第39話 真名
ロボティクス戦記編(シキside)
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ピッ ピッ ピッ
「それじゃあ、さっきの爆発の衝撃で、忘れていた記憶を取り戻したってことか…」
「うん…たぶんそう…オオカミからでてきた姉さんを見たときは、本当に全く知らない人に思えてたから…」
リオンを治療する救護カプセルの横にちょこんと座る弟とシキは話していた。
リオンの周りには、同様に救急カプセルが大量に並んでいる。
どれも、戦いで負傷した人間だった。停戦が結ばれ、不在心の艦隊は地球に降りたが、どの船にもこの救護カプセルが搭載されていた。不在心はずっと、戦いで傷ついた敵をこうして助けていたのだった。
「どうして…忘れていたんだろう…こんなに、大切な人を」
「……君は…ごめん、名前は何だっけ、さっき呼ばれていた?」
「…レイン…みんなにはそう呼ばれていたよ、元の国では。本当の名前はもっと長いけどね」
「それ、リオンも言ってたな」
「…あなたは姉さんと親しいの?」
「親しいと言うか…リオンのいた国で少し、世話になっていて。なりゆきで今こうして一緒に居るって言い方が正しいのかな」
「そっか、じゃあ僕が居なくなったあと姉さんがどうしていたかは、聞いても分からないかな」
シキは少し考えたが、自分がリオンやエルフの族長から聞いた話をそのままレインに話して聞かせた。
レインは真剣な顔でそれを聞いていた。
「僕はあの時、姉さんを助けたかった一心で、ドラゴンを呼んだ」
「そのことについて聞きたいことがあったんだけど…呼べたってことは、君はそのドラゴンの真名を知っていたってことだよね」
「…お兄さん召喚士なの?」
「…見えないかな」
「見えないね」
リオンは初めてそこで少しだけ笑った。
「僕は、魂の宿った者ならば何でも召喚できる。そういう召喚士だった。召喚するとき真名を知らなくとも、問いかければ向こうが答えてくれた」
「問いかける?」
「ペンタクルを描くでしょ?僕のそれはちょっと特別でね。描いた後、心で問うんだ『我が真名を教える代わりに君の真名を教えてくれ』って。そしてそのとき召喚したいものを心で思い描く。ドラゴンの時は”とにかくとてつもなく大きくて強い、さいきょうの悪魔を”って思った」
「さいきょうの悪魔…それがあのドラゴンか…ちなみにその真名は?」
「……ウシュムガル・デイ・アーリマ・クァレム・キマリス」
リオンは名前を諳んじた。
シキはエマが戦った真っ黒なドラゴンの姿を思い浮かべた。
「魂をもつものを召喚できたってことは…この世界のロボットは…」
「…あったよ、魂が」
ピピッ プシュウ
カプセルから音がする。そしてゆっくり空く。
「姉さん!」
「……レイン…」
リオンが目を開けた。すがりつくレインの頭をなでながら、身を起こした。
「シキ?」
なぜここに、と言いたげな顔で見る。
シキは少し目をそらした。
今まで性別が分からなかったが、なんとなく男だろうと思っていたものを、急に女の人だと分かるとその美しさを直視できなくなった。
「…姉さん、だったんですね」
「意外か?」
「いえ…ええ…まぁ」
「最初に女か?と聞いてきたろう?鋭い奴だと思っていたのに」
「え、だって否定する感じの返しだったじゃないですか…」
「そんなことはない。まぁもともとエルフは性別はお互いあまり重要視していないからな、見た目もそう変わらないし」
「…そうなんですか」
リオンとレインが仲睦まじく話し始めたので、シキは静かにその場を後にした。
そろそろ、落ち着いたし一度エマに連絡をとってみるか。
手首の通信機に触れながら、静かな場所を探した。
「変わった通信機すね、ちょっと失礼」
「あ、ちょっと…」
静かな場所に来たつもりだったのに、そこにはなぜかシロがいた。
「ふうん…それなりに技術の進んだ国と見える…これつけてみ」
「?これは…」
「なに、別にあやしいもんじゃないす、ちょっと連動できるのか見てみたいだけで」
いつのまにか、また作業着に着替えている。
そのポケットから、リストバンドのようなものを取り出し、通信機の上につけろと言う。
言われるがままつけると、空中にエマの顔が現れた。
『シキ?』
『すごい、エマ、顔が見える』
『私もあなたの顔が見えるわ、空中に浮かぶ。今どこにいるの?』
『すごく高度な技術をもつロボティクスの国さ…ついさっきまで戦争中だったけどね』
『戦争?大丈夫なの?』
『大丈夫、無事、終戦したから』
『そう…それで、その高度な技術の産物がこの通信機能の拡張?』
『これはこっちの変わったメカニックさんが試しに着けてくれって』
『失礼な紹介すね、こんにちは』
シキの映像にカットインする、お茶目な笑顔の男を見て、エマはほんの少しぎょっとする。
「ちょっとシロさん、邪魔しないでください…あなたやることがあるんじゃないですか?大将ですよね?」
シキはシロを追い立て、待たせていたエマに向き直った。
『シキ…今の人は?』
『え?シロ?彼はこの国のメカニックで、そして同時に軍の偉い人みたい』
『……今の人…ハザマの者よ』
『…え…』
『グレーだったもの』
『…そんなはず…だって彼は少なくとも百年近くこの世界にいるって…』
『…でも神の眼が見間違えるはずない』
『…』
『まぁそれは少し置いておきましょう。あなたに緊急で一つ聞きたいことがあったの、それを先に確認してもらっていい?』
『なに?』
『まほろばの猫のことなんだけどね、猫はファントムと呼ばれてるらしくて。詳しい話は後でするけど”ファントムは純粋なものを好む。ファントムが気に入った少年が少し前に居た。純粋で優しい、エルフの少年だ。名前を…そうじゃな、真名は長いが、とりあえずアルセスという。まだ生きている。少年を探せばファントムにたどり着く”って情報を手に入れたの。それで、あなたエルフと関わっていたでしょ?そういう名前の少年、聞いたことある?』
『アルセス…聞いたことないな』
『そっか…』
『あぁ、でも待って、頼もしい助っ人がいるから聞いてみるよ』
『?』
『こっちも詳しい話は後でするけどね、この国に、キャプテンが来てるんだ』
『え、キャプテンって、元は確かエルフの族長?』
『そうそう、だから頼もしいだろ?今聞いてくるから、いったん切るよ』
『わかったわ』
シキはリオンを探した。
カプセルの部屋にはもういない。
救護係のロボットに聞くと、大将の部屋にお礼を言いに向かったと言っていた。
小走りで向かう。
ようやく大将の部屋への廊下で捕まえることができた。
「どうしたシキ、そんなに急いで」
シキに気づいたリオンが尋ねる。
この国の服を借りて着替えたのか、レインとそろいの恰好をしている。
「あの、急にこんなことを聞いてしまっていいのかわかりませんが、よかったら教えてください、理由は後ほど詳しく」
「…言ってみろ」
「アルセス、というエルフの少年を知りませんか?」
「「!!!」」
姉弟は同時に驚いた顔をし、互いの顔を見合わせた。
言葉は交わさないが、少しの間そうしたまま、弟が首を縦に振るとシキに向き直った。
「シキ、恩人ゆえ教えよう。ただし、決して他の召喚士には明かさないでくれ」
「?えっと…はい?」
「召喚士が真名を知られることは命を握られることと同じだからな…それゆえ私たちの国のものの名前は長ったらしいんだ」
「真名?」
「僕の真名は、トリリアス・ド・ディルジアン・フィリアステス・ラ・アルセス・ジャン・テラー・シュレイン。アルセスは僕だ」
「え!?」
「ちなみに私の真名は、トリリアス・ド・デルファイ・イニアス・レ・カルティナ・ジェフ・テナー・シャリオンだ。カルティナなら、女だとすぐわかったろう?」
リオンはそう言って弟と顔を見合わせて笑った。
「理由は後でゆっくり聞かせてくれ、今は大将に挨拶に行くところなんだ、すまない」
「あ、はい…」
シキは返事をしながら、頭を整理した。




