第8話 胡散臭い青年
一部文章を変更しました(2026/9/10)
エドガーとの婚約は私達が10歳の頃に決まったものであった。
当時色々あって塞ぎ込む私に、近辺領地を統治するウッドロック子爵家が「話し相手を」とエドガーを引き合わせてくれたのだ。
最初は快活なエドガーに気後れしたものの、関わっていく内に彼の荒削りな優しさに気付いていく。
正直今もノミのような心臓であることは変わらないものの、当時の私はもっと怖がりで、そんな私に10歳のエドガーがこう言ってくれたのだ。
────クラリスったら怖がりだなあ。これからもし怖いことがあったら、俺がこの剣でクラリスを守ってやるよ!
優秀な魔法騎士を輩出することで有名なウッドロック家の令息らしく、高らかにそう言い放ったエドガーの言葉が一等嬉しかったのを覚えている。
それに私の生家であるフェルゼン子爵家も安堵し、ちょうど良い年齢の子供同士ということで婚約は為された。
そして彼が女の子らしくて、可愛らしい令嬢がタイプだと何となしに聞いたのをきっかけに、エドガーの前ではそうであろうと振舞うようになったのだ。
しかし結局、それも幼い頃のエドガーの好みだっただけに過ぎず、成長してからはミーシャのような少女に目を惹かれてしまった。
(私って本当にばかだなあ)
人は変わっていく生き物で、ずっと私が好きになったエドガーのままでいるわけ無いのに、本当にばかみたい。
誰かに守ってもらうことの心地よさにかまけて、私は大切なことを見落としていたのだ。
そして私は生家への手紙に今回の顛末と、エドガーとの婚約の見直しを要望する旨を書き、それを生家フェルゼン子爵家へと送ったのだった。
◇◇◇
「……………あの、ロラン様? 何か?」
「いやあ、クラリス嬢が見えたものでね。挨拶でもしようかと」
「あ、そうだったんですね。ご機嫌よう」
「はい、ご機嫌よう」
最近ロランによく話しかけられるようになった。
といっても決まって人通りの多いところで話しかけてくれるし、人一人分のスペースを空けて並んでくれる。
現在エドガーとの婚約を見直している身としては、他の男子生徒と仲良くしている姿は大変よろしくない。
けれどこうやって常識の範囲内で節度を持って対応してくれるものだから、こちらとしても大変有難かった。
「ミーシャ嬢やエドガーからは最近何かされていないかい?」
「はい。大丈夫です」
あの日以来私はエドガーやミーシャと関わっていない。
元々学園で会う機会は少ないし、同じ授業の時も彼らとは席を離れて受けている。
たまにエドガーがじっとこちらを見てくることもあるが、そういう時に限ってミーシャが「どうした? 元気ないぞー」と言って肩を組んでいるため、まあ、さほど問題でもないだろう。
勝手にいちゃついてくれといった感じだ。
「ところでフェルゼン子爵家はどうだい? 生家からの手紙は?」
「まだ来ていないんです。きっとどうするか生家でも話し合われているでしょう」
「…………………大変申し訳ないが、君の身の上を調べたよ。養子なんだって? フェルゼン子爵家は君を状況を尊重してくれそうかい?」
誰にも聞こえないような小さな声音で言われた言葉にふと立ち止まる。
ロランを見れば申し訳なさそうに笑みを浮かべていた。
その表情が彼の本心なのか分からず読めないものの、そんなロランに対して私は何とでもないように返す。
「大丈夫ですよ。何も秘密にしていることではないですから」
私は10歳の頃に実の両親を亡くし、遠い親戚であるフェルゼン子爵家に引き取られたのだ。
それもあって当時塞ぎ込みがちだった私に、ちょうど来訪していたウッドロック子爵当主が気を利かせて、同い年のエドガーを紹介してくれたという経緯である(ちなみに私が養子であるということはエドガーも知っている)
当初は正反対なエドガーと私の交流にフェルゼン子爵家当主夫妻は心配したものの、段々と私達の仲が深まっていく様子に安堵したそうだ。
「フェルゼン子爵家当主ご夫妻には昔からとても良くしてくださりました。サミュエル兄様………歳の離れた兄もお優しいですし、義母も『女の子が欲しかったから嬉しい』と仰ってくれて…………。自分でも話すのも恥ずかしいですが、可愛がられたんですよ」
よくある物語のように養子だからといって蔑ろにされることはなかった。
むしろとても良くしてくれて、彼らのことを心から尊敬している。だからこそフェルゼン子爵家に今回のことで心配かけるのは大変心苦しかった。
「…………そうか。それなら良かったよ」
「はい」
「うまくいけばエドガーと君との婚約は破棄されるということだね? ちなみにエドガーの他に良い人はいないのかい?」
「ええと、お恥ずかしいですが、いないですね………」
ロランの言葉に気恥ずかしくなりながら答える。
すると彼はしばらくして、軽やかに言い放った。
「それじゃあ、俺が立候補しようかな」
「は?」
ロランを見ればニコニコしていて、本気なのか冗談なのか分からない。相変わらず胡散臭そうな笑みを浮かべていて、私はどう答えれば正解なのかと首を傾げた。
(え、からかわれてる? からかわれてるよね………?)
からかわれているものの、前世で苛めてきた男の子達や騎士科の男子生徒達のような嫌な感じはしない。
もしかしたら良い感じの男の子のいない私の自尊心を守るためにふざけてそう言ってくれた可能性もある。
でも………
「あの、ロラン様。状況としては現在エドガーとの婚約はまだ続いております。そんな私に対して、そのような冗談はお止めください」
「おや、申し訳なかった。でもエドガーも『ただの友達だから』と言ってミーシャ嬢と仲睦まじくやっているんだ。君も同じように他の男子と仲睦まじくしても、バチは当たらないんじゃないか?」
「……………エドガーがそう振る舞っているからと言って、当てつけのように自分もそれをやるというのは違うと思います」
政治的な駆け引きであれば別だと思うが………エドガーやミーシャがそうしているからといって、私も同じように振る舞うのは違う気がした。
するとロランは目だけ猫のように細め「そりゃそうか」と頷く。
「クラリス嬢、改めてお詫びを」
「いえ。こちらこそ、融通が利かず申し訳ありません」
私が生意気な口を言っても気を悪くした様子を見せないロラン。胡散臭くて、心の内を誰にも見せようとしない彼に「何を考えているんだろう」と不思議に思う。
(ロランは、一体………)
するとその時、どこからともなく甲高い声が耳に飛び込んできた。
騒めきと共に誰かの言い争う声がする。
辺りを見渡せば玄関ホールからのようで、人集りができていた。
何が起きているんだろう。
ロランと顔を見合わせ、そちらに向かえば、人集りの中心に見覚えのある女子生徒達が対峙しているのに気付く。
ミーシャとエリザベートだった。
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