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Hacker  作者: 游雲
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17/22

17.ナルセエリコ

 絵理子は自分のPCを霧旗のPCに接続すると、同じ画面が現れた。

 田川が横から霧旗のPCの画面をのぞきこんで尋ねた。

「どこのソフトですか?」

「これはぼくが作ったログ解析のソフトだよ」

 と、霧旗が答えた。15分ほどで画面が止まった。霧旗はアクセスログの分析を始めた。

「早い…」

 田川は感嘆していた。


「このソフトはすべてのログを吐き出すのではなく、外部からの侵入者を特定し、その侵入者のログだけを絞り込んで吐き出すようにしてるんだ」

 絵理子も自分のPCに表示されているログを読み込んだ。4月30日の外部からの侵入のログがリストになって画面に表示されている。

 4月30日は帝都銀行のホームページが書き換えられた日だ。

 霧旗はログを読んで、田川に伝えた。

「このログを見ると4月30日の午後11時07分にファイアウォールにアクセスしているね。その後、午前1時58分にセキュリティホールから侵入している。その後2時05分にはHTTPサーバーに到達し、それからトップページのHTMLの画面コードを書き換えている。書き換えの終了が2時27分だからかなり早いスピードで仕事を済ませている。これは最初からホームページを書き換えることを意図していて、差し替える別のホームページもあらかじめ準備していたんだね。そして、2時43分には引き上げている」

 さらに霧旗はログの解析を続けた。

「2時10分にはバックドアを設置しているね。この前『帝都クレジット』の事件で指摘したやつだ」

 絵理子も同じログを目で追った。

「これは金曜日に削除したものね」

「そうだ」

「2時27分から43分までは何をしていたのかしら」

 霧旗はキーボードを叩いてログをさらに詳細に読み込んだ。

「奴はUSERリストを閲覧に行ってる」

「それじゃあ…」

「そうだよ。奴は『なりすまし』ている。外部の侵入のログはこの4月30日のものだけしかヒットしなかったから、それ以降はUSERリストの誰かになりすまして侵入を繰り返していたんだろう」

 田川が横から口をはさんだ。

「霧旗さんに金曜日にバックドアを見つけてもらってから、外部からの不審者の侵入のログを追っていたのですが何も見つからなくて、侵入されていないと思っていました」

「『なりすまし』をしているから、外部の侵入者ではなく、内部の人間としてアクセスしている。それじゃ見つからないよ。いくらセキュリティホールにパッチを手当てしても意味がない。奴はいつでも『なりすまし』て侵入できる」

「4月30日以降も侵入している可能性が高いんですね」

「たぶん間違いない」

 霧旗は別のプログラムを立ち上げた。

「不審なUSERを調べてみよう」

「どうやって調べるんですか?」

「このUSERリストを見てるということは、上位権限が付与されていて、あまり使うことがないUSER。しかもこの数日に頻繁に使われているものかな」

 霧旗はキーボードを叩いて、USERをしぼりこんでいった。

「あははは」

 突然、霧旗が笑い出した。

「峻、どうしたの?」

「エリー、奴は『ナルセエリコ』つまり、あなたのIDを使ってあなたになりすましている」

「えっ、なんですって?」

 絵理子は驚いてPCの画面をみた。

「上位権限がついていてどこにでもアクセスできる。しかも退職しているから重複することはない。まさにぴったりのUSERだ」

 霧旗は田川に向かって、

「退職者のIDの管理はどんなふうにやっているんだい?」

「退職してから2ヵ月後に削除するルールです」

「じゃあ3月末に退職した成瀬さんのIDはまだ生きてるんだね」

「そうです」

「削除までずいぶん時間がかかるんだなあ」

「ええ、退職者のリストが1ヵ月後に人事から配信されて、それから作業に入りますから」

「大企業だからしかたないか。それにしてもお粗末だな」

 霧旗は今度は『ナルセエリコ』のIDに絞ってログの解析を始めた。

 画面にはまたログがリストとなって表示された。

「ええっと、最初は5月2日の午後11時02分にログインしているね。このときは、まずWebサーバーに立ち寄っている。たぶん、フィッシング詐欺で盗んだIDを確認しに行ったんだろう。それから、メールサーバーに立ち寄ってる。そして午後11時57分にログアウトしている」

「やっぱり私になりすましていたのね」

 絵理子は口惜しそうな声をあげた。

「エリー、きみが悪いわけじゃないさ」

「翌日の5月3日も午後11時03分にログインしている。おなじようにWebサーバーに立ち寄ったあと、今度は各部署の共有フォルダにアクセスしている。すごいな、あちこち動き回ってるよ。そして午後11時51分にログアウトしてる」

 霧旗は、画面を追いながら驚きの声をあげた。

「しかしまあ、こいつはいろんなところを訪問しているな。見ている限りでは行き当たりばったりの感じがする」

「それはそうよ。この一月に帝都と東西のシステムを統合するときに、両方のメインシステムを残したまま統合しているから、ホストの中は迷路みたいになっているわ。オペレーターだって迷うことがあるくらいよ」

「問題の顧客データには5月6日の午後11時15分にアクセスしている。顧客データをコピーしているログも残ってるからまちがいないね。こいつが脅迫している犯人だろう」

「やっぱりオクトパスかしら」

「たぶん。これだけのスキルをもった奴はそうはいない」

「このログを見ると毎日午後11時に侵入してきているわね」

「その時間が一番ひまなんだろう」

「昼間は働いているってことかもしれないわ」

「どうかな…ハッカーは夜行性の人間が多いからね。それに日本にいるとは限らないでしょ。ニューヨークにいれば午前10時ごろだろ」

「でも脅迫状とUSBメモリが送られてきた封筒の消印は千代田区になっていたわ」

「えらい。よく見てたね。そう考えると日本にいると考えるのが自然だね」

 それを聞いて仁科部長が、霧旗に尋ねた。

「USBメモリは送られてきたのか?」

「仁科部長は知らなかったんですか?」

「いや知らなかった」

「おかしいと思いませんか?」

「何がだね?」

「わざわざUSBメモリを郵送で送りつけてきたことですよ。テキストデータにすればメールで十分なのに」

「発信先がバレると思ったんだろう」

「まさか。だってホストDBに侵入するのくらいの奴ですよ。発信先を隠滅するくらい朝飯前だと思いませんか?」

「それはそうだな」

 霧旗はさらにログを見ながら、腕組みをして考え込んでいた。

「おかしい。昨日の午後11時にも侵入している」

「どうしておかしいの?」

「顧客データをコピーして脅迫をすれば目的は達成しているんじゃないのかな。あとは金の受け渡しを指示すればいい。自分の足取りがばれないように警戒して以後はアクセスしないのが普通じゃないかな」

「そうね」

「そうでなければ、よほどつかまらない自信があるんだな」

 霧旗は『ナルセエリコ』のログを最後まで見終わると、立ち上がり背伸びをした。

「この調子だと、たぶん今日も午後11時前後に侵入してくるはず」

 絵理子は時計を見た。午後5時を少し過ぎていた。あと6時間後だ。

「さてと、じゃあとりあえずの調査はこれくらいにして、ちょっと出かけて来てもいいかな?」

「どこへ行くの?」

「合コン」

「合コン?」

「ほら、金曜日に『帝都クレジット』で前の席に座っていたロングヘアーの女の子。今日合コンをする約束をしたんだ」

「まあ、あきれた!今どういう状況かわかってるの?」

「大丈夫、11時までには必ずもどってくるから。もし緊急事態でも起きたら携帯に電話ちょうだい。たぶん11時までは何もないと思うけど。それからエリーも夕食をしっかり食べておいてね。今日は徹夜になるかもしれないから。それじゃあ」

 あっけにとられた絵理子を残して、霧旗はジャケットを羽織るとさっさと出て行った。

「かっこいいなあ」

 田川は出て行く霧旗の背中を見ながら腕組みをして感心していた。

「何を言ってるの!私には信じられないわ」

 絵理子はイライラしていた。

「でも、この数時間のうちに侵入者を特定して、侵入経路まで判明させたんですよ。私たちが一週間かかってできなかったことをあっという間に終わらせてしまった」

「それはそうかもしれないけど。不謹慎よ」

 そういう絵理子を見て、まあまあと仁科部長がなだめて、食事に誘った。

「霧旗くんの言うとおり、十一時までは時間がある。田川くんたちに今の偽『ナルセエリコ』の足取りの調査を任せよう。近くにイタリアンのおいしい店ができたからどうだね?」

「ありがとうございます」

 田川たちが再び調査を始めるのを確認して、仁科部長と絵理子は十階のオペレーションルームを出た


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