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恋愛については未履修です ~転生先では恋愛心理学の教授になっていました~  作者: パト山


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4.異世界学院への到着

「では決まりだな」

「決まってませんが!?」

 私の叫びは虚しく学院の石畳へ響いた。

 しかしエルグラン学長は全く気にした様子もなく、長い髭を撫でている。

「安心しろ。正式採用ではない。まずは仮講師だ」

「仮でも嫌なんですが」

「住居は用意する」

「帰りたいんですが」

「給金も出る」

「通貨が違うのでよく分かりません」

 話が通じない。

 いや、通じている上で押し切られている。

 大学組織特有の強引さを異世界でも感じるとは思わなかった。

 ルミナが横で呆れ顔をしている。

「学長、また拾ってきたんですか」

「人聞きが悪いな。“保護”だ」

「前の保護対象、研究室で爆発事故起こしてましたけど」

「若者に失敗は付き物だ」

「学院西棟が半分吹き飛びました」

 怖すぎる。

 セレスアストレア魔法大学院、大丈夫なのだろうか。

 するとエルグラン学長は、改めて私へ視線を向けた。

「チヒロ君」

「はい……」

「君には才能がある」

「筋肉のですか?」

「感情観測のだ」

 学長は杖を軽く鳴らした。

 コン、と乾いた音。

 その瞬間。

 世界の色が変わった。

「……ッ!?」

 空気中に無数の光が浮かび上がる。

 人々の身体から漏れ出る感情。

 赤い怒り。

 青い不安。

 金色の高揚。

 薄桃色の好意。

 それらが糸のように空間を漂っていた。

「これは……」

「通常、人間は感情流をここまで明確には認識できん。訓練が必要だ」

 だが君は違う、と学長は言う。

「転移直後にも関わらず、集団感情の流れを分析していた」

 私は息を呑んだ。

 確かに見えていた。

 教室でも。

 ここでも。

 人の感情が、空気を伝うように。

「君の世界では、それを何と呼ぶ?」

 私は少し考えて答えた。

「……非言語コミュニケーション、でしょうか」

「ほう」

「表情、声色、視線、空気感。人間は無意識に感情を読み合っています。私はそれを研究していました」

 学長の目が細くなる。

「面白い」

 だからその「面白い」が怖いのだ。

 すると突然、近くを歩いていた女子学生二人がこちらを見て小声で話し始めた。

「見て、あの人」

「デカくない?」

「腕やば……」

「でも顔ちょっと優しそう」

 私は反射的に目を逸らした。

 無理だ。

 女子に見られると未だに緊張する。

 するとルミナが怪訝そうにこちらを見る。

「……なんで目逸らすの?」

「いや、その」

「女子苦手なの本当なんだ」

「はい……」

 情けなくて死にたくなった。

 三十二歳。

 大学教員経験あり。

 筋トレ歴十年。

 なのに女子学生と目が合うだけで動揺する。

 人類としてどこか欠陥がある気がする。

 するとルミナがじっと私の顔を見た。

「でも変」

「え?」

「さっき私を助けた時は普通に抱きかかえてたじゃん」

「うっ」

 心臓が止まりそうになった。

「あ、あれは緊急事態だったので!」

「今すごい動揺してる」

「してません!」

「してる」

 していた。

 ルミナは少しだけ笑う。

「面白い人」

 その言葉に、なぜか少しだけ救われた気がした。

 だが次の瞬間。

 ズゥゥン、と低い振動が学院全体を揺らした。

 空気が震える。

 周囲の学生たちが一斉に空を見上げた。

「また!?」

「空間震だ!」

 学院上空。

 結界の一部が黒く濁っていた。

 そこから、紫色の亀裂がゆっくり広がっていく。

 エルグラン学長の表情が初めて険しくなる。

「……早すぎるな」

「学長?」

「本来なら数年は安定していたはずだ」

 その時だった。

 亀裂の奥から、“目”が現れた。

 巨大だった。

 空そのものに埋め込まれたような、黄金色の瞳。

 ぞわり、と全身の毛が逆立つ。

 学生たちが悲鳴を上げた。

「あれ何!?」

「魔獣!?」

「いや、“外側”だ!!」

 外側?

 意味が分からない。

 だがその瞬間。

 頭の奥へ、直接声が響いた。

『──観測完了』

 冷たい声だった。

『感情位相適合個体を確認』

 瞬間。

 黄金の瞳が、真っ直ぐこちらを向いた。

「……え?」

 嫌な汗が流れる。

 なぜか分かった。

 あれは私を見ている。

『対象識別』

『異界観測者──斉藤ちひろ』

 学院中が静まり返った。

 そして次の瞬間。

 エルグラン学長が叫ぶ。

「全員、防衛結界へ退避しろ!!」

 同時に。

 空の“目”が、笑った気がした。

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