第27話 その手を引いて
乙女ゲーム『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』には五人の攻略キャラクターが登場する。
リュネール王国第一王子、ウィリアム。
同じ騎士科に所属する同級生、エドガー・ウッドロック。
魔術科に所属する天才魔術師、クロード・セルヴァン。
騎士団長の息子、オーウェン・グランツ。
そして学園のイケメン教師、トレメインである。
(に、荷物が多い……)
学園の廊下にて。
私はというと教師であるトレメインに頼まれて、古代魔術学で使用する道具や教材を授業準備室へ運んでいた。
木箱の中には所狭しと謎の装置や書籍、そして丸められた大判用紙等が詰め込まれている。
────クラリス・フェルゼン。随分と暇そうですね。これを準備室まで運びなさい。剣を振り回す以外に能のない貴女でも、これくらいならできるでしょう?
そう厭味ったらしく言われ、パシリを押し付けられてしまったのだ。
(トレメイン先生は転移魔法の使い手なんだから、魔法で荷物を転移させれば良いのに……)
しかしそうはせず、こうしてわざわざ私に頼んでくるのは、私がミーシャを休学に追い込んでしまったからに他ならない。
騎士科の紅一点として男子生徒達と距離の近かったミーシャは、若い男性教師にもそれを発揮していた。
生真面目で融通が利かなそうな、眼鏡のイケメン教師トレメイン。そんな彼に対して、ミーシャはぐいぐいと絡み「トレメインせんせー!」と子犬のように懐いていたのだ。
ゲームのトレメインルートでは、そんなミーシャに惹かれて在学中は秘密の恋人に。そして卒業後、彼と結婚することになるのだが……。
(ゲームしている時は深く考えなかったけど、現実だときついものがあるな……)
教師が生徒に手を出すなよと引いてしまう。
そういったわけでお気に入りの生徒を休学に追い込んだ私が気に入らず、トレメインは度々こうやって雑用を押し付けてくるのだ。
「失礼します」
古代魔術学の授業準備室に辿り着き、指先をひっかけて扉を開く。
中に入ればカーテンが閉め切られているせいか真っ暗で、どこか黴臭かった。
トレメインに運ぶよう申し付けられた木箱を机の上に置き、さて帰ろうと踵を返す。
しかし次の瞬間、準備室の隅に置かれているロッカーからバンッと音がした。
「……──誰かいるの……!? お願い、開けて! 閉じ込められてるの!」
切羽詰まった女の子の声に近寄れば、ロッカーの扉部分に封印用の護符が貼られている。
それを慌てて剥がせば、ロッカーの中から一人の女子生徒が飛び出してきた。
艶やかな銀色の髪に菫色の瞳。
準備室の扉を開きっぱなしにしているためか、廊下から差し込む日の光によって彼女の顔がぼんやりと浮かび上がる。
オルガ・ノースモント。
『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』の、三人目の悪役令嬢がそこにいた。
◇◇◇
場所を移し、私達は医務室へ向かった。
どこか憔悴した様子のオルガを放っておけず、彼女を医務室へ連れて来たわけである。
タイミングが良いのか悪いのか保健医の姿はなく、とりあえず私はオルガを椅子に座らせた。
「大丈夫ですか? どこか怪我はありませんか?」
「え、ええ、ありがとう。怪我はないわ」
茫然としながらも頷くオルガにほっと安堵する。
すると彼女はぽつりと呟いた。
「……助けてくれてありがとう。私は魔術科のオルガ・ノースモント。一年よ」
「えっと、私は特進科のクラリス・フェルゼンと申します。オルガ様と同じく一年です」
少し緊張した面持ちで話すオルガに私も返す。
そして私は彼女に聞かねばならないことを尋ねた。
「あの、言いづらいことでしたら構わないのですが、もしかしてトレメイン先生に閉じ込められてしまったんですか……? トレメイン先生の授業準備室でしたし……」
「多分違うと思うわ。誰に閉じ込められたかは分からないけど、手紙で呼び出されて、急に背中を押されて……。ロッカーに閉じ込められた時に女の子達の笑い声が聞こえたから、トレメイン先生じゃないと思う」
そうなのか……。
学園の生徒に手を出すだけでなく行き過ぎた体罰をするなんて……と思っていたため、彼の犯行でなかったことにほっと安堵する。
するとオルガは苦笑して、弱ったように話し出した。
「……私、ちょっと浮いているみたいで、魔術科の子達とうまくいっていないの。変な噂も流れちゃって、怖がられているのよ」
「変な噂?」
「聞いたことない? 『オルガ・ノースモントは研究棟の地下室で夜な夜な違法禁薬を作っている』とか」
そんなオルガの言葉に、彼女を取り巻く噂の数々を思い出す。夜な夜な禁薬を作っているとか、他の生徒を毒殺しようとしたとか。
その噂はゲームでも囁かれていて、オルガは悪役令嬢としてミーシャに断罪された。
(あれ? でもそういえば……)
あの噂が事実かどうか、結局オルガの口から語られなかった。
オルガの寮部屋から禁薬の材料が見つかったとはいえ、彼女は最後までそれを認めようとしなかったからだ。
(投獄された後もオルガは決して認めようとせず「誰かに嵌められた」と証言していたけど……)
今のオルガの至極弱った様子を見て、ふとある可能性が思い付く。
まさか……
「…………あの噂は、嘘なんですか?」
おそるおそる尋ねれば、オルガはしばらく黙り込んだ後小さく頷いた。
そして俯きながら、ぽつりぽつりとこぼしていく。
「実際に地下室で薬の生成をしているのは、本当よ。でも作っているのはポーションで、妹の治療費を賄うために冒険者ギルドに卸しているの。先生からの許可だって貰っているわ」
「それは……」
「でも、いつからか禁薬を作っているんじゃないかと言われるようになって、身に覚えのない噂が流れ始めて……」
「証明する手段は?」
「証明できるかは分からないけど、ギルドへの販売許可書があるわ。何なら地下室を見に来てくれたって構わない」
意を決した様子で打ち明けるオルガに言葉を失う。
オルガの言い分が本当ならば、彼女は悪意のある噂に貶められた被害者だ。
けれど彼女は自嘲するように笑った。
黙り込む私に何を勘違いしたのか。オルガは苦笑して立ち上がる。
「……ごめんなさい。こんなこと聞いてもびっくりするだけよね」
「え?」
「無理に信じようとしなくても大丈夫。こうやって話を聞いてくれただけでも、嬉しいから」
「あ、いえ、そうじゃなくて……」
「私と一緒にいるところを見られたら、貴女も変な噂が流れちゃうわ。だから、もう行くわね」
そんな彼女の話を聞いて、ようやく私は腑に落ちた。
だからオルガは、今まで私とエリザベートを避けていたのか。彼女と共にいると、私達まで巻き添えを食らうかもしれないから。
それに気付いた時、私はいつの間にかオルガの手を握っていた。
オルガが驚いたように目を見開く。
そして私はしどろもどろになりながら、口を開いた。
「──わ、私も昔、嫌な噂が流れたことがあるんです」
「え?」
「小さい頃の話なんですが、色々あって住んでいた村の人達の間で悪評が流れるようになって……昨日まで笑っていた人達から『化け物』と噂されるようになって。それがすごく辛くて、ずっと屋敷に引き篭もっていた時期があったんです」
そういう時、まるで自分が全否定されたような心地がするのだ。
両親は気にするなと言ってくれたけど、本当に自分が『化け物』になってしまったみたいに思えて、全身が引き裂かれたかのような心地になる。
その時の辛さを、オルガは今感じているのかもしれない。
「正直……オルガ様の話す内容が嘘か本当か判断はできません。……でも、」
オルガが呆然とした様子で私の言葉に耳を傾ける。
「……たとえオルガ様の言葉が偽りだったとしても、それで私が傷付くことになったとしても──……もしオルガ様が本当のことを話しているのなら、こんなに辛いことはありません。だから…………私は、貴女を信じたいです」
そして私はオルガの手をそっと引いた。
かつて傷付いた私をエリザベートが救ってくれたように、オルガに向かって告げる。
「行きましょう。オルガ様」
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