第33話 決闘②
小さい頃、上級魔物をたった一人で倒したがために、私は当時住んでいたパルヴァス村の住民達から恐れられてしまった。
気が弱くて引っ込み思案だった私に優しく声をかけてくれた農家のおばさんも、貴族の娘とはいえ朗らかに遊びに誘ってくれた近所の子供達も、私を『化け物』と遠巻きにして怯え出す。
そしてそれ以来、私は屋敷に閉じ籠り剣を辞めた。
けれどそんな私に、母が優しく言ってくれた言葉を思い出す。
「────大丈夫。クラリスがそんな子じゃないってことは、本当は皆分かっているから」
屋敷の自室にて。
部屋の隅でうずくまる私に、母は仕方なさそうに苦笑して声をかけてくれる。
しかし幼い私はもごもごと口篭らせた後、小さな声で口を開いた。
「でも……」
「でも?」
不思議そうに首を傾げる母に、私はしどろもどろ話す。
「……本当はそうじゃないって分かっているのに、段々それが本当のことのように思えてくるの。私は化け物で、簡単に誰かを傷付けちゃうような人間かもしれないって……」
違うと頭の中で否定しても、父や母からそんなことないと言われても段々そう思えてしまうのだ。
本当は私は化け物で、だから皆から恐れられると。
そうじゃなくともそう思えてしまって、自分自身が嫌いになって、このまま消えて楽になりたいとまで思ってしまう。
しかし母はそれを力強く否定した。
「あのね、何度も言っているけど、クラリスは絶対にそんな子じゃない。男の子を守ろうとして、たった一人で魔物に立ち向かった勇敢な子よ。……まあ、正直言って助けを呼んでほしかったのは否定できないけど」
「う、うん。ごめんなさい……」
「…………クラリス、多分今は何を言ったって自分で自分を責めてしまうと思う。でもね、本当にそんなことないの。貴女は優しくて勇敢な子よ。お母さんもお父さんも、何度だって貴女に伝えるから」
そう言いながら、母が蹲る私をそっと抱き寄せる。
「きっといつか、お母さんやお父さんだけじゃなくて、本当の貴女のことを分かってくれる人が現れると思うわ」
「そうかな……」
「たとえば、ほら。貴女は将来王都の学園に通うことが決まっているでしょう? その時にきっとお友達ができるかもしれないわ」
「まあ、友達は絶対に必要ってわけじゃないんだけどね」と苦笑しながら母は話す。
そしてそれは、母の言う通りだった。
王立学園に入学して、エリザベートやロランと出会って、私は再び剣を握った。
自分は化け物ではないと、彼らのおかげで信じられるようになったのだ。
(……──でも、オルガは?)
聖女リリアの悪意によって吹聴された噂に振り回され、クロードからは『闇の魔術師』だと罵られる。
何も思い通りにならなくて、辛くて、幼い頃の私のように自分が化け物で──価値の無い人間だと思えてしまうんじゃないだろうか。
(オルガの気持ちは分からない。だけど……)
もしそうだったら、それはどんなに悲しいことだろうか。
私はそれが、痛い程分かってしまった。
◇◇◇
「何故、オルガ・ノースモントのためにそこまでする!? 神聖な決闘を他人に託すような覚悟のない奴に、そこまでの価値があると思うのか!?」
クロードの言葉に信じがたい程の怒りが沸き上がる。
この人は一体何を言っているんだろう。
神聖な決闘を他人に託すような覚悟のない奴?
そんなわけないだろう。
「……──訂正してください」
「何?」
「今の言葉を、訂正しろと言ったのよ」
私の言葉にクロードが眉を顰めた。
額から流れる血で目が霞む。
けれどこの何も分かっていなさそうな目の前の青年に言わなければならないことがある。
「…………そもそもこの決闘は、この私がオルガ様に代理として出ると頼み込んだものです。何者かによって杖を破壊され、尚も決闘に出ようとするオルガ様を私が無理矢理引き留めたに過ぎません」
そう説明すると、クロードが目を見開く。
すると彼は首を振って声を上げた。
「杖の破壊なんて、どうせ自作自演だろう! お前を決闘に出させるための方便なんじゃないのか!?」
「オルガ様は私よりも何倍も強いです。対魔術師相手なら、私なんかよりもオルガ様がご自身の杖で戦った方が勝率は高いでしょう」
けれど杖は破壊されたのだ。
その事実だけでも、オルガが自演で杖を破壊したという話が嘘であることは明白だろう。
そして私は怪訝そうにするクロードに続けた。
「その上であの方は……オルガ様は自分の無実と尊厳を懸けて、この決闘を私に託してくれました。私が負けたらオルガ様は学園を退学することになります。
……貴族の娘が退学をしたらどうなると思いますか? どこかの誰かと結婚? そもそも結婚できなかったら? 多額の免除金も支払うことができなかったら?」
オルガの生家であるノースモント伯爵家は財政難が続いていると聞く。彼女の妹が高額な薬を必要としていることも知っている。
持参金も用意できず結婚できなかったら、どうなるか。
学園在学の免除金も用意できなかったら、どうなるか。
「『忠誠の呪印』を身体に刻むことになります。それがどういったものかご存知ですか?」
「? 王家に忠誠を誓う証だろう」
「それだけの意味なら問題ありません。王家への忠誠は当たり前のことだから」
しかし忠誠の呪印は、それ以外の意味も持つ。
「婚姻によって家を繋ぐこともなく、子を為すこともなく、国に財を蓄えることさえしない魔力を持った貴族の令嬢──そのような者が貴族社会の中でどう扱われるか」
危険な『異分子』として一生爪弾きにされるだろう。
だから学園は余程の理由がない限り、生徒達を退学させない。私に嫌がらせをした騎士科の男子生徒達が停学となり、ミーシャが学園を辞めず休学しているのが良い例だ。
罪人のような刺青を身体に刻み、オルガの人生は厳しいものとなるのだ。
だからオルガは、人生そのものをこの決闘に懸けている。
「それを貴方は…………お前は、何と言った?」
そう問い掛ければ、クロードは閉口する。
神聖な決闘を他人に託すような覚悟のない奴?
そんなオルガに価値があるのかだって?
杖を破壊され、自殺するかのような心地で決闘を挑もうとしたオルガが、人生そのものを懸けて私に託してくれた。
「自分の無実と尊厳を懸け、決闘を託してくれたオルガが──どれだけ傷ついても、それでもこの学園で頑張ろうとしていた彼女が……ッ! 覚悟なき者であるはずないだろう!」
そんなオルガに、価値なんて──
「────オルガの価値を、お前が決めるな!」
そして私は自身の足に《身体強化》をかける。
魔術科の天才クロード・セルヴァンの攻略法はすでに知っているのだ。
乙女ゲーム『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』にてミーシャは訓練と称して、クロードと手合わせすることがある。
その際にクロードの固有魔法《影の具現化》は、魔法を放つ距離や具現化する規模を綿密に演算しなくてはならず、クロードの視界の範囲でしかそれは展開されない。
そのため対クロード戦において目くらましのアイテムや魔法を使い、クロードを倒すことが定石だった。
しかしここはゲームではなく現実で、アイテムなんか使えばルール違反であるし、基本的な付与魔法しか使えない私には魔法によってクロードの視界を奪うことはできない。
(それならやっぱり、クロードの視界の外から攻撃するしかない!)
《身体強化》を足にかけ、影から生み出される無数の黒い刃をいなしながら、クロードの間合いまで近寄ろうとする。
しかし彼が杖を振るった瞬間、黒い影の鋭い鞭がこちら目掛けて迫ってきた。
それを私は剣ではなく、《身体強化》をかけた腕で掴み上げる。
「な、」
強化をかけているとはいえ、魔法で生み出された鋭利な鞭に触れれば、手の平がぱっくりと割れて血が滴る。
そんな私にクロードは目を見開きながらも、再び影から黒い刃を生み出した、が。
──私の身体を貫通することは無かった。
脱ぎ捨てた決闘用の礼服のジャケットに影の刃が貫通する。
ジャケットは目くらましのようにクロードの正面に広がった。
「くそ、どこに……ッ」
クロードの視界を奪い、彼の後ろに回り込む。
そして私は自分の持ちうる魔力をアルヴェインに注いだ。
私の魔力と大気中の魔素が吸い寄せられ、白く輝く聖剣。
その大量の魔力を帯びたアルヴェインはバチバチと火花を散らし、唸るように刀身を震わせる。
光の剣は円形闘技場のフィールドに蠢くクロードの影を消し去るかのように強く瞬いた。
「そこかッ!」
クロードが私に気付き、杖を振るおうとする。
けれどそれはスローモーションのように見えた。
剣を握りしめ、一歩踏み込む。
無数の影の刃が迫りくる。
防御魔法も展開せず、今ある全てをこの一振りに捧げる。
どんなに傷付こうとも構わない。
オルガが耐え抜いたこれまでを思えば、それは些細なものだから。
そして私は、影の刃ごとクロードの身体を叩き切った。
魔力でコーティングした剣でクロードが場外へと飛ばされていく。
砂埃を舞わせたその先にはぐったりと倒れ伏した青年の姿があり、戦闘不能となったクロードを前に円形闘技場の客席はしんと静まり返った。
額から血を流しているため、意識が朦朧とする。
けれどまだ、やることが残っているのだ。
アルヴェインを地面に突き刺し、体勢を整える。
そして私は力の限り、叫んだ。
「────『聖女』リリア・フォンティーヌ!!!」
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