7.教員との交流
翌朝。
私はセレスアストレア魔法大学院・教員会議室の前に立っていた。
「…………帰りたい」
「今さら?」
隣でルミナが呆れた声を出す。
「胃が痛いんですが」
「まだ会議始まってもないけど」
その通りだった。
だが無理なものは無理である。
三十二年間生きてきて分かったことが一つある。
私は“初対面が大量発生する場”に致命的に向いていない。
飲み会。
合コン。
歓迎会。
全て苦手だった。
なのに今から向かうのは、“異世界の魔法大学教員会議”である。
難易度が高すぎる。
するとルミナが妙に生暖かい目でこちらを見る。
「そのメンタルでよく教師やってこれたね」
「授業は平気なんです」
「なんで?」
「役割が明確なので」
教師として話す。
質問へ答える。
議論する。
それは“何をすればいいか”が決まっている。
だが雑談は違う。
正解がない。
距離感が分からない。
するとルミナは少し考えたあと、ぽつりと言った。
「……あんた、人間嫌いっていうより、“嫌われるの怖い人”なんだ」
「っ」
図星だった。
私は思わず言葉に詰まる。
昔からそうだ。
女子と話せなかったのも。
恋愛できなかったのも。
人間関係へ踏み込めなかったのも。
全部、“拒絶される前提”で考えてしまうからだった。
その時。
会議室の扉が勢いよく開いた。
「おおおおお!! 新任だァ!!」
「ひっ」
反射的に肩が跳ねた。
現れたのは、真紅のローブを着た長身の女性だった。
褐色肌。
長い黒髪。
やたらスタイルがいい。
そして声がデカい。
「お前が異界人か!!」
「さ、斉藤ちひろです……」
「硬い!!」
女性は豪快に笑いながら、私の背中をバシバシ叩いてくる。
痛い。
筋肉があるから耐えているが普通に痛い。
「私はカミラ・ヴァルディア! 戦闘感情魔術学の主任だ!」
「戦闘感情……?」
「怒り! 闘争心! 高揚感! 全部火力になる!」
脳筋だった。
するとルミナが小声で囁く。
「この人、感情魔法を“気合い”で解決するタイプ」
「雑すぎませんかこの学院」
「でも強いよ」
カミラ先生は私の肩を組んできた。
「聞いたぞォ! 恋愛学担当なんだってな!」
「いや、その、半ば強制的に……」
「ガハハ! 安心しろ! 私も恋愛はさっぱり分からん!」
「え?」
「昔、告白されたと思って決闘申し込んだからな!」
どういう状況だ。
すると会議室の奥から深いため息が聞こえた。
「……だから貴女は三十八歳独身なんですよ」
現れたのは、銀縁眼鏡をかけた細身の男性だった。
白衣のような法衣。
整った顔立ち。
神経質そうな雰囲気。
「げ、出たな陰湿メガネ」
「誰が陰湿ですか」
男性は疲れた顔でこちらを見る。
「初めまして。私はレオンハルト・エーヴェル。精神魔導解析学を担当しています」
「あ、どうも……」
「貴方が異界心理学者ですか」
観察されている。
そんな感覚がした。
この人は多分、“人を見る側”の人間だ。
レオンハルトは静かに続ける。
「エルグラン学長から話は聞いています。“感情流を視認する異界人”」
「いや、視認というか……なんとなく分かるだけで」
「十分異常ですよ」
即答だった。
すると彼はじっと私を見つめたあと、不意に言った。
「貴方、人付き合いが苦手でしょう」
「えっ」
「しかも自己評価が低いタイプだ」
「なぜ分かるんですか」
「目線、姿勢、反応速度」
怖い。
この人怖い。
するとレオンハルトは少し口元を緩めた。
「安心してください。私は他人を傷つける分析は嫌いです」
「…………」
「昔、それで失敗したので」
一瞬だけ。
彼の感情流に、深い青が混ざった。
後悔。
自責。
孤独。
私は何も言えなかった。
多分この人も、“人の心を理解しようとして失敗した側”なのだ。
すると突然、会議室の奥から眠そうな声が聞こえる。
「朝からうるさい……」
ソファに寝転がっていた小柄な女性が、むくりと起き上がった。
ぼさぼさの金髪。
半目。
ローブもぐちゃぐちゃ。
「……新任?」
「おお、起きてたのかミレイア!」
「今起きた……」
彼女はふらふらこちらへ近づいてくる。
そして私を見上げた。
「……デカい」
またそれだった。
「ミレイア・ノクス。共感夢魔術学」
「夢……?」
「他人の精神世界に潜る魔法」
危険すぎないかこの学院。
ミレイア先生はじーっと私を見る。
眠そうなのに視線だけ鋭い。
「……あなた、“他人に踏み込まないように頑張ってる人”」
「え」
「でも本当は、誰かに理解されたい人」
心臓が止まりそうになった。
なぜこの学院の教員は全員いきなり精神へ刺してくるのか。
するとミレイア先生は眠そうに欠伸をしながら言った。
「……そういう人、教育向いてる」
「…………」
「自分が傷つく痛み知ってるから」
その言葉に、私は少しだけ息を呑んだ。
会議室の窓から、朝の光が差し込む。
気づけば。
昨日まで知らなかった世界で。
私は少しずつ、“誰かと話していた”。




