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恋愛については未履修です ~転生先では恋愛心理学の教授になっていました~  作者: パト山


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30/31

30.ルミナの授業

午後。

 チヒロは自分の講義資料を抱えながら、学院の実技棟へ向かっていた。

 その途中で、ふと足を止める。

「……あれ、今日ルミナの授業じゃなかったか」

 掲示板に貼られた時間割にはこう書かれていた。

『対人魔導補助学・実技(担当:ルミナ・フェルシア)』

 興味本位だった。

 いや、それだけではない気もするが、とにかく気になった。

「見に行ってみるか」

 実技棟・第三演習室。

 扉の隙間から覗くと、すでに授業は始まっていた。

 十数人の学生と、その前に立つルミナ。

「はい、じゃあペア作って」

 その声は、いつもの軽さよりも少しだけ低い。

 だが迷いがない。

「“相手の呼吸を観察する”から始めるよ。喋る前に、まず相手を見る」

 学生たちが戸惑いながら向き合う。

 ルミナは腕を組んだまま、教室を歩く。

「会話ってさ、言葉じゃなくて“前”に全部出るんだよ」

「前……?」

「目線とか、肩の力とか、呼吸の浅さとか。そういうの全部」

 チヒロは思わず小さく頷いた。

 理論的にも正しい。

 だがルミナの言い方はもっと直感的だった。

 一組のペアの前で、ルミナが立ち止まる。

「今の状態だとさ」

 男子学生と女子学生が固まっている。

「お互い“嫌われないようにしよう”って顔してる」

「……っ」

 学生が反応する。

 ルミナはため息をついた。

「それやめな。会話じゃなくて面接になるから」

「で、でも……」

「でもじゃない」

 ぴしゃりと切る。

 だが声は冷たくない。

 むしろ少しだけ優しい。

「怖いのは分かる。でもその状態で話すと、相手も緊張する」

「じゃあどうすれば……」

 ルミナは一瞬だけ考える。

 そして、肩をすくめた。

「まず“自分を良く見せるのやめる”」

「えっ」

「その代わり、“相手の話を一回ちゃんと聞く”」

 チヒロは少し驚いた。

(……意外とちゃんと心理学してるな)

 理論の話ではない。

 現場の言葉だ。

 ルミナは続ける。

「例えばさ、“趣味は?”って聞いたらさ」

「はい」

「その答えに“へぇ”で終わらせない」

「……?」

「“なんでそれ好きなの?”って聞く」

 学生たちが顔を見合わせる。

「それだけ?」

「それだけ」

 ルミナはあっさり言う。

「でもそれやると、“この人ちゃんと自分に興味持ってる”ってなる」

「……なるほど」

「恋愛とか関係なく、人ってそれで安心する」

 チヒロは廊下で小さく息を吐いた。

(シンプルだな)

 だが、だからこそ強い。

 理論を削ぎ落とした“実戦の形”だった。

 その時、ルミナがふと教室の外を見た。

 目が合う。

「……先生」

 小さく手招きする。

「覗いてないで入ってきなよ」

「ばれてたのか」

「そりゃ気配あるし」

 学生たちがざわつく。

「え、あれって……」

「恋愛学の先生じゃね?」

「でけぇ……」

 やめてほしい。

 チヒロは教室に入る。

「じゃあ、見学でいいか?」

「いいよ。どうせ参考になるでしょ」

 ルミナは軽く言う。

 そのまま教壇の横に立った。

 授業が再開される。

 ルミナはチヒロの方を一瞬見て、少しだけ言う。

「先生の授業は“考え方”」

「私は“やり方”」

「役割分担ね」

「……なるほどな」

 その後、ペアワークが続く。

 最初はぎこちなかった学生たちが、少しずつ言葉を交わし始める。

「それ、なんで好きなん?」

「え、あ、昔からで……」

「へぇ、いいじゃん」

 小さな変化。

 だが確かに空気が柔らかくなっていく。

 チヒロはそれを見ながら思う。

(この学院、本当に変わってるな)

 理論だけでもダメで。

 気合いだけでもダメで。

 観察だけでも足りない。

 授業終了後。

 学生たちが出ていく中で、ルミナが伸びをした。

「はい終了。おつかれ」

「意外とちゃんと授業してたな」

「意外ってなに」

「いや……もっと雑かと」

「失礼だな」

 ルミナは軽く笑う。

 廊下に出ると、二人並んで歩く。

「先生さ」

「ん?」

「さっき見てたでしょ」

「まあな」

「どうだった?」

 チヒロは少し考える。

「……分かりやすかった」

「雑な感想」

「でも、それが一番すごい」

 ルミナは一瞬だけ黙る。

「ふーん」

 それから少しだけ口元を緩めた。

「じゃ、合格でいいや」

「何の試験だ」

「内緒」

 夕方。

 学院の窓に西日が差す。

 二人の影が廊下に伸びていた。

 少しだけ距離が近いまま。

 でも、まだ触れない距離。

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