第2話 ざまあ小説のようにうまくいかない
────どう考えても良いわけねえだろ。
つい口から出てしまった言葉に、エドガーもミーシャもポカンと固まる。
それに私はハッと我に返った。
(い、いやいや、私ってば何言っちゃってるの!)
前世の記憶を思い出す前はお淑やかな令嬢だったのだ。それなのにあんな乱暴な言葉を使ったら、エドガーもミーシャもびっくりするだろう。
現に彼らは私を見つめて、目を丸くしている。
「…………クラリス?」
「え? ええと、ごめんなさい。今少しだけ意識がぼうっとしちゃって、自分でも何を言ったかよく分からないの」
怪訝そうにするエドガーに慌てて誤魔化す。
全く誤魔化せていない気もするが、何も取りつくろわないよりかはマシだろう。
そして私はしどろもどろになりながら再度尋ねた。
「えっと、その、何のお話だっけ?」
「だからエドガーと一緒に街に出掛けてくるねって話してるのよ! ね? 良いでしょ?」
気を取り直した様子で話すミーシャにやっぱり思う。
良い訳ないでしょう、と。
むしろ行けるものなら行ってみなさいなといった感じなのだが、そもそも彼らは何が問題なのか理解できていないのだろう。
そんなミーシャ達を放っておくことはこの国を生きる貴族の一員として流石にできないし、無意識とはいえ散々見下されてきたのだ。ちょっとばかし言い返してやりたいという気持ちも湧き上がる。
(そ、そうよ。私だって言える! 前世で散々読んだ『ざまあ系』の令嬢達みたいにズバッと言って、かっこよく解決してみせる!)
前世の記憶を思い出した今、私はもうただの『気弱なだけの令嬢』ではないのだから。
「……………ええと、ミーシャはどうしてエドガーと二人きりで出掛けたいのかしら?」
「別に深い意味なんて無いわよ。ただちょっと気分転換に街に出掛けたいだけ」
「気分転換?」
「ええ。クラリスは特進科だから分からないだろうけど、騎士科の必修授業ってどれも本当に大変なんだから!」
分かりやすく溜め息を吐くミーシャに何とも言えない気持ちになる。遠回しに「特進科よりも騎士科の方が大変」と言っているのだろう。
おまけにミーシャが「友達同士で遊びに行くだけなんだから、変な勘違いしないでちょうだい」と言ってくる。
そんな彼女に今から私が話すことをきちんと理解してくれるか不安になるものの、これ以上は舐められてはいけないとはっきりとした口調で告げた。
「ミーシャ、そうは言っても何の事情も知らない人達から見れば、貴方達がデートしているように見えて勘違いしちゃうんじゃないかしら」
「それは勘違いする方が悪いでしょ!」
「…………そう。でもこれが私達だけの問題だったらまだ良いけれど、事が大きくなれば我がフェルゼン子爵家とエドガーの生家であるウッドロック子爵家の評判も悪くなるのよ」
そんな私の言葉にミーシャが眉を顰める。
「どういうこと? 今は生家なんて関係ないじゃない」
怪訝そうにするミーシャとエドガー。
私は16歳の子供でも理解できるよう、ゆっくりと説明した。
「まだ16歳ということで大目に見てもらえるかもしれないけれど………婚約者がいるにも関わらず、他の令嬢と仲睦まじくするエドガーの姿に、他の貴族は『ウッドロック家ではご子息が婚約者の令嬢を蔑ろにしても許容するのか』と思うでしょうね」
「そんなことは………」
「それに、もし私とエドガーの婚約が何らかの形で破談になった場合、未婚の令嬢を娘に持つ貴族の家は『ウッドロック子爵家は大事な娘を大切に扱わないんじゃないか?』という疑念から、誰も娘を差し出そうとしなくなるんじゃないかしら」
勿論言い過ぎだという自覚はある。たった数回合瀬をしたくらいじゃ別に何とも思われないだろう。
けれど現状エドガーとミーシャの距離は近く、学園内では「彼らが婚約しているのでは?」という噂が立っていたりもするのだ。
このままこういったことが続くと流石に不味いだろう。
「それから私の生家であるフェルゼン子爵家の印象も悪くなるわ。他の令嬢と婚約者が親しくしているというにも関わらず、フェルゼン子爵家は何も言わないのか、とかね」
何より婚約者の男一人の手綱も取れないのかと、私自身も言われてしまう。
そういった評判や噂が社交界で蔓延すればどうなるか。
嫌な目立ち方をして距離を置かれた家も知っているし、噂が独り歩きして原型をとどめないほどの悪評が長い間吹聴されることもある。
(本来学園に入学する前の家庭学習でしっかりと教育されるし、他家の者と婚約した段階でその生家の当主からきっちりと説明されるんだけど………)
我が国ではまだ珍しい女騎士にさせるべく、ホワイト男爵家はミーシャを騎士科に入れたのだ。
おそらく彼女の強い要望であるが、それを許すくらいなのだから自由な考えを持っているのかもしれない。
「…………色々と言ってしまってごめんなさい。そういったわけだから、二人で街に出掛けるのは遠慮してほしいの」
ここまで言えば、流石のミーシャも分かってくれるだろう。
一仕事を終えたような達成感が湧くと同時に、たくさん話したことによって心臓がドッドッとありえないくらい強く脈打つ。
前世の記憶を思い出したとはいえ、根本的にこの気の弱さは変わらないようだ。
するとミーシャはしばらくして、ぽつりとこぼした。
「……………結局エドガーを取られたくないからって、難癖付けているようにしか思えないんだけど」
(へ?)
「へ?」
つい心の中の声が口からこぼれ落ちてしまう。
けれどミーシャはそんな私に気にも留めず、腕を組んで言い放った。
「何だかとってもまどろっこしいわ! 関係ないのに生家なんて持ち出して私やエドガーを脅すなんて卑怯よ! クラリス、貴女ってばそんなに性格が悪かったの?」
「いや、だから」
「街に出掛けるだけなのよ? 浮気しているってわけじゃないのにどうしてここまで責められなきゃなんないのよ!」
(え、ええええ…………!)
ここまで言って何も分かってくれないなんて、どうかしているんじゃないの!?
自分が絶対に正しいと思い込んでいるミーシャに対して呆然と立ち尽くしてしまう。
ふとエドガーを見れば、困ったような顔をして私を見つめていた。
こんなことでミーシャを怒らせないでくれよと言いたげなその顔にツキンと胸が痛む。
「……………な、ならミーシャ、貴女はどうして私に一々許可を取ろうとするの?」
「え? だから後々面倒なことにならないように………」
「面倒なこと? 婚約者がいるにも関わらず男女二人で出掛けようとすることに対して面倒事が起こると予測しているのよね?」
「え。ええ」
「つまり、何か後ろめたいことがあるから、私に許可を取ろうとするんでしょう? 何もやましいことがないなら、わざわざ私の許可なんて必要はないんだから」
ミーシャの物分かりの悪さにもエドガーのその呆れた表情にも、どうしようもなく悲しくなる。
それと同時に「どうして分かってくれないのか」と苛立ちが募り、つい余計なことを言ってしまった。
有り体に「ただの友達だからって予防線張ってるけど、本当はしっかりエドガーのこと男として見てるんだろう?」と。
だってエドガー・ウッドロックはゲームの中で一番攻略難易度が低いキャラなのだ。
出会った当初から好感度は高く、すぐに恋愛ルートに入る。『街へ二人きりでデートする』というイベントも、エドガールートか逆ハーレムルートでしか開放しないものだから。
するとミーシャは案の定、まるで瞬間湯沸かし器のように顔を赤くし、声を上げた。
「サイッテー! 私のことが気に入らないならはっきり言えば良いでしょ! ねちねちしてて本当に嫌になる!」
そしてミーシャがその場から走り去っていく。
エドガーは走り去るミーシャと呆然とする私を交互に見比べ、気まずそうな顔をして彼女の後を追ってしまった。
そんな彼の後ろ姿に微妙な気持ちになる。
前世の記憶を思い出した今、彼に対する純粋な愛情はかき消えてしまったけれど、幼少の頃より婚約者として過ごしてきた時間はかけがえのないものだったから。
そしてエドガーとミーシャが消えた後、私は糸が切れたように項垂れた。
(ああああああ、やっちゃった………! 私ってば何であんな余計なことを………!)
虐げられた令嬢がざまあしていくような爽快な小説のように、うまくいくことはできなかった。
そっか。あれって相手がある程度の理解力を持っていなきゃ通用しない展開なんだ………!
まして私のような小市民が小説の令嬢達と同じように立ち振る舞えるかと言ったら大間違いで。ミーシャを言いくるめることもできず、ただ彼女を怒らせてしまっただけに過ぎなかった。
(私の学園生活、明日から大丈夫かな………)
ミーシャはエドガーだけでなく、騎士科の男の子達全員と仲が良いのだ。
きっとミーシャが彼らに泣きつけば私は一瞬で悪者になるだろうし、徒党を組んだ男子達から嫌がらせを受ける可能性だってある。
そしてそれだけでなく、ミーシャ・ホワイトという令嬢はゲームを進めていく内に、第一王子や騎士団長の御子息など国の要人達とも関わっていく。
(第一王子ルートと逆ハーレムルートだと、最後にミーシャはこの国の王妃となる)
そうなれば、今後私はこの国の貴族社会でまともにやっていけないだろう。
(謝った方が良いんだろうなあ………)
けれど、まるで記憶を思い出す前の自分の、傷付いた気持ちまで否定するようでどうにも気が進まなかった。
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