第21話 第一王子との手合わせ
ロランの正体を知ってしばらく、一部の騎士科の生徒達からは遠巻きにされながらも、比較的穏やかに過していた私のもとに一通の手紙が届いた。
「………………果たし状?」
個人ロッカーに美しい装飾の施された封筒が差し込まれており、それをおそるおそる開いてみると『放課後、円形闘技場にて待っている』と達筆な文字で書かれていた。
おそらくきっと決闘にて私がミーシャをぼこぼこにしてしまったのが原因だろう。
いや、もしかしたら停学中の騎士科の男子生徒と仲の良い人が復讐のためにこれを差し出してきたのかもしれない。
そんなことを思案しながら「どうしようかな」と頭を悩ませる。
普段なら無視一択なのであるが、どうしても無視できない理由があった。
何故ならと言うと、その手紙の封筒に付けられた封蝋の刻印が──このリュネール王国王家の刻印であったからに他ならない。
そして私は王家との繋がりのある高位貴族の令嬢、エリザベートに相談することにした。
◇◇◇
「──よく来たな、クラリス・フェルゼン! こうして直接顔を合わせるのは初めてだったか!
すでに知っているとは思うが、名乗らせてもらおう。我が名はウィリアム! ぜひとも、貴殿と剣を交えたい!」
客席は誰もいない円形闘技場にて。
フィールドの中心にけぶるような金髪の青年が朗々と話す。
若獅子のような雰囲気に爛々と輝く赤い瞳。
乙女ゲーム『白薔薇の騎士~運命を切り拓く乙女~』の攻略キャラクターにしてこのリュネール王国の第一王子ウィリアムだ。
にこにこと快活に笑う彼の後ろにはどこか疲れ切った様子のロランが控えていて、私を一瞥するや否や本当に申し訳なさそうな顔をして「すまない、クラリス嬢」と呟いた。
そして事情を話し、ここまで付いてきてくれたエリザベートがウィリアムに向かって声を上げる。
「駄目に決まっているでしょう! クラリスの立場も考えずに、何を仰っているのですか!」
「お、エリザベートもここに来たのか。俺とクラリス嬢の手合わせを見ていると良い。きっと度肝を抜くぞ」
「いやいや、だから駄目だと言っているのです! ロラン! 貴方どうして殿下を止めなかったの!?」
「止めたよ。殿下を止めるために動きを封じる《石化》の魔術までかけているよ。だけどこの人、魔法耐性が異様に高くて、身動きが取れないはずなのに無理矢理ここまで来ちゃったんだよね……」
心底申し訳ないと謝るロランに内心どん引く。
高難易度の石化の魔術をかけたということは本気で止めてくれたのだろう。
しかしそれを王族相手に遠慮なくかけるロランにも、気力でここまで来てしまったウィリアムにも引いてしまう。
(さすがユーザーから『バーサーカー』と言われるだけあるわ……)
ゲーム内のイベントでは、主人公ミーシャが『訓練』と称してキャラクターと戦う場面もある。
その対戦相手としてよく挙げられるのが第一王子ウィリアムで、ミーシャ以上の高ステータスに、魅了も麻痺も何も効かない魔法耐性。そして事あるごとにミーシャに「剣の手合わせをしよう!」とけしかけてくる姿から『バーサーカー』と呼ばれていた。
しかし私はゲームのミーシャのように、訓練といえど王族であるウィリアムと剣を交えることは到底できない。
それでもって木端貴族である私がウィリアムの提案を断ると角が立つため、こうして(情けない話だが)エリザベートに泣きつき、この場に彼女も同席してもらったというわけだ。
「外野であるお前達の意見は聞いていない。クラリス嬢、どうだ? 俺と剣の手合わせをしようじゃないか」
しかしそれでも尚、引き下がろうとしないウィリアムに困ってしまう。「これ、私の方から直接断っちゃっても大丈夫ですかね……?」という意味も込めてエリザベートに目配せすれば「構わないわ」と頷いてくれた。
エリザベートのGOサインも出たため、私はカーテシーを行いながらウィリアムに告げる。
「お初にお目にかかります。フェルゼン子爵家長女、クラリス・フェルゼンと申します。この度はミーシャ・ホワイトとの決闘に目を留めていただき、身に余る光栄に存じます。
しかしながら、殿下のお相手を務めるなど……私にはあまりにも身に余るお役目にございます! どうか、どうか……どうか!! 剣をお納めくださいませ!!!」
「おい、めちゃくちゃ嫌がられているぞ」
「そりゃそうでしょう」
腰を低くしてどこまでも下手から言ってみせれば、ウィリアムがそんな私に引きながらロランにこそこそと話す。
いやだって……嫌に決まってるでしょう!!!
(王族相手にもし怪我させたらどうするの? 本人は「別に問題ない」とか言ってくれそうだけど、そのせいで大臣とか宰相とか、それこそ現国王陛下から目を付けられちゃったら、どうなるの? 絶対にウィリアム殿下の与り知らぬところで、私は消されちゃうよね?)
そもそもゲームのミーシャも何でウィリアムと剣を交えているんだ。
(相手は王族だよ? いや、でもウィリアムって屈託のないミーシャに段々惹かれていったんだよね。それもあって「もしかしてこの子はウィリアム殿下の恋人なのかも?」と思われて見逃されていたのかな……?)
だからといって到底私はミーシャの代わりになるような器でもないし、惚れられるようなことは一切ないと断言できる。
であるからして、私がもし殿下の命令を馬鹿正直に了承してしまえば『調子に乗った勘違い女』というレッテルを貼られ、暗殺対象リストに載ってしまうだろう。
すると哀れに思ったのか、エリザベートが私にそっと寄り添いながらウィリアムを制してくれる。
「殿下……クラリスがここまで嫌がっているんです。それなのに無理矢理剣の手合わせをさせるなんて、彼女が可哀想でしょう? もしクラリスが怪我をしたらどうするんです?」
「いや、クラリス嬢は怪我をする玉ではないと思うが……」
「殿下、クラリス嬢を見てください。こんな儚く可憐な乙女に剣の手合わせを強いるなど、男児として恥ずかしくないのですか?」
「儚く……可憐……? こやつは騎士科の特待生であるミーシャ・ホワイトを完膚なきまでに叩きのめした女なんだが……」
エリザベートとロランの言葉に、ウィリアムが心底戸惑った様子で首を傾げている。
うん、分かる。分かるよ、殿下。
ミーシャとの決闘以来、エリザベートにもロランにも変なフィルターがかかったようで、たまにこうやって私のことを美化しすぎるようになってしまった。
するとウィリアムはしばらくして、はあと大きく溜め息を吐いた。
「全く……興が削がれた。クラリス嬢との手合わせはまた今度願い出よう。俺も魔法耐性があるとはいえ《石化》状態で剣を交えるのは、ちときついものがあるしな」
肩をすくめてそう話すウィリアムに、エリザベートもロランもほっと安堵する。
──しかし、次の瞬間。
ウィリアムは腰に差していた剣を抜き放つと、目にも留まらぬ速さで私へと突きつけてきた。
けれど念のため帯刀していた訓練用の木剣を咄嗟に構え、その一撃を受け流す。
ウィリアムの剣の側面に木剣の剣先をひたりと添え、そのまま刃に沿わせるように下へと滑らせる。
力の流れを逸らし、剣先を地面へと落とし──動きを止めた。
「……──駄目ですよ、殿下。怪我をしてしまいますから」
忠告すれば、ウィリアムはにやりと獰猛な笑みを浮かべる。
『若獅子』ウィリアム。
このゲームにおいて、最強の一角。
緊張しすぎて心臓が大きく鼓動するものの、ここで引き下がったら、ウィリアムの性格上間違いなく剣の手合わせをすることになるだろう。
動きを止め、じっと彼を見据える。
するとしばらくして、ウィリアムは晴れやかな表情をして言い放った。
「見事。これでも強い方であるが、こうも簡単にいなされるとは」
そして彼は剣を納める。
「クラリス嬢、貴殿との力量差は理解した。また俺が強くなった暁には是非とも手合わせ願いたい。──行くぞ、ロラン!」
そう言って颯爽と踵を返すウィリアムに、ロランが「時間を取らせて悪かったね」と私達に一声かけてから走り去っていく。
残された私とエリザベートはそんな彼らの後ろ姿を見送った後「はあ」と大きく息を吐いた。
そして私はエリザベートに向けて頭を下げる。
「エリザベート様、ここまで一緒に付いてきてくださって本当にありがとうございます。私だけでは到底不安で……」
「別に良いわよ。第三者がいない中で殿下の頼みを断ったら、後でどんな難癖を付けられるか分からないものね。向こうにロランもいて助かったわ」
するとエリザベートが不思議そうに尋ねた。
「それはそうとして……どうしてあそこまで頑なに殿下と手合わせしなかったの? 手合わせくらいならしても構わないと思うけど……」
そんな彼女に何と言おうかと悩む。
勿論殿下を怪我させてしまった場合、暗殺対象リストに載るのが怖かったりもする。
でも、やっぱり一番は……
「ウィリアム殿下はエリザベート様にとって大切なお方でしょう? 大切な人の大切な人を万が一にでも怪我をさせたら、嫌だなあって……」
それでエリザベートが悲しい顔をしたら、すごく嫌なのだ。
きっと優しい彼女のことだから、殿下に怪我をさせた私にも気を遣ってくれるだろう。そんな心労をエリザベートにはさせたくない。
そういった意味も込めて言えば、エリザベートの顔が何故かぽっと赤くなっていた。
「…………エリザベート様?」
「貴女……人をたらすのもいい加減になさい」
そして細い指先でちょんと私のおでこをこづく彼女に、「え、え?」と戸惑ってしまう。
するとそんな私にエリザベートは呆れた様子で苦笑した。
「まあ、良いわ。それじゃあ、帰りましょうか」
「はい!」
そう言って踵を返すエリザベートの後を付いて行く。
誰もいなくなった闘技場のフィールドに、初夏の暖かい風が流れた。
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