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恋愛については未履修です ~転生先では恋愛心理学の教授になっていました~  作者: パト山


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25.監査官とのゴタゴタ

 感情暴走事件から三日後。

 学院はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 だが、完全に平穏というわけではない。

 むしろ、生徒たちの間には妙な空気が流れていた。

「……なぁ」

「うん?」

「最近、“素直になるのが大事”みたいな風潮ない?」

「ある」

 食堂の隅で男子生徒たちが真顔で頷き合っている。

「告白の練習とかやったせいじゃないか?」

「でも前より話しやすくなった気はする」

「わかる」

 そんな会話を横目に、チヒロはトレイを持って席へ向かっていた。

 すると――。

「先生ぇ〜!」

 後ろから勢いよく誰かが抱きついてくる。

「うわっ!?」

 振り返ると、赤髪の少女がにやにやしていた。

 ミレイ。

 以前、“誰も自分を選ばない”という思い込みに苦しんでいた生徒だ。

 今ではかなり明るさを取り戻している。

「急に抱きつくな」

「えへへー。先生、最近人気者だから捕まえとかないと」

「なんだその理論」

 すると向かいの席から呆れ声が飛ぶ。

「ミレイ。教師に抱きつくのはどうかと思うぞ」

 そこに座っていたのはユリウスだった。

 金髪をかき上げながら紅茶を飲んでいる。

 以前よりだいぶ棘が減ったが、相変わらず妙に様になっている男だ。

「うわ、ユリウス先輩。貴族っぽい」

「実際貴族だ」

「それを堂々と言うのずるい〜」

 食堂の空気が少し和む。

 チヒロが座ると、さらに別の声が飛んできた。

「先生、隣いいですか」

 静かな声。

 黒髪の少女――ネリィだった。

 以前は人と目を合わせることすら苦手だったが、今では以前より自然に話せるようになっている。

「ああ、どうぞ」

 ネリィは小さく頭を下げて座った。

 するとミレイがにやにやする。

「ねぇネリィ、最近先生と話す時ちょっと距離近くない?」

「っ!?」

 ネリィの耳が一瞬で赤くなる。

「ち、違……! 私は相談を……!」

「へぇ〜?」

「ミレイ、お前面白がってるだろ」

「もちろんです」

 即答だった。

 その時。

 食堂入口がざわついた。

「……?」

 視線を向けると、そこには長い紫髪の女性が立っていた。

 スーツ姿。

 眼鏡。

 鋭い目つき。

「げっ……」

 ルミナが露骨に嫌そうな顔をする。

「知り合いか?」

「……元・学院主席です」

「元?」

「今は王都魔導省所属の監査官。“氷の監査官”って呼ばれてます」

 女性は真っ直ぐこちらへ歩いてくる。

 そして。

「久しぶりですね、ルミナ」

「……セシリア先輩」

 セシリア。

 学院卒業後、王国直属機関へ所属した超エリート。

 だがその性格は、“厳格”の一言で済まない。

 チヒロを見るなり、彼女は眼鏡を押し上げた。

「あなたが例の異世界教師ですか」

「あ、はい」

「随分と騒がしい教育をしているようですね」

 空気が少し凍る。

 だがチヒロは苦笑した。

「できれば平和にやりたいんですけどね」

「平和?」

 セシリアの目が細くなる。

「学院内で感情暴走事件を起こしておいて?」

「いや起こした側じゃなくて止めた側なんですが」

「結果的に感情干渉が広がった事実は変わりません」

 うわ、理屈が硬いタイプだ。

 チヒロがそう思った瞬間。

「セシリア先輩」

 ルミナが前へ出た。

「先生は悪くありません」

「庇うのですね」

「……当然です」

 一瞬。

 セシリアの目がわずかに細くなる。

「……なるほど」

「な、何ですか」

「いえ」

 だがその時。

 食堂奥で突然悲鳴が上がった。

「きゃあっ!?」

 全員が振り返る。

 一人の男子生徒が苦しそうに胸を押さえていた。

「ぐ……っ」

 周囲の空気が歪む。

 黒い魔力。

 チヒロの表情が変わった。

「またノクスか!」

 だがセシリアは即座に杖を抜いた。

「全員下がりなさい!」

 凍てつくような魔力が広がる。

 空気中の黒霧を一瞬で凍結。

 食堂が静まり返った。

「……すご」

 ミレイが呟く。

 だが男子生徒はなお苦しそうに呻いていた。

 チヒロはすぐ膝をつく。

「大丈夫か」

「……せ、先生……」

「何を見た?」

「頭の中で……“お前は価値がない”って声が……」

 チヒロは眉を寄せる。

 以前より直接的だ。

 まるで“心の弱い部分”へ無理やり言葉を流し込まれているような。

「精神系の呪術……?」

 セシリアも険しい顔になる。

「厄介ですね」

 すると男子生徒が震えながら言った。

「……先生」

「うん?」

「俺……本当に価値ないんじゃないかって……」

 食堂が静まり返る。

 だがチヒロは、即答した。

「そんなわけないだろ」

「……え」

「価値っていうのは、“完璧な人間だからある”んじゃない」

 チヒロは静かに続ける。

「悩んだり、失敗したり、それでも誰かと関わろうとしてる時点で、人には価値がある」

 男子生徒の目が揺れる。

「……でも俺、全然すごくないし」

「じゃあ聞くけど」

 チヒロは少し笑った。

「お前の友達は、“すごいから”友達やってるのか?」

「……」

「違うだろ」

 男子生徒の目から、ぽろっと涙が落ちた。

 黒い魔力が消えていく。

 セシリアは黙ってその様子を見ていた。

 やがて彼女は小さく呟く。

「……精神安定を言語誘導で?」

「え?」

「いえ」

 彼女はチヒロを見る。

 その視線は、先程よりわずかに柔らかかった。

「少しだけ、あなたへの評価を修正しましょう」

 するとミレイが小声でネリィへ囁いた。

「ねぇこれ、“認め始めてる”やつじゃない?」

「しっ、聞こえる……!」

 その横でルミナだけが、不満そうにセシリアを睨んでいた。

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