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「ただの友達だから」と言って婚約者とイチャつく騎士系令嬢を物理で返り討ちにします  作者: ふくふくまる
第2章

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第29話 野外演習 オルガ視点



 

 ノースモント伯爵家の領地は北の最果てにある。

 冬には大量の雪が降り積もり、雪解けの季節になると今度はその雪が川を濁流へと変える。


 そんな厳しい気候に加え、魔物による被害も多いのだ。

 オルガ達北の民は荒れた土地の修復や冷害への対応に追われ、日々忙しく働いていた。


 そのため同い年の友達を作る余裕などなく、オルガはいつも身体の弱い妹と共にいた。


「お姉様、ごめんね。私がもっと元気だったら、お姉様とたくさん遊んだり、色んなことができるのに……」

 

 そう言ってベッドに伏せる妹は肺の病気で、いつも苦しそうに咳き込んでいた。

 声を出すのも辛そうで心配になるが、そのくせ姉であるオルガと話すのが一等好きらしい。


 可愛くて、世界で一番大切な妹。

 だから貴族の子女として王都の学園へ入学する時は、とても不安であったのだ。


 私がいない間に病状が悪くなったらどうしようと、意味もなく妹の手を握った。

 しかしそんなオルガに、妹の──ヘレンは困ったように笑う。


「それじゃあ、お姉様。手紙を書いて。学園でどんなことがあったか、どんなお友達ができたか教えてよ」

「でも、」

「でもじゃないよ! 病気が良くなったら、私も学園に通わなきゃいけないんだから! ていうか新しい薬がよく効いてるの、お姉様も知ってるでしょ?」

「……そうね」

「お医者様も今の薬を続けたら、いずれ完治するだろうって言ってくれているんだから」


 「まあ、その薬代は高いけど……」と気まずそうに苦笑する妹に、オルガも表情を暗くする。

 確かに新しい薬は妹の症状を良くした。

 きっと投薬を続ければ、完治する見込みもあるだろう。


 しかしそれは高価なもので。名ばかりの貧乏貴族であり、持参金さえも用意できないため、政略的な結婚も難しいノースモント伯爵家の財政は常に火の車であった。


 ──であれば働くしかない。

 

「……分かったわ」

「うん?」

「私、バイトする!」

「バイト!?」

「学園に入学したら割の良いバイトして、インターンにも通って、お給与を頂いて……頑張って稼ぐから!」


 そんなオルガにヘレンは戸惑いながらも噴き出した。


「違う違う! 青春してって言ってるの! お友達を作れって言ってるの!」

「分かったわ」

「絶対に分かってない!」

 

 頑固な姉にヘレンはわたわたと慌てる。

 そしてオルガとヘレンは鈴を転がすように笑い合った。

 時折ヘレンが咳き込むものだから、オルガは妹の背中を擦ってやる。


「お姉様。学園がどんなに楽しい場所か、私にも教えてね」

「ええ」

「手紙も出してね。約束よ!」


 ヘレンが自分と同じ菫色の瞳を細める。

 顔立ちも自分とよく似ているけれど、オルガよりも表情の柔らかい──世界で一番大切な妹。


 そして妹との約束を、オルガは未だ果たせていなかった。


 

 ◇◇◇


 

 野外演習当日。

 オルガ達チームが割り当てられたのは、裏森の東エリアだった。


 王立学園の芸術品のように美しい真っ白な制服ではなく、丈の短いジャケットに細身のパンツ。そして革のブーツを合わせた訓練着を身に纏い、生徒達はそれぞれ配属されたエリアへと向かっていく。


 目的は素材の採取。

 オルガ達チームも指定された素材を採取するため──そして高ポイントを獲得するため、森に潜む魔物を積極的に討伐していた。

 

「《氷壁(アイスウォール)》!!」

 

 オルガによって生み出した氷の壁が角兎(ホーンラビット)の行く手を阻む。

 そしてクラリスの剣がホーンラビットの喉を一閃した。


「オルガ様! ナイス魔法です!」

「二人とも良い調子ね! 魔物の解体は任せなさい!」

「エリザベート様、流石に魔物の解体は私の方で……」

「駄目よ。私だって勉強したんだから」


 そう言ってエリザベートがおもむろにホーンラビットの皮を剥ぐ。角を取り外し、丁寧に毛皮を剥いでみせたエリザベートにクラリスが「すごいです!」と称えた。


「であれば、私は魔物の死骸処理の準備をいたしますね」


 そしてクラリスが自身のリュックから小型のシャベルを取り出すのに、オルガも同じようにシャベルを取り出す。


 地面を掘って、ホーンラビットの死骸を埋める。

 その上に聖水と石灰を混ぜた粉をかけることによって、魔物の死骸から瘴気は出ず、他の魔物から荒されることなく土に還るのだ。

 

「魔物のお肉も食べられたら良いんですけど、少し勿体ないですね」

「食いしん坊ねえ。魔物の肉は瘴気で汚れているから、食べたら身体を壊すわよ。……ま、それはさておき──クラリスもオルガも最高よ! エリア別一位……いえ、学年一位を目指して頑張りましょう!」

「はい!」 

 

 高らかに言い放つエリザベートにクラリスが元気よく頷く。 

 

「オルガ様も頑張りましょうね!」

「……ええ、頑張るわ」

 

 オルガの方に振り返って話しかけるクラリスに小さく頷く。


 胸がむずむずとする。

 誰かにこうやって笑いかけられるのは随分と久しぶりだった。


 魔法薬学でセシリアがペアを組んでくれた。

 占術学でヴィヴィアンは自分の陰口を話す生徒を一喝してくれた。

 医務室でクラリスが自分の手を引いてくれた。

 野薔薇会のサロンでエリザベートが「私達といれば良いじゃない」と言ってくれた。

 

 そのどれもが嬉しかった。

 ずっと一人で、透明人間みたいで、浮かび上がる話題は全部嘘の悪評で、否定しても誰も信じてくれない。

 

 けれど自分のことを信じて、こうも迎え入れてくれる存在がいるということにオルガの心は救われた。


 それに、楽しかった。

 エリア別一位も、学年一位になれなくても、オルガにとってはこの時間が何よりも楽しかった。

 ずっと続けば良いとさえ思った。


「──結構、素材は採取したわね。薬草や魔鉱石は勿論、魔物の毛皮や角もばっちり採取できたわ」

「これならきっと上位を狙えるでしょう」


 採取して素材を入れたボックスを見ながら、エリザベートとクラリスが笑みを浮かべる。

 するとその時、森の向こうでピーッと甲高い笛の音が聞こえた。


「……──タイムアップね」


 楽しかった時間が終わる。

 少しだけ寂しい気持ちになりながらも、オルガはエリザベートとクラリスと共に、東エリアに配属された生徒達が集まる空き地へ足を進めた。


 


 野外演習では、学園に広がる裏森の──東西南北四つのエリアに各8チームが振り分けられる。

 東エリアの集合場所には総勢24名程の生徒達が集まっており、各々採取した素材を見せ合ったり、ポイントの合算作業を行っていた。


 東エリアのチームの中には有名人も何人かおり、第一王子ウィリアム率いる従者ロランと聖女リリアのチームの周りには人集りができていた。

 

「あっちは魔猪(ブラッドボア)の角も採取したようね……。でも私達だって逃げ足の速いホーンラビットを討伐したわ! オルガの魔法ですっごく助かったんだから!」

「ええ! オルガ様が親切で協調性があって、何より魔法が得意なおかげで私達のチームはとても助けられました!」


 そしてエリザベートとクラリスが、オルガをこれでもかという程褒め称える。

 野薔薇会にてオルガの悪評を一掃しようと、今回の野外演習で褒めて褒めて褒めまくるぞと作戦を立ててくれたのだ。

 

 そんな単純な作戦でオルガの噂なんて消え去るわけもないけれど、彼女達が本気でオルガのことを称える様にオルガも悪い気はしない。

 むしろ気恥しく、照れてしまっていた。

 

「勿論クラリスの剣のおかげでもあるからね」

「あ、いえいえ、エリザベート様も華麗に魔物を解体してくださったので……」

 

 二人が互いに称え合う。

 その姿が微笑ましくて、オルガはくすりと笑みをこぼした。


 するとその時、見覚えのある魔術科の──一人の生徒がこちらにやって来るのに気付く。


「ホーンラビットを討伐したんですか?」

 

 大人しそうな女子生徒で、同じような雰囲気のクラリスに彼女がおずおずと尋ねた。

 そんな彼女にクラリスはオルガをちらりと振り返りながら「はい」と答える。

 

「オルガ様の氷雪系の魔法によりホーンラビットを討伐できたんです。私は魔法は詳しくないのですが《氷壁(アイスウォール)》という魔法で……」

「《氷壁(アイスウォール)》!? 複合魔法を展開するのは難しいんですよ! それを素早いホーンラビットに展開したんですか!?」

「ええ、オルガ様が一瞬で氷の壁を出現させてくれました」


 「ですよね? オルガ様」そう言って振り返るクラリスにオルガは一瞬緊張する。

 オルガと目の合った魔術科の女子生徒も顔を強張らせたけれど、このままじゃ駄目だと思いそっと口を開いた。

 

「……その、ある程度距離を予測して、頭の中で展開速度を演算して、魔力を……」

「それを一瞬でされるんですか!?」

「あ、ちが、あらかじめ杖に魔力を込めておくの。そうしておけば計算が終わって詠唱した後すぐに魔法を放つことができるでしょう?」

「魔力は杖にどの程度込めます? 一回の発動につき魔力を大量に消費したら、後々魔力が枯渇しますよね?」

「分割して魔力を込めるのだけど、そのためにはまず杖を改造しなくてはならなくて──」

 

 いつの間にかオルガの周りには、女子生徒以外の生徒達も集まっていた。

 しどろもどろ説明するオルガの話を聞く、主に魔術科の生徒達に緊張する。


 けれど……

 

(私の話を、聞いてくれている)

 

 敵意も嘲笑もなく、ただ純粋な気持ちで聞いてくれる。

 

 ふとエリザベートとクラリスの方へ顔を向ければ、彼女達は穏やかな表情でオルガを見守っていた。

 そんな彼女らにオルガの目の奥が熱くなるような心地がする。


(私、やっとヘレンとの約束を……)

 

 しかし次の瞬間、オルガの耳にぞっと底冷えするような、冷たい声が降りかかってきた。

 

「……──オルガ・ノースモントというのは、お前か。この闇の魔術師(・・・・・)め」


 振り返ればそこには青色の髪をした青年が佇んでいる。

 濃紺のタイを身に着けていることから、青髪の青年が魔術科の生徒であると理解する。


 けれど見覚えのないその姿に、彼が上級生であることを察した。一年生の野外演習では、監督として学園の三年生達が各エリアに配属されているのだ。

 その内の一人らしき先輩がオルガを憎々し気に見つめている。

 

 そして彼は低い声で言い放った。

 

「俺はクロード・セルヴァン。闇の魔術師オルガ・ノースモントよ。貴様を学園から追放させるため──『決闘』を申し込む」




 

読んでいただき、ありがとうございました!

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