第19話 それがどんなに優しいものか ロラン視点
時を遡って数日前。
学園の談話室にて、ウィリアムとロランが対峙する。
クラリスの助けた少年がロランだということを話さなくて良いのか。そんなことを興味深そうに尋ねてくるウィリアムに、ロランは重い溜め息を吐いた。
「…………言えるわけないですよ。むしろどの口で言えと」
とある貴族が差し向けた魔術師によって、幼い頃のロランは命を狙われていたのだ。
王家と蜜月であるヴァロワ侯爵家分家の男児であり、その魔力量の多さから将来有望視されていた少年。
しかしそれを良く思わない対立派閥の貴族が、まだ幼いロランを亡き者にしようとしたのだ。
「覚えておられませんか? 一部の革新派貴族達が結託して新たな派閥を立ち上げ、既存の貴族間における勢力均衡を崩そうとしていたことを」
「……ああ、先代王妃テレジアを毒殺した貴族との繋がりを持つ者が、失った地位と権勢を取り戻そうとして、荒れに荒れていた時か」
それにルシエール家の男児たるロランは巻き込まれた。
……しかしそれも、幼いクラリスが魔術師の使い魔である魔物を退治してしまったため破談となったが。
けれどそのせいで彼女は剣を握らなくなってしまったのだ。
自分の命が助かったものの、代わりに恩人たる彼女の未来を潰してしまった。
その事実を前に、クラリスに対して厚かましく正体を打ち明けることはできなかった。
「別にお前がそこまで気にする必要はないと思うが?」
しかしウィリアムがあっけらかんと言い放つ。
そして彼は「それに」と口を開いた。
「もしかしたらクラリス嬢が気付くかもしれないぞ。あの時の少年がお前だったと」
「そんなことあるわけないでしょう」
「いやあ、どうなるか分からんぞ?」
にやりと猫のような笑みを浮かべるウィリアムに内心苛立つ。
それにこの件は対立貴族との闘争を表面化することを避けるため、ルシエール家では箝口令だって敷かれている。
彼女が自分の正体に気付くだなんて、まずないだろう。
何より自分は昔と比べて、随分と変わってしまったから。
◇◇◇
数日後。
ロランはウィリアムの命によって騎士科を観察していた。
騎士科の訓練場を一望できる二階の渡り廊下の窓越しから、彼らを見下ろす。
五人の停学者に加え、ミーシャ・ホワイトは休養中。騎士科──特に一年生の中で怪しげな動きはないか、じっと見つめる。
するとその時、横から誰かが来るのに気付いた。
ふと顔を上げれば、そこにはクラリスの姿があった。
「…………おや、クラリス嬢。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、ロラン様」
少しばかり緊張した面持ちのクラリスに怪訝に思う。
こんなところでどうしたのだろうか。
騎士科に近いこの場所に何の用があるのか。
(…………もしかしてエドガーに用が?)
先日婚約破棄したばかりの元婚約者の様子を見に来たのだろうかと勘繰ってしまう。
それに不意に胸がざわついた。
彼女の問題なのだから、自分がとやかく言うべきではない。
そうは理解しつつも、実際は思うようにはいかなくて、つい先日もクラリスに迫るエドガーをなじってしまった。
「あの、今お時間よろしいですか?」
「俺? 全然構わないよ」
しかしどうやら自分に用があったそうで胸を撫で下ろす。
そして隣に佇む彼女をじっと見つめた。
(………………きれいだな)
色素の薄い金糸の髪に、美しい碧眼。
深窓の令嬢を思わせるような楚々とした雰囲気の少女に、ロランは目を細めた。
そしてしばらくして、クラリスが静かに話し始める。
「…………──ずっと、自分を責めていたのですか?」
彼女の言葉に首を傾げる。
一体何の話か読めず続きを促そうとすれば、クラリスは少しだけ顔を伏せた。
「貴方はこの間、私に言いましたよね? パルヴァス村で魔物から男の子を助けなければ、今よりもっと良い人生を送れていただろうと」
「…………ああ」
「何でそんな酷いことを言うんだろうと思っていました。ですが……貴方がパルヴァス村で助けた男の子だと気付いて、ようやく腑に落ちたんです。……もしかしたらずっと自分を責めていて、わざとああ言ったんじゃないかなと」
そんなクラリスの言葉にロランは固まってしまう。
彼女が自分の正体に気付いたことを理解してしまった。
そしてクラリスはそのまま続け、頭を下げる。
「本当に、本当にごめんなさい。あの時私はすごく傲慢で、貴方を抱えて逃げれば良かったのに……自分の剣で魔物を倒すことに固執してしまった。それなのに勝手に傷付いて、貴方も自分を責めることになって──……」
誰かを守るのなら、もっとうまいやり方があっただろう。
幼いロランを抱えて母のもとに逃げれば良かった。
そうすれば誰も傷付かずに済んだかもしれないのに。
そう言って謝るクラリスにロランは頭が真っ白になった。
そんなことは一切ないのだ。
あの時、助けられてどれほど嬉しかったか。
魔術師によって使役された魔物に誘き出され、気付いた時には襲われかけていたあの時、彼女が来てくれて文字通り救われたのだ。
そんな恩人に頭を下げさせてしまったという事実に、ロランはがんと頭が殴打されたような心地となる。
しかしクラリスは顔を上げ、真っ直ぐとロランを見据えた。
「……ですが同時に、貴方を助けることができて、心から良かったと思えるんです」
ふとロランの動きが止まる。
クラリスの透き通った青い瞳がロランをとらえた。
その瞳の中に、どこか迷子の子供のような顔をしたロランが映る。
「もし、あの時のことでロラン様が自分を責めているのでしたら、その必要はありません。先日話した通り、貴方を魔物から助けることができて良かったから」
そしてクラリスがはっきりと告げる。
「どんなに輝かしい未来よりも、誰かの命を救う方が、私には大事だと思えるから」
だからどうか自分を責めないでほしい。
緊張した面持ちでそう話すクラリスに、ロランは言葉を失う。
彼女の性格からして、このことを話すのはどれほど勇気がいっただろう。
もしかしたらロランはあの時助けた少年じゃないかもしれない。同一人物だったとして、クラリスに対して何の罪悪感も抱かない恩知らずの可能性だってある。
けれど、ロランの正体があの時の少年だったとして──彼が自分自身を責めてしまっているんじゃないかと思い、こうして話してくれたのだ。
それがどんなに優しくて、尊いものか。
自分は彼女の未来を奪ったはずなのに、許されたような心地となる。
(いや、許されたとか……そういう次元の話じゃないんだろう)
「…………って、人違いだったら本当にごめんなさい!」
「…………どうして」
「へ?」
「どうして俺が、あの時の少年だと気付いたんだい?」
ぽつりとこぼすロランにクラリスは呆けた顔をする。
すると彼女はおずおずと口を開いた。
「ずっと、どこかで会ったような気がしていたんです。……それに」
クラリスはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと動く。
その手には剣を持っていないけれど、まるで一振りの剣を持っているかのような美しい構えをして礼を執った。
そして彼女は仰々しい物言いで告げる。
「『誰かを守り、救うことこそ騎士の務め。ましてや、この手で救った命の顔を忘れるなど──騎士の名が泣くというものさ』」
それは、クラリスの母たる白薔薇の騎士の伝記──『白薔薇の騎士伝説』に出てくる台詞であった。
幼い頃、騎士ルネ・シュヴァリエに命を救われた先代王妃テレジア。時を経て再会を果たした二人の、交わされた会話の一幕。
白薔薇の騎士に憧れて、何度も何度も擦り切れるくらい読んだのを覚えている。
まるでロランの目の前に、白薔薇の騎士がいるようだった。
「………ふふ、君の母君は本当にそんなことを言ったんだね」
「あ、は、はい! 騎士時代の話をせがんだ時に教えてもらって……というか、今まで思い出せなかったのに、何言ってるんだって感じですよね!」
くすくすと笑うロランにクラリスが顔を真っ赤にさせる。
しかしそんなロランの笑みに、彼女は胸を撫で下ろした。
「よ、良かったです」
「? 何が?」
「ロラン様がもう、悲しそうな顔をしなくて」
その一言に、不意に涙が溢れてしまいそうになる。
誰よりも強く、誰よりも優しい騎士クラリス・フェルゼン。
そんな彼女がロランの涙に顔を真っ青にさせて狼狽える。
それにロランは今度こそ噴き出してしまった。
読んでいただき、ありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




