第38話 三者三様
和の都編(エマside)
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「純粋だな…そして激しい」
「これでよかったのでしょうか」
葵を見ている女神の言葉に、エマは自分の中の葛藤を吐露した。
「あの男もいっていたろう?良いか、悪いかはその人によると。そちはできることをし、あの娘も自分の進むべき道を選んで今ここにあり、あの男も自ら決めた。それをどうこう外野が騒ぐのは野暮というもの」
「…そう…ですね」
「…そうじゃ、これをそちにやろう」
女神はまだ納得のいっていない顔をするエマを見て、小袖から何か取り出して渡した。
「これは…鏡?」
「わしが祠の中で使っていたものじゃ。水面や鏡と言うのは力を使いやすくてな、わしは。それを通してアヤカシを操っていた。何か困ったことがあればいつでもその鏡に問いかけるがいい。わしが手に負える事案であれば助けよう」
「やはりアヤカシを操っていたのはあなただったのですね」
「こんなところに閉じ込められて鬱憤を晴らす手立てが欲しかったんじゃ。最初は無作為にほんのいたずら程度に人を脅かしていたんだがな、あの娘と男の存在を知ってからは、あの男から娘を遠ざけるために使っていた」
「どうしてですか?」
「そうすればあの男が屋敷から出てきて秋社に来ると思ったからだ、言ったろう、露実の面は見える者が決まっていると。面を作った者ならば見ることができた、だからわしはあの男を祠に呼びたかったんじゃ」
「でも…来なかった」
「あぁ、一度もな。来ようと思えば来れたのに」
エマは、タワラがくれた巻物を思い出した。
あれを持っていたなら、なおさらすぐにでも自力で秋社へ来ることができたはずだ。
それでも来なかったのは…。
エマは鏡をしまいながら、葵に目をやった。
「…それじゃあ、わしはそろそ行く」
「わかりました…あ、そういえばあの、まほろばの猫は…」
「あやつは消えた。しばらく懐いていたんだが、わしがいなくなると悟ったのかいなくなった」
「そんな…」
「ひとつ教えてやろう。ファントムは純粋なものを好む。ファントムが気に入った少年が少し前に居た。純粋で優しい、エルフの少年だ。名前を…そうじゃな、真名は長いが、とりあえずアルセスという。まだ生きている。少年を探せばファントムにたどり着く」
「エルフ…」
「うむ、しっかりやるんだぞ、エマ」
女神は頷き、エマを励ますとその場から消えた。
まるでそこには最初から誰もいなかったかのように、痕跡はなく、砂浜に着く足跡もなく、女神は消えた。エマは自然とゆっくりため息を吐いた。
「エマさん」
葵に声をかけられ、エマは振り向いた。
葵は目元をぬぐい、大事そうに胸に抱えながら、ゆっくりこちらに向かって歩いてきた。
「エマさん…ありがとう…」
「……葵さん…」
「謝ったり、しないでね?私あなたには感謝してるんだから」
「感謝?」
「…言ったでしょ?『あなたとこうなる気がしたのに、どうして助けたんでしょう』って。私ね、本当はずっと、ずーっと悩んでたの。このままずっと、先生と一緒に居たいって思いが強くなるほどね、そんな自分の勝手な思いで先生をここにとどめているのは自分だっていう後ろめたさがね…苦しかった」
「…そうだったの」
「うん、だから、先生を助けてほしいって言葉ね、あれはホント。私のエゴから先生を救い出してほしいって思った。同じくらい、今を壊さないでって思ってたけどね」
葵は明るく笑った。
しかしエマには空元気に見えた。
「…大事にする、この櫛…エマさんは、先生をきっと同じ世界から来ているのよね?もし会うことがあったら、私は前を向いて生きてるって…そう伝えてほしい」
「…わかったわ」
エマは穏やかに笑った。
「…そういえば、どうしてそれを簪と言うの?それは櫛じゃ…」
「…これは、簪なの…先生がそう、言ってたから」
葵が遠くを見つめてそういうので、エマはそれ以上問わなかった。
きっと二人にしかわからないことなのだろう。
葵はすっきりした顔で、去っていった。
一度深々とエマに頭を下げ、それから大きく無邪気に手を振り、走っていった。
エマは手を振り返してやり、その背が見えなくなるまでその手を下ろさなかった。
「…いくら良い悪いは本人が決めることとはいえ…これじゃまるで私、悪者ね」
恋人同士を引き裂いてしまったかのような後味の悪さに、エマは苦笑した。
「そんなことありませんよ」
「!あなた…どうやってここに…」
突然背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはきちんと和の都風の旅支度して、エマのぶんの荷物も持った罪が居た。
「仮面をはりつけたまがいものの世界の中の愛より、解き放たれた自由の中で感じるお互いへの気持ちの方が、私は意義あるものだと思います」
「…難しいこと言うわね」
「すいません」
「とりあえず私を励ましてくれてることはわかったわ、ありがとう。ところでどうやってこの国に来たの?」
「お忘れかもしれませんが、私は以前、自分のいる世界からこの世界、そしてそこから倭の都へと三つの異世界を自力で辿ってきました…つまりその逆をたどることも容易いんです」
「…あなたって…手際が良いのね」
「よく言われます」
罪が軽く笑い、エマに荷を渡してくれた。
「それでは、私の世界に行きましょうか」
「…ええ」
二人は並んで歩き出した。
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「見て、先生!髪飾り!」
葵はタワラの裾を引くと、出店の前に誘導した。
「きれい…この櫛とかね、さわってみて?わかる?」
「…本当だね、色は?」
「歯の部分は黒で、全体は赤かな…柄の部分は金で蝶と花があしらわれてる」
「…それはきっと美しいだろう…いくらだい?いつも世話になっているからね、あげるよ」
「え?あ…うーん…」
「?どうした?値段は気にしなくて良い」
「そうじゃなくて…もらうなら櫛より、簪のほうが、いいなぁ、なんて…ほら、こっちにかわいいのあるし」
「…別に構わないけど、向こうではあんまり簪は使わないんじゃないのかい?」
「滅多に使わないかな」
「なら櫛がいいさ。櫛はね、飾りとして髪に着けることもあるんだ、周りを見てごらんよ」
着物を着た女の子たちが髪を上げ、様々な飾りをつけている。
その中で何人か、櫛をつけている子がいる。
「…本当だ」
「簪だと思って受け取ってもらっていいよ」
先生は穏やかに葵に行った。
袖から巾着を取り出している。
「うーん…でもやっぱり…いいかな、今は…まだ」
葵は先ほど手にとった櫛をもう一度見て、そしてタワラの般若の面のついた顔を見るとそう言った。
「…そうかい?わかったよ」
再びタワラの袖を引いて歩き出してしまう葵に従うタワラは、般若の面を通して見えない葵の顔を想像し、その面の内側で、柔和な笑みを浮かべていた。




