴァイスガールの言葉にユラスは我が意を得たように頷く。

「その通りだ。もし俺達サンシャインが勝てば自分達も魔法が使える――そう民に思わせれば簡単に攻略できるだろう」

 古今東西民を敵に回して存続した国家はない。

 例え悠久から伝わる魔法を扱えていてもその法則からは逃れられない。

「攻略にどれほど時間が必要かはマージルードとヴァイスガール双方の働きによる。マージルードは引き続き戦闘面を担当、速やかに敵を無力化させること。そしてヴァイスガールは謀略面。敵の魔法を奪い、それを広く流布しろ」

 忽ちのうちに戦略を作り上げたユラス。

 その様は二人にユラスは病気によって満身創痍だが軍事的才能は健在だと思わせるに十分だった。

「何度も言う様に功を焦る必要も、俺の存命中に成し遂げる必要もない。考えることは確実な任務遂行、特にマクルガラン大帝を手こずらせたマジャスティスにはな」

 と、ユラスは二人を注意したが、その言葉は二人の耳に入らなかった。

 何としてでも間に合わせて見せる。

 その決意に体中が満たされていたから。


「素晴らしいぞ、フランドール」

 開口一番ユラスは眼前の少女にそう言い放つ。

 その少女の名はフランドール=リレンスタール、魔族となった娘。

 彼女とバロッサは宗教国家セイクリッドの攻略を任されていた。

 信心によって団結しているだけあり、殉教すら厭わない。

 文字通り死すら恐れない軍隊であり、粘り強さならセイルバインよりも上回っていた。

 字面こそ褒めているものの、額面通り受け取ることはできない。

 何せフランドールは目に涙を湛えて俯き、バロッサはどうしたら良いのか分からず途方に暮れ、そしてユラスは冷ややかな視線をフランドールに送っていたからである。

「本当に魔族の恥を大陸中に広めるとはな。あまりに素晴らしすぎるので思わず俺が出てきてしまった」

 車いすに腰掛けたユラスは淡々とした口調でフランドールをそう皮肉くる。

 責める様子も怒り狂う様子もユラスは見せない。

 そのことが彼の怒りの大きさを端的に表していた。

「フランドール、お前が立てた戦略をもう一度説明してほしい」

「……私の力によって幹部を操り、信者を不安にさせて国を乗っ取る戦略です」

 信仰によって団結しているならそれを狂わせてしまえばよい。

 高い地位にある聖職者を操り、無茶苦茶な命令を出して信者を不安に陥れ、その隙に乗じて乗っ取るのがフランドールの立てた戦略だった。

「で、結果は?」

「看破され、ますます反サンシャインとして結束しています」

 途中まで上手くいっていたが、結局フランドールの目論見は気付かれてしまい、セイクリッドの団結を固める結果となってしまった。

「ああ、そうだよな。おかげでここだけでなく、他の六大王まで影響が出ているほどだ!」

 この失敗の影響がセイクリッド単体ならユラスが出張ることはない。

 つまり彼が来たということは、他の地域まで伝播してしまったからである。

「例を挙げれば翡翠が攻略中のモルシドール。ようやく敵が降伏するところだったのに、お前の件で流れてしまったんだぞ」

 フランドールの謀略の失敗によってサンシャイン国の大義が下落。

 レラクや翡翠達の攻略速度が大きく落ちていた。

「大将よ、あまりお嬢を責めないでほしい」

 烈火の如く怒りに触れ悲惨な顔つきにまでなってしまったフランドールをバロッサが仲介に入る。

「お嬢は一生懸命やったんだぜ」

「それは理解している。が、軍事においては結果がすべてだ。その意味でいくとフランドールは最低でも更迭、死罪すら避けられない罪を犯している」

 信賞必罰。

その原理に則るとフランドールに厳罰は避けられない。

「が、それまでの功績も無駄に出来ん」

ここでユラスは車いすに体を預けて一呼吸入れた。

「よって救済措置を行おう……少なくとも同盟国のいくつかは落としたのだよな?」

「ああ、その通りだぜ」

 答えられなくなったフランドールの代わりにバロッサが頷く。

「それらの国々は僧侶が腐っていたからな、俺達が仕掛けなくとも遅かれ早かれ滅亡していたと思うな」

「なるほどな……」

 バロッサの情報にユラスは顎に手を当てる。

 この状況からどう挽回するのか必死で思考を回転させる。

「よし、カナリア地帯を含め、様々な宗教や文化を流布させろ。祭りや風俗といったあらゆるものを落とした国々になだれ込ませるんだ」

「何でそんなことをするんだ?」

「まずは住民の誤解を解く。セイクリッドの世界しか知らない彼らに別の世界があることを教えるんだ」

 彼らは一つの世界で生きている。

 その世界は強固なゆえに団結心を生み、崩すのに多大な量力を要する。

「本来なら国家と宗教を切り離したかったのだが、誰かのせいで不可能となったからな?」

「……」

 ユラスの目論見は完全なる政教分離。

 が、フランドールの失敗によって叶わなくなり、やむなく国家と宗教との関係には手を付けなかった。

「まずは猜疑心に固まった住民の心を解きほぐす。もし失敗したらどうなるのか分かっているよな? フランドール?」

 次はない、死んでもらう。

 言葉にせずともユラスはそう訴え、フランドールは震えながらもそれを了承した。


もうしばらくお付き合い下さい。

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