第36話 心をば何にたとえん
ロボティクス戦記編(シキside)
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「やったか?」
黒船の甲板を見下ろすように、大きな城船が浮かんでいた。
操縦していた上官は、軍曹にそう問われ、確認するために甲板に降り立った。
「不在心め、口ほどにもない、頭をとればすぐ武器を置く」
必死に、リオンとレインの様子をうかがい、手当てをしようと集まっているアンドロイドに、上官が叫ぶ。
「どけ、お前たちの崇める王とやらを渡せ、そうしたらこの戦いも終わる」
大人しく座っていたオオカミが、小さくうなった。
煙が風に流れ、オオカミとアンドロイドの間に影が見える。
少年のヘルメットは大破している。
その少年をかばうように折り重なってリオンが倒れている。
酷いけがだ。
スーツのあちこちが切れ、焦げ、肌が見えていた。
「うぅ…」
起き上がる少年は煩わしそうにヘルメットをとると、中から少し煙があがった。
頭を押さえながら半身をおこすと自分にしなだれかかる細い体をみて目を見開いた。
「そんな…どうして…これは一体…」
手当てしようと手を伸ばすアンドロイドを振り払って、少年はリオンの体をゆすった。
「いやだ、どうして…起きて、起きてよ…お願いだよ…」
反応がないリオンを見て、少年は泣き出しそうな顔をした。
「……姉さん…」
「はっはっはっは」
高らかな笑い声が響いた。
雨のせいか、それともその声の卑劣さゆえかひどく大きな声に聞こえた。
「まさか、何をそんなに必死に死に急ぐのかと思ったら、姉弟だったのか?弟を殺されないように真っ先に突っ込んだか?思惑通り爆発からは確かに守れたみたいだがな、ざまあない、命も尽きた。王を狙え、裁判は不要だ、この場でしとめよと軍曹からの指令だ、かまえよ」
話を聞いていた上官が指示を出した。
甲板に降り立ったアラミの兵が一斉に銃で王を狙う。
アンドロイドたちは立ち上がると二人を取り囲むように盾となる。
オオカミもまた、大きな体で二人をかばうようにかがむと、上官に牙を見せた。
「王に反逆した噛ませ犬、ぼろいオオカミに武器を捨てたアンドロイド、とるにたらんわ。まずは砲撃用意」
上官のその言葉に、いつのまにか黒船を取り囲んでいた船団が一斉に砲台を動かす音が聞こえる。
空飛ぶ戦艦、城型戦艦、飛行船、武装車、すべてが臨戦態勢になった。
「放て!」
上官は耳に着けた通信機からの指示を、そのまま叫んだ。
その場の誰もが、一斉砲火を予想した。
しかし予想に反し、全く何も起こらない。
「指示が聞こえなかったか、放て!」
『……コノ国ノ者デハ無イ者タチヲ 我々ノエゴデ コレ以上 傷ツケルコトハデキナイ』
『我々ハ コレ以上 戦ワナイ』
『ココニ終戦ヲ 求ム』
どこからか響いたその機械音声の言葉をきっかけに、町中のありとあらゆる機会が止まった。
勿論、船団の機械もエンジンを停止し、単に浮かぶだけのモノになる。
武器は引き金が引けなくなり、アンドロイドも武装を説いた。
静かだ。
爆音も、うるさいエンジン音もない。
雨のおとだけがザアザアと静かに響いている。
存在心の兵は制御のきかなくなった武器を焦って動かそうとしていたが、まったく無駄だと分かるとついにあきらめて何もしなくなった。
[…心をば、何にたとえん]
「え?」
[…安全が確認できました、甲板に着陸しますか]
「…静かにたのむ」
[承知]
鵺が、静かに、誰にも気づかれることなく甲板の砲台の影に着陸した。
シキがゆっくりと鵺から出ると、荷台から体中痛そうにしながら、シロも出て来た。
そういえば、乗っていたんだった。
「シロ…その恰好は一体…」
出て来たシロはなぜかアラミの軍服を着ていた。
作業着姿のときとは想像もつかないほどきりりとした顔つきで、シキは動揺した。
シロはシキに静かにとジェスチャーをすると、アラミとフジミの向かい合うまさにその真ん中に向かって歩いて行った。
「もう終わりにしようじゃないか」
「!!た…大将、どうしてここに…」
「この数百年…アラミの大将は地下の指令室から出ずに指令を出し続けるだけのお飾りの存在として認知されていた、しかしそれは違う。最初の数十年で最初の大将が死ぬとき、彼はアラミのトップである大臣に、アラミはいずれ負けるだろうと言った。この国の高度の発展の中で、ロボットの中に心が芽生えているのはそのときすでに証明されかけていたんす。大臣はその言葉を受け止め、即時停戦の命を出した。しかしその指示は、軍の左官連中にもみ消された。そして左官・尉官達は特殊部隊を組織し、休戦を呼びかける者、そしてロボットの心を証明しようとする科学者を片っ端から暗殺していった。当時メカニックだったあたしは、暗殺集団からたった一人逃げおおせ、死んで空席となった大将の呼称をついでくれと大臣に頼まれた。無論その大臣もその数日後に暗殺されたが、あたしがメカニックであるという証拠を墓場まで持って行った」
「こ、この…裏切者、おまえのようなメカニックが大将だなど…」
「裏切り?裏切りは果たしてどちらから始まった?以来数十年、アラミとフジミの戦いは軍のクーデターが長引かせている無用な戦いなんす…そうだろう?もと大佐さん」
「な…」
「鵺、シャトー」
鵺がシロの横まで歩く。
その目から、おそらくフィレが転送したデータが空中に映し出された。
そこにはかつて特殊部隊を組織していた人達の顔がずらりと並べられ、その写真に赤い×の字が書かれていた。
その中でたった一人、大佐の写真にだけ×印がない。
「だいぶ顔も変わったすね、数百年生き続けるには何度ロボトミー手術を行った?数百年の間に特殊部隊の人間は一人ずつ死んでいき、あたしはその死ぬ間際に立ち会って数々の悪事を聞た。そして彼らは口をそろえて言った、最後の生き残っていたものが黒幕だと。ついに突き止めたあんたは、今は事情を知らない若い軍曹の懐でアラミを傀儡していたってわけさ」
「…ふん、どこで仕入れた情報か知らないが、それが事実だったとして今更どうなる?数百年の争いの歴史は変わらない。そもそも証拠なんてあるのか?」
大佐はまるでそんな証拠など見つかるはずがないと分かっているかのように、自信ありげにそう言った。
「証拠か…そりゃ、ないだろうね…”K”のデータバンクはあんたが爆破したんすから」
鵺の目が、ノイズ混じりに映像を映し出した。
監視カメラの映像のようだ。
敵艦の中で怪しげな動きをする男の影が映し出される。
大佐の眉がひくつく。その影を拡大し、顔を表示するとまさに彼本人だった。
「これが私だったとして戦時中だ、敵のAIを壊そうとすることは罪じゃない」
「あぁ、でも”K”のデータがあればあんたがもみ消したかつての大臣の即時停戦命令が出てくる、あっしはそのデータの復元に数十年かかってしまった…」
シロは鵺を見た。鵺は小さな少女のホログラムを映し出した。
[時はきた]
[今、すべての仕えるロボットに心が生まれた。私”K”は不在心の軍のリーダーとして、存在心の大将である手代森翔に停戦提案する]
「受け入れよう。そして”K”のもつもみ消されたデータを証拠に、ここに大佐を戦争裁判のA級戦犯の被告人として拘束する」
ぎょっとした表情で、大佐は今まで味方だった兵に取り押さえられた。
ホログラムの少女とシロは、あとから甲板に降り立った軍曹に事情を説明し、参考人として同行を頼んだ。
シキは何が何だか整理がつかなかった。
ようやく我に返ると、リオンと弟のもとへ駆け寄った。




