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「……君が、伝説の魔導師と同じ異能を持っているとは、知らなかった」
そう言って、やや固い表情のまま、フレドリックはお茶を一口飲んだ。
ここは、魔法騎士団本部の応接室の一つだ。
紳士であるフレドリックは、例え魔法騎士の宿舎とはいえ、女性に与えられた寝室で独身男女が二人きりで籠もって話をするべきではない、という常識を弁えていた。
ソファーに向かい合わせで座り、出されたお茶を飲みながら、フレドリックはガーラント師団長から全てを聞き、彼の父親に私を引き取ってくれるよう申し入れてきたことを話してくれた。
リーディア伯爵は、私の受け入れを了承してくれたらしいが、その実現のためにはもう少し時間がかかるらしい。
クレイヴの反発を予測し、彼を抑えるために、公安大臣であるガーラント伯爵との折衝も予定しているという。
その決着がつくまであと数日はかかるようだ。
「いろいろとありがとうございます。私なんかの為に」
「とんでもない。君の立場はとても危うい。だからこそ、父も協力を申し出てくれたんだ」
危険人物。
そう、ガーラント師団長に言われたことを思い出して、つい自嘲気味なため息が漏れた。
「でも、私は貴族ではありません。それどころか、ウィル自治区出身で、両親は能力者ではありません。それなのに、貴族の皆様方の御手を煩わせてしまって」
「そんなこと」
フレドリックは鼻で笑うと、急に真面目な顔で身を乗り出してきた。
「いいかい。君は、場合によっては国王陛下の地位も揺るがしかねない存在なんだ」
「……え?」
「伝説の魔導師は、多くの能力者をこの地に導き、マジカラント建国の礎を築きながら、国王となることなく亡くなった。伝説では病死、ということになってはいるけれど、別の解釈をしている歴史学者もいる」
「別の、といいますと?」
「マジカラント初代国王によって命を奪われた、という説だ」
私は思わず息を呑んだ。
「勿論、それは想像の域をでない。真実はもはや、誰にも分からない。けれど、その説をもって君を擁立すれば、陛下から王座を奪い取る正統な理由になる、と思う者もいるということだ」
「誰が、そんなことを」
思わずそう訊くと、フレドリックは困ったような笑みを浮かべた。
「一応、これは機密なんでね。王宮内の込み入った事情を、君に話すことはできない」
「……ユーリ殿下とか?」
カマをかけてみると、フレドリックは大きく目を見開き、誤魔化すように咳払いをした。
「ん、ま、まあね。他にも、いろんな勢力があるんだよ」
「リーディア伯爵は、穏健派だとお聞きしました。ガーラント伯爵家は保守派ですよね。ユーリ殿下も、保守派なんですよね?」
マジカラントの貴族は、思想の違いから、幾つかの派閥に分かれているという。誰がどこに繋がっているのか知っていたほうが、今後の身の振り方の参考になるだろう。
何せ、国王陛下に対抗できる切り札として利用される可能性があるというのだから。
「そうだね。でも、母方のガーラント伯爵家とも、今は距離を置いておられるようだ。何しろ、魔導科学研究所に籠もってあまり外には出ていらっしゃらないから……って、あまり君にこういう話をしたくはないんだけど」
困ったように頭を掻くと、フレドリックはため息を吐いた。
「でも、そうだね。君も、少しは自分の置かれている状況を把握しておいたほうがいいかも知れない」
「お願いします」
私が頷くと、フレドリックはやや身を乗り出して喋り始めた。
「君がさっき言った通り、我がリーディア伯爵家は穏健派だ。獅子門前広場事件を発端に広がった内戦を収めるため、先王陛下の退位を迫り、現国王陛下を擁立したのは我々穏健派が中心になっている。保守派は、言わずと知れたガーラント伯爵家を筆頭に、建国以来続く歴史ある貴族家が名を連ねているね。そして、保守派と対立しながらも、我々とはまた一線を画す派閥がある。革新派だ」
「革新派、ですか」
余り耳にしない派閥名に、私は首を傾げた。
「革新派には、比較的最近爵位を得た貴族達が多い。彼らは能力者による支配そのものに懐疑的で、早急にウィル自治区の解放を行うよう陛下に進言している」
えっ、と私は息を飲んだ。
「それって、危険ですよね。だって、今いきなり獅子門を開放して行き来を自由になんてしたら、衝突を生むに決まっています」
価値観の相違、生活の格差、持つ者と持たざる者。互いに接触せず目にしなかったことで抑えられていた不満や不安が、触れ合うことで爆発する。
フレドリックは目を瞬かせた。
あれ、見当違いのことを言っちゃったかな、と不安になっていると、彼はふんわりとした笑みを浮かべた。
「そうだね。私も同じ考えだ」
「本当ですか? よかった」
今まで、何か言うとガーラント師団長に『お前には関係ない!』なんてばっさりやられてきたから、こんなふうに同意してもらえるとホッとする。
「実は、その革新派の動きを父は懸念しているんだ。何しろ君は、『能力者ではない両親の元に生まれた異能の持ち主』なわけだから、彼らの思想を補完する存在として祭り上げられかねない」
私はハッと息を飲んだ。
このマジカラントは、魔力を持つ者を強者、持たない者を弱者と定義付けた支配構造をしている。
けれど、私の存在は、その構造を破壊しかねないものだ。
これまでも、魔力を持たない両親の元に生まれてくる能力者はいた。けれど、彼らは王都で平民として受け入れられても、それ以上になることはほとんどなかった。
けれど、私がもし『真紅の魔導師』の再来として世に出ることになったら、魔力を持たない者も、私のような異能を生む可能性があると主張できる。
つまり、魔力を持たないからといって、弱者ではない。この支配構造は間違っている、と。
『その女は取り扱いを間違えれば確実に現体制にヒビを入れる』
クレイヴの言葉が脳裏を過ぎった。
それでも、私はすでにリーディア伯爵を頼ると決めたんだ。
魔導生物学の実験体以外には利用しないという、クレイヴの元には帰らない。
「分かりました。気を付けます」
私の言葉に、フレドリックは複雑そうな笑みを浮かべた。
きっと、彼も懸念しているんだ。
リーディア伯爵が、私を政治利用しなければならない時が、来るかもしれないと。
そして、数日後、ようやく私は王宮から離れることになった。




