23.恋愛心理学・実践演習
― 告白の練習 ―
教室はざわついていた。
「えぇぇぇ!?」
「ちょ、待って先生それ本気!?」
「公開処刑じゃん!!」
斉藤チヒロは咳払いした。
「落ち着いてください」
「今日は“成功する告白”ではなく、“気持ちの伝え方”を学びます」
「同じでは?」
「全然違います」
チヒロは真面目な顔で言う。
「恋愛で一番問題になるのは、
“断られること”より、
“本音を言えないこと”です」
教室が少し静かになった。
「人は、傷つくのが怖い」
「だから遠回しになる」
「冗談っぽくする」
「保険をかける」
チヒロは板書する。
「別に好きってわけじゃないけど」
「もしよかったら」
「無理なら全然いいんだけど」
「これ、“拒絶された時のダメージ軽減”なんです」
「うわ、耳痛い……」
「でも、保険をかけすぎると、
相手には“本気度”が伝わらない」
生徒たちが妙に真剣な顔になる。
そこへ。
「ほぉ」
後方の扉にもたれながら、
ルミナがこちらを見ていた。
「随分偉そうに語るな、童貞教師」
教室が爆笑に包まれる。
「やめてください!!」
「授業崩壊するんで!!」
ルミナは薄く笑った。
「で?」
「経験論ではなく理論か?」
「……理論ですけど」
「説得力が半減だな」
「ぐっ……」
チヒロは軽くダメージを受けながらも続ける。
「と、とにかく」
「今日は“誠実な伝え方”を練習します」
◇
演習は二人一組で行われた。
「はい、じゃあ男子役と女子役を交代で」
「うわ緊張する……」
「え、目見て言うの無理……!」
教室中が妙な空気になる。
チヒロは歩き回りながら観察していた。
「はい、そこ」
「笑って誤魔化さない」
「うっ」
「“冗談だから”って逃げ道を作ると、
相手は反応に困ります」
「はい……」
別の組では。
「好き、でした……」
「声が小さいです」
「む、無理です!」
「断られる前提になってますね」
「うぅ……」
すると後ろから、
ルミナがぼそっと言った。
「お前、意外とスパルタだな」
「優しいだけじゃ伝わらないので」
チヒロは静かに答える。
「本音って、
“ちゃんと相手へ届く形”にしないと意味がないんです」
ルミナは少し黙った。
その時だった。
「せ、先生!」
男子生徒の一人がニヤニヤしながら手を挙げた。
「なんですか」
「先生もやってくださいよ、告白練習!」
教室がざわつく。
「あーそれ見たい!」
「ルミナ先生相手で!」
「うおおお!!」
「却下です!!」
チヒロは即答した。
だが生徒たちは止まらない。
「えー!」
「教師が見本見せるべきでしょー!」
「心理学的お手本をぜひ!」
チヒロは助けを求めてルミナを見る。
すると。
「別に構わんぞ」
「!?」
教室が悲鳴を上げた。
「きゃーーーー!!!」
「受けたぁぁぁ!!」
チヒロの顔が一気に赤くなる。
「る、ルミナ先生!?」
「授業だろう」
「いやでも!!」
「逃げるのか?」
「うっ」
完全に追い込まれた。
生徒たちは机を叩いて盛り上がっている。
「やれー!」
「先生頑張れー!」
(なんで俺が公開告白を……!?)
チヒロは数秒黙り込んだ後、
覚悟を決めた。
「……わかりました」
教室が静まる。
ルミナが正面へ立つ。
近い。
近すぎる。
(無理無理無理)
だが、
逃げたら授業にならない。
チヒロは深呼吸する。
「……ルミナ先生」
「なんだ」
「あなたといると、
正直かなり緊張します」
生徒たちが静かになる。
「でも、
話してると楽しいですし」
「…………」
「俺、自分のこと、
理論ばかりの人間だと思ってたんですけど」
チヒロは少し笑った。
「最近は、
あなたと話してる時が一番、
“ちゃんと人間やってる”気がします」
教室が完全沈黙する。
ルミナも、
一瞬だけ目を見開いた。
チヒロは途中で我に返る。
(あれこれ授業の域超えてないか!?)
だがもう止まれない。
「だから――」
その瞬間。
「はい終了」
ルミナが突然言った。
「へ?」
「十分だ」
彼女は珍しく、
ほんの少しだけ頬を赤くしていた。
「これ以上やると、
本当に告白になる」
教室が爆発した。
「ぎゃあああああ!!」
「今のほぼ告白だろ!!」
「ルミナ先生赤い!!」
「うるさい!!」
雷が落ちた。
数名が机ごと吹き飛ぶ。
阿鼻叫喚。
その中心で、
チヒロだけが真っ白になっていた。
(今の……俺……何言った……?)
だが。
ルミナはそっと視線を逸らしながら、
小さく呟く。
「……反則だろ、あれは」
その声は、
誰にも聞こえなかった。




