第17話 君は本当にすごい人
エドガーと別れた後、寮に戻ると言えばロランが送っていくと申し出てくれた。
そんな彼のお言葉に甘えて、横に並びながら歩く。
そして私は、ロランからとあることを教わっていた。
「……──え!? サミュエル兄様と連絡を取り合っているんですか?」
「うん。クラリス嬢が決闘に出ている時、ちょうど客席で知り合ってね。もしも君に何かあったら、申し訳ないが手を貸してやってくれって頼まれたんだよ」
ロランがあっけらかんと言い放つ傍ら、私はそこで何とも気恥ずかしい気持ちになってしまう。
(これってアレだ……! 親が友達のいない我が子を心配して、クラスメイトに「あの子と仲良くしてあげてね」って言うやつだ……!)
確かに私は友達がいないが、いざ身内にやられると非常に居た堪れなくなる。
しかし実際に私は色んなトラブルを起こしたのだ。
そりゃ心配もするだろう。
(あ、だからロランはエドガーに「関係なくないよ」って言ってくれたのか)
エドガーの「お前には関係ないだろう」という言葉に、ロランはそう言って私を守ってくれたのだ。
あの時は一体どういう意味か分からなかったけれど、サミュエルから私の面倒を見るよう頼まれていると聞かされ納得する。
「あの……私のことは本当に大丈夫ですので……」
ロランは第一王子ウィリアムの従者であるのだ。
ただでさえ忙しい彼を更に忙しくさせるのは忍びない。
するとロランはくすりと笑って口を開いた。
「…………君とサミュエル殿は仲が良いんだね」
「へ? は、はい。心配ばかりかけてますが……」
何だか良い感じに話を逸らされてしまった気もしなくはないが、どこかぼんやりとしたロランの様子に閉口してしまう。
ふと辺りを見渡すと、いつの間にか日は沈みかけており、辺り一面燃えるような夕日の光で真っ赤に染まっていた。
女子寮まで続く石畳の道の凹凸に濃い影が落ちている。
するとしばらくして、彼はぽつりとこぼした。
「……──クラリス嬢、改めて感謝申し上げる。この度はエリザベートのために決闘に出てくれて、本当にありがとう」
ロランを見上げれば、彼は相変わらず表情の読めない笑みを浮かべていた。
それに私は首を振る。
「いえ、私が出たいと懇願したことですし、むしろエリザベート様のお力になれたのなら良かったです」
「…………だが、君は剣を握るのを渋っていたんだろう」
何故それを。そう思ったが、ロランはサミュエルと連絡を取り合っているのだ。
きっと彼から私の事情を聞いたのだろうし、情報通の彼がその気になれば簡単に調べられるかもしれない。
「悪いね。君のことはある程度調べさせてもらったよ」
「元々隠しているつもりはありませんので、大丈夫です」
謝罪するロランに首を横に振る。
彼はどこまで知っているんだろう。
けれどロランの口ぶりからするに、ほぼ全て把握しているんだろうなと思案する。
パルヴァス村で魔物から男の子を助け、それをきっかけに村の人達から変な噂を立てられてしまった──件の騒動。
子供の皮を被った化け物とか、呪いによってあり得ない強さを手に入れた悪魔なんじゃないかと噂されたのを思い出す。
そしてそのせいで剣を握らなくなり、部屋に籠りがちになってずっと泣いていた。
いつの間にか私達は立ち止まっており、互いに顔を見合わせる。
その時、ふと目の前にいるロランの姿に既視感を感じた。
何だろう。
彼とはどこかで会ったような気がするのだ。
「君はさ、本当にすごい人なんだよ」
「…………え?」
すると突然言われた言葉にポカンとする。
そしてロランは笑みを消して、真剣な面持ちで語り出した。
「もしあの事件が無かったら、君はそのまま剣を握り続けていただろう。その眩しい程の才能と、白薔薇の騎士から受け継いだ高潔な精神を以て、挫折することなく生きていたかもしれない」
一体何を言い出すのか。
ただ単純に褒めてくれているのだとは決して思えず、彼の意図を探ろうとロランを見据える。
けれど何故か、彼が懺悔しているようにも見えてしまった。
「学園だって特進科ではなく、騎士科に籍を置いていたかもしれない。その才能故尊敬されて、きっとミーシャ嬢や君に嫌がらせをしていた男子生徒達からだって憧れられただろう」
「ロラン様…………?」
「君がエドガー・ウッドロックやミーシャ嬢で辛い思いをすることも、騎士科の一部の奴らから酷い目に遭うこともなかったはずなんだ」
そしてロランが自嘲するように笑う。
「パルヴァス村で……魔物から一人の少年を助けなければ、もっと輝かしい未来を歩んでいたと思う」
そんな彼に言葉を失ってしまった。
なんて酷いことを言うんだろう。
まるで魔物から男の子なんて助けなければ良かったとでもいうかのような物言いに、咄嗟に首を横に振ろうとする。
しかしその時ふと思い出した。
私があの子を助けた時、彼は魔物の返り血を浴びて真っ赤に染まる私に怯えていた。
怯えながら、震える口で何と言っていただろうか。
それを思い出した瞬間、私はようやくあることに気付いた。
そしてロランを見つめ、静かに話し出す。
「……──確かに、私が剣を握らなくなったのは、魔物から助けた男の子に怯えられてしまったというのもあります」
誰かを守るはずの剣で男の子にトラウマを植え付け、傷付けてしまったのではないか。
年不相応な剣技で魔物を殺し、返り血を浴びて真っ赤に染まった私はさぞ怖かっただろう。
けれど──
「でも、あの男の子を守ったことに後悔なんてありません。そのせいで自分が辛い思いをしたとしても、それは全く関係ないです。…………むしろ助けなかったせいで誰かが死んでしまうことの方が、嫌だから」
そんな当たり前なことをロランに話す。
至極当然のことを言っているのに、何故ロランは驚いた顔をするのだろう。
「それに、あの……今更なんですが、思い出したんです」
「思い出した?」
「はい。あの時、彼は私に震えながら言ってくれたんです。『大丈夫か。怪我はしていないのか』と」
これはとても都合の良い想像にしか過ぎないけれど、もしかして彼は私のことを心配してくれたんじゃないかと思う。
怖かったというのもあるだろうが、返り血を浴びた私におそるおそる近寄って、怪我はないかと尋ねてくれたのだ。
そしてぼろぼろと涙を流し、蹲ってしまった彼は何と言っただろうか。
「…………『ありがとう』とお礼を言ってくれたんです。勿論怖かったのもあると思いますが、きっとそれだけじゃなくて、感謝してくれていたのかなって」
あの時は蹲って涙を流す男の子に怖がらせてしまったとばかり思っていた。
それで勝手に自分を責めて、男の子の言ってくれた感謝の言葉さえも忘れてしまった。
本当に愚かだったと思う。
けれどそれを思い出した今、エドガーのことも、ミーシャのことも、男子生徒達からの嫌がらせも──……これまでの辛い思いなんて、取るに足らないものだと思えた。
「自分でも都合が良いと思いますが………」
「そんなことはない」
結局真実など分からない。
自分の都合の良い思い込みかもしれない。
けれどロランが被せるように言い放つ。
「…………きっとその男の子は、君に感謝している。魔物の返り血を浴びた君の姿を見て、もしかしたら大怪我を負ってしまったのではないかと固まっていただけだと思うよ」
夕日によって真っ赤に染まる私を見つめ、ロランが眩そうに目を細めた。
そんな彼に、私も笑みをこぼした。
◇◇◇
女子寮の門前に辿り着き、改めて私はロランに礼を言う。
「ありがとうございます。ここまで送ってくださって」
「いや」
言葉少なく返すものの、穏やかな表情のロランに「おや」と思う。
感情の一切読めない貼り付けた表情はなく、どこか重荷をおろしたような顔付きをしていた。
(…………何だろう。何故か分からないけど)
彼とはどこかで会っているような気がするのだ。
「あの、ロラン様」
「何だい?」
「…………気のせいかもしれませんが、一度どこかでお会いしたことがありますでしょうか」
そう尋ねれば、ロランはきょとんとする。
子供みたいに目を丸くして、本当に驚いているようだった。
そして何か言いかけようと口を開くものの――彼は諦めたように口を噤む。
「…………新手のナンパかい? クラリス嬢も冗談が言えるんだね」
(ええ……)
ついロランのことをじとりと睨み付けてしまう。
しかしこの様子だと何も話してくれないだろう。
それにきっと私の気のせいという可能性もある。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。また学校で」
「ええ、また学校でお会いしましょう」
そして踵を返すロランの後ろ姿を見つめる。
小さくなっていくロランの姿。
日は暮れて、夜の闇にロランの黒髪が溶けていくようだった。
読んでいただき、ありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




