第5話 野薔薇会の乙女達
乙女ゲーム『白薔薇の騎士〜運命を切り開く乙女〜』には何人かの悪役令嬢が登場する。
私ことクラリス・フェルゼンはゲーム中盤で闇落ちする悪役令嬢なのだが、ゲーム序盤に登場する悪役令嬢がエリザベート・ヴァロワであった。
ゲームに序盤登場する悪役令嬢エリザベート・ヴァロワ。
『白薔薇の騎士』を目指す主人公ミーシャは古臭い学園の秩序を変えていこうとするが、それに真っ向から立ち塞がるのがエリザベートだった。
────貴女、仮にも貴族の令嬢でしょう? 男子生徒とそんな風に親し気にするなんてあり得ないわ。
────男の子に交じって剣を振るうだなんて、どうせちやほやしてほしくて騎士科に入ったんじゃないかしら。
そんなエリザベートにある日、ミーシャは我慢できず告げた。
────男の子だからとか女の子だからとか面倒ね! そんなに言うんならどっちが正しいか『決闘』で決めましょう!
この王立学園には身分の下の生徒が格上の生徒に対して行える『決闘』というシステムが存在するのだ。
決闘に負けた敗者は勝者の言うことを聞かなければならず、負けることを恐れたエリザベートは呪具を使用してミーシャを負かそうとする。
しかしどんな姑息な手を使われともミーシャは負けない。
見事エリザベートに打ち勝ったミーシャは、それがきっかけで第一王子ウィリアムの目に止まる。
………というのが、悪役令嬢エリザベートの役どころだった。
◇◇◇
エリザベートに連れられてやって来たのは、中央棟のとある一室だった。
使わなくなった旧音楽準備室だったそこは、ヴァロワ侯爵家の多額の寄付金によって改装されたらしく、簡易キッチンと可愛らしいアンティークの丸テーブルが置かれている。
そしてそのテーブル周りには二人の令嬢がいて、突然現れた私に目を丸くした。
「ここは私の主催するサロン『野薔薇会』よ。皆、こちらがフェルゼン子爵家のご令嬢クラリスよ。挨拶なさって」
するとエリザベートの声を皮切りに丸テーブルを囲んでいた令嬢達が席を立つ。
「セシリア・アーデルハイトと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「ヴィヴィアン・ベラスよ。よろしくね!」
文学少女風の装いをした眼鏡の令嬢セシリアと、豊かな赤毛が美しい令嬢ヴィヴィアン。
朗らかな笑みを浮かべて挨拶してくれる彼女達に、私もハッと我に返ってカーテシーをした。
「クラリス・フェルゼンと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。……………えっと、それで、」
どうして私はエリザベート主催のサロンに呼ばれたのだろうか?
そう思いながら私をここに連れてきたエリザベートに首を傾げると、彼女は「空いている席に座って頂戴」と促してくる。
そして目を白黒させながら着席すると、いつの間にかセシリアがお茶を淹れてくれたようで、コトリと前に置いてくれた。
飴色をした紅茶から甘い果物の香りがする。それに強張っていた身体が段々とほぐれていくような心地がした。
するとしばらくして、エリザベートが静かに話し出す。
「…………ここにいるのは、ミーシャ・ホワイトに辛酸を舐めさせられた令嬢達よ」
「え?」
「セシリアやヴィヴィアンの婚約者は騎士科に在籍されていて、何かとミーシャ嬢を優先する彼らに思い悩んでいたの」
その言葉にふとセシリア達を見れば、彼女らは困ったように微笑んでいた。
「言葉にすると情けないのですが、私の婚約者はミーシャ様に懸想していらっしゃるそうで………明るくて、頼もしい彼女と私をよく比べては呆れられてしまうんです」
「そうそう。前は結構仲が良かったんだけど、今では『君と中身のない話をするよりミーシャと訓練した方が有意義だ』とか言ってくるのよ? 酷い話だと思わない?」
仕方なさそうに笑みを浮かべるものの、どこか悲しげな表情をする彼女達に胸が痛む。私も同じだから、彼女達の気持ちが痛い程よく分かった。
するとエリザベートは肩をすくめながら口を開く。
「そうやって他の令嬢に現を抜かす男共に見ているだけで腹が立ったの。少しでも吐き出す場があれば良いと思って男子禁制のこのサロンを作ったのよね」
「そうだったんですね………」
「勿論彼女達だけじゃなくて、他にも色んな悩みを抱えている令嬢もこの野薔薇会に参加しているわ。…………私達、貴族の女は何かとしがらみが多いでしょう?」
そう言ってエリザベートがどこか寂しそうに苦笑する。
その時、セシリアとヴィヴィアンが私に向かって口を開いた。
「実は私達、見ていたんです。放課後、クラリス様がミーシャ様とエドガー様に毅然とした態度でたしなめられていたのを」
「本当に格好良かったわ! まさかクラリスにあんなに強い物言いができるなんてびっくりしたの。もちろん良い意味だから誤解しないで!」
あ、あれを見ていたのか………。
格好よくミーシャに注意してやろうと意気込んでいたものの、全くうまくいかなくてただ場をかき乱しただけなのだが………。
けれど、こんな風に褒められると少しだけ嬉しかった。私の醜態が誰かの気持ちを軽くできたのなら何よりだ。
するとエリザベートが「本題に入るけれど」と静かに話す。
「……………最近、貴女の様子がとても気になっていたの。前々からミーシャ嬢は貴女の婚約者であるエドガー・ウッドロックと仲睦まじくしていたでしょう?」
そんなエリザベートの言葉に再び身体が強張る。
しかし硬直する私に気付いたのか、エリザベートは慌てて首を横に振った。
「やだ、ごめんなさい! 話したくないなら話さなくて良いのよ? 今日はお茶するだけでも全然良いし! 余計なお世話だったら本当にごめんなさい!
…………でも今日たまたま見かけた時、とても深刻そうな顔をしていたから、つい追いかけて呼び止めてしまったの」
大丈夫?
そう心配気に問いかけてくれるエリザベートに呆然としてしまう。
(………………エリザベートって、こんなに優しい女の子だったんだ)
ゲームではいつもミーシャに怒っていたから、きつい印象しかなかった。
けれど目の前にいる、気遣わし気に私を見つめる女の子を前に戸惑ってしまう。
大丈夫?
大丈夫なんかじゃない。
だって、私────
「えっと、私、その………………」
気が付けば、今日まで起きたことをぽつりぽつりと吐露していた。
自分の気持ちがミーシャやエドガーに伝わらず悲しかったこと。
騎士科の男子生徒達から水をかけられ、こっそりと嘲笑されたこと。
いつの間にかロッカーの鍵が破壊され、私物が盗まれたこと。
騎士科の男の子達がわざとぶつかろうとしてくること。
そんな彼らが陰で私を侮辱していたこと。
この一週間の間に起きたことを、何だか他人事のような気持ちで話す。
けれど段々と恥ずかしくなってきた。
こんなこと話して何になるんだろう。自分のことを惨めで舐められやすい人間なんだと自己紹介しているようなものじゃないか。
「…………といった感じで、色々と積み重なって参ってしまっていたんです。その、本当は自分の力で解決しなきゃならないのに、お恥ずかしい限りで………」
話し終える頃にはサロンは静まり返っていて、気まずさのあまりつい愛想笑いをこぼしてしまう。
初対面の相手にこんな重たい話をいきなりぶつけるなんてあり得ないだろう。エリザベートやセシリア達もさぞ困っているに違いない。
(もうここから帰った方が良いかも)
そして席を立とうとしたその時、エリザベートが口を開いた。
「────今からそいつらをぶちのめしに行きましょうか」
「………………え?」
それからエリザベートは神妙な面持ちで立ち上がり、セシリアとヴィヴィアンを見据えた。
「所用が出来たから、今日のところは失礼してもよろしいかしら」
「ええ、勿論です。例えその男子生徒達の中に私共の婚約者がいても手加減しないでくださいませ」
「というよりも、そんな馬鹿げたことを仕出かしている一員の可能性が高いわ。クラリス、その者達の名前は分かる?」
ヴィヴィアンの言葉に私は思案する。
私に対して執拗に絡んでくるのは五人の男子生徒達。
家名までは分からないけれど、互いの名前を呼び合っていたのを覚えていた。
「ええと、確か………マルクスに、アルフレド……それからダリルに、ワートルビーに、トーマスと呼ばれていたような………」
そう答えれば、セシリアもヴィヴィアンも沈痛な表情をする。
そして彼女らはその場で席を立ち、頭を垂れた。
「クラリス様、騎士科のマルクスと言えば、マルクス・ボードム………私の婚約者しかおりません。この度は婚約者のマルクスが大変非道な行いをし、誠に申し訳ありませんでした」
「同じくワートルビー・ジャガーは私の婚約者よ。クラリス、私の婚約者が貴女に迷惑をかけて本当に申し訳なかったわ。この件は私から生家へしっかりと伝達し、婚約を改めて見直すようにするわ」
そんな彼女らに私は咄嗟に首を横に振る。
するとエリザベートが私の手を取った。
「行くわよ、クラリス」
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