98話 暴走
流星が気を失ってから数分後、器に注いでいた酒の表面に波紋が広がっていく。
「何だ?」
眉を顰める剣王。
次第に体感的に感じられる振動へと変化していき、それは無視できないほどの大きさに増していく。
揺れの原因は、今まさに意識を喪失している流星。
剣王すら表情を顰めるほどに流星の中に宿る力の気流は激しさを増し、それは次第に流星の外見に変化を及ぼす。
その姿は『闘神』の解放時に酷似してるが、本人の意識はなく、綺麗に分割された純白と漆黒のオーラが鋭い針の如く勢いで流星の周囲に顕在している。
「まさか・・・記憶の中の暴走がこっちにまで影響を及ぼしてるのか」
冷静な思考––––––しかし剣王に冷静など微塵も存在してはいなかった。
確かに先ほど流星と手合わせした際は全力を出していなかったとは言え、今の流星から感じられる魔力の規模、更には得体の知れない威圧感を前に、勝利のイメージを掴むことができない。
殺すわけにはいかないが、殺すつもりで相手をしてもどこまで耐えられるか・・・・・
「全く・・・剣聖とはよく言ったものだ」
剣王は漆黒の愛剣を出現させる。
エネルギー磁場によって荒れ狂う空間の中、剣王は最大限己の心を沈め、目の前に立ちはだかる流星一点のみに意識を集中させる。
先に仕掛けたのは剣王。
間隔の動作が消えたかのように素早い動きによって、立ち尽くす流星の脳天へと大剣を容赦なく振り下ろす。
「クッ––––––」
しかし、流星の周囲を覆うオーラの圧に弾き飛ばされ、壁を突き破り玉座の間に存在する氷の柱を破壊する。
「流石は万里の長城を攻略しただけはある。ただの威圧だけで創造した空間が破壊されるなんてな」
流星の暴走を感じ取った直後、剣王はジョブ『創造主』の力を用いて、流星と自身のいる空間を異次元空間へと創り変えていたのだ。
しかし結果は、攻撃動作を見せるでもなく、ただの威圧感のみで破壊されてしまった。
瞬時に創造したこともあって確かに万里の長城よりかは耐久力は劣るものの、聖人級ハンターが束になっても破壊できないほどの強度は存在していた。
そしてこの時はまだ剣王は知らないのだが、今の流星の状態は『闘神』を常に発動した状態となっており、理性が存在しないためにその荒れ狂う力を抑えることをしない殺戮マシーンへとなり果てていた。
「景様! 一体何があったのですか?」
焦った様子の黒陽が剣王の下へ駆け寄る。
周囲にはすでに騒ぎを嗅ぎつけた者たちの姿が・・・・
飛や美、命の姿までもあり、皆が一様に不安の表情を浮かべている。
「『神託者』の君をここまで圧倒できるなんて・・・まさかあいつの仕業か?」
「黒陽、空魔、あいつらを今すぐに避難させろ」
「はぁ、得体の知れない奴だとは思ってたけどさぁ、剣王の城で暴れるなんていい度胸してるじゃん」
どこか楽しげな笑みを浮かべる空魔へと、剣王は睨みを利かせる。
「死にたいのか?」
その剣王の余裕のなさに静まり帰る一同。
正しく人類最強の一角である剣王に仕えし者たちは、主人を尊敬し、自らの立場に誇りを持ち、いかなる災難とて災難にはなり得なかった。
しかし今、家臣たちの心には不安が芽生え始めている。
一方の空魔は、自らに向けられる怒りの意味を理解できずにいた。
その時は、不意に終わりを告げる。
破壊されたことで不完全ではあれど、剣王が創造した空間に潜んでいた流星が空間から外界へ解き放たれたことにより、姿を見なくとも、その圧倒的なまでの威圧感に不安の感情は恐怖へと変化していく。
「これ・・・冗談だろ?」
空魔の顔に浮かぶは苦笑。
しかし、視界が捉える剣王の表情は険しさを一層に増していく。
「早くしろ––––––血の海になるぞ」
「失礼ながら、私は貴方様の片腕・・・例え叱責を受けようと、この命をかけてお供させていただきます」
この状況下でも尚、己のスタンスを貫き通す黒陽に対して、少しばかり笑みがこぼれる。
「好きにしろ」
「そういうことなら、僕だって君に助けてもらった恩を忘れたわけじゃない。みんなを避難させるまでなんとか持ち堪えてくれよ」
そう言って空魔は飛たちの下へと向かう。
「来るぞ」
「はい」
直後、流星が剣王の飛ばされた道筋を通って姿を現す。
その片手には先ほどまではなかった聖剣が握られており、剣王は舌を鳴らす。
「一撃でももらったらアウトか––––––––––––」
言葉を発したその瞬間––––––
「景様ぁー!!」
剣王はまたしても流星の一撃によって吹き飛ばされる。
今度はたったの一撃で剣王の愛剣が砕け散り、その破片が主人を失い宙を舞う。
続いて流星の視線は黒陽へと向けられる。
「よくも景様を」
怒りの表情を浮かべて、両手の指先へと計10本の長く鋭利な漆黒の爪を生やす。
しかし、生やした直後に爪は全て砕かれ、自身の胸がじんわり熱くなっていく感覚を味わう。
「グフッ」
胸に貫通する純白の剣。
「・・・申し訳ありません––––––」
血を流す黒陽の首元へと容赦のない蹴りがお見舞いされ、そのまま黒陽は玉座の間の床を貫通し、姿を消してしまった。




