第7話 婚約破棄
あれから数日経った。
騎士科の男子生徒達からの嫌がらせはピタリと止み、しばらくして彼らは停学処分となったらしい。
またあれ以来友人となったセシリアやヴィヴィアンによると、彼らによる私への振舞いが問題視されたそうで、彼女達の婚約は生家で見直されているそうだ。
そして現在、王立学園の人気のない図書館にて。
歓談の許可されている自習スペースで、私とエリザベート、そしてロランが顔を突き合わせていた。
「────良い? 今回のことはしっかりのクラリスの生家、フェルゼン子爵家にも伝えるのよ?」
テーブルに広げられた便箋を前に、エリザベートがはっきりと言い放つ。
「一応ロランから学園に顛末を報告させているわ。だから何かしら学園側からフェルゼン子爵家に通達はあるのと思うけど………。念のためクラリスからも手紙を出すようになさい。良いわね?」
そして便箋とペンをぐっと前に差し出してくるエリザベートに私は言われるがまま頷く。
生家への連絡。
決して生家との仲が悪いわけではないが、そのハードルが高いのも事実であった。けれどそうも言ってられないし、エリザベートの言うことは尤もであろう。
ここまで世話を焼いてくれる彼女に対して頭が上がらない。
「あの、エリザベート様。何から何まで本当にありがとうございます」
「あら、何度も言ってるでしょ。ただの自己満足だって。ほら、手紙でも何でもちゃっちゃと書いちゃいなさい。貴女のことだから騎士科の男子達にやられたことを軽く見積もって書きそうだから、きちんと確認してあげるわ」
エリザベートの優しさに自然と笑みがこぼれてしまう。
ゲームの時では分からなかった彼女の一面に、やっぱりゲームと現実は違うんだなと改めて思い知らされた。
そしてエリザベートの隣に座るロランにも礼を言う。
「あと………ロラン様もありがとうございました。ロラン様も私への嫌がらせに関して、色々と調査してくださっていたんですよね」
そうなのだ。
後から聞いた話によると、最近騎士科の一部の男子生徒が嫌な動きをしているとのことで、その証拠を取ろうとロランが個人的に動いてくれていたらしい。
(私とエリザベートが騎士科の訓練場に行った時、ロランがすでにいたのは独自調査していたからなのよね)
エリザベートが「あの時言ってた野暮用って一体何だったの?」と聞いて、このことが発覚したのだ。
「結局エリザベートが解決したものだからね。俺は何にもしてないよ」
「ですが………。それに学園への報告もロラン様がしてくださいました。本来なら私から行うのが筋であるのに………」
「いや、それくらいは構わないさ」
苦笑するロランに改めて礼を言う。
訓練場の出来事以来、ロランも何故かエリザベートの付き添いという名のもと私のところへよくやって来てくれた。
従兄弟であるエリザベートが何か面倒なことに巻き込まれないか心配なのもあろうが、その最中に垣間見せられる彼の親切に胸の内が温かくなる。
(でも、たまに探るような目で私を見てくるけど気のせいかな………?)
原作のゲームで、ロランは途中からサポートキャラクターとしてストーリーに表立って登場するようになる。
その理由として、決闘で呪具を使用したエリザベートの転落により、彼女の親類であるロランが生家の立場を守るべく、ミーシャに手を貸すといった政治的な事情が挙げられる。
(優しいけれど、それだけじゃないんだよなあ………)
するとその時、ふとエリザベートの前に置いてある本が目に入った。
そんな私の視線に気付いたのか、エリザベートが「これが気になる?」と本を掲げてくれる。
「クラリスが手紙を書いている間に読んでいようかしらと思って借りてきたのよ。この国の女の子なら誰もが憧れる『白薔薇の騎士伝説』よ」
『白薔薇の騎士伝説』
白薔薇の騎士、ルネ・シュヴァリエという女性の伝記小説で、彼女の主人である先代王妃が亡くなられるまでを抒情的に書かれている。
先代王妃が亡くなったのはおよそ20年前。そこから白薔薇の騎士ルネは騎士を引退し、消息を経ったというところで終わっているはずだ。
「えっと、エリザベート様も白薔薇の騎士がお好きなのですか?」
「ええ、もちろん。だって強くて、格好良くて………こんな騎士様に守られたいって小さい頃は胸をときめかせたものだわ」
原作のゲームでは白薔薇の騎士を目指すミーシャに何かと突っかかっていたため「嫌いなのかな?」と思っていたが、そういったわけでもないらしい。
するとそんなエリザベートにロランが呆れた様子で口を開いた。
「エリザベートは小さい頃から白薔薇の騎士に憧れていて、家庭教師の目を盗んでよくごっこ遊びをしていたんだよ」
「ごっこ遊び?」
「ああ、そこら辺の枝を白薔薇の騎士の持つ愛剣に見立てたり、反対に俺が白薔薇の騎士役をさせられてエリザベートが先代王妃様役をやって守られるっていうのもやったたな」
「べ、別に良いでしょう? 小さい頃なんだもの。皆やってるわよ」
「ね?」と言って同意を促してくるエリザベートに苦笑する。私はそういうのをやったことが無かったからだ。
するとその時、こちらに向かって慌ただしい足音が耳に飛び込んできた。
見ればそこにはミーシャとエドガーが並んでいて、真っ先に私の方へ走ってくる。
「クラリス! 一体どういうつもりよ!」
ミーシャの声が図書館中に響き渡る。
いくら歓談が許可されているスペースとはいえ、ここまでの大声は流石に良くないだろう。
しかしそんなことも聞き入れてくれなさそうなミーシャが私に詰め寄ってくる。
「聞いたわよ! マルクス達がクラリスをいじめて停学処分になったって! アイツらがそんなことするわけないのに、どうしてそんな嘘を吐くのよ!」
ミーシャの言葉に私は慌てて立ち上がる。
これ以上ここにいればいい迷惑だとミーシャのもとへ向かった。
「ミーシャ、ここは図書館だから大きな声を出さないで。事情は別のところで話すから………」
「…………どうせそう言って逃げるんでしょう。私のことが気に入らないんなら、私にはっきり言えば良いじゃない」
剣呑とした表情でミーシャは私を睨みつけてくる。
すると彼女は俯いたかと思えば弱々しくこぼした。
「私じゃなくて………私の大切な人を傷付けるなんて、酷すぎるわよ………」
静かに涙を流すミーシャにぎょっとしてしまう。
するとそんなミーシャの肩をエドガーがそっと支えた。
そして涙を流すミーシャの代わりにエドガーが口を開く。
「…………アイツらは目立つし、誤解されやすいところもあるが………気は良い奴らなんだ。ただからかっただけなのを、クラリスが大ごとにしたんじゃないか?」
エドガーの言葉に思わず息を呑む。
この人は一体何を言っているんだろう。
「今回のことでミーシャはひどく傷付いているんだ。どんなにきつい訓練を受けても泣き言一つ言わないミーシャが泣いている姿なんて………ダチとして見てらんねえよ」
友達として。
そう言ってミーシャを支えるエドガーに心が摩耗し、冷えていく。
10歳の頃から婚約者として過ごしてきた彼の姿と、今の姿が繋がらない。まるで他人を見ているようだった。
「なあ、お前はいつからそんな卑怯者になったんだ?」
彼の瞳にはありありと軽蔑の色が含まれていた。
被害者にでもなったかのように責め立ててくるエドガーに言葉を失う。
それと同時に、私はやっと理解した。
そっか。彼にとったら、私はもう加害者なのか。
分かりやすく涙を流すミーシャが被害者で、私が加害者。
だから私よりもミーシャや騎士科の男子生徒達の言い分を信じる。
そして彼が私を試すように言い放った。
「こんなことばかりするようなら、お前との婚約も破棄するからな」
「分かったわ」
「…………………は?」
咄嗟に私の口から出てきた言葉に、エドガーが一瞬虚をつかれたように目を丸くする。
脅しのつもりで言ってきたのだろうけれど、もう限界だ。
こんな茶番にいつまでも付き合ってられないし、ようやく目が覚めたような心地がする。
するとエドガーが怪訝そうな顔をした。
「分かったって………何が………」
しかしその時、私達のもとに図書館の司書がやって来るのが見えた。
そして司書の女性が私達を一瞥し、厳しい口調で告げる。
「いくらここが歓談の許可されているスペースだからとはいえ、騒がれるようでしたら今すぐ出て行きなさい。他の生徒がいなくとも、もし図書館に入ろうとする生徒がいたら驚いて入りづらいでしょう」
そんなご尤もなことを言われ、慌てて謝罪する。
そしてロランが「話はここまでだから帰った帰った」と無理矢理ミーシャとエドガーを追い出そうとする。
「まだ話が…………ッ」
エドガーが何か言いかけて私を見つめるが、それに気付かないふりをする。
今回のことも、生家への手紙へ書こう。
エドガーとの婚約は私達だけの問題ではないから、生家にも判断を委ねなければならない。
その時、エリザベートがそっと私の肩に手を置いた。
見れば心配そうな顔で私を見つめている。
「…………ありがとうございます、エリザベート様。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
そしてそんな彼女に、私は苦笑しながら答えたのだった。
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