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「ただの友達だから」と言って婚約者とイチャつく騎士系令嬢を物理で返り討ちにします  作者: ふくふくまる
第2章

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第31話 聖女の企み




 魔術科の天才クロードと悪役令嬢オルガとの決闘は瞬く間に学園に広まった。

 元々吹聴されていたオルガの悪評もあり、その決闘は表向き「クロード・セルヴァンが悪女オルガに正義の鉄槌を下す」と見られ、学園全体でオルガを侮蔑する空気ができてしまっていた。

 

 勿論私を含め、野薔薇会の皆はなるべくオルガと共にいるようにしたが、日に日に増えていく悪評と軽蔑の眼差しにオルガは憔悴していく。


 そして決闘当日、円形闘技場の控室にて。

 オルガの心(それ)はとうとうぽっきりと折れてしまった。

 

「……──杖が壊された?」

 

 控室には一度決闘をしたことがある私とエリザベート、そして決闘者であるオルガがいる。

 そして彼女は、杖だったものらしき木片と粉々に砕かれた魔石を手にしながら項垂れていた。

 

「決闘の前に決闘者は武器に呪具や呪いが仕込まれていないか、学園の教師によって審査されるでしょう? その際に保管していたはずの杖が盗まれたらしくて、見つけた時には、こんな風に壊されていたみたい」

 

 その言葉にエリザベートは静かに口を開く。

 

「……学園側の過失ね。決闘の日にオルガの杖が盗まれた上に、こうやって破壊されるなんて有り得ないわ。教師の口から責任もって決闘の延期の説明と杖の補填をさせるべきよ」

「ええ、そうしてくれると言ってくださったわ。ただ……」


 言い澱むオルガにエリザベートが眉を寄せる。

 それにオルガは苦笑し、続けた。

 

「もしかしたらこの先、こういった妨害がずっと続くかもしれないぞって言われたの。今回の決闘の延期と杖の補填は勿論行うけれど、学園側としてはこういったことが続くとなると、生徒間の問題ということで対処は難しくなるかもって……」

「はあ?」


 努めて冷静に振る舞おうとしていたエリザベートが怒りで顔を真っ赤に染める。

 そしてエリザベートは「誰がそんなことを言ったのよ!」とオルガに詰め寄った。

 

「トレメイン先生よ。私、あまり好かれていなくて……」


 オルガの言葉に一瞬で納得してしまう。

 彼は自分に懐いてくれる生徒が好きであるため、どこか澄ました印象のオルガとは相性が悪いだろう。

 エリザベートが「あの陰険教師が……」と憎々し気に呟いている。

 

 するとオルガは肩をすくめて噴き出した。

 

「……ふふ、私、ずっとこんな感じなのよね。うまくいってると思った時は絶対にどこかで躓いちゃうし、頑張ろうと思った時は空回っちゃって、良くない方向に転がって行っちゃうの」

 

 オルガが顔を俯かせて、自嘲するように笑う。

 表情は分からなかったけれど、声がかすかに震えていた。

 

「全然上手に生きれなくて、人とうまく関われなくて、いつも妹に心配かけてた。そんな私に妹(ヘレン)が『身体が弱くてごめんね』って。『もっと元気だったら、お姉様と一緒に色んなことができるのに』って謝ってくれた。……──謝る必要なんて、どこにも無いのに」

 

 ヘレンの方が辛いはずなのに。

 そう言って肩を震わすオルガの顔から、ぽとぽとと涙が零れ落ちる。

 

 しかし彼女はぐっと涙を拭い、顔を上げた。


「でも、大丈夫。先生に貸出用の杖を頼んだから」

「貸出用の杖って……貴女、あの杖は最低限の性能しかないのよ。オルガの得意な複合魔法は勿論、並の攻撃魔法だって……」


 そんなオルガにエリザベートが言葉を失う。

 

 貸出用の杖は古く、おそらくオルガの魔法の出力だとすぐに壊れてしまうだろう。それを決闘で使うなんて自殺行為にも程がある。


 いや──


「ありがとう。でも大丈夫。これからも妨害されることを考えたら、今日で全てを終わらせた方が良いわ」


 そして彼女はどこか、全てを諦めたような瞳をして微笑んだ。

 

「これから先、もっと妨害されてしまったら……そのせいでもし周囲の人に迷惑をかけてしまったら、その方が私には辛いから」

 

 

 ◇◇◇


 

 とりあえずトレメインをぼこぼこにしよう。


 そんなことを考えながら、私は円形闘技場の通路を歩いていた。

 トレメインに会い、どういうつもりでオルガにあんなことを言ったのか問い詰め、学園の他教師陣に生徒一人に対して加害的な言葉を投げつけた教師(トレメイン)の処遇をどうするか聞く所存であった。


 すでにトレメインに嫌われている私としては何も怖いものはない。

 むしろ停学上等でトレメインを一発殴ろうかとさえ思っていた。

 

(トレメインは一体どこに……)

 

 するとその時、人通りの少ない廊下の──女子トイレから複数の女子生徒達の声が聞こえてきた。

 生徒はほとんど客席に集まっているため、珍しいなと思いながら通り過ぎようとする。

 

 しかし女子トイレから聞こえてきた会話に、私は足を止めた。

 

「……──さっすがリリア! リリアってば、どうやってオルガの杖を壊したのよ!」

「え~? 簡単よ。『勉強教えてください』って職員室にはいって、こっそり鍵を持ち出すだけ。後は保管室に入って杖を壊せば楽勝よ」

「今頃オルガ、焦ってるでしょうね。今日の決闘は延期になるはずよ」

「そしたらきっと決闘から逃げたんじゃないかって皆からブーイングされるわね!」

 

 リリアと呼ばれたその名前に身体が硬直する。

 リリアという名は学園で一人しかいない。


 『聖女』リリア・フォンティーヌ。

 乙女ゲーム『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』の主要キャラクターで、シナリオ後半から登場するミーシャの女友達。


 すると一人の女子生徒が心底不思議そうな声音で聞く。

 

「ていうか、何でそんなにオルガを目の敵にするのよ?」


 それにリリアと思わしき生徒がくすりと笑った。


「だってあの子、見ているだけでイライラするじゃない。ちょっと顔が綺麗だからって調子に乗って。入学したばかりの頃、オルガと少し話したんだけど、妹の治療費を稼ぐためにポーション作りのバイトしてるんですって。『すごいね~』って言われたいの?ってびっくりしちゃった」

「キャハハ!」

「ていうかバイトの話も嘘だったりして! だってあの子、貴族なのよ? 貴族のお姫様がお金に困るわけないじゃない!」

「ああ、目立ちたくてわざとそういうキャラを作ったってこと?」

「そう! 本当に腹が立つわよねえ。早く退学になってくれないかしら。せっかくクロード先輩を焚き付けたんだから」

 

 そして女子生徒達が無邪気に笑い合う。

 すると他の女子生徒が「でも」と尋ねた。


「もし万が一、クロード先輩との決闘にオルガが勝っちゃったらどうするの?」

「大丈夫。もしそうなったらオルガの寮部屋に禁薬の材料を忍び込ませるわ。聖教会経由で材料を調達するの、本当に大変だったんだから」

「リリアってば本気じゃん!」

「今は私の部屋の金庫に保管してるけど、いざとなったら使うつもりよ」

 

 そう言って女子生徒達が再びけらけらと甲高く笑う。

 その悪意溢れる無邪気な笑い声が、どこか遠くから聞こえるようだった。


 彼女達の話を聞いて、全ての辻褄が繋がってしまった。


 突如流れ始めたオルガ・ノースモントの悪評。


 地下室でのポーション作り。


 ゲーム終盤でオルガの寮部屋から見つかった──大量の禁薬の材料。


 そして、学園から追放された悪役令嬢オルガ。

 

 その全てが聖女リリアの企みで、彼女の純粋な悪意によってオルガの尊厳が奪われたのだ。


 頭は熱を持ったように熱くなり、手足は凍えるように冷えていく。

 あまりの理不尽さに怒りが込み上げ、身体が震えた。


 そして私はその場でしばらく立ち尽くし、踵を返す。

 控え室にいるオルガのもとへ行くためだ。

 

 円形闘技場の長く薄暗い廊下を駆け出す。


 脳裏にオルガのこれまでの言葉が過った。

 

 ────全然上手に生きれなくて、人とうまく関われなくて、いつも妹に心配かけてた。


 ────そんな私に妹(ヘレン)が『身体が弱くてごめんね』って。『もっと元気だったら、お姉様と一緒に色んなことができるのに』って謝ってくれた。……──謝る必要なんて、どこにも無いのに。


 ────ありがとう。でも大丈夫。これからも妨害されることを考えたら、今日で全てを終わらせた方が良いわ。


 ────これから先、もっと妨害されてしまったら……そのせいでもし周囲の人に迷惑をかけてしまったら、その方が私には辛いから。


 彼女はどんな気持ちでああ言ったのだろうか。


 そして控え室に辿り着き、勢いのまま扉を乱暴に開け放つ。

 

「クラリス!? どうしたのよ……」

 

 勢いよく現れた私にエリザベートが目を丸くする。

 項垂れて座り込むオルガにエリザベートが優しく背中を擦っていた。


 そして私は、椅子に座るオルガの前へ膝をつく。


「オルガ・ノースモント様」


 オルガがどこか呆然とした様子で顔を上げる。

 涙で濡れた薄紫の瞳に、私の姿が映った。

 

 

「────この決闘、クラリス・フェルゼンに代理を務めさせていただけないでしょうか」



 

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