第37話 三つの面と箱
和の都編(エマside)
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「…という事実が確認されました。ハザマの世界のロキをゆらぎを生じさせた疑いがあると言うことで、すぐに拘束し、事実確認をしてください。異世界にいるハザマの者は、見つけ次第、帰還させる手立てを講じ、ゆらぎをできうる限り補正します」
「…事情は分かった、いま警備係が入り口係に向かっている」
「ありがとうございます。それから、捕まえて事実が確認できたなら、直ちに倭の都の海の底の祠に閉じ込められている創造の女神の、呪術のかかった能面を外すよう手配してください」
「女神?」
「はい、それもロキの行ったことのようで、私は女神にそのことを聞き、この事実にたどり着きました」
「なんと…それが事実ならゆゆしき事態だ」
「はい」
「わかった、その事実確認を急いで行おう…神の怒りをかうのはおそろしいからな」
「その通りですね」
「すまない、いつも面倒な事案をおしつけて」
「いいえー、その代わりまた、手当て、はずんでくださいね?私も、シキも」
「記録しておく、気を付けて片付けろよ」
「了解です」
エマは管理係の係長と交信を終えた。これで、ロキが捕まり、女神を開放してくれれば、とりあえず頼まれたことは終わり…か。
まほろばの猫はどうしよう。女神に頼んだら譲ってくれないかな。
生徒会室を出る。
刀の欠片を前に、葵は未だ座り込んでいた。
エマは懐から懐紙を取り出すと、欠片をひとつかみ綺麗に包み、葵に手渡した。
葵は黙ってそれを受け取ると、ようやくゆっくり立ち上がった。
残りの欠片はどうするべきか。何の魔力もないのだろうか?
エマはゴーグルを取り出し、試しにかけて見てみる。
すると欠片は虹色に光る点々で表示された。
これは、ゲートと似たような成分てこと?
それだけではない。
ゴーグルの端に映りこんだ天狗の面も同じ光を放っていたのだった。
!そうか、この面には私たちトリッパーの持つトリップ体質と同じような効力があるのか…
とりあえず面を懐にしまい、欠片を吸引力付きの試験管できれいに回収すると学校を後にした。
何も言っていないが、葵はうしろをついてきた。
露実は佐伯家に戻ったのだろうか?それとも、消えてしまったのだろうか?
気にはなったが、女神から頼まれたのは面を奪うことだけなので今は詮索するのはやめようと決める。
そうしなければならないわけではないが、エマは海辺の、鳥居を目指した。
「でかしたな。ほめてつかわすぞ」
鳥居の下に、巫女姿の女神が先ほどまで顔についていた面を手に持ち立っていた。
「無事とれたんですね、面」
「ハザマの者がロキを連れてやってきてな。ほれ、これはやる」
「あ、ありがとうございます…使わないと思いますが…」
「そうか?貴重な面だぞ?神であるこの私に”この祠から出るな”という命令を聞かせていたんだ」
「そういう能力だったんですか、この面は」
「うむ…そちの懐にあるのは何だ?」
「?面ですが…」
「いや違う、もっと小さいものだ」
「…これですか?」
「それはまた…面白いものをもっているな」
「この欠片が何かわかるんですか?」
「あぁ…もとがなんであったかも見える。その娘のものか?」
「今は形はありませんが」
「その娘が一緒に居た男の面は、まだ外せておらんだろう」
葵が反応した。
自分を見ている女神を見る。
「その欠片を鳥居の先にまけば後一度、少しの間倭の都とつながる。あの鳥居はそういう気を集めやすいのだ。後一度、男に会うチャンスがあるぞ」
葵はそれを聞くと、エマの手に握られている試験管を奪い、走って鳥居の先に向かう。
エマは驚いて成り行きを見ていたが、女神の「はよ行け、わしはもう少しここにいてやる」という言葉に後を追った。
鳥居をくぐると、そこは秋社の神社だった。
エマが向こうへ行くとき落ちた井戸が見える。
紅葉の美しい山の景色を見ながら、佇むタワラがいた。
その目にはその景色が見えていないはずなのに、音を楽しんでいるのだろうか。
般若の面が、その恐ろしい顔つきからは想像できないほど落ち着いている。
葵はタワラに近づいていく。
エマは二人を見守った。
「ごめんなさい」
「……葵」
葵はタワラの面に手をかけ、ゆっくりとった。
面をタワラの手に渡す。
二人は何も言わず、じっと互いを見ている。
わずかの間だった。
葵は顔をそらし、急ぎ足でタワラの前を去る。エマの横を通り過ぎた。
「あ…葵さん…まだもう少し時間が…」
葵は一瞬、立ち止まる。少し考えるようにうつむいたが、呟くように何かを言っただけだった。
「……さようなら」
「……さようなら」
先生の返事を聞くと、向こうの世界へと走り去った。
葵とは逆に、エマはタワラに近づく。
「……これでよかったの?」
「……良いか悪いか、それは、ハザマの者が決めることではないさ…もともとこの世界には、いないはずの者なのだから」
「……そうね」
見えない目を開き、タワラは足音の去って行った方をじっと見つめていた。
エマはどこかで見覚えのあるその精悍な顔を見ていた。
「そうだ…もうこれは…私にはいらないから、君が持っていてくれ。何かの役に立つかもしれない、邪を鎮める…いや、おそらく力を封じる力がある。これがあるせいでトリップできる能力と自分の記憶を封じられていたようだから」
「般若の面…」
エマは手元にそろってしまった三つめの面を眺めた。
「たしか、あなたが描いた面は、三つと」
「そうだ」
「?あれ、これは?」
面の他に、タワラは小ぶりな箱もエマに渡していた。
「あぁそれは、捨てるにはもったいないから…よかったら使ってくれ」
そう言い、タワラは笑った。
「?あけてもいいの?」
「構わない」
「……!これ…本当は私にあげるつもりじゃなかったでしょう?」
「……」
タワラは目を開けると、また先ほど葵の去っていった方を見やった。
「……あの子がもし真実を話してくれていたなら……そのときそれを……あげるつもりだった……」
「じゃあ…その面は誰につけられてものか…最初から知って…」
「……」
タワラは何も言わず、ただかすかに笑っていた。
エマはそれを持って向こうへ帰る。
タワラはエマにの足音に向かって手を振っていた。
その手に、はデジタル時計がついている。
エマがあげたものだ。
時が来れば、電子音が鳴り、入り口が開いたことを知らせる。
タワラはその音を合図に、ご神木に向かって真っすぐ歩いていく手はずだ。
目の見えないタワラにも、そのご神木の気がわかるらしかった。
エマが鳥居の下に戻ると、葵はじっと欠片をまいた水面を見ていた。
その先にある世界を。
「葵さん」
「?これは…」
「……先生がもっていたの。もういらないからと言われたけれど、本当は、あなたにあげるものだった」
「!!」
葵は箱を空けると、綺麗な櫛が入っていた。
葵の目から、涙が零れた。
そして叫ぶ。
「先生…私…わたしずっと…先生のことが…」
水面の向こうから、電子音がかすかに聞こえた。
「先生のことが…」
葵の声はだんだん小さくなり、嗚咽に混じる。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
エマは葵の肩にそっと手を置いた。
しかし言葉はかけずに女神のもとへ歩いて行った。




