第34話 決着
クロード・セルヴァンを倒したからといって、まだ終わったわけではない。
私は力の限り『聖女』リリア・フォンティーヌの名を叫び、客席にいるだろう彼女を見据えた。
案の定、リリアは円形闘技場の客席で友人と思わしき女子生徒達と観覧しており、私の声にびくりと肩を震わせる。
そしてそんな彼女に私は声を張り上げた。
「決闘裁判が始まる前に女子トイレで話されていましたよね!? オルガ・ノースモントを陥れるために、わざと地下室で禁薬の生成をしてるという噂を流したと!」
その言葉に客席はどよめく。
私とリリアを見比べ騒めく観客達に、リリアは顔を真っ青にさせながら叫んだ。
「そんなことするわけないじゃない! 私が言ったという証拠はあるの!?」
「…………ということは貴女はやってないと?」
「え、ええ! 私がやるわけないじゃない! それなのにこんな人の多い中で、私に冤罪を被せようだなんて酷すぎるわ……!」
そう言ってリリアは顔を覆い、さめざめと泣き始める。
周囲の生徒達がリリアに同情した様子で寄り添う姿を見つめ──今までこうやって周りを味方に付けてきたのかと理解した。
彼女の涙が本当かは分からない。
けれど今ここで、はっきりさせなければ。
「……──ならば何故、オルガ・ノースモントの寮室に禁薬の材料を置こうと企んでいるのですか。……言っていましたよね? 決闘でもしクロード様が敗北した際には、オルガ様の寮室に禁薬の材料を置いて彼女を追放させてしまおうと」
その言葉にリリアの身体がぴたりと硬直した。
リリアだけでない。円形闘技場の客席がしんと静まり返る。
生徒達は段々とざわめき始め、少しずつリリアから距離を取ろうと後退する
「そんなこと企んでなんか………! 全部でたらめよ!」
「ですが、オルガ様の寮部屋に仕込むために貴女の部屋に禁薬の材料を保管していると。先程貴女がお友達の女子生徒に楽し気に話しているのをはっきりと聞きましたよ」
「な、」
次の瞬間、リリアは弾かれたように席を立つ。
そしてそのまま客席から駆け出そうとする彼女に、私は再び声をかけた。
「────待ちなさい。何故逃げようとするのですか。全部でたらめであるのなら、ここで冤罪であることを証言すれば良いでしょう。
…………それともまさか、本当に貴女の部屋に禁薬の材料があるから、それを取りに行こうとしているわけじゃありませんよね?」
全部でたらめなら、そんなことをする必要はないだろう。
そう告げてみせれば、リリアは地面に足を縫いつかれたかのように固まってしまう。
私に背を向けているためどんな顔をしているか分からない。
けれど肩をいからせ、拳を握り、小刻みに震えている。その姿に、リリアがどんな表情をしているか一目瞭然だった。
そして私は彼女が逃げないよう、一人の教師の名を呼んだ。
「トレメイン先生!」
「な、何です……?」
客席で事の顛末を見ていた眼鏡の教師、トレメインに声をかける。
普段パシリとして扱っている私に名指しされたものだから驚いているのだろう。
そんな彼に私は申し出る。
「トレメイン先生、転移魔法をお使いになる貴方にお願いしたいことがございます。今すぐリリア・フォンティーヌの寮部屋へ転移し、彼女の部屋を調査していただくことはできませんか」
お願いします、と頭を下げる。
今この場ですぐに調査しなければ、リリアやその取り巻きが隠蔽してしまうかもしれないからだ。
しかしトレメイン先生は言葉を失ってしまったのか何も言わない。
ミーシャと同じく、リリアはトレメインのお気に入りの生徒だ。表向きは素行が良く、自分にも懐いてくれる生徒の醜聞を信じたくないのかもしれない。
(いきなりだし、やっぱり無理か……)
そう諦めかけた次の瞬間、客席から明朗な声が響き渡った。
「決闘代行者クラリス・フェルゼンよ! 今言ったことは誠か!」
リュネール王国第一王子、ウィリアムだ。
客席から立ち上がり、じっと私を見据えている。
それに頷いてみせれば、彼は「そうか」と言ってトレメインに顔を向けた。
「禁薬の材料を誠に所持しているのであれば、それは重罪だ。──トレメイン教諭! 貴殿の転移魔法で今すぐ女子寮へ向かって行っていただけないだろうか?」
そんなウィリアムの言葉にトレメインはどこか呆然とした様子で頷き、リリアは口から「え、は?」と声を漏らす。
そして彼は苦笑しながら続けた。
「であるが、調査をするにも無遠慮に婦女子の部屋を荒すのは良くない。エリザベート! 同性としてお前がトレメイン教諭と共にリリアの部屋へ飛んで行ってくれないか」
「ええ、勿論です」
エリザベートが至極当然だというように客席から立ち上がる。
そしてエリザベートはリリアのところへ向かおうとし始めた。
トレメインもウィリアムに促され、リリアのもとへ転移しようとしている。
周囲は信じられない様子でリリアを見つめ、彼女を中心に円を描くように遠巻きに眺めている。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
逃げられない。
そう思ったのか、次の瞬間リリアは周りの生徒達を押しのけ駆け出そうとした。
しかしそれを、どこからともなく現れたロランが取り押さえる。
「は、離して! 離せえええッ! あのクラリスって女が私を貶めようとしているのよ! 私は何もやってない! 何も知らないッ!!」
髪を振り乱しながら暴れる聖女の絶叫が闘技場に響き渡る。そんなリリアの様相に周囲の生徒達は顔を引き攣らせた。
禁薬の材料の多くには違法薬物が含まれているのだ。
もし本当にリリアが所有しているならば、次期教皇候補から外れるだけでなく実刑処分が下るであろう。
暴れるリリアと涼しげな顔をして取り押さえるロランを一瞥した後、ふと気になってオルガを窺った。
しかし彼女はリリアではなく、心配そうな顔をして私を見つめている。
(もう、大丈夫かな……)
後はウィリアムとエリザベートがうまくやってくれるだろう。
そう思った瞬間、身体の力が一気に抜けてしまった。
額から流れる血が想像していたよりも多くて、ぼうとする。
「クラリスッ!」
オルガの驚いたような叫び声が聞こえる。
しかしそのまま、私は地面に倒れ伏し、気絶してしまった。
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