第3話 悪役令嬢クラリス・フェルゼン ミーシャ視点
クラリスと別れたミーシャは、真っ先に騎士科の生徒達がよく集まる訓練場へ向かう。
放課後というのもあり、授業を終えた騎士科の男子生徒達が訓練着に着替えて剣を振るったり、走り込みを行ったりしていた。
そんな中で、ミーシャは訓練場の端の方に集まって談笑する派手めなグループを見つける。
そして彼女はそのグループに向かって突進していった。
「ちょっと、集合! しゅうごーう!」
いかにも怒っていますといった雰囲気で威勢よく話しかけるミーシャに、そのグループの男子生徒達が「お、ミーシャじゃん」と気安げに返した。
「どうしたどうした。何か怒ってんじゃん。お菓子でもいるか?」
「やったあ、ちょうど甘いものほしくってさー…じゃなくて! もう本当に大変なことが起きたんだから、真面目に聞いてよ!」
からかってくる男子にミーシャが「えい」とわき腹をこづく。そしてミーシャは深く溜め息を吐きながら口を開いた。
「やっぱり女の子って無理。面倒くさすぎて嫌になるんだけど」
「はあ? 何があったんだよ」
「何かさー…色々言われちゃって。特進科に所属するクラリス・フェルゼンって子知ってる? その子から『私の婚約者を取らないで!』みたいなことを言われちゃったの」
ミーシャが肩を落としながらそう話せば、男子達が「怖え」と言いながら笑みを浮かべた。
「クラリス・フェルゼンってあの? 金髪で大人しくて、いかにも深窓のご令嬢みたいな子だろ?」
「知ってる知ってる。あの大人しそうな令嬢だろ? そういったことをはっきり言うタイプには見えなかったけどな」
「うーん、別にはっきりとは言われなかったけど『婚約者のエドガーと仲良くしたら他の貴族達からどう思われるか分からないの?』って………ちょっと脅し?みたいなことを言われたのよね」
「うわあ………」
「明らかに私とエドガーの仲に嫉妬してるのに、そういう全然関係ないこと言われて、結構堪えちゃったっていうか」
彼らの言葉にミーシャは心底面倒くさそうに眉をしかめる。先のクラリスの言動は思い出しただけでも頭が痛くなるものだった。
ミーシャとエドガーはただの友達同士だから大丈夫と言っても理解する様子なんてなく、果ては関係ないはずの生家まで持ち出してくる始末。
自分と違って淑やかで可愛らしいクラリスをミーシャは「お人形みたい」と気に入っていたのだが、あんなことを言われれば萎えてしまうのも当然であった。
「…………クラリスとはちょっと仲が良いって思っていたんだよね。私、こんな風にがさつだから今まで女友達もいなくて、クラリスと話すようになれて嬉しかったのに………」
自分とは正反対の、気弱で淑やかな令嬢クラリス。
彼女のあの気の弱さに時に苛立つこともあったけれど、他の女の子達と違って自分を遠巻きにしないし、座学の授業で何か困ったことがあるとすぐに助けてくれた。
それなのにあんなことを………。
きっと本当は他の女の子達同様ミーシャのことが気に入らなくて、陰であることないこと言っていたに違いない。
そう思うとミーシャの目から涙がこぼれた。
「あ、あれ? やだ。ごめん。泣くのはずるいよね。でも本当に悔しくてさ。クラリスのこと純粋で優しい子だと思っていたけど、やっぱりそういう子に限って裏があるんだって改めて思い知らされちゃった」
くすんと鼻を晴らすミーシャに、男子生徒達は痛ましいものでも目にしたかのように見つめた。
男勝りで、太陽のようなミーシャが泣いているのだ。
このグループの中には密かにミーシャを想っている者もいる。というよりも全員がミーシャに対して淡い恋心のようなものを抱いていた。
他の令嬢や自分達の婚約者は綺麗なドレスを纏って甘いお菓子を食べるだけ。
顔の良い美男子を追いかけ、本音とも冗談とも分からない上っ面な会話をして、騎士科の特訓で汗や泥にまみれる男達をさぞ汚らわしそうに見つめる。
しかしミーシャは違った。
この国で初めて騎士となった女性『白薔薇の騎士』に憧れて、自分達と同じように汗や泥にまみれて努力する。
そんなミーシャに惹かれない方がおかしいだろう。
しかし誰もミーシャに対して表立ってアプローチしなかった。彼女が自分達のことを「ただの友達だから」と言い切るから。
けれどそんな純粋なミーシャの思いを踏み躙ったクラリスという令嬢に嫌悪感が湧く。
「……………確かにクラリスみたいな子って裏表がありそうだよな。大人しい顔して裏ではえげつないことしてるんじゃないかって前から思ってたんだよ」
するとその時、一人の男子生徒がぽつりと呟いた。
それにミーシャが目を見開く。
「え!? 私、クラリスがそういうタイプだってこと全然気付かなかったんだけど!」
「ミーシャはお子ちゃまだからなあ。ああいう人畜無害そうな子ほど裏で何をしているか」
そんな彼に続くように、他の男子生徒達も口々話し出す。
「婚約者だってあのエドガーだろ? あいつ鈍そうだし、どうせ『か弱くて守ってやらなきゃ』とか見当違いなことを思ってそうだよな」
「あー確かに。クラリスって子、いかにも『女』って感じだもんなあ」
「それこそ俺ら騎士科のことを見下してたりして。だからミーシャに対しても、下に見て脅してきたんじゃね?」
男子学生の言葉を皮切りに、クラリスに対しての悪意が伝染していく。
するとちょうど、ミーシャの後ろからエドガーが遅れて現れた。
合流したエドガーに男子生徒が尋ねる。
「なあ、エドガー。お前の婚約者ってどんな子? 結構裏表がありそうな感じ?」
「ああいうお淑やかで清楚な子って、どうせ裏では騎士科のことを馬鹿にしてるんだろ」
突然そのようなことを言われてエドガーは虚を衝かれる。
クラリスは決してそのようなタイプではないからだ。
しかし…………
────どうでも考えても良い訳ねえだろ。
先に見たクラリスの、彼女らしくない行動に「今まで自分が見てきたクラリスはほんの一面に過ぎなかっただけかもしれない」と思い直す。
「正直………分かんねえ。アイツは大人しくて可愛くて、ずっと守ってやんなきゃって思ってたけど、今日のミーシャへのあたりの強さを思うと、自分が見てきたのは何だったんだろうって………」
そんな彼の言葉に騎士科の男達は頷く。
大人しくて、気弱な令嬢クラリス・フェルゼン。
しかし裏では騎士科のミーシャに醜い嫉妬をぶつける悪役令嬢。
彼らの中で、クラリスへの印象ががらりと変わったのは言うまでもなかった。
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