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恋愛については未履修です ~転生先では恋愛心理学の教授になっていました~  作者: パト山


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16.ルミナの活躍

 紫色の魔法陣が床一面へ広がる。

 嫌な感覚だった。


 まるで空気そのものが粘つくような――感情へ触れてくる魔力。


「先生、下がって!」


 ルミナが杖を振る。


 炎の障壁。


 だが黒衣の男は落ち着いたまま微笑んでいた。


「抵抗する必要はありません」


 低い声。


 静かな響き。


「貴方たちは疲れているだけだ」


 その瞬間。


 胸の奥へ妙な感覚が走った。


 “もう頑張らなくていい”。


 そんな囁きが頭へ浮かぶ。


「……っ」


 危ない。


 これは直接精神へ干渉している。


 周囲を見ると、参加者の何人かは既に虚ろな目になっていた。


「ルミナ先生!」


「分かってる!」


 彼女が魔力を放つ。


 爆ぜる炎。


 しかし男は後ろへ跳び、平然と回避した。


「乱暴ですね、学院の方々は」


「洗脳まがいのことしてる奴に言われたくない!」


 ルミナが舌打ちする。


 だが。


 正面突破はまずい。


 この場には一般人もいる。


 精神誘導状態で暴走される可能性もある。


「……先生!」


 ルミナが焦った声を出す。


 見ると。


 参加者の一人がふらつきながらこちらへ歩いてきていた。


「邪魔、しないで……」


 目が虚ろだ。


 完全に感情誘導されている。


「くそっ、一般人に攻撃魔法撃てない!」


 その時。


 私はある違和感に気づいた。


 ――全員、“男の声”を聞いた後に反応が強くなっている。


「ルミナ先生!」


「なに!?」


「耳塞いでください!」


「は!?」


「早く!」


 彼女が反射的に片耳を押さえる。


 私は近くの椅子を蹴り飛ばした。


 ガンッ!!


 大きな音が地下室へ響く。


 参加者たちが一瞬動きを止める。


「やっぱり」


 男の術は、“言葉”を媒体にしている。


 心理誘導へ魔法を重ねているのだ。


「面白いですね」


 男が初めて感情を含んだ目をした。


「気づきましたか」


「心理誘導に暗示魔法を乗せてる」


 私は息を整える。


「“理解してくれる言葉”ほど、無防備に入ってくる」


 だから危険だ。


 優しい言葉は、本来人を救う。


 だが。


 人は安心した瞬間、警戒を解く。


「先生! どうする!?」


「会話を切ります!」


 私は叫んだ。


「皆さん、聞いてください!」


 参加者たちへ向き直る。


「今、“救われた気持ち”になっている人もいると思います!」


 何人かがこちらを見る。


 虚ろな目。


 不安そうな顔。


「でも、“全部分かってくれる人”って本来存在しません!」


 男の眉が僅かに動く。


「人は他人を完全には理解できない!」


 私は続けた。


「だから本当の信頼関係は、“分からない部分を確認し続けること”で作るんです!」


 静まり返る地下室。


「苦しい時、“全部肯定してくれる場所”は楽です」


 昔の自分を思い出す。


 孤独だった頃。


 誰かに「君は悪くない」と言ってほしかった。


「でも、人間関係は本来もっと不器用です!」


 私は強く言った。


「誤解もある! 失敗もある! 距離感も間違える!」


 ルミナが少し驚いた顔でこちらを見ていた。


「それでも、“少しずつ理解しようとする”のが人との関係なんです!」


 男の魔法陣が揺らぐ。


 感情誘導が乱れ始めていた。


 術の根幹が、

 “絶対的理解者”という幻想だからだ。


「貴方は弱ってる人を利用してるだけだ」


 私が言うと。


 男は初めて露骨に顔を歪めた。


「……黙れ」


「孤独を埋めるふりをして、依存先を作ってるだけだ」


「黙れッ!!」


 魔力が爆発する。


 同時。


「待ってました!」


 ルミナの炎槍が飛んだ。


 轟音。


 男が防御障壁を張る。


 だが一瞬遅れた。


「ちっ――!」


「今です!」


 私は叫ぶ。


 次の瞬間。


 地下室の壁が吹き飛んだ。


「王国治安局だ!!」


 突入してきた武装部隊。


 レオンハルト先生までいる。


「遅いですよ!」


「潜入捜査は時間調整が難しい」


「絶対わざとでしょう!?」


 男は舌打ちし、煙幕魔法を展開した。


 視界が白く染まる。


「逃げる気だ!」


 ルミナが追おうとした瞬間。


 煙の奥から、声だけが響いた。


「……斉藤チヒロ」


 私は息を止めた。


「貴方は、こちら側へ来るべき人間だ」


「断ります」


「いずれ分かる」


 気味の悪い笑い声。


 そして。


 気配が消えた。


 静寂。


 地下室には、呆然とした参加者たちだけが残されていた。


「……終わった?」


 ルミナが呟く。


「一応」


 私は大きく息を吐いた。


 すると。


 レオンハルト先生がこちらを見る。


「斉藤」


「はい?」


「お前、意外と無茶するな」


「……教師なので」


 すると彼は少しだけ笑った。


「教師ってのは、あんな啖呵切る職業だったか?」


「今日初めて知りました」

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