17.安心という弱さ
心導結社との一件から数日後。
学院内には妙な空気が流れていた。
「聞いた? 地下集会の件」
「治安局が動いたらしいぞ」
「精神誘導魔法ってマジなのか……?」
学生たちがざわついている。
当然だ。
“人の心を操る”など、
誰だって怖い。
だが一番困っているのは――
「先生、最近さらに人気出てません?」
「やめてください」
私だった。
昼休み。
教員棟の廊下。
ルミナが面白そうにこちらを見ている。
「いやぁ、“結社の洗脳を論破した教師”って噂になってるよ?」
「論破ではないです」
「しかも恋愛心理学担当」
「そこ繋げないでください」
「女子生徒からの相談件数増えてるらしいじゃん」
「胃が痛いです」
実際増えていた。
人間関係相談。
恋愛相談。
進路相談。
もはや心理カウンセラー状態である。
「向いてるんじゃない?」
「向いてる人ほど危ない職業なんですよ、こういうのは」
「へぇ?」
私は少し歩きながら言った。
「“人を救いたい欲求”が強い人って、相手との境界線を見失いやすい」
「……あー」
「依存関係にもなりやすい」
心導結社が危険なのもそこだ。
“救済”は中毒性がある。
助ける側も、
助けられる側も。
「だから本当は、“一人で抱えない仕組み”が必要なんです」
ルミナが少し意外そうな顔をした。
「先生って、“自分だけで救える”タイプじゃないんだ」
「無理ですよそんなの」
私は即答した。
「人間一人が支えられる人数なんて限界あります」
前世で嫌というほど見た。
燃え尽きる教師。
潰れるカウンセラー。
共倒れする恋人。
“優しい人”ほど壊れる。
「……なのに」
ルミナがぽつりと言う。
「先生、結構無茶するよね」
「…………」
否定できなかった。
その時。
廊下の向こうから女子生徒が走ってきた。
「せ、先生!」
「はい?」
「今大丈夫ですか!?」
かなり焦っている。
赤髪の少女。
一年生だろうか。
「落ち着いてください。どうしました?」
「あの、友達が……!」
息を切らしながら彼女は言った。
「最近、“変な集まり”に行ってて……」
空気が変わる。
ルミナと私は視線を合わせた。
「それって」
「“自分を理解してくれる場所がある”って言われてるみたいで……!」
心導結社。
まだ動いている。
「友達の名前は?」
「ミレナです」
「最近様子は?」
「最初は元気になった感じだったんです。でも今は……」
少女が唇を噛む。
「私たちのこと、“本当の理解者じゃない”って……」
私は静かに息を吐いた。
典型的な切り離し。
依存形成の初期段階だ。
「先生」
ルミナが低い声で言う。
「これ、結構まずいかも」
「ええ」
私は少女へ視線を戻した。
「最後に会ったのは?」
「今日の朝です!」
「場所は?」
「旧図書塔の近くって……」
旧図書塔。
学院北区画の外れ。
今はほとんど使われていない区域だ。
「ルミナ先生」
「了解」
彼女の表情から軽さが消える。
私は少女へ穏やかに言った。
「大丈夫です」
「……っ」
「すぐ行きます」
少女が少しだけ安心した顔をした。
だが。
胸の奥には嫌な予感が残っていた。
心導結社は、
ただ人を操っているわけじゃない。
“孤独な人間が欲しい言葉”を理解している。
だから厄介なのだ。
◇
夕暮れ。
旧図書塔。
崩れかけた石造りの建物は、
人気がなく不気味だった。
「いると思う?」
ルミナが小声で聞く。
「可能性は高いです」
私は周囲を見回した。
そして。
塔の入口近くで、
一人の少女を見つけた。
銀髪。
細い体。
虚ろな表情。
「……ミレナさん?」
少女がゆっくりこちらを見る。
その目には疲労が滲んでいた。
「先生……?」
「少し話しませんか」
私はなるべく穏やかな声を出す。
だが。
彼女は怯えるように後退した。
「来ないで」
「……」
「どうせ先生も、“普通に戻れ”って言うんでしょう」
ルミナが眉をひそめる。
私は静かに答えた。
「言いません」
「……え?」
「苦しかったんですよね」
少女の肩が震えた。
「学院、つらかった?」
沈黙。
そして。
ぽろり、と涙が落ちた。
「……皆すごいから」
小さな声。
「頑張っても追いつけなくて」
その言葉を聞いた瞬間。
私は理解した。
この学院には、
“自分は駄目だ”と思い込んでいる学生が多すぎる。
名門校ゆえの歪み。
「そこへ、“君は悪くない”って言われたんですね」
少女がゆっくり頷く。
「……安心、したんです」
私は否定しなかった。
その感情自体は本物だからだ。
「それは悪いことじゃない」
「……え?」
「人は、安心できる場所を求めます」
私は一歩だけ近づいた。
「でも」
少女が不安そうにこちらを見る。
「“その場所しかなくなる”と危ないんです」
風が吹く。
静かな夕暮れ。
「ミレナさん」
「……はい」
「今、“そこを失ったら自分は終わり”って少し思ってませんか?」
少女の目が大きく揺れた。




