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魔法騎士の宿舎で仮眠を取り、目覚めてガーラント師団長と話をしたのは、お昼を少し過ぎた時刻だった。
ガーラント師団長が部屋を出て行って間もなく、ハンナと同じ格好をした女性が部屋に食事の乗ったトレーを運んできた。
どうやら、この格好の女性は王宮の各機関に配属され、様々な雑務を執り行う女官のようだ。
「こちらに運ぶように、とガーラント師団長より仰せつかっておりますので」
と少し年配の女性は言って、サイドテーブルにトレーを置いた。
「ありがとうございます」
「しばらくしましたら食器を取りにまいります。ごゆっくり召し上がってください」
女性は必要最低限のことだけ告げて、部屋を出て行った。
昼食の内容は、魔導科学研究所にいた頃とあまり変わりがなかった。ただ、一つのトレーに乗せるためか、随分コンパクトに纏められていたけれど。
で、食事を終え、暇になった私は、窓から外を眺めた。
この部屋からだと、魔法騎士団本部の中庭が見える。
中庭では、まだ少年の体つきをした若い魔法騎士達が、大人の魔法騎士から魔導銃の射撃指導を受けていた。
……へえ、こうやって訓練しているんだ。
魔石を練りこんだ石壁の手前に、標的となる人型が置かれている。
それに向けて、少年魔法騎士達が魔導銃を構え、教官らしき大人の魔法騎士が姿勢や引き金を引くタイミングなどを指導していた。
私も、ちょっとは魔導学校で扱い方を習ったけどな……。
まさか、あの頃は自分がウィル自治区に戻って、自己流で魔導銃をぶっ放す時代が来るとは思ってもみなかった。
普段は魔力充填要員だけれど、不満分子への大規模な取締りが行われる時には、いくら後方支援といっても敵と遭遇する。
で、腕力のない私たち第八小隊は、主に魔導銃で応戦した。
勿論、簡単に当たるものじゃない。主に、威嚇や自己防衛のための手段だ。
初めて会った頃のガーラント師団長も、あのくらいの年だったな。
私が十三歳、彼は十五歳。入隊したての年齢だ。
彼が大怪我を負って死に掛けていたのは、表向きは不満分子の襲撃を受けた、とされているけれど、そうじゃない。
学生時代にやり過ぎたおイタの付けを払わされたのだ。
彼が個人的に制裁を加えた生徒の中には、父や兄が魔法騎士である者もいた。
彼に恨みを持つ者達によって、警邏の途中であの路地に連れ込まれ、私刑を加えられているうちに、勢い余ってあんな大怪我を負ってしまったらしい。
という話は、私がウィル自治区出身だと知る前の彼が、私に話してくれた。
そう。彼が私を王都の下町出身だと思い込んでいる間は、彼もそれなりに優しかったのだ。
魔導学校の裏門に呼び出された時には、命が縮む思いがした。まさか、自分が白銀の悪魔の命を救ってしまったなんて、思ってもみなかったから。
彼はちょっとむくれたような表情をしていたけれど、それでも感謝の言葉を口にして、お礼の品をくれた。
それから、ひと月に一度くらいの頻度で、彼は私の授業が終わるのを見計らうようなタイミングで会いに来た。
ただ顔を見てすぐ帰ることもあれば、王都中心部にある人気店のお菓子を持ってきてくれたこともあった。
ああ、余りにも彼にされたその後の仕打ちがショック過ぎて、あんなことがあったこともすっかり忘れていた。
今思えば、充分甘酸っぱい青春だ。
そう、その頃には、彼はもう私の呪いにかかっていたんだ。
まだ若かった彼は、それに抗うだけの精神力を持っていなかったんだろう。
そして、私が十五になり、卒業を控えて就職活動を始めた頃、彼の態度は突然変わったのだった。
就職なら、どこか希望のところがあれば便宜を図ってやる、と言ってくれていた彼が、突然顔も見せなくなった。
就職試験を受け、面接まで進んでも、面接官から突然、君の素行の悪さは耳にしている、と言われ、早々に面接室を追い出されるという不可解なことが続いた。
身に覚えのない噂。授業をサボる、教員に反抗する、夜遊びをする、反社会的な思想に傾倒している、といった話が、私の与り知らぬところで広がっていた。
主に、私が就職を希望する職種の、人事担当者の間に。
最後の就職試験も落ち、先生方もこれは余りに酷いと原因究明に乗り出してくれ、最終的に分かったのは、噂の出所がこれ以上詮索してはいけない高貴な身分の方だということ。
そこで、私はピンときた。
ガーラント伯爵家は保守の親玉的存在だ。
彼は、私がウィル自治区出身者だと知って、掌を返したのだ、と。
どんな理不尽なことも、貴族が関わっているのなら、私たち平民、特に下町の住民にはどうしようもできない。
卒業までに王都のどこにも働き口が見つからず、私はやむなく、ウィル自治区に戻ることになってしまった。
故郷に帰るため、私は獅子門へと向かった。
そこには、門を守備する魔法騎士が常駐している。
その中に、彼の姿があった。
私の方を見ようともしない彼に、私は叫んだ。
あの悪夢の中で叫んだ、あの台詞を。
掴みかかろうとした手は彼には届かず、他の魔法騎士に引きずられて、獅子門の向こうに放り出されてしまったけれど。
たたらを踏みながら超えてしまった王都とウィル自治区との境界線で、私達は隔てられてしまった。
もう、王都へは二度と戻れない。
その一歩を戻ることは、命を捨てるのと同じことだった。
もう、二度と彼と同じ地を踏むことはないのだ。
けれど、例え二度と会えなくとも、この恨みは一生忘れない。
憎しみと悲しみと、絶望に打ちひしがれて、私は六歳で離れた実家へと戻ったのだった。
馬鹿だなぁ……。
私は一人笑いながら、窓枠に肘をついて、頬に流れる涙を拭った。
あんなに恨んでいたのに、いつの間にか彼を好きになっていたなんて。
……いや、違う。私はあの頃にはもう、彼のことが好きだったんだ。
だから、あんなに彼を憎みもした。
辛くて、情けなくて、悔しくて仕方がなかった。
どうして能力のない両親の元に、能力者として生まれてきたのか、と自分の運命を呪ったりもした。
仮に下町出身でも、王都生まれだったら、こんな目に遭うことはなかったのに、と。
やがて、それは、ウィル自治区出身の自分を否定した彼への憎しみへと変わった。
自分という存在を自分自身が認めるためには、彼を否定するしかなかったのだ。
でも、私は何も知らなかった。私が、彼にしてしまったことに。
彼は彼なりに傷付いて、己の自尊心を守るためにやむを得ないことだったんだろう。
彼には彼の価値観があって、私はそれを滅茶苦茶にしてしまう存在だった。
だから、彼の生活圏から排除された。ただ、それだけのことだ。
そして、私は私の価値観を守るために、自分の生活から彼を排除しなければならない。
この異能を、私以外の誰にも与えないこと。
そして、私の呪いにかかった者を愛さないこと。
「さよなら」
本当は、突っ伏して号泣したかった。
でも、そんなことをしたら、心が折れてしまいそうで、私は必死で顔を上げていた。
涙は行く筋も流れ落ちて、窓枠に染みをつくった。
胸は苦しいほど痛んだけれど、私はその痛みさえ愛しいと思った。
この痛みこそ、彼との思い出そのものなのだから。




