第25話 純粋なままでいてほしい
あれから数週間経っても、オルガ・ノースモントと会うことはできなかった。
魔術科の研究棟に足を運んでもどこにもおらず、まるで私やエリザベートを避けているようだ。
野外演習まであと少しのためか、最近学園ではチームメンバーである三人で動く生徒達が増えてきている。
そしてそんな最中、学園の中庭で私はロランと会っていた。
「オルガ・ノースモント嬢は優秀な魔術師で、魔術科の特待生として入学したんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、水魔法と風魔法を合わせた氷雪系の魔法が得意なんだ。複合魔法は難しいから、そういった意味でもオルガ嬢が優秀であることが窺えるね」
中庭のガーデンチェアに座りながら、ロランが親切に教えてくれる。
オルガに中々会うことができず困っていると、ロランが彼女の情報を持ってやって来てくれたのだ。
一応私もゲームの知識で知っているが、ゲーム外の情報に何があるか分からないため大変ありがたい(ちなみにエリザベートはというと選択授業のためここにはいない)
「複合魔法は普通の杖だと耐えきれないから、特殊な材質のものを使っているみたいだよ」
「へえ……」
「だから間違っても杖の又貸しはしないようにね」
そう言ってくすくすと笑うロランに「分かりました」と頷く。
気のせいかもしれないが、最近はこうしてロランとよく話すようになっていた。
ウィリアムの従者として忙しそうであるものの、さりげなく気にかけてくれる彼には頭が上がらない。
(多分、サミュエル兄様との約束を律儀に守ってくれているのだと思うけど……)
するとその時、どこからともなく高い声が飛び込んできた。
「あら、ロランじゃない! それにクラリスも!」
見ればそこには聖女リリアが佇んでいて、私達に向かって軽やかな足取りで近付いてくる。
ストロベリーブロンドの髪が日の光に反射してきらきらと瞬き、乙女ゲームの正統派ヒロインのようなその出で立ちに思わず目が眩んでしまった。
するとリリアは私とロランを見比べ、不思議そうに小首を傾げる。
「……二人は知り合いなの? お友達?」
そんな彼女の言葉に内心戸惑ってしまう。
ロランとは、友達……なのだろうか。
彼とは親しくさせてもらっているが、これが友人と呼べる程の気安さなのかは分からなかった。
すると言い澱む私にリリアが大袈裟に溜め息を吐く。
「でも心配だわ。今回同じチームになって分かったけど、ロランってば本当に優しいの」
「優しい?」
「そう! 誰にでも優しいから、クラリスが勘違いしちゃわないか心配。そもそもクラリスって、男の子に慣れてないわよね?」
そしてリリアは私を心配気に見つめながら言い放った。
「クラリスには純粋なままでいてほしいの。それにクラリスも男の子にぐいぐい来られたら困るわよね?」
どこか圧を感じさせる物言いに口を噤んでしまう。
私の身を案じてくれている雰囲気を醸し出しているけれど、その実はっきりと見下しているのを察した。
「ロランもよ? クラリスが勘違いしちゃったらどうするの。貴方だってクラリスみたいな大人しい子よりも、華やかな子がタイプでしょ?」
彼女からうっすらと舐められているのを肌で感じる。
彼女に何かしてしまっただろうかと思ったが、そういえばゲームでは時折こういった言動をしていたのを思い出した。
────ミーシャってば本当に可愛い! ミーシャは誰かと恋するよりも、剣を振り回している方が好きだものね?
────そんなことない? やだ、ミーシャったら背伸びしちゃって! 無理しない方が良いわよ!
一見気の良い女友達として見られるものの、どこかミーシャを「純粋なまま」でいさせようとする彼女に、一部のユーザーが違和感を抱いていた。
それがミーシャを溺愛する故の言動として捉えられることも多かったけれど、こうして面と向かってリリアから言われると内心もやもやとしてしまう。
自分の可能性を勝手に抑えつけられているようで居心地が悪くなった。
決してロランとどうこうなりたいというわけではないけれど、「クラリスみたいな子には恋愛なんて無理」と言われているようで少しだけ落ち込んでしまう。
(『女の子の味方』であるリリアに悪気は無いんだろうけど……)
しかしその時、ロランがあっけらかんと言い放った。
「いや、クラリスみたいな子の方が良いかな」
「は?」
「どれだけ魅力的であろうとも……例えば君のような──味方と見せかけて他者を貶めるような人間は好ましくないね。
野外演習では同チームであるが、それ以外で君と親しくするつもりはない。これ以上話すことは無いと思うから、この場から早く立ち去ってくれないか」
はっきりと言い切るロランに、私もリリアもポカンとする。
彼の顔を見れば薄らと笑みを携えているものの、目は笑っていなかった。
そんな彼らしくない刺々しい雰囲気に呆気に取られる。
すると我に返ったのか、リリアはカッと頬を赤くして言い放った。
「ちょっと何? 女の子同士の冗談じゃない。ねえ、クラリス?」
「え?」
「クラリスもこんなチャラい男には気を付けなさいよ?」
拗ねたように言うリリアに、思わず眉を顰める。
ロランを貶める言葉を無視することは流石にできなかった。
「ロラン様は優しくて良い人です。……なので、リリア様が心配なさる必要はございませんよ」
そう言い返せば、私が反論すると思っていなかったのか。リリアが目を丸くする。
そしてその直後、不貞腐れた様子でぼやいた。
「……ふうん、そっか。それもそうよね。元婚約者を取られたくなくて、相手の女の子と決闘したくらいだもの。そりゃ、私が心配する必要はないかもね」
「あの決闘に、そのような意味は……」
「ふふ、冗談よ! そんなに怖い顔しないでちょうだい! クラリスったら本当に真面目ね」
それから彼女はにっこりと微笑んでみせる。
「それじゃあ、私はもう行くわ! 今から可愛い女の子達とお茶会があるの」
そしてリリアは踵を返し、足早に去って行った。
残された私とロランはしばらく黙り込み、嵐のようなリリアの退場にほっと安堵する。
(何か……ゲームで見ている分には良いんだけど、実際にこうやって関わるとすごく嫌な感じがするな)
リリアの本心が分からないものの、彼女と関わるとがりがりと心が摩耗していくようだった。
まるでミーシャと一緒にいた時と同じような気持ちになる。
その時、隣に座るロランが身動ぎしたのに気付いた。
そしてそんな彼に私は慌てて礼を言う。
「ロラン様、先程はありがとうございました。リリア嬢の冗談を諫めてくださって、とても助かりました」
「いや、彼女の言動は看過できるものではないからね。……というより、勝手に呼び捨てにしてごめん。馴れ馴れしかったかな」
「いえ、クラリスとお呼びください」
ロランにそう返せば、彼は笑みを綻ばせる。
「…………」
そこでふと考えてしまう。
ロランと私は、一体どういう関係なんだろう。
ロランは私のことを、どう思っているのだろう、と。
あんなことを言われてしまえば、いくら彼にその気が無くても勘違いしてしまいそうになる。
するとその時、中庭から見える渡り廊下でぞろぞろと複数の生徒が歩いているのに気付いた。
見覚えのない彼らの姿からして、おそらく上級生であろう。
そんな私の視線にロランも気付いたのか、彼らを一瞥して口を開く。
「ああ、三年の先輩方が学園に帰って来ているんだね。二年の二学期から三年の上旬まで、希望する一部の先輩方はインターンに行っているんだよ」
ロランの言葉にゲームの内容を思い出す。
ウィリアムやエドガーの他にも攻略キャラクターはまだいるのだ。
その内三年生が二人いて、魔術科の天才クロード・セルヴァンと騎士団長の息子オーウェン・グランツという男子生徒がいる。
「騎士団の遠征に付いて行っている先輩方はまだだけど、他の方々は帰って来たみたいだね」
インターンに行ける者は優秀な成績を収めている生徒のみで、今回の野外演習の評価も反映される。
希望職のインターンに行けば、卒業後ストレートでその職種に就けると言われているため、一部の生徒達はこぞって推薦を狙っているわけだ。
それから廊下を歩く集団の中で、一際目立つ青色の髪をした青年を見つける。
(魔術科の天才、クロード・セルヴァン……)
学園の元生徒会長であり、平民出の特待生。
確かクロードは城の魔術部へインターンに行っていたような気がする。
そしてインターン後ミーシャと出会い、彼らは惹かれていくのだ。
そして魔術科の生徒達の一団は、私達の前から去って行った。
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