魔法国家騒動記46
ご無沙汰しております。
ゆっくりとですが、更新を再開したいと思います。よろしくお願いします。
その日、魔法騎士団本部に、意外な人が訪ねてきた。
「ハンナ……」
来客だと告げられ、フレドリック立会いの下、応接室に足を踏み入れると、相変わらず頑なな表情をしたハンナが一抱えほどの包みを手に立っていた。
「ご無沙汰しております」
「ごめんなさい。急にいなくなったりして」
「いえ。クレイヴ様から事情はお聞きしておりましたので。今日は、お忘れ物を届けに参りました」
忘れ物? と私は首を傾げた。
ほとんど身一つで魔導科学研究所に連れてこられたのだから、あの部屋から持ち出したものはあっても、置いてきたものなどないはずだ。
ハンナは私に手に持っていた包みを差し出した。
「あ……」
包みを開いて、私は思わず声をあげた。
魔法騎士のマントと、白いハンカチ。背後に立っているフレドリックが私に貸してくれたものだった。
返さなきゃ、と思っていたのに、よくもまあ今まで忘れていられたものだ。
「ありがとう」
「元々、こちらでご用意したものでもございませんし、勝手に処分してよい品でもございませんし。あなた様が王宮におられるうちにお返しすることができてよかったですわ」
抑揚のない声でそう言われると、物凄く責められているような気分になる。
「……ごめんなさい、ハンナ。あなたには、随分とお世話になったのに、何もできないどころか、こんな形でクレイヴ様を裏切ることになってしまって」
人との会話では、クレイヴを様付けで呼ぶことにしている。どんなに身勝手で危険な野望を持った男でも、一応彼は貴族様なのだから。
「別に、わたくしは仕事ですから、何もお気になさることはございません。ただ、お仕えしている身として、クレイヴ様が不利益を被ったことに関しては、あなた様によい感情は抱いておりません」
そうですか。そうでしょうね。
石像のように固まったハンナの表情を見つめながら、彼女にそう言われたことが少なからずショックだった。
「ですが、あなた様のお立場を考えますと、僭越ながら、同情いたします」
「……え?」
「あの(・・)クレイヴ様の研究に、根気よく耐えられていましたね。研究員の方々も感心していらっしゃいました」
「……それは、どうも」
まさか、魔導生物学の研究員達が、私にそんな評価をしてくれていたなんて。
というか、背後のフレドリックが何だかソワソワしているんだけど、どこかに行かなきゃいけないなら遠慮せずに席を外してもいいのに。
「それでは、わたくしはこれで」
ハンナは、最後まで表情を変えることなく、一例して応接室を出て行った。
ドアが閉まると、私はため息を吐いた。けれど、それよりも背後から聞こえたフレドリックのため息の方が大きかった。
「……君は、クレイヴ殿の研究室で、一体どんな扱いを受けていたんだい?」
ずずい、と迫るように問い詰められて、私は呆気に取られながらも素直に答えた。
「どんな、って。魔導生物学の研究棟で、ちゃんとした部屋を用意してもらって、ハンナに身の回りの世話をしてもらっていましたが」
「そうじゃなく。研究の実験体として扱われていた、と聞いているが」
「ああ、そういうことですか。主に、血を採取されたり、指を切って自然治癒の様子を観察されたり、自然治癒が働いている時の様子を聴取されたり、ですね」
「だからか……」
フレドリックは痛ましそうに眉を顰めた。
「魔導銃で撃たれた時も、あんなに冷静だったんだね。君は、自分の体が傷付くことに慣れ過ぎてしまっている」
そんなふうに指摘されたのは、初めてのことだった。
目を瞬かせる私の手を取ると、フレドリックは大きな手で私の手を包み込んだ。
「いくら自然に治るとはいっても、君はか弱い一人の女性だ。傷付いていいはずはない」
……な、なんか、涙がちょちょ切れるくらいカッコいいんですけど、フレドリック!
顔立ちは整っているし、背も高いし、性格は温厚だし優しいし愛嬌もある。
こういう男性って、モテるんだよね。超美形だけど性格の悪いのより、ずっと。
「はあ、……ありがとうございます」
取り敢えず、私をちゃんと女性扱いして心配してくれていることに感謝する。
貴族の中にも、私の出身地を知っても、ちゃんと同じ人間として扱ってくれる人がいるんだ、とほろりとした気分になった。
「あ、これ、遅くなりましたが、お返しします。ちゃんと綺麗に洗っておきましたから」
私は包みの中から、魔法騎士のマントと白いハンカチを取り出して、フレドリックに渡した。
と、包みの底に、何か硬いものが残っている。
見てみると、それは赤い表紙の本だった。
『真紅の魔導師』
あれから結局、少しずつは読んではいたものの、結局読破できなかった神話本だった。
無愛想だけれど、本当によく気がつく人だったなぁ……。
ハンナは私に、研究員達が私を褒めていたと言っていたけれど、一番凄いと思われているのは実は彼女じゃないか、と私は本を抱きしめながら思った。
明日は、いよいよこの王宮から離れる。
そう思うと何だか寝付けなくて、私はサイドテーブルに置かれた魔導灯に明かりを点した。
枕元に置いていた本を手に取り、頁を捲る。
とある王国の宮廷魔導師の子として生まれた彼女は、十五歳の時、国と両親を失った。大国に攻め込まれて、王国が滅びたのだ。
大国は民を治める手段の一つとして、能力者を悪魔の使いとし、民の不満を能力者に向けていた。
能力者は住む場所を追われ、命を守るために自分が能力者であることを隠しながら生きていかなければならなかった。
そんな時代に彼女は生きた。
今のマジカラントと、全く逆の世界で。
今よりもずっと強い魔力を持ちながら、能力者は各地で孤立していた。
このままじゃいけない。
彼女は立ち上がり、大国の手が及ばない土地を求めて能力者を集めながら流浪の旅に出た。
途中、幾度も大国の軍に襲われ、幾人もの命が奪われた。
それでも彼女は、その何倍もの命を救いながら、このマジカラントの地に辿り着いたのだ。
山脈と樹海と海に囲まれた、自然要塞のようなこの地に。
けれど、彼女は間もなく病で亡くなる。そして、能力者のための国が創られた。そこで、この神話は終わる。
迫害され、各地から逃れてきた能力者をマジカラント王国は受け入れた。国の力の後ろ盾を得て、ようやく能力者は他国でも一人間として扱われるようになったのだ。
この地には、まるで用意されていたかのように、魔石の地下鉱脈が広がっていた。外貨を稼ぐため、マジカラントは魔力を持たない者にも扱える魔導具を開発し、輸出を始めた。
魔導具は莫大な富を生み出す。その恩恵に預かろうと、魔力を持たない者たちがマジカラントへ流入してきた。そう、この国は能力者のための国。後から来たのは、魔力を持たない者たち。
なのに、彼らとともに世代を重ねるうち、能力者の力はどんどん弱くなっていった。クレイヴ流に言えば、血が薄まってしまった、ということなのだろう。
能力者同士の婚姻であっても、産まれた子が魔力を持たない者だった、という事例も少なくない。逆に、そうやって薄まり切った魔力が、なんの気まぐれかある世代でふと現れる。
そう、私という存在がなくても、もう皆、解っているはずだ。魔力を持たない者だって、いつか能力者を産む可能性はある。
なのに、『真紅の魔導師』が特別視されている理由。
……この国の主権を主張するため。
思わず身震いして、私は布団に潜り込んだ。
幾分、他人の匂いの薄れた布団の中で、私は言い知れない寒気を感じながら、必死で自分に言い聞かせていた。
決して、この国の体制を揺るがしてはいけない。それが、私が彼にできる数少ないことの一つなのだから。
魔法騎士団本部の正面玄関に横付けされた馬車に乗り込む時、ふと視線を感じて振り向こうとした私の視界に、フレドリックの真紅の制服が割り込んできた。
「さあ、いこう」
短い言葉で、けれど抗い難い口調で促され、私は小さく頷いて、タラップを踏んで馬車に乗り込んだ。
きっと、あの人は私を見ている。自分の意志ではどうにもならない感情に突き動かされながら。
そして、私も最後に彼の姿をこの目に焼き付けたくて振り向いた。でも、その諦めの悪さを見透かされたように妨害され、胸に苦いものが広がっていく。
空腹に耐えきれない、眠気に逆らえないのと同じような、衝動的な欲求。
傍にいたい。声を聞きたい。触れたい。温もりを感じたい。
膝の上で思わず拳を握り締め、唇を噛む。
私の後から続いて乗り込んできたフレドリックが、馬車のドアを閉める。と同時に、ゆっくりと馬車は動き始めた。
と、馬車の外から何か声がして、前進し始めた馬車がゆっくりと動きを止めた。
「……忘れ物?」
フレドリックが小窓から外に向かって二言三言話すと、何かを受け取った。そして、再び馬車は動き出す。
「部屋に置き忘れていたようだよ」
こちらを振り返り、差し出されたフレドリックの手から零れるように落ちてきたものを掌で受け止めた私は、思わず漏れかけた声を飲み込んだ。
「……ありがとうございます」
務めて冷静な声を出しながら、私はそのひんやりとした手触りのネックレスを温めるように握り締めた。
……酷い。あんたなんて、大っ嫌い!
叫びながら伸ばした手から、あの日、あの人に向けて投げつけた。
掛けていた首から引きちぎって投げたのに、元通りになっている。
貰った時の姿そのままに。
このまま私のことを忘れて、貴様だけ自由になるなど許せない。
そう言われているような気がした。
ならば、彼が一生、私の呪いから逃げられない、その苦しみを、私も享受し続ける。
例え、彼のその想いが不本意なもので、私のそれは自らの意志であったとしても。
これは枷だ。
私は自分の心にそう刻み込みながら、ネックレスを首にかけた。




